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最愛は、顔も知らずに離婚した敵国の夫・妻です。  作者: Sor
第二章

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26話【夜会2】

私をそっちのけで、互いにいがみ合いはじめた男性たちに、呆気にとられていると――。


ふいにとんとんと腕を叩かれた。



ルイズだった。



彼女が黙ってじりじりと後退していくのを見て――私とマノン、エラも倣う。そして、令息たちの包囲網が緩んだ一画から騒ぎの外へと脱出する。



口論に夢中の彼らは、私たち四人がいなくなったことには気づかない。



ほうっと息を吐いて、私たちは食事の並ぶテーブルまで移動した。






「ほらね、ミレイユ、この前のお茶会で私が言った通り……あなた大人気でしょ?」



マノンが、私にウインクを送ってきた。



私は周囲をうかがってから、小声でマノンに問う。



「……なんであの人たち、あんなに必死に私に話しかけてくるの?」



マノンは「はあ?」と驚いた顔をしてから、



「そんなの、ミレイユが素敵だからに決まってるでしょう。もうっ、完璧な淑女なのに、どうしてこういうところだけ……」


と、彼女が目をつり上げていると――。




「まあまあ、ミレイユのこれは天然ですから怒っても仕方ないですよ」


と、エラが来てマノンの肩を叩いた。




それからエラは、「まあ、他にもいくつか理由はありまして……」と、私の耳元で囁いた。



「気づきました? 彼らはだいたいが、次男、三男だったでしょう?」




きょとんとする私に、ルイズが片手を振って言った。




「彼らはね――あなたの夫になりたいのよ」




――ああ、そういうこと……。


私は合点がいった。




この国では女子にも家の継承権家があるとはいえ――基本的に男子が家を継ぐ。それも嫡男であることが多く――。


次男、三男は……家を出て、自活していかなくてはならない。



自活の選択肢としては、騎士団に入る、王宮に文官として就職する、平民街で商売人になる、などいくつかあり――。


その中の一つとして、爵位持ちの女性と結婚して婿に収まるというものがあった。




――私はお父様からコロ子爵位を譲り受けてるわ。




つまり、私の夫になる者は、必然的に「コロ子爵」の夫を名乗ることができ――貴族らしい暮らしを継続できるのだ。




ルイズが言う。



「婿入りする相手の家格が高いに越したことはないわ。今――この国には年頃の王女はいない。そうなると、次ぎにターゲットになるのは……」



「四大公爵家ですね。この中で娘がいるのはタウンゼント家とアブト家だけ」



エラが皿にクッキーを取りながら言う。



――つまり、私とユリアンヌ様が、彼らの結婚相手として最優良物件……ということね。



けれど――。



「それなら、出戻りの私より、初婚になるユリアンヌ様のほうがいいわよね? 彼らだって初婚なのでしょう?」



この国では、自身が初婚の場合、相手も初めての結婚であることが望ましいというきらいがある。



友人三人がいっせいに頭を横に振った。



「美しく賢い、バラッタインきっての『淑女の鑑』と呼ばれたミレイユだもの。再婚者であることなんて……微塵も気にしないわよ」



マノンはそう言って……「ほら」と背後を見た。


彼女の視線の先には――誰が私に話しかけるのか……まだ揉めに揉めてる令息たちがいた。




「ユリアンヌ様もお美しいし博識で、求婚者はたくさんいるけど――彼女の高飛車なところに尻込みされる殿方もけっこういるんです」


エラが声を潜めて言った。



「それに――打算的ではあるけれど、婿になるなら、ただの公爵家より筆頭公爵家の令嬢のほうが良いに決まってるわ」


ルイズの指摘に、なるほどと思う。




私と結婚すれば――名実ともに最大勢力家門の後ろ盾が得られるのだから――。


再婚にこだわらず、夫になりたい男が殺到するは当たり前なのかもしれない。




「自分の価値を正しく認識してもらえたかしら、ミレイユ?」


ルイズの問いかけるような視線に頷く。



「ええと……そうね、わかったと思うわ」



結婚相手としては――自分がそれなりに魅力的だということは把握した。




「良かったわ。女の戦いが始まる前に理解してもらえて」



――女の戦い?



ルイズの言葉に首を傾げてると、エラが扇を広げて私に耳打ちする。




「ほら……ユリアンヌ様がこちらに向かってきてます」




さっと周囲に視線を走らせる。すると――右側から、しずしずとプラチナブロンドを揺らしながら、たしかにユリアンヌが歩いて来ていた。



「彼女、今は澄ました顔してるけれど、さっきは……令息たちがミレイユを囲んでるのを睨みつけるように見てたわ」


マノンは肩を竦めて言う。



「今まで令息たちの好意を、自分一人で独占していたから……とりまきがミレイユになびいたのが面白くないのでしょうね」


ルイズが溜息をひそひそと呟くと――。




鈴の鳴るような声が聞こえた。



「ご無沙汰しておりますわ、ミレイユ様」



私は声の主に向かって、優雅にカーテシーをした。


「お久しぶりですね――ユリアンヌ様」






周囲の空気がざわっと揺れた。


誰もが私とユリアンヌの対峙に興味津々なのがわかった。


言い争っていた令息たちも、口を閉じてこちらをチラチラとうかがいはじめた。




――ユリアンヌ様は……私が嫁ぐ少し前にデビューされてたわね。今年で二十一歳になられたはず。



彼女は色白で、プラチナブロンドの髪と淡いグレーの瞳を持ち、顔立ちは清楚系美人。儚げな容姿のせいか、まだ十代といっても通りそうだった。



私は淑女の微笑みを浮かべた。



「ユリアンヌ様、お元気にしていらっしゃいましたか?」



「おかげさまで、健やかに過ごしておりましたわ。ミレイユ様は……アーガスタに行かれて、少しお痩せになったのでは?」



ユリアンヌはそう言って……口元を微笑みの形にするが、目には意地悪そうな光をたたえていた。



――そういえば、ユリアンヌ様ってこういう方だったわね。



さきほどエラもぽろっと言ってたが……彼女は一見可憐なのに、性格はなかなか苛烈だった。



今の発言も暗に――「元敵国の嫁ぎ先ですもの。まともな扱いを受けず、ろくな食べ物も出なかったのでしょう?」と言ってきたのだ。



――マノンたちが言っていたことは嘘じゃなかったのね。



ユリアンヌは私を牽制――明らかに敵視し、貶めようとしていた。




扇の下で溜息をつく。


――大公家からは、必要最低限の食事の提供はあったけど……まあ大公夫人の食事内容とは言い難かったわね。



離れでの暮らしをちらっと思い出す。しかし、それを顔に出すことはない。




――私が陛下から賜った役割は「和平の使者」よ。



両国の和平の架け橋となったこの婚姻を……大公家を――悪く言うことはできない。



ここで返答を誤れば……今、私たちの会話に聞き耳を立ててる貴族たちに、かの国に対して悪い印象を植え付けてしまい――。


それは、まわりまわって、両国の絆にひびを入れる楔になる。




すなわち――。


――大国に侵攻のチャンスを与えてしまう。




私は、扇で顔を半分隠すと慎重に答えた。


「アーガスタはこちらより北部のためか、採れる野菜や果物の種類は多くありませんでしたが――」



ここで私は少し声を張って、周囲にも聞こえるよう続けた。



「その分お肉の種類が豊富でした。山が多いので、鹿やイノシシ……とくに穴熊のお肉は最高で、とろけるようなお味で。食べ過ぎて少し太ってしまったくらいでしたの」



事実――大公家の従者達が運んでくる食料は肉類が多く、また、そのどれもが絶品だった。



「私が痩せて見えるのでしたら……きっとあちらの料理が恋しくて、食事量が落ちてるのかもしれません」



大げさに言って扇を外し、おどけた笑みをつくった。


周りから楽しげな笑いが起き、「まあ、そんなに美味しいのですの?」とか「それはぜひ一度賞味してみないと」とか……。


私へ――そして隣国へ向けて――好意的な空気が生まれる。



ユリアンヌが悔しそうな顔をした。



しかし――私のドレスの下の方を見るなり、彼女はにやりと口の端を上げた。



「まあ、そうでしたの。かの国のお肉はさぞかし美味だったのでしょうね。ところで……」


彼女は扇で私の足元――靴からちらりと見えるストッキングを指した。



「そちらのお召し物ですが、ずいぶんと厚手ですのね。アーガスタの品かしら?」



どこか小馬鹿にした口調から――彼女が「野暮ったいストッキングね、どうせ北部のものなんでしょ? はあ、センスがないわね」と言っているのがわかった。




――どう宣伝しようか迷ってたのだけど……これは良い切っ掛けをもらったわ。



私は今日一番の笑みを浮かべた。

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