21話【薔薇園のお茶会】
久しぶりの投稿です。
しばらく毎日更新予定です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
「それにしても、驚きましたわ。まさかミレイユ様がご離婚されて、こちらに――バラッタインに戻っていらっしゃったなんて!」
マノン・ブライト子爵令嬢が興奮した様子で言うのに、エラ・ジェラン男爵令嬢がおっとりと頷いた。
「それも二ヶ月も前にご帰国されてたなんて。先日の秋の大祭で、国王陛下がミレイユ様の離婚発表をされるまで――全然気づきませんでした」
バラッタイン王国でも一、二を争う見事な薔薇園――ヴェルディ伯爵家自慢の庭園、その一角で四人の令嬢によるお茶会が開かれていた。
ティーカップをソーサに戻すと私は――左右に座るのマノンとエラに向かって言った。
「驚かせてごめんなさいね。友人のあなた方にはお手紙でお知らせしておこうかと思ったのだけど……」
私が申し訳なさそうに言葉を切ると……私の向かいに座っているルイズ・ヴェルディ伯爵令嬢――今日のお茶会の主催者でもある彼女が口を開いた。
「思惑の多いご結婚でしたものね」
ルイズは彼女らしい冷静な口調で続ける。
「お子ができない故の――仕方のないご離婚だとしても……両王国間で発表のタイミングを図ってらしたのでしょう?」
そう――ルイズの言うとおりだった。
和平条約の一環として結ばれた婚姻であるため、離婚は諍いを生みかねない。
両王家は――それぞれの国民の悪感情を煽らないよう……適切な時期を慎重に検討していたのだ。
そして二王国が選んだのが――一週間前の秋の「大祭」。
「大祭」は、元は一つの国であった両王国で――依然、共通文化として残る祭りだった。
穀倉地帯を持つバラッタインでは、その年の豊穣を喜ぶ祝日。
数多の鉱山を所有するアーガスタでは、冬の閉山を前に、来年の採掘も豊かであれと祈りを捧げる日。
この日の両国は――祭事の内容は違えど、明るいお祭りムードに包まれる。
この賑やかさに「憂い事」を紛れさせて、国民の悪感情を最低限に押さえようという企みだった。
その目論みは当り、離婚発表の後――今日まで、両国で国民から離婚に対する大きな批難は出ていない。
「さすがは才媛と名高いルイズ様ですわ。ご賢察通り――先日の大祭まで離婚はもちろん、私が帰国したことも伏せておくよう、国王陛下よりご指示がありましたの」
私がそう言って微笑むと――なるほどと三人が令嬢らしく優雅に頷く。
それから、しばらく四人で微笑みあって――。
「……それで、いつまでやるの、この茶番」
とマノンが笑顔を引きつらせて言った。
エラは淑女の笑顔を放棄し、真顔でクッキーをつまむ。
「品の良いお茶会も……肩が凝ってきましたね」
「そうね……メイド達は一旦下がったことだし、もういいかしら」
ルイズはちらりと周囲を見て――。
「じゃあ、ここからは学生時代に戻ったつもりで、気兼ねなくいきましょう」
と口の端を上げて言った。
途端、場の空気が緩んだ。
早速、マノンが砕けた口調になる。
「ねえ、ミレイユ。事情があったのはわかるけど、二ヶ月も前に帰ってたのなら、陛下に内緒で連絡くれれば良かったのに!」
ゆっくりとクッキーを飲み込んで、エラが言う。
「本当です。呼んでくれれば、どんな手を使ってでも話し相手になりに行きました」
ルイズも紅茶を一口飲んで言う。
「そうね。陛下の目をごまかす方法なんて――いくらでもあるもの」」
私は焦って小声で注意する。
「ちょっと、三人とも……さりげなく、陛下に不敬発言してるわよ」
それから周囲に人影がないのを確認し、誰も聞いてなかったことに胸をなで下ろした。
「これくらい――いいじゃない。ミレイユを敵国に嫁がせるなんて……私、まだ、陛下のこと恨んでるだから」
マノンが頬を膨らませる。
エラが続いて口を開く。
「おまけに離婚発表まで――公爵邸に閉じこもってろだなんて……大役を終えて帰ってきたミレイユに、よくそんなことが言えたものです」
「友人としては陛下に抗議したいところね」
ルイズがずいぶんと低い声で言う。
「みんな……」
私はそう一言発したきり、声が出なくなる。
