表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最愛は、顔も知らずに離婚した敵国の夫・妻です。  作者: Sor
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/34

30話【父の謝罪】

馬車が泉に到着すると、後続の使用人用の馬車からアンが降りてくるのが見えた。



この視察中――。


私たちはルーモナの領地屋敷へ一ヶ月ほど滞在する予定だった。



その準備のため――王都の屋敷のメイド十数名が、先にルーモナへ赴き、領地屋敷の掃除と滞在の準備をしていた。



メイドの数が不足しているため、この馬車移動に同行しているメイドはアンだけで――。


彼女一人で、父と兄、そして私の世話を一手に引き受けてくれることになっていた。



アンは早速、私達の馬車に御用聞きにきた。



父がお茶の用意を頼むと、アンは「かしこまりました」と下がり――護衛の騎士達に指図をはじめた。



従僕が同行していないため、力仕事は騎士達が担うようだ。



彼らはアンの指示に従い、できぱきと荷馬車から簡易テーブルと椅子を出すと、あっという間に茶席を整えてしまう。



車内からその光景を見ていた私は――。



「アンったら……まるで騎士たちの上官みたい」


と呟いてしまう。



兄がおかしそうに笑った。


「うん、そうかもしれない。アンの父上は、我が騎士団の先代副団長だったし……団員たちにとっては、彼女の指示は上官命令に聞こえるかもしれないね」




難なくお茶の用意が整い――アンに呼ばれて、私達は馬車を降りてテーブルにつく。




そして、茶席の周りを――騎士の面々がぐるっと囲うように並んだ。



ティータイムの雰囲気を壊さないよう――一応、遠巻きに警備してくれてはいるものの……。



――ものものしさは残るわね。



私は落ち着かない気分になるが――兄や父は気にならないらしい。


むしろ、当然という顔をしてお茶を飲み始めた。




父は――兄から報告を受けた「祖父からの忠告」を重く受け止めた。




そして、今回の視察では――のんびりとした田舎だからと油断せず、私の警備に万全の体制をしいた。



先の戦争でも大活躍した、精鋭ぞろいのタウンゼント騎士団――その中でも腕利きばかりを、今回の旅の護衛として集めたのだ。




私は屈強な騎士たちの視線を浴びながらティーカップを口に運ぶ。



――うう、くつろげないわね。




居心地の悪い思いをしていると――父がこほんと咳払いをした。



「ミレイユ。お前は……変わらず音楽は好きなのか」



唐突に尋ねられ、私は戸惑いながらも――微笑んで答えた。



「はい。大好きです」



帰国直後は伏せっていたが、体調が戻ってからは――自宅にあるピアノやバイオリンを毎日のように触っていた。



父は私の返答に頷くと――給仕のためそばに控えていたアンに目配せをした。


アンは心得たように――まっすぐに荷馬車へ向かって行き、長方形の革の箱を持って戻って来た。



一抱えの大きさがあるそれを持ち、アンが私の目の前に立つ。



一体この箱はなんだろうと首を傾げたところで、父が言った。



「私からミレイユへのプレゼントだ。開けてみなさい」



言われるがまま、箱を開けると――。



「これ……リュート……」


私は箱の中の楽器を見て――目を瞠った。



「ミレイユの一番好きな楽器だと……アンから聞いてな」



ぱっとアンを見ると、彼女は頷いた。



私は箱の中と父の顔を――交互に眺めながら口ごもった。



「でも……この楽器は……」



貴族が演奏するにはふさわしくない平民の楽器だと、父はずっと良い顔をしてこなかった。



――だから、小さい頃、隠れて練習してたのよ。



この国に戻ってきても――。



父の目を気にして、弾くことはせず、壁に飾って眺めるにとどめていたのだ。




それなのに――どうしてこれを贈ってくるのか?



私の考えてることが伝わったのか、父が苦笑いをして言った。




「私はミレイユがこの国に戻ってきてから……ずっとお前に謝りたいと思っていたんだよ」




「謝る……?」


思ってもみなかったことを言われ、私は驚く。父はすっと視線を下げて言った。



「お前が嫁いでからしばらくして……陛下の間者伝てに――かの国で、お前がどんな様子でいるのか聞いた」



父の口調が苦々しいものに変わる。



「離れで暮らし、自由を奪われ、閉じこもった生活を強いられてるときいて、怒りがわいた」


一層視線を下げて、父は続ける。



「同時に――自分も同じ事をお前に強いてたのではないかと気づいたのだ。お前を完璧なレディにするためとはいえ――」



テーブル上の父の手がぎゅっと握られた。



「好きな音楽を制限し、令嬢教育に閉じ込め――お前の自由を奪っていたのではと後悔した」



父の声が震えた。




「私は知っていたのだよ。令嬢教育が進むにつれ、お前の笑顔が消えていってることに……。それでも手を差し伸べずにいたんだ」



深い――とても深い、後悔の表情だった。この五年の間……ずっと苦しんでいたのだろう。



父がテーブル越しに、私に向かって頭を下げた。


父のそんな姿を見るのは、生まれて初めてだった。



「このリュートは……詫びの品だ。もう周りの目も、私のことも気にしなくていい。好きにリュートを弾きなさい。これからは……お前の自由を奪いたくないんだ。――すまなかった、ミレイユ」



