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最愛は、顔も知らずに離婚した敵国の夫・妻です。  作者: Sor
第二章

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24話【デイモンへの想い】

父母が王宮に到着すると、すぐに豪華な晩餐会がはじまり——。



五年ぶりに味わうバラッタイン王宮の料理は、変わらず美味だった。



気軽な内輪の話——観劇や乗馬、最近読んだ本の感想——で和やかに食事が進み……。


デザートが運ばれてきた頃合いで、陛下が私の名を呼んだ。



ジャンレーヌ様が言ったとおり——。



陛下は私に「円満な離婚」を周囲に印象づけ、「和平の使者」として、今後振る舞ってほしいと頼んできた。



家族はいい顔をしなかったが、私が了承すると——異を唱えることはなかった。



そうして晩餐はつつがなく終わり——私は家族と一緒に帰宅した。






久しぶりに王宮で長時間を過ごした私は——。


気を張っていたのだろう、自室にたどり着くなり、大きな欠伸が出てしまった。




「まあまあ、すっかりお疲れですね、ミレイユ様」



部屋で待機してくれていたアンは、ふふっと笑うと——。


ベテランの手際で、うとうとする私を湯に入れ、マッサージをし、肌の手入れをすると、鏡台の前に座らせた。



髪をとかしてもらってる間、あくびをかみ殺しながら、王宮であったこと——ジャンレーヌ様のお話や、陛下からの頼まれ事——をアンに話して聞かせる。



すると——アンの手が止まった。



「敵国に嫁がせて過酷な結婚生活を強いた上——帰国して間もないミレイユ様に、今度は……」



地の底を這うような声がした。



「反国王派の口撃の的になれと言うんですか、あの陛下は?」



アンから殺気じみた雰囲気を感じ、私は眠気が吹っ飛んでしまう。



「アン? お、落ち着いて……」



「これが落ち着いていられますか! ミレイユ様がどんな思いでこの二ヶ月を暮らしてきたのか……陛下は知らないからそんなことが言えるんです!」



アンが目をつりあげて言う。



「アンは……これ以上、ミレイユ様がお辛い思いをするのは我慢なりません!」



私は座ったまま振り返ると、彼女に抱きついた。




「私を思って……怒ってくれてありがとう。でも、大丈夫よ。私はこれから——このバラッタインと公爵家のために生きると決めたの。話したでしょ?」




アンはぐっと唇を噛むと、「ミレイユ様がそうおっしゃるなら」と怒りを鎮める。



私は立ち上がった。



「今日は疲れちゃった。もう寝るわね」


「……はい、ごゆっくりお休み下さい」



アンは少し心配そうな顔をしてから——一礼すると部屋から出て行った。




私は一人——ベッドに腰掛けふうっと息をついた。



『ミレイユ様がどんな思いでこの二ヶ月を暮らしてきたのか……』



さきほどのアンの声が耳に蘇る。



離婚したあの日のことが思い浮かんできて——私は胸元を押さえた。

離婚し、暴走する馬車に乗ってバラッタインに帰ってきたあの日。



私は公爵邸に着くなり倒れてしまった。



次の日、なんとか起き上がり、人目を避けて登城し——国王陛下と王妃殿下に帰国の報告を済ませたが——。



帰宅すると、高熱を出して再び倒れ、それから一ヶ月もの間——熱が下がらず、ベッド上で日々を過ごすことになった。



医者からは、過労と精神の衰弱が指摘され——。



敵国であるアーガスタでの五年にも及ぶ気を張った生活が、心身を弱らせたのだろうと診断された。



陛下から、離婚発表まで、周囲に帰国を悟らせないよう外出を禁止されたこともあり——。



熱が引いてからも、外界からは距離を置き、部屋の中でゆったりとしたリズムで生活した。




日中は読書をしたり刺繍をしたりした。飽きれば、屋敷の奥の庭園を散歩をし、アンとおしゃべりをする。



そして夜は——。



静けさの中で、アーガスタでの日々を思い出した。



