41話【少年たちとの遭遇】
早朝――。
ダロスは国境の宿屋にいた。
デイモンから頼み事をされ、今、ようやく用事をすませ――。
冷えた身体を、食堂のコーヒーで温めていた。
一日目の川祭りを終えたあと――デルビオンの領地屋敷に戻っての夕食の席で。
突如、デイモンが――。
「明日……川祭りの最後に、華を添えたいな」と言いだした。
そして……ダロスはなんとも面倒なことを言いつけられたのだ。
明け方、小屋の方に「モノ」があるか確認にいき――。
見つかったもののちゃんと機能するか心配で――。
人目のつかないこの国境あたりで――朝日が昇り始める中、試し打ちをしてみたのだった。
「まあ、なんとか使えそうで安心しましたが……」
ダロスは湯気のあがるコーヒーを一口飲んで、難しい顔をする。
次の問題は、これをどう川辺に仕掛けるか。
「できたら専門家を雇いたいところですが……こんな田舎にいるはずもないですしね」
頭を悩ませていると――。
「ちょいと、あんた、まだいたのかい! 昨晩出て言ってもらう約束だったろう!」
二階から女将の怒った声が聞こえてきた。
面倒事のようだと、ダロスは立ち上がる。
まだ人気のない食堂を出て、静まり返った二階――宿泊階へと向かう。
すると――。
一番手前の宿室の扉が全開になっており、部屋の中には――みすぼらしいボサボサ頭で隻眼の男が正座をして肩を落としている。
その男の前に、女将が仁王立ちになっていた。
「うちも商売なんでね、宿賃が払えない客には出て行ってもらうしかないんだよ」
女将が目をつり上げて、ボサボサ頭に言う。まだ寝ている客たちに気遣って、小声ではあるが、かなりの怒気だ。
――ふむ、無銭宿泊者か。
男に暴れ出しそうな雰囲気はない。自分の出番はないかと、ダロスは踵を返そうとして――、ふと部屋の中、男の鞄が目に入る。
――あれは……。
ダロスは戦場でよく見かけた――紺色の箱形ショルダーバッグに、目を剥く。
それから、粗末な身なりの男をよくよく眺め――にやりと笑う。
「女将、私がその者の宿泊代を立て替えましょう」
ダロスはそう言って、二人に近づいた。
・・・・・・・
「ねえ、アン」
「はい、ミレイユ様」
「あの子たち……どうしたのかしら」
アンと一緒に昼下がりの森の中を散策していたら――。
大木の下で、喚き合う平民服の男の子たちがいた。
「ずいぶんと興奮してるわね」
「……」
「このままだと殴り合いになりそうよ」
「……」
「ちょっと仲裁してこようかしら」
「……お止めください」
アンが溜息をついた。
「公爵様から――『森へ行くなら、騎士から離れず、決して何も助けようとはせず、大人しくしていなさい』と厳命されたのをお忘れですか」
「でも――」
「ミレイユ様の慈悲深さは美徳ではありますが――災難を呼び込む一因にもなってるのです」
――うっ。
痛いところ突かれ、私は胸を押さえる。
背後にいる護衛騎士たち――セシル卿とスターキー卿、そして誘拐後に追加された二人の騎士が――アンの言葉に頷いた気配がした。
「ここは見て見ぬふりです。さあ、あちらの方へ参りましょう」
アンがそう言って、私の背中を押したとき――。
「だけど、このまま帰るなんてできないよ! ばあちゃん、来年まで一人ぼっちだなんて……そんなの可哀想だよ!」
大声がして――続いて、わんわんと泣き出す声が聞こえてきた。
「そう……その折船に、亡くなった者の名を書いて川に流すと――その年、その死者は安らかに眠れるのね?」
大木の下――。
アンにシートを広げてもらい、私は、男の子たちと並んで座っていた。
男の子たちは、アンからもらったクッキーをかじりながら――。
私の問いかけに、うんうんと頷いた。
――そういえば、昨日……庭師が「川に折船が流れてくる」って言ってわね。
私もクッキーを口に入れながら、「この辺りの風習なのだろう」と納得して再び口を開く。
「それで、あなたたちは――大人たちから折船を預かって、川に流す約束をして……一つ流し忘れたってわけね」
さきほど聞いた話を確認すると、子どもたちは気まずそうに「うん」と返事をした。
「全部流したと思ったんだよ。でも、少しして、僕のポケットの奥に一つ……このゾイばあちゃんの折船が残ってるのに気づいて。流した船を追いかけてきたんだ」
茶髪の男の子が、ポケットから桃色の紙の船を取りだした。
私は首を捻る。
――紙で折った船を川に流すという儀式なのよね? それなら……。
「ええと、他の船を追いかける必要がある? 気づいたときに、その紙船一隻を川に流せば良かったんじゃない?」
そう尋ねると、男の子は紙船を手に持ったまま目をつり上げた。
「ダメだ! それじゃあ、ゾイばあちゃんが仲間はずれになっちゃうだろ!」
興奮する茶髪の子を、一番大柄な子が制する。
「サイモン、落ち着けって」
「でも、ニケ!」
「俺が説明するから、ちょっと黙ってろ」
ニケと呼ばれた少年が私を見た。
「折船を流すときは、全部一度に流すと決まってるんだ。離れて流すと――その船に書かれた名前の人だけ、あの世でみんなからはぐれちまうのさ」
――なるほど……。それで流した船を追ってきたのね。
彼らは桃色の船を、他の船と一緒にしてあげたいのだ。
「それで川を下ってきてたんだけど……途中で岩場があって、避けて歩いてたら、いつの間にか川から外れたほうへ来ちまって」
ニケが困ったようにこっちを見た。
「なあ、川ってどっちの方向だ?」
――どっちかしら?
この辺りの地理をあまり知らない私は、首を捻ってしまう。
すると、背後に控えるセシル卿が「私が……」と答えてくれた。
「ここから西に向かえばいい。ほら、あの太陽の方向だ。だが……」
セシル卿が難しい顔をする。
――どうしたのかしら。なにか不味いことでもあるの?
私が首を傾げると、アンが耳打ちしてきた。
「折船の慣習は――アーガスタ特有のものなのです」
はっとする。
「じゃあ、この子たちは、アーガスタの子?」
私も声を潜めて聞き返すと、アンは、
「おそらく。船を追いかけているうちに国境を越えてきてしまったのでしょう」
と囁いた。
終戦し、両国民の国境の出入りが許されてるとはいえ――。
アーガスタ人がこの国へ入国するのを、厭う者はまだまだいた。
このルーモナの領民も例外ではない。
森の住民が、この子どもたちを見かけ――アーガスタ人だと知れば、危害を加える可能性もある。
――すぐにアーガスタへ帰したほうがいいのだろうけど……。
私は子どもたちを見た。
泣きべそをかいて、折船を握りしめる茶髪の――サイモン。
サイモンを心配してにじり寄る子どもたち。
「ばあちゃん……」と呟くサイモンの――かすかなアーガスタなまりに、私はサラを思い出す。
私はシートから立ち上がると、子どもたちから離れ、アンと騎士たちを呼んだ。
「この子たちを川まで案内してあげましょう」
「しかし、ミレイユ様……。ジスラン様から川には近づくなと……」
アンが焦った声を出すのを、片手を上げて止める。
「子どもが困っているの。放っておけないわ。大丈夫、川には絶対入らないから」
「ならば、私だけで送ってきます」
セシル卿が言い、スターキー卿も、
「ミレイユ様は、ここでお待ち下さい」
と制してくる。
私は首を横に振った。
「いいえ、私も一緒に行きます」
ここはタウンゼント家の領地だ。
「私には――タウンゼント家の一員として、領地に迷い込んだ他国の子を保護し、無事かの国へ送り届ける義務があります」
きっぱりと言う私に、アンと騎士の四人は――深い溜息をつく。
「本当に……言い出したら聞かないんですから」
とアンが渋々と頷いた。
セシル卿とスターキー卿は、子どもたちから船を流した場所と時間を聞き出すと――。
川の流れを予測し、折船が今流れているだろう場所を割り出した。
「こちらです」
と言うセシル卿を先頭に、私たちは森の中を歩き出した。
――表情が……固いわね。
私の前を歩く子どもたちを見て思う。
――まあ、仕方ないかしら。見も知らない大人と一緒で……しかも恐そうな騎士が四人もいたら、ビクビクしちゃうわね。
小さくなっておどおどと歩く男の子たちが気の毒になり、私は後ろのアンを振り返る。
「ねえ、アン。リュートを貸してちょうだい」
今朝――。
朝食後に庭に出てみたら、東屋の椅子に父のリュートがそっと置かれていた。
奪うように持ち出したお詫びの印なのか――綺麗なガラス玉と一緒に。
アンから手渡された――返却されたばかりのリュートを抱えると、男の子たちがこそこそと振り返ってくる。
私は歩きながら、ポロンと音を出した。
途端、少年たちの目が輝く。
私は口元を緩めながら――「小鳥の歌」を弾くと、彼らの強ばった表情が緩んだのがわかった。
「お姉ちゃん、すごい!」
「上手だねえ! 他の曲も弾ける?」
「ええ、弾けるわよ。なにか聞きたい曲はある?」
男の子たちが口々にリクエストしてくるのに、私は快く応えていく。
彼らがすっかり笑顔になり――自分たちでおしゃべりを始めたところで、私はリュートを弾くのを止める。
――ふふふ、緊張が解けたみたいね。
そう思って、前進していたのだが……。
ほかの少年たちが会話をしながら進む中――ニケだけが黙り込んで歩いてるのに気づいた。
「どうしたの?」
気になってつい声をかけると、彼の足が止まる。
「……」
ニケは私の顔を見てなにか言いたそうにするものの――結局黙ったまま再び歩き出す。
集団の最後尾になったニケに並んで、私はもう一度、話しかけた。
「大丈夫よ、セシル卿たちは優秀なの。任せておけば、折船が流れてる場所まで連れて行ってくれるわ」
船と合流できるか不安なのだろう――そう思って声をかけたのだが……ニケはそっけない顔で頷くだけ。
彼が黙りこくる原因は他にあるらしい。
うーんと頭を捻っていると……。
「……あのさ」
ニケが話しかけてきた。
「ここ……もしかしてバラッタイン?」
恐る恐る尋ねてくる彼に、「まあ」と感心する。
ささいな違和感があったのだろう。他の子は気づいてないようだが、ニケは自国と違うと勘づいたようだ。
――この子、聡いわね。
そう思いながら、私はそっと頷いて肯定した。
「ニケたちは……アーガスタから来たのね?」
ニケの顔に緊張が走る。その目に浮かんできたのは怯えと――嫌悪。
警戒をはじめるニケに、私はすかさず口を開く。
「他国の土地って不安になるわよね。でも恐がらなくていいわ」
私はできるだけ穏やかに言う。
「私たち、一緒にクッキーを食べたわ。もう友だちよ」
「友だち……」
「ええ。だから安心して。友だちにひどいことはしないわ」
ニケに向かって微笑む。
「困ってる友を助けたい。それはアーガスタでも同じでしょ?」
ニケは――サイモンを見た。それから私に視線を戻して、戸惑いながらも静かに頷いた。




