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最愛は、顔も知らずに離婚した敵国の夫・妻です。  作者: Sor
第二章

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29話【ルーモナへの視察】

「ミレイユ様、どうぞ」



アンがガーベラの花束を手渡してくれた。私はそれを――目の前の墓に供える。



墓石に彫られた名は――レナート・ガスパール。



兄のように慕った幼なじみであり――。


私との未来のため、戦いに身を投じ、亡くなってしまった――婚約者。



彼の優しい空色の目を思い出し、私は強く拳を握った。



こうして――。



私が彼の墓前に立つのは……帰国してからは今日が初めてだった。



墓石に触れる。ひんやりとした感触が――彼がこの世にもういないのだと伝えてきて――私の胸を締めつける。



――ごめんなさい、レナート。本当はもっと早くここに来たかったのだけど……。



帰国するなり、陛下から外出禁止が言い渡されてしまい――。



ようやく外出できるようになったら――今度は社交界復帰や商会の手伝いで忙しく、ここに来る時間がとれなくなった。



それに、なぜか――。


家族が墓参りに難色を示したのだ。



それをどうにかこうにか説得して――今日、出かけるついでにこうして来てみたのだが……。



私は墓石から手を離し……改めて辺りを見回した。



「ねえ……アン」


「はい」


「レナートのお墓って……この位置だったかしら」


「いえ……ここではなかったと思います」



――そうよね……。




タウンゼント家は、歴史が長いこともあり代々領地内に墓を持つが――。


ガスパール侯爵家は、多くの貴族同様――亡くなった家の者は、教会に埋葬していた。



地位が高ければ高いほど、聖なる力が宿るとされる聖塔の側に葬られるのが暗黙の了解で――。



「ガスパール侯爵家は、聖塔のすぐ北側が墓地だったはず……よね?」



私が嫁ぐ前も、そのあたりにレナートの墓はあったはずだ。



だが――。



今、彼の名が刻まれた墓石はここ――平民が埋葬されるような、聖塔からかはり離れた場所にあった。




こんな片隅にあるとは思わず――。




墓地を訪れた私は、自力で彼の墓を見つけられず……墓地の片隅で日なたぼっこをしていた年老いた墓守に、レナートの墓の所在を尋ねたのだった。




墓守は最初……。


「婚約者だった人の墓を探してるの」と言う私を怪訝そうに見ていたが……。



私からあれこれ話を聞いているうちに、


「ああ、あの墓か。ここ最近、毎朝、生花が飾られてる……」


と、どの墓のことかわかった顔をした。



そう――私は自分が墓参りできない代わりに、家のメイドに頼んで、レナートの好きだったガーベラを毎日墓に供えさせていたのだ。



それから合点のいった墓守は、レナートの墓に私を案内してくれたのだった。




私は――まだ後ろに控えていた墓守を振り返って尋ねた。




「私の記憶が正しいのなら――レナートの墓はもっと聖塔の側にあったと思うんだけど……。どうしてここに移したのかしら?」



墓守は首を振った。


「さあねえ……あっしは一年前からここで働き出したんですわ。その頃には、もうこの位置にありましたんで」



墓が移された理由はわからないと言って、墓守は元いた場所に戻っていった。




アンが声をかけてきた。


「ミレイユ様。そろそろ馬車に戻りませんと……公爵様とジスラン様がお待ちです。なるべく早く、視察に向けて出発したいと仰せでしたので」



私は頷いて――もう一度、レナートの墓を目にしてから……足早に馬車に戻る。



車内には――墓地から顔を背け、明らかに不機嫌な様子の兄と父がいた。



――レナートの墓が移動していることについて、二人ならなにか知ってるのだろうけど……。



とても尋ねられるような雰囲気ではなく――。


朝の日差しに照らされた馬車は……沈黙の中、静かに出発した。






・・・・・・・


清々しい秋晴れの下、陽がだいぶ高く上った頃――。


私は馬車の窓の外を流れる……フォンティティの森の美しい紅葉に目を奪われていた。




この森が戦火を逃れ――美しさを保つことができたのには理由があった。




バラッタインの国境とアーガスタの国境の間には、緩衝地帯――五つの森があり、フォンティティの森もその一つだった。



戦争は、はじめ――。


それぞれの森の緩衝地域にて始まった。


その後は、緩衝地帯を抜けて、互いに国境砦も突破して相手国へ侵攻し――。


国境沿いの村や町を次々と占領するが……その数ヶ月後には取り返されることを繰り返して――。


両国ともに国の境は荒れ果てた。



そんな中――。


フォンティティの森は戦地になったものの――森が焼き払われることなく維持された、珍しい森だった。



それはひとえに――バラッタイン、アーガスタともにこの森の国境沿いの領地を治める……領主の配慮あってのことだったと噂されていた。



この美しい森を灰にするのは忍びなかったのだと――。



事実――。


――アーガスタのほうのことはわからないけど、お父様や、ガスパール侯爵は森を大事にしたかったからと言ってたわ。




ふと――窓の向こうに。


ブナの木の枝に、両手いっぱいにどんぐりをかかえたリスを発見する。



「すごいわ! あんなにどんぐりを集めて……あのリス、全部食べきれるのかしら!」



私が興奮して言うと……横から兄の「くすっ」という笑い声がした。



「ミレイユ、リスはこの時期、冬に備えて準備をするんだ。大量のどんぐりはきっと――貯食用だね。今から巣のそばに埋めるつもりなんだろう」



続いて向かい席から――父の声がした。



「リスが見たいのなら馬車を停めるが……どうする、ミレイユ?」



私は窓に向いていた身体を、真っ直ぐに戻すと、父に言った。



「いいえ、お父様。観光ではなく視察でこちらに来てるのですから――予定通りにまっすぐ目的地に向かうべきです」



父は苦笑いする。



「やれやれ、ミレイユのことは……少し真面目に育てすぎたな。そう思わんか、ジスラン」


「はい、私もそう思います」



兄は肩を竦めて、私を見た。



「確かに――私と父上は、毎年この森にある領地、ルーモナに視察にきているけれど……」



ルーモナはバラッタインの最北部――フォンティティの森の一角にあり――。


晩秋にこの土地の視察に行き――現地の作物の収穫を検分するのが、タウンゼント家の恒例になっていた。




「でもね、ミレイユ。今年、ここに来たのは仕事のためだけじゃない」


兄は続ける。



「ミレイユにこの森の秋を満喫してほしくて……来たんだよ。だから、少しはわがままを言ってくれたほうが嬉しいな」



そう言って、兄は笑った。父をうかがえば――大きく頷かれた。


私は少し迷ってから――口を開いた。



「ありがとう、お兄様、お父様。じゃあ……もう少し行けば泉があるのでしょう? そこで休憩してもいいかしら」



「もちろんだ。お茶の用意もさせよう」


父が張り切って言う。



私はできるだけ自然に見えるよう微笑んだが――心の中では喜びより戸惑いのほうが大きかった。




――私の好きにさせてくれるのはありがたいけれど……。


父の――嫁ぐ前との態度の落差に、面を食らってしまう。




幼い頃――両親は、私を愛してくれていたが……。


令嬢教育に厳しく、分単位でスケジュールを詰め込み――そこに私の自由意志など少しも認めてもらえなかった。



それはアカデミーに入ってからも同じで、友人との時間をとることは許されたが、「公爵令嬢」として縛られた生活を送った。



見かねた兄が――息抜きにと、たまに楽器屋めぐりに連れ出してくれることが、何よりの楽しみだった。




ところが、帰国してからは――。


両親が――特に父が、私の意志を尊重してくれるようになったのだ。



今も、向かいの父が私を顔色をうかがってるのがわかった。



私は……慣れない視線に、どう対応すればいいのかわからず、「泉に着くまで少し眠りますね」と目を閉じた。






寝たふりをしながら――。



――お父様……、どうしてこんなに自由にさせてくれるのかしら。


と――向かい席の気配を気にしつつ、心の中で首を捻る。



――私のことを心配してくれての気遣い?



少し違う気もするが――今のところ、それくらいしか理由が見当たらない。



そう――私の現状は……家族をだいぶ不安にさせていた。




一ヶ月前の――あの夜会での祖父との邂逅。


『――周囲に十分警戒せよ』


祖父が去り際に残した私への忠告。


それは身の危険を感じさせるものだった。




反国王派のアーガスタへの恨みは深いのだと――改めてつきつけられた。


そして、私の立場は――。


ジャンレーヌ様が懸念している以上に彼らの反感を買い、危険にさらされているのだと悟った。




兄はかなり気にかけてくれて、「和平の使者」の役目を辞退したらどうかとすすめてくれたが――。



私は――例え、危ない目にあっても、国のために尽くすという志を曲げようとは思わなかった。



だから――。



夜会後も、サロンやお茶会に呼ばれれば、積極的にアーガスタを好ましく語ってみせ、「和平の使者」を継続した。



時折――反国王派らしき貴族から、反論されることもあったが、上手くいなしていたと思う。



そうして、自画自賛しながら自信をもって与えられた仕事をこなしていたのだが――。




周囲の目にはなぜか……私の言動が痛々しく映ったようで。




つまり――本当は反国王派からの襲撃に怯えているのに、それを隠して健気に役割を演じている……と捉えられてしまったのだ。




――どうしてそんな風に勘違いされたのかしら。弱音なんか吐いた覚えはないのに……。



私は納得がいかず……目を閉じたまま、むっと口を引き結ぶ。




確かに――。


普通の令嬢であれば……不安に駆られる状況なのかもしれない。


しかし、私は強がりではなく本当に――そこまで恐いと思っていなかった。



なぜなら、私は――。



アーガスタで散々な目にあったおかげで、「狙われる恐怖」に対し幾分耐性がついてしまっていたから。



それに――。



――かの国では味方はアンだけだったけど、この国では家族をはじめ、陛下やジャンレーヌ様も私を守ってくれようとしてくれてる。



それがどんなに心強いことか。



だから、私は――警戒は必要だとは思うが――過度に怯えたり不安になったりすることはなかった。




でも、家族は――。


日に日に派閥争いが過激になり、反国王派が私を見る目がかなり険しくなってきた王都から……一度私を引き離すべきだと考えた。



そうして――今日。


都から離れた、穏やかな時間が流れるこの森へ……。


視察や紅葉観賞を口実に――半ば強引に連れてこられたのだった。




私は薄目を開けて、窓の外を見る。




美しい秋の森。ふうっと気が緩むのを感じた。



――まあ、この一ヶ月、ずっと社交やお役目で気を張っていて……疲れてはいたのよね。



さきほどのリスは可愛くて癒やされた。ああいうのがまた見られるなら――しばらくここにいてもいい気がした。



私は再び目を閉じる。



――そうね、休暇だと思って少しのんびりしようかしら。



馬車に揺られながら、私はそう決めた。


お読みいただきありがとうございます。

土曜、日曜は16時20分に投稿予定です。

物語の舞台は森へ……。楽しんでいただけたら幸いです。

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