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最愛は、顔も知らずに離婚した敵国の夫・妻です。  作者: Sor
第二章

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23話【王妃からの話】

王宮に着くと、メイド長の案内で王妃殿下が待っているという白亜の間へと案内された。



「王妃殿下、ジスラン・タウンゼント、ただいま参りました」


「ミレイユ・タウンゼント、ただいま参りました」



兄とともに臣下の礼をとる。



「よく来てくれましたね。二人とも顔をあげなさい」



柔らかだが威厳のある声がして、姿勢を戻せば、ソファでくつろいだ様子で微笑む王妃殿下の姿があった。



五十歳を超えてなお、美しい容貌は衰えておらず、たおやかな雰囲気はずっと変わらない。



「今日は公式な謁見ではなくて、私が個人的に二人を招いたの。だから王妃ではなく名前で呼んでちょうだい。堅苦しい話し方もなしよ」



兄と私は「わかりました」と目礼する。



「さあ、こちらにきて座って。ジスランは先日の御前会議ぶりね。ミレイユは――ああ、二ヶ月前より顔色が良くなったわ」



王妃――ジャンレーヌ様に促され、兄と二人で彼女の向かいのソファへと座る。




「今夜はゆっくりと一緒に夕食を取りましょう。晩餐には陛下も参加なさるわ。タウンゼント公爵夫妻も公務を終えてから来てくれる予定よ」



「はい、楽しみです」


私は笑顔で言う。


ルイズのお茶会に出かける前に、母からも父と二人で後から王宮へ来ると聞いていた。



「晩餐までの間は――私のおしゃべりにつき合ってちょうだいね」



「はい、ジャンレーヌ様」


「喜んでお話し相手をさせていただきますわ」



メイド達の手で、ティーセットが用意される。お茶菓子は――さきほど茶会で食べて来たばかりなので遠慮させてもらう。



甘いものが苦手なお兄様も、菓子の類いは丁重に断った。




「ふふふ、こうして三人でソファに座ってると――幼いあなたたちに、絵本を読んであげたことを思い出すわ」



ジャンレーヌ様は、カップを片手に目を細めて言う。



「それが今では……戦後の復興のため、ジスランは議会で次々と施策を打ち出し、ミレイユは――アーガスタとの和平の架け橋となってくれた」



ジャンレーヌ様は微笑んだ。



「二人とも立派になってこの国を支えてくれて――感謝しています」



「もったいないお言葉です」


「そう言っていただけて光栄ですわ」



満足そうに頷くと……ジャンレーヌ様は室内にいるメイド二人に目を向けた。すると、彼女たちは一礼してから退室していく。



メイドの姿が、部屋から完全に消えてから――ジャンレーヌ様がカップを置いて言った。



「さて、気軽なおしゃべりの前に――ミレイユに話しておきたいことがあるの」




ジャンレーヌ様の声音がすこし固くなる。



「お願い事と言ってもいいわね」



そう言って、王妃殿下は私と兄を見た。さきほどまでと違って、浮かない表情だ。



――お願い事……なにかしら。



私が姿勢を正すと、ジャンレーヌ様は思案げに話し始めた。




「ミレイユの婚姻は――我が王国とアーガスタ王国との和平の象徴として成された……だけでない事は知ってるわね?」



「はい。争う両王国の隙をついて、我らの領土を奪おうとしていた周辺の大国への牽制――という意味もありました」




「その通りよ。実際に、ミレイユが嫁いでからこの五年……周辺国の大半は、バラッタインとアーガスタへの侵攻を諦めていたの」



そう――わが国とかの国が肩を組めば――小国といえど、おいそれと攻め入ることはできない強国となる。



広大な穀倉地帯があるバラッタインと、豊富な鉱山資源のあるアーガスタ。



常に豊かな食糧があり、武器や工業製品の生産に事欠かない――周辺国から一目置かれる連立王国となるのは必然だった。



だが――。



「風向きが変わったんですね。……ミレイユが離婚をしたから」



