38話【川祭り】
妹の手紙を、上着の胸の内ポケットに入れて――。
今日の俺はどこからみても大公に見える服装で、デルビオンの川祭りに来ていた。
川辺には露天が並び、領地民も大勢きていて、川面に賑やかな笑い声が響いている。
俺は、川辺から少し離れた場所に設置された領主用のテント――そこに用意された椅子に座り、テーブルに肘をついて、祭りの様子を眺めていた。
「領民を川に近づけるな」とダロスに指示しておいたのだが――。
領主代理のセルゲイ・ラファラン子爵からの嘆願を受け、今日と明日――祭りの開催時だけ、川辺への出入りを認めたのだ。
ラファラン子爵――いわく。
元々、この地域ではこの時期、亡くなった者を川辺で弔う習慣があったそうで――。
それが時代とともに変化し、今では秋に増える川魚――豊漁祭もかねて「祭り」として定着したのだという。
最近は魚どころか、小動物もみかけないと不気味がられ敬遠されてる川だが――。
川祭りのときだけは、こうして川に集い二日間にわたる祭りを楽しんでるとのことだった。
ふと、露天の飴屋から長い棒飴を買った子どもが目に入る。
――ん? ずいぶん色鮮やかな飴だな。
光りにかざすと輝くような青色。
じっと見入ってると――。
「買ってきましょうか?」
脇に控えていたダロスが、からかう調子で聞いてくる。
俺はむっとして答えた。
「――いらん。サラが喜びそうだなと思って見てただけだ」
――あの子はああいう綺麗な菓子が好きなんだ。
エルザと同じ――水色の目をした黒髪のツインテールを思い出す。
しばらく顔を見てないな、と呟いたところで――。
「……買ってきましょう」
「おい」
「お土産があれば、会いに行きやすいでしょう」
「だが……」
「『レイナ』が消えて、『ダン』まで来なくなって――きっと寂しい思いをしてますよ」
「……」
黙り込む俺を置いて、ダロスは露天商のほうへ歩いて行ってしまう。
がしがしと頭をかいていると――。
川に入って遊ぼうとする子どもたちの姿が目に入った。
――おいおい、川辺に立ち入る許可は出したが……川に入るのはダメだと念を押しておいたはずだぞ?
俺は舌打ちして立ち上がると――子どもたちの元に向かった。
「おい、川には入るなよ」
子どもたちに近づきながら、俺は少し大きな声で呼びかけた。
驚いたように四人の子どもが振り返り――俺の服装をみてじりっと後ろに下がった。
「わわわ、本当の領主様だ……」
「いや、大公様だろ?」
「どっちも同じだろう」
「恐そうだなあ……」
身を寄せ合ってひそひそと話す子どもたち――そのうちの一番大きい、兄貴分らしき少年が一歩前に出て言った。
「わかってるよ。ここらで川に入るやつなんかいない」
注意されたことが面白くなかったのだろう。他の子と違い――俺に怯える様子もなく、堂々とした態度だった。
俺は腕を組んで、少年に言う。
「じゃあ、川から離れておけ」
「そういうわけにはいかない。これからここで仕事をするんだから」
言い返してくる少年の手には、色紙が握られていた。
――へえ……そんなものを使って……。
「どんな仕事をしようっていうんだ?」
興味がわいて尋ねる。
「明日の折船流しの注文さ」
「折船流し?」
俺が首を傾げると、少年は馬鹿にしたようにこちらを見てきた。
「なんだよ、大公様、折船流しを知らねえのかよ」
「知らないな。教えてくれるか?」
下手に出ると――少年は「仕方ねえなあ」と鼻の下をこすって説明してきた。
「折船っていうのは、こういう色紙で作る船のことだ」
そう言って、手に持っていた紙を一枚抜くと――あっという間に、船を折ってみせた。
「ほう……上手いもんだな」
完成した折船に感心してみせると、少年は得意気に笑った。
「こうして折った船に、亡くなった人の名を書いて、川祭り二日目の正午に川へ流す――それが折船流しさ」
少年がそう話し終えたところで――。
「おう、ニケ! 今年も頼むぜ」
中年の男が、少年の肩をぽんと叩いてきた。
ニケと呼ばれた少年は、今折ったばかりの船を、鉛筆とともに男に渡す。
男は船に「ゴンザ」と書くと、船と鉛筆をニケに手渡した。
それからポケットから財布から出すと、
「じゃあな、明日の折船流し、よろしく頼むぜ」
とニケに小銭を手渡して去って行った。
――なるほど。
俺は、ニケの「仕事」を理解した。
「忙しい大人の代わりに、折船流しの代行をして、駄賃を稼いでるってわけか」
