表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最愛は、顔も知らずに離婚した敵国の夫・妻です。  作者: Sor
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/34

25話【夜会1】

夜会当日。



日が沈みかけた頃合いで、私は兄と二人で公爵家の馬車に乗り、夜会が開かれる王宮へと出発した。



宮殿に着き、会場へ入ると――まずは国王陛下へ挨拶をしにいこうと、兄の腕に手をかけた。



優雅に歩き出しながら――兄がにっこりと笑って言った。



「そのドレス、やっぱりぴったりだったね。ミレイユの美しさをよく引き出してる」


目を細める兄に、私は照れながらも笑顔で返す。



「この色は着たことがなかったのだけど……とても気に入ったわ。ありがとう、お兄様」



普段は――髪の色に合わせて赤か、目の色に合わせて緑を着ることが多いのだが……。


兄が用意したのは、鮮やかな青緑のふんわりしたドレスだった。



深緑の瞳が凜として見え、赤髪は理知的な輝きを帯びる。


こんなに品良く愛らしく映えるドレスを着るのは初めてだった。



兄も私と同じ色味の夜会服を纏っていて、大人っぽく着こなしていた。妹から見ても――色気が漂っていてドキドキしてしまう。



――お兄様の服のセンスって、本当にすごいわ。



陛下の元へと向かう私と兄を見て――周囲の夜会客がほうっと溜息をつくのが聞こえた。


「なんて素敵なお二人なんでしょう」


「どちらの家門の方なんだ?」


「まあ、ご存じありませんの? タウンゼント家の……」



ひそひそと交わされる会話に、兄は「みんなミレイユの美しさに魅了されてるね」と上機嫌だ。



――うーん、半分はお兄様への賞賛だと思うけど……。



兄は、令嬢たちの熱い視線を感じないのだろうか――と首を傾げてしまう。




陛下の元にたどり着いた私たちは、深々とお辞儀をした。




父と母は、領地の公務で夜会を欠席のため、兄が父の代理――小公爵として陛下と挨拶の言葉を交わす。



私はちらりと、陛下の後ろを見た。


いつもの護衛騎士ともう一人、見慣れない異国の正装した男性が立っていた。


兄との挨拶を終えた陛下が、振り返ってその貴人を――私たちに紹介し始める。



「こちらはムガルンド帝国の宰相、バナージ・ガンベイ閣下だ。交易の打ち合わせでな、先週から王宮に滞在してもらっている」



ガンベイ宰相は、一歩前に出ると、異国風のお辞儀をして――じろりと私たちを見てきた。



私と兄は、ガンベイ宰相に礼をとった。



そして――。


兄と話し出した宰相を、私はそっと盗み見た。



年の頃は――父より少し上。褐色の肌。兄と会話をしていても、こちらを観察するような視線はそのままで、居心地が悪くなる。



――さすがは大帝国の宰相ね……油断ならないわ。



ムガルンド帝国は、周辺国では一番の大国だった。


領土、財政、文化、技術――どれをとっても、他国の追随を許さない先進国。


故に――。


近隣の国の貴族の子女は、幼少時から一度はこの国に留学することを夢見ていた。



実際、私のアカデミー時代にも――休学して帝国へ留学しにいく生徒が何人もいた。



――そういえば、レナートもムガルンド帝国に滞在したことがあったわね。



そう思い出したところで、宰相と兄の会話が終わり――ふと宰相と目が合った。じっと見つめられ、慌てて目を逸らしてしまう。



そこで、ジャンレーヌ様から声がかかった。



「二人とも素敵な衣装ね。会場の皆が、ジスランとミレイユに釘づけだわ」


陛下の隣に座る王妃殿下は、微笑んで会場を見渡す。



「あなたたちと話したい者が大勢いるようよ。お相手してあげてね」


もう下がっていいわよ――そう、暗にジャンレーヌ様が言う。



私が宰相に萎縮しているのを察してくれたようだった。



兄と二人「はい、失礼致します」と頭を垂れて、壇上から下りると、ほっと一息ついた。




「緊張した?」


兄が尋ねてきて、私は視線を下げ、素直に頷いた。



「しばらく、こういう公の場に出てなかったし……誰かに正式にご挨拶するのも久しぶりなんだもの。まだ、ドキドキしてるわ」



「そう。でも、そんなこと言ってられないみたいだよ」



兄の言葉に視線を上げると――。



私たちはいつの間にか、人に囲まれていた。その顔ぶれは――高位貴族の当主クラスがずらり。



緊張に――顔を強ばらせる私に、兄が耳元で囁く。



「大丈夫、君が小さい頃から接してきた……『おじさま』、『おばさま』ばかりだよ」



言われてみれば――幼いときからお父様の横について見てきた懐かしい面々。



「さあ、ご挨拶して」



兄に背中を押してもらい――私は一人一人に、自分の口から帰国したことを告げ……。


社交界に復帰するので、今後、力になってほしいと頭を下げた。




「敵国に嫁いだ女などごめんだ」と冷たい対応をされるかもしれない……そう内心ビクビクしていたのだが――。



子ができず「離婚」をした……ということになってる私に、ほとんどの人が同情的で――。


いつでも頼ってほしいと、好意的に受け入れてもらえた。




――良かった、すんなりと社交界へ戻ることができそうだわ。




当主たちとの挨拶を終え、その成果に手応えを感じていると――。






「お疲れ様、ミレイユ」


「重鎮方とうまく話せたみたいね」


「飲み物でもいかがですか」


友人たちの声がして、私は振り向く。



マノンとルイズが微笑んで立っていて、エラがシャンパングラスを手渡してくれた。



友人たちの姿に、当主たちとの会話で張り詰めていた気持ちが一気に解ける。



一歩離れたとろこで、私を見守っていた兄もふっと表情が柔らかくなった。




「ジスラン様、ごきげんよう」


マノンが恥ずかしそうに膝を折ると、兄は微笑んで会釈した。



「マノン嬢、ごきげんよう。素敵なドレスですね」



「ありがとうございます。ジスラン様も――そしてミレイユも。いつもに増して輝いてらっしゃいますわ」



マノンがそう言って微笑むと、エラも、



「思った通り、会場はお二人に目を奪われてますね、ふふふ」


と満面の笑みを浮かべる。



そこで――。




「ジスラン!」


少し離れた場所から兄が呼ばれた。声の主を見れば――。



――あれは……お兄様のご学友のシェロン侯爵令息だったわね。



そして、令息の周りには――数人の令嬢たちがいて、兄のことをうっとりとした目で見つめていた。



兄は「ああ、イレネオか」と片手を上げて応えるが……動かない。




「お兄様? あちらに行ってらっしゃったら?」


私が言うと、兄は首を振った。



「いや、王妃殿下からも言われているし……今日はミレイユを一人にはできないよ」



白亜の間で、ジャンレーヌ様から「外出先ではなるべく一人にならないように」と注意されたのを思い出す。



「あら……私達がおりますわよ?」


エラがおっとりと首を傾げて言った。


「ええ、私達がミレイユと一緒にここにいますわ」


マノンが頷き、ルイズがまだ兄に手を振ってる令息のほうを見て言う。


「殿方も社交は大事ですわ。妹君は私たちにお任せになって、あちらに顔を出して差しあげて下さい」



兄は躊躇いながら――。



「そう……じゃあ、少しの間だけ、ミレイユのことをお願いできるかな?」



もちろんですと頷く三人に微笑んでから、兄は友人の元へと向かうと――。



イレネオ令息と令嬢たちに引っ張られるように、テラスのほうへ消えていった。




「こほん」とマノンが咳払いすると、声を潜めて聞いてきた。



「ねえ、ミレイユ。さっきのジスラン様の言葉……王妃殿下が、あなたを一人にするなとおっしゃったの?」 



ルイズも口元を扇で隠して、小声で尋ねてくる。


「あなた、帰国してまだ二ヶ月しかたってないのに……もうなにか面倒事に巻き込まれてるの?」



――なんて答えたらいいかしら……。



白亜の間での会話を思い出す。


周辺大国との関係や、国内派閥など……政治的な内容が大いに含まれていた。



――ジャンレーヌ様の言葉をそのまま教えるわけにはいかないわよね。




私が言いよどんでいると――。




ふと、正面に人が立つ気配がした。



――誰かしら?



顔を上げると、私と同い年くらいの令息が立っていた。それから――私は周りを見回してぎょっとする。



私たちは、いつの間にか貴族男性たちに囲まれていた。




はっと息を飲む。



――この人達……もしかして、ジャンレーヌ様が言ってた反国王派?



男性たちの視線は――私だけに集中していた。




――落ち着くのよ、ミレイユ。



私は扇で口元を隠すと、鉄壁の微笑みをもって彼らと相対する。



――負けてはいけないわ。どんなことを言われても、笑顔をでやり過ごすの。



正面の令息が――口を開いた。



――来るわ。


私は――微笑みはそのまま、心の中で身構える。



すると――。



「ごきげんよう、タウンゼント公爵令嬢。素敵なドレスですね。でも……衣装以上にあなた自身が輝いているように……僕には見えます」



頬を染めて言う令息に――。



「え? あ……ありがとうございます……?」



きつい言葉を予想してた私は、彼からの褒め言葉に意表を突かれて――返答がたどたどしくなってしまう。



しかし、彼は、私のぎこちなさに気づいた様子はなく、ぽうっとした視線を私に向けてくる。



「あ、あの……私のことは覚えておいででしょうか。アカデミーで同じクラスだったのですが」


令息はためらいながら、尋ねてきた。



敵意を向けてくるどころか、こちらをうかがうような態度。そして――。



――アカデミーで同じクラス?



「あら、もしかして」と思いつく。



――この人、反国王派とかではなく、単なる同窓生……?



よくよく見れば、たしかに見たことがある顔だった。


彼は、どうも――。


懐かしい顔を見つけて、声をかけてくれただけのようだった。



――やだ、私ったら……。



肩の力を抜くと、自分の早とちりに恥ずかしくなりながら、彼の容姿に目を走らせた。



――うん、やっぱり見覚えがあるわ。



チョコレート色の髪に、オレンジがかった温かい茶色の目、そして小柄な体型。



「ええ、わかりますわ。ホアキン伯爵令息、お久しぶりでございます」



私が微笑んで返すと、彼は頬を赤らめて言った。



「忘れないでいて下さって嬉しいです。こうして再び令嬢にお会いできて光栄です」


会釈をする彼に、私も膝を折った。



「私のことも思い出せませんか、令嬢。隣のクラスで、一緒に展示会の実行委員をした……」



ホアキン伯爵令息を押しのけて、後ろから出てきた令息に、興奮気味に問いかけられる。



私が記憶を探っていると――。



「よそのクラスが出しゃばるな。僕のことはどうでしょう。一緒にクラスの授業でダンスを踊ったことが……」



「そこをどきたまえ。兄上のジスラン殿と同じ学年の……」



「私は兄上よりも一つ上だが、年上すぎるということはないだろう? アルマ侯爵家の……」



俄然……騒がしくなってきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