大公の離れでメイド達から受けた嫌がらせや、国民から向けられた増悪の視線。



殺されるかもしれないと怯えた日々。



私は毎晩、アーガスタで感じていた恐ろしさが蘇り、ベッドの上で震えた。



同時に——。



毎夜、自室の壁にかけてあるリュートを見上げては、平民街での楽しかった出来事に思いを馳せた。



酒場で陽気なお客さんに囲まれて、心おきなくリュートを弾いたこと。



サラにリュートを教え、ナンシーさんやミシェルさんと笑ったこと。



そして——。



ダンと過ごした——忘れたくても忘れられない時間。



彼とは始め、喧嘩ばかりだった。


それから互いのことをゆっくり知っていって——気づけば彼に恋をしていた。


それはあっという間に愛に変わり——。



あの離婚の日を迎えた。



愛しい人との悲しい別れの日だった。




「ダン」


暗い部屋で彼の名を呼ぶ。



ぎゅうっと寝間着の胸元を掴む。



あの離婚日——彼は馬車を追いかけて、私を求めてくれた。



私は勢いにまかせ愛しさから、扉を開けて差し出された彼の手に——自分の手を伸ばした。




けれど今、同じように手を伸ばされたら——。


——果たして私は彼の手をとるかしら?




私は目を開けると、壁に飾られたリュートを見た。



時間が経ち、彼への愛が冷めたわけではない。



けれど——冷静な私が問いかけてくるのだ。



あの男はデイモンだ——レナートを殺した憎い敵だと。



レナートを失った悲しみ、彼を過去にして自分だけが進んでいく後ろめたさは——もう吹っ切れていた。



けれど——。



私の中にデイモンを憎む気持ちは——厳然としてあった。きっと死ぬまで私の中にあり続けるだろう。



愛しいダンと、憎悪するデイモン。


時間が経てば経つほど——この二人が私の中で一致しなくなっていた。



故に——。



私は帰国してからこの二ヶ月——彼への愛しさと憎しみの狭間でずっと苦しんだ。



そのせいで、熱が出てるのに輪をかけ、食欲はわかず、気力は衰え、身体は衰弱していく一方。



けれど——。



アンが寝る間を惜しんで看病してくれた。



お兄様は身体に良い食材を自ら買い求め、私の体力を戻そうとしてくれた。



父と母は——忙しい公務の間を縫って、毎晩お見舞いに訪れた。



そして二人は——痩せ細ってしまった私の手をとり、泣きそうな笑顔で、元気になったらあれをしよう、これをしようと元気づけてくれたのだ。



アンと家族の温かい心遣いに——私の引き裂かれるような心の痛みは、次第に落ち着いていき——。



段々と気力を取り戻した私は、ある決断をした。



——彼への気持ちは忘れよう。



恋しさも憎らしさも、全部心の奥底に沈めて蓋をしよう。



私と彼は離婚し、もう二度と会うことはない。



そう——。



あの離婚契約書がある限り、会いたくても会うことは叶わない。



ならば、忘れるのが一番だ。




出戻りの貴族女性のその後は——実家の手伝いをしたり、王宮に働きに出たり——もしくは世俗と距離をおいて修道院に入るのが通例だった。




私は、嫁ぐ前と同様に——家のために尽くそうと決めた。



手始めに、母がつくった商会——女性向けの商品を扱う店の手伝いをはじめた。



商品の開発にも加わり、今度の夜会では私がアイデアを出して開発した「新商品」の宣伝をするつもりでいた。






「あら、もうこんな時間。早く寝なくちゃね」



私は文机の置き時計を見ると、毛布を捲ってシーツに身体を滑らせた。



ほどよい疲労感。


私は、忙しく回り始めた日々に満足していた。




彼のことを思い出す間もなく——こうしてすぐに眠気が訪れてくれるから。




——これからは……前だけを見るの。公爵家とこの国のために生きていくのよ。



ここ一ヶ月で何度もした決意を繰り返し——私は眠りについた。



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