俺が言うと、ニケは頷いた。
「船に名前を書かれた死者は、その年、あの世で安らかに暮らせるんだ。だから、毎年みんなこうして頼みに来てくれるんだ」
――川祭りは、元々は弔いのための行事だったな。
当時の風習がこういう形で残ったのだろう。
――死者の弔い……か。
とうとうと流れる川を見る。
猛毒のドナシー……エルザの力で汚染された川。
――この川のせいで、一体どれだけの人間の命が奪われたのだろう。
「なあ……俺も折船を頼んで良いか?」
気づけば――そう言っていた。
「ええ? いいけど……」
少年は意外そうな顔をしてから、色紙で一つ船を折って、俺に寄越した。
「三ピーロ」
そう言って片手を出してくるニケに――俺は金貨を一枚……ざっと千ピーロを渡す。
目を丸くする少年に、俺は口の端を上げて言った。
「支払い分、折ってくれるよな?」
「なあ、大公様、まだ折るのかよ?」
「あと百枚くらいか。ほらほら、さっさと折らないと明日に間に合わないぞ」
「うげえ」
ニケがうんざりした声をだし、仲間の子どもたちも「うわあ」と悲鳴をあげる。
俺は――声をたてて笑うと、折られた船に――“山と月”を描いていく。
せっせと絵を描いていく俺を、ニケが不思議そうに見て――言った。
「大公様、なんで名前じゃなくて国旗ばっかりかいてるんだ?」
“山と月”――それはアーガスタの国旗を表していた。
俺は最初に折船に「エルザ」と書いたあとは――ひたすらに“山と月”を描き続けていた。
「――名を知らない友人たちでな。代わりになりそうなものが……これしか思いつかなかったんだ」
俺は心の中で呟く。
この地で――毒に侵されて死んでいった者よ。
あなたたちの名を――アーガスタ人として生きた証を――国旗に託してここに刻もう。
「ふうん――じゃあ、こっちは?」
ニケが――眉をひそめて指をさす。
その折船には――“小麦と太陽”――バラッタインの国旗が描かれていた。
「名前を知らない――敵国の友だちがいるのか?」
ありえないだろう――とニケの目は言っていた。
「あんな国に――弔う人間なんていない」
憎しみに満ちた独り言だった。
――俺も、つい最近までそう思っていたが……。
胸のポケットに触れる。
エルザの手紙から――。
タウンゼント家が、妹を「猛毒のドナシー」だと突き止めて、修道院を襲ったのだと知った。
妹を殺したことは許せない。
だが、それは公爵家が――タウンゼントの領民を、家族を、そしてミレイユを。
毒から守るためだったのだと――理解してしまった。
――今の俺は、タウンゼント家の行動を非難しきれない。
それどころか。
川の毒水で死んだであろう、彼の国の民を――悼む気持ちさえ芽生えていた。
領主として領民を想う気持ちが――育ってきたせいかもしれなかった。
俺は、川面を見ながら――昨夜、ようやく開いてみたエルザの日記を思い出す。
『ドナシーの毒は――解毒する鉱物や薬草がない』
日記にはそう書かれていた。
修道院に閉じ込められた十代少女が書いたものだ。
鵜呑みするほど、俺は愚かではない。
王都に戻り、あらゆる手段を使って、解毒の方法を調べてみるつもりでいた。
しかし――。
この一文は真実である――そう感じてもいた。
ドナシーだからこそ、わかることがあったのではないか。
そうして――この一文の下には、十代の少女らしい希望的観測が書かれていた。
こんな希望に縋らなくてはやってられないほど――エルザは当時、毒汚染に心を痛め追い詰められていたのだろう。
――もし、本当に解毒方法がないのであれば。
俺ができることといえば、もう――。
こうして毒の汚染の被害者を、追悼することくらいだった。
「バラッタインのやつらのために、船を流すなんてやめろよ。大公様だって、かの国のことは嫌いだろ?」
睨みつけてくるニケの頭を、俺はぽんと叩いた。
「お前――美人は好きか?」
「はあ? そりゃあ、好きだけど……」
いきなり話題が変わり、ニケがきょとんとした顔になる。
「俺もだ。特に、赤髪で楽器の上手い女が好きでな――この川の先にいるんだ」
「川の先って……」
ニケがはっとした表情で、こちらを見た。
俺は――にやりと笑って言った。
「愛する女の国だからな、仲良くしよう、大事にしようと――つい最近、決めたところなんだ」
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