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最愛は、顔も知らずに離婚した敵国の夫・妻です。  作者: Sor
第一章

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4話【メイドの嫌がらせ】

アンの作ってくれた美味しい朝食を終え、私は一階の応接室で、食後のお茶を飲んでいた。



――アンの淹れてくれる紅茶は最高ね。



香りを楽しんでいると……ふと窓の外から物音が聞こえた。




――誰か……庭にいるのかしら?



庭といっても、花壇などがある鑑賞用ではなく――。



土地の半分は野菜を植えている畑、もう半分は洗濯物の干し場となっていた。



大公家から渡される食料に不足はないが、豊かでもない。



だから、私の食卓を彩るためにアンが自家栽培をしているのだ。



――もしかしたら、アンがもう昼食用のトマトでも摘みに来たのかしら。



でも――さっき朝食が終わったばかりなのにと、首を傾げて窓の向こうに目を凝らす。



すると見覚えのある大公家のメイド三人がこちらに歩いてきているのが見えた。




――今日辺り来るとは思ったけど、やっぱり来たわね。




私は――大公家ではいつも傍らに置いている仮面を手に取った。



フルフェイスのそれは、被れば額から顎先まで完全に覆ってくれる。



目も隠れてしまうが、不思議なことに視界は塞がれず、向こう側を見通すことができる。



私は仮面をつけた。



みるみるうちに赤毛は白髪に変わる。

声を出せば、無機質で人間らしくない響きが出た。




被る度に不思議な気持ちになるが、この仮面にこんな効果があるのは、作成者が「仮面のドナシー」だからだ。




希少な手作りで、値段は屋敷が一つ買えるほどだが、そこは実家タウンゼント公爵の財力があれば問題ない。



私は窓に近寄るとカーテン越しに外を見た。



三人のメイドはそれぞれに、バケツ、口を縛った布袋、鉄製ハンマーを手にしていた。



嫌な予感しかない。



三人は庭にたどり着くと――。



バケツを手にしたメイドは、干してある洗濯物に泥水をかけた。



真白い洗い立ての生地がみるみる汚れていく。



別のメイドは、布袋を開いて中にいたネズミを放った。



ネズミは野菜畑を目がけて走って行く。



鉄製ハンマーを持ってきたメイドは、高々に掲げると、アンの大切な銅製農具に向かって振り下ろした。



クワの先がパキンと折れてしまう。



私は勢いよく窓を開け放った!



「あなたたち、なにをしているの!」





怒鳴ったつもりだが、仮面を通して出たのは感情のない平坦な声。



メイド達はこちらを振り返ったが、私を恐がる素振りはなく、薄ら笑いをした。



「あ~ら、奥様。この泥だらけのシーツで良い夢を見て下さいな」



「夕飯はネズミのかじったジャガイモをどうぞ?」



「立派な農具なんて贅沢。敵国の女にはなんでもボロボロがお似合いよ!」



あはははは、と意地悪な笑い声を立てながら、三人は来た道を戻っていく。



彼女達の後ろ姿を見ながら、私は身体を震わせた。





――敵国の女。



この国に来て何度言われた言葉だろう。



両王国間で結ばれた和平ではあったが、それはあくまで政治的なレベルの話だった。



両国民間においては――。



夫が息子が敵の砲弾に倒れ、

妻が娘が敵兵に殺され、

住む場所は敵の人馬に破壊され。



血の涙を流した国民の恨み辛みは、

五年たった今も消えることはなく、

今でも互いの国を人間を増悪していた。



ふと、大公家に嫁ぐためこの国に初めて足を踏み入れた日のことを思い出す。




乗ってきたタウンゼント家の馬車から見えたのは、沿道にひしめく民衆の――怒りの目、目、目。



「敵国の女め、顔を見せろ! 石を投げてやる!」



「どんな面してるんだ、覚えて必ず殺しにいってやる!」



「澄ました顔をつぶしてやるよ!」



大公家に着くまでの間、ずっと浴びせられた憎しみの声。



馬車の周りには警備の兵がびっしりついたが、怖ろしくて堪らなかった。



自分がどれほどこの国の民から疎まれているか――はっきりと認識し、恐怖した時間だった。



そして嫁ぎ先の大公家に到着した直後から――。




父親から「必要な時に使え」と持たされていた「仮面」を被るようになった。




恐くて恐くて仕方なかったのだ。



この国の人間に「ミレイユ」の顔を知られるのが。



この顔に怒りと憎しみを向けられるのが。




――命を狙われるのが。




ピーッ、ピユピュピユ。

チチチ、ピー、ピピ。



鳥の声が耳に入って顔をあげる。



小鳥たちが洗濯物をつついて遊んでいた。



まるで汚れてしまった洗濯物を綺麗にしようとするかのように。



その光景に心が温かくなる。



「そうね、こんな風に嫌な思い出に浸ってる場合じゃなわ。小鳥さんを見習わなきゃ」




三日に一度はこんな嫌がらせが起きるので対処は心得ている。




「やっぱり使うことになったわね……」



空中ジャンプでもなくメロディ効果をあげるでもない――三つ目のドナシー能力。



「毎度のこととはいえ、アンがこの洗濯物をみたら心を痛めちゃうわ。その前に汚れを取り去らなきゃ」



私は口の中で軽くハミングをはじめた。



しかし、空中ジャンプの時とは違い、音圧を増幅するのではなく――。



音の振動をより小さく、より短く。



神経を集中してコントロールしていく。



音が粒子のように細かくなったところで――洗濯物にむかって音を放った。




すると――洗濯物の表面に細かな波が起こり、みるみる汚れが落ちていく。




繊維の中まで入り込んでいただろう泥がすっかり抜けたところで、私はハミングを止めた。



洗濯物は元通り真っ白に戻っていた。



「よしよし、ばっちりね。今日も三つ目の能力コントロールは絶好調だわ」



私は自画自賛して笑みを浮かべた。




音の振動を細かくして使うこの特別な力を――私は『超音波』と呼んでいた。




超音波は色々な使い道がある。



私は次ぎに――畑を走り回ってるネズミにターゲットを絞った。



超音波は「人間には聞こえない音」であるが、他の動物には“嫌な音”として聞き取れることがある



私はネズミに向かって超音波を当てる。



すると、ネズミは狂ったようにぐるぐる回り出し、やがて畑から一目散に逃げて行ってしまった。



よしと拳を握ってから、最後の仕事にとりかかる。



私はひらりと窓から外に出ると、折れてしまったクワのところまでいく。



それからクワ本体と折れた部分を元の通りに合わせて、慎重に超音波振動を送った。



すると……溶着の力が起こって折れた先が本体にぴったりとくっついた。



試しにぶんぶんとクワを振ってみるが、折れた箇所はしっかりと繋がったままだ。


「うん、大成功」


私は成果に満足して応接室に戻る。




「やっぱり超音波はお役立ちだわね」



私が鼻歌交じりでソファに座ると、ふっと目眩がして、額に手をやって俯く。



「いけない、ちょっと力を使い過ぎたかしら」



私に限らず、ドナシーは力を使えば使っただけ体力を消耗すると言われている。



休めばまた体力は戻るし、ドナシーの力も使えるようになる。



しかし、無理は厳禁だ。



体力回復をまたずに能力を行使しつづけると――命を削ることになり、最悪の場合は死に至る。



「部屋に戻って、少し横になったほうがいいかしら」



ふうっと息をつき、髪をかき上げたところで――ネックレスのチェーンが指先に触れた。



私は――服の下からチェーンを引き出す。


鎖に通されているのは、シンプルな指輪。


送り主の――透き通るような金髪、空色の目の男性を思い出して……。


指輪にキスを贈る。




「この国が私を憎んでいるように、私だってこの国を恨んでいる」



誰にいうでもなく、私は呟く。



「特に――デイモン・エジャートン。あなただけは絶対に許さない」



胸のうちに憎しみの嵐が吹き荒れそうになったところで、強い目眩がした。



――これはダメね、部屋で休もう。




「今日は久しぶりにイルジャンの店に行くんだから、ちゃんと体力回復しないと」



私はふらふらと立ち上がりながら――賑やかな酒場を思ってふっと微笑む。




アンから、ドナシーの力を使った罰として――十日間の外出禁止が言い渡された。


今日は――その十日目、待ち望んでいた禁止令の解ける日だった。




私はよたよたと階段を上がり、自室に着くなりベッドに倒れ込む。




ぐっすり眠り――起きると午後になっていて。




くうっと空腹で鳴るお腹を抱えて――ふと考えついた。



「今日のお昼は……イルジャンの店で食べようかしら」



この何気ない選択が、波瀾万丈な午後のスタートになった。

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