私は立ち上がって、父の席に駆け寄った。



「謝らないで、お父様」


私は父の手をとる。



「確かに、令嬢教育は厳しいものでした。苦しくて、世界がつまらなく見えてた時期もありました」



「でもね、お父様」と父の手を強く握る。



「あの頃学んだことは、私の人生の糧になり、アーガスタでも大いに役に立ちました」



大公家のメイドの嫌がらせに毅然とした態度でいられたのは――淑女の心構えがあったから。



イルジャンの酒場で、客になめられることなく渡り合えたのも、教育で身につけた教養のおかげ。



「アーガスタで心折れずにいられたのは、令嬢教育の下地があってこそだったのです。教育を施して下さって感謝してます、お父様」




父は――顔を上げて私を見た。そして、私の手を握り返し、目を潤ませて、「そうか」と笑った。



兄の――明るい声がした。



「さて、父上の謝罪も済んだようだし……ミレーユ、このリュートでなにか聞かせてくれないか。賑やかなのがいいな。森の動物たちも踊り出してしまうような曲がいい」



陽気なリクエストに、張り詰めていた場の空気が緩む。



私は頷いて、プレゼントしてもらったばかりのリュートを手に取った。



周囲を見渡す。



父と兄が穏やかな表情で私を見ていた。


アンが感極まったようにハンカチを目に当てている。


騎士たちは、周囲を警戒しつつ――リュートの音を聞こうと、耳を澄ましているのがわかった。




――私がリュートを弾くことを……お父様が認めてくれた。



私は万感の思いで――弦を奏で始めた。








・・・・・・・



「本当に私……今日の視察についていかなくていいの?」



ルーモナにあるタウンゼント家の領地屋敷――その朝食の席に、私と父、そして兄の三人がいた。



昨夜到着したこの屋敷は、王都の屋敷と比べると少々手狭だが――。



秋の視察の時期だけ――一月程度を過ごすには十分な広さと機能、部屋数がある。



私達より三日前に到着してたメイドたちの準備のおかげで、何不足なく――今朝を迎えられていた。




「お兄様は南の畑へ、お父様は東の果樹園に行くのですよね? 私もタウンゼント家の一員です。ちゃんと家の仕事をする義務が……」



私がそう言いかけると、父はゆっくりと首を横に振った。



「お前は好きに過ごしなさい。森で静かにリュートが弾きたいのならそうしていい。ああ、護衛は二人連れて行くように」



食事を終えた父はそう言うと、立ち上がって忙しそうに食堂を出て行った。




戸惑っていると、ぽんと肩を叩かれた。見上げると、兄がすぐ横に立っていた。



「王都に戻れば、また気を張り詰める日々が待ってるのだから――今は、父上の言葉に甘えて羽を伸ばしたら?」



「でも……」



「昨日、父上が泉で言ったことを覚えてる? ミレイユが自由に過ごすことを、父上は望んでる。父上の顔を立てると思って、ルーモナでは好きなことをしたらいい」



兄の言葉に、私はおずおずと頷いた。




その時――窓の外から子どもの大きな声が聞こえてきた。




何事かと窓に駆け寄って、兄と二人で窓の外を見る。



すると、この土地の者らしき平民の少年が、父に向かってなにか怒鳴っていた。


少年は騎士に抑えつけられていた。それでも、その子は臆することなく、父を睨みつけてなにか喚いている。



「あれは……?」



私が唖然として兄に尋ねる。兄は苦笑いした。



「毎年――我々が視察に来るとああやって抗議に来る子でね」


「抗議?」



見たところ十二、三歳くらい――そんな子どもが抗議とは。


「……どんな内容なのかしら」



兄は一瞬の間の後に答えた。



「――両親を戦争で失ったようでね。二人が死んだのは、公爵がちゃんと領地を守ってくれなかったからだって……」



私は窓の外に視線を戻した。



父は――怒り叫ぶ子どもを、怒ることもなじることもせず、黙って馬車に乗り込んだ。




「お父様……あの子どもに罰を与えないのね……」



平民が貴族にたてつけば、それは当然に処罰対象だった。



「ここは他の貴族の目がないし……父上は、子どもは相手にしない主義でね」


兄は肩を竦めた。


「父上はいつも……あの子のことは『捨て置け』って言うだけなんだ」



馬のいななきが聞こえ……父を乗せた馬車が走り出した。



騎士が少年の拘束を解く。少年は――悔しそうに去って行く馬車を睨んでから……森に消えていった。



小さな背中を見送って――兄は言った。



「時には、怒りが生きる力になる」



私は兄を見た。



「父上の口癖の一つさ。戦場を経験した男なら――誰もが思うことらしい」


兄はそう言って私に微笑むと、「僕も視察に行ってくるよ」と食堂を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