たとえ相手が陛下でも、私のために怒ってくれる――。
三人の――アカデミー時代からの変わらない友情に、嬉しさのあまり胸がいっぱいになってしまい、言葉が続かない。
「ありがとう」と言いたいのに、口を開けば目に溜まった――嬉し涙が出てしまいそうで、俯いてしまう。
三人は――そんな私の様子から、こちらの気持ちを察してくれたようだ。
マノンが「まったくミレイユは泣き虫なんだから」と、隣からハンカチを差し出してくれた。
私がハンカチで目元を押さえていると、エラが「そういえば」と口を開いた。
「ミレイユがアーガスタに行ってから――私達、ずっとあなた宛てに手紙を送ってたんです。でも、何度出しても戻って来てしまって」
マノンも頷いた。
「ミレイユからも手紙は来ないし、アーガスタの情報は簡単には入って来ないし――あなたが向こうでどうしてるか、三人で心配してたのよ」
「ごめんなさい、王家から家族以外との接触は――極力控えるように言われていて。私から手紙を出すことができなかったの。それからあなたたちの手紙なんだけど――」
私は眉を下げて続ける。
「私宛の手紙は――国王陛下と実家の公爵家の封書以外は、国境の検閲ですべて戻されてたみたいなの」
マノンが目をつり上げた。
「はあ?! どうしてそんなことを!」
「ミレイユを惑わすような内容だと困る――からかしらね」
ルイズの言葉に、エラが首を傾げる。
「惑わす内容って?」
「そうね……アーガスタとの友好なんてどうでもいいから戻ってこいとか、帰ってくるなら手を貸すぞ、とかかしら」
「……まさにそういうこと書いて送ったわ」
気まずそうにマノンが俯く。
「私もよ。……あちらでミレイユが孤立無援だったことは想像できるわ。酷い仕打ちはされなかった?」
気遣う口調で尋ねてくるルイズに続き、エラも不安げな目で問う。
「大公様は冷酷無比だっていう噂だし……辛い思いをしたんじゃないですか?」
私は、「大公様」という言葉で一度目を瞑り――。
気持ちを切り替え、三人がとても気にかけてくれてたことが嬉しくて、今度こそ言葉で感謝を伝える。
「ありがとう。……でも大丈夫、楽しく過ごしていたわ」
私の言葉に、マノンとエラがすぐさま反応する。
「嘘、そんなはずないわっ」
「我慢しないで、ここでは本音を言ってね」
そう迫ってくる二人に、困っていると、ルイズがテーブルを指先で叩いた。
「いいわ、話したくないこともあるわよね。これは――私達が悪いわね。無神経に尋ねてごめんなさい」
ルイズが私にそう謝ると、身を乗り出していた二人もしずしずと口を閉じる。
ルイズは空気を変えるように、明るい口調で言った。
「ミレイユがバラッタインに帰ってきたのだから、こちらの楽しい話をしましょう」
「そうね、それがいいわ。ミレイユがいない間に、大通りに新しいお店がたくさんできたのよ」
マノンもパンっと手を打ち鳴らし、気分を一新したように話し出す。
「ドレスのお店が二店舗、帽子専門店もできたの。それから、スイーツのお店も三つ……」
指折り数えるマノンに続き、エラもぽんと手を打って言う。
「そうそう、ミレイユの好きな楽器を取り扱う店もオープンしたんです」
「まあ、本当? 行ってみたい!」
私が目を輝かせると、エラがにっこりした。
「じゃあ、今度、みんなでお店に行ってみましょう」
「その帰りに新しくできたカフェにも寄りましょう。苺のケーキがとっても美味しいのよ」
マノンがウキウキと提案してくる。ルイズが「いいわね」と頷く。
――ああ……こういう他愛ないおしゃべりって、本当に楽しいわ。
十二歳でアカデミーに入学した時から……仲良くしてくれてる三人を見ながら、カップに口をつける。
友人と語らい、遊びに出かける。
アーガスタではそんな些細な日常がまったく望めなかった。
辛く耐え忍ぶ日々の中でも、確かに穏やかで楽しく過ごせる時間はあった。
アンがいてくれたし、レイナとして酒場で好きな音楽を演奏できた。
サラやミシェルさんのような新たな知り合いもできて、心温まる触れあいがあった。
それでもやっぱり――。
私は幼い頃からの友人達がいなくて寂しかったのだ。
このテーブルで三人に囲まれて――私は改めて自分の気持ちに気づいて――。
「