兄が言うのに、ジャンレーヌ様は頷いた。



「離婚により、我が国とアーガスタの絆に亀裂が入ったのではと――侵略のチャンスだと捉える国がちらほら出てきてね」


紅茶を一口飲んでから――ジャンレーヌ様は続けた。



「だから――今日の晩餐会で陛下はミレイユに――円満な離婚だったと……今後、国内外に向けてそうアピールしてほしいと頼まれるつもりなの」



「なるほど。二国間の関係がこれまでどおり良好だとわかれば……侵略を考える国も減りますね」



兄が頷いて言う。



「本気で侵攻を考えてる国には、こうしたアピールなど効果はないのでしょうけど……しないよりはいいわ」



ジャンレーヌ様はそう言ってから――眉を下げた。



「ミレイユが……どんな想いで離婚してきたのか。想像がつくから、こんなことを頼むのは心苦しいのだけど」



ルイズたち同様――ジャンレーヌ様も、私のアーガスタでの生活が、安穏ではなかったことを察してくれていた。



苦しかった日々を――私は笑顔の下に綺麗に隠して言った。



「わかりました。陛下からお話がありましたら……和平の使者としての役割を変わらず務めさせていただきます」




「あなたならそう言ってくれると思ったわ。ただ――引き受けてくれるなら、今後は周囲に少し注意してほしいの」



ジャンレーヌ様の声が一段低くなる。




「外出先ではなるべく一人にならないように。思わぬ口撃を受けることがあるかもしれないわ」



兄が身を乗り出して尋ねる。


「どういうことでしょう?」



ジャンレーヌ様は兄と私を交互に見て言う。



「ミレイユが『和平の使者』になることを――快く思わない勢力がいるの。ミレイユを悪く言ってくるかもしれない」


「その勢力とは――反国王派のことですね?」



兄が鋭い目で問うと、ジャンレーヌ様は溜息をついて首肯した。



「反国王派?」



初めて聞く言葉に、私が首を傾げると――兄が説明してくれた。



「陛下は現在、アーガスタとは友好路線を維持したいと考えていらっしゃる。しかし――」



兄は眉間に皺を寄せて言う。



「元々アーガスタを敵視して育ってきた古参貴族や、先の大戦で身内を失った者の中には――アーガスタを快く思ってない人間が一定数いるんだ」



「お祖父様のような?」


私は母方の祖父――隠居したとはいえ、未だかくしゃくとしてらっしゃる――スンミ伯爵家の先代当主の顔を浮かべる。


「そうだね」


私の問いに頷いて、兄は続ける。



「彼らは――アーガスタを叩きのめして、我が国に従属させたいと考えている。……陛下の友好路線に真っ向から反対してるんだ」



馬車に乗る前――兄が「国内の政治派閥が真っ二つに割れていてね」と言っていたことを思い出す。



――あれは「国王派」と「反国王派」のことだったのね。



納得していると、ジャンレーヌ様が私を見た。



「彼らからしてみれば、ミレイユ……あなたは、友好路線を盛り立てる敵となる。あなたを誹謗してくるでしょう」



辛そうな声が部屋に響く。



「私は――我が子同然のあなたを、矢面に立たせたくないの。陛下から頼まれても断っていいわ。その時は私が口添えするから」



ああ――ジャンレーヌ様は。



――私に断る選択肢を与えるために……晩餐前にここに呼んでくださったんだわ。



私は――。



この二ヶ月――ベッドの中で散々悩み、ようやく出した答えを胸に、ジャンレーヌ様をまっすぐ見た。



「私は――この国に尽くしたいと思っています。大国の侵略を防ぐ一助になれるのなら――不穏分子と向き合うことくらいなんてことありません」



隣に座る兄が、なにか言いたげな顔をしたが――結局、黙ったままぐっと拳を握るのが見えた。



ジャンレーヌ様はしばらく私の顔を見つめ――やがて頷いた。




「あなたの気高い愛国精神に敬意を表します。なにかあればすぐ相談するように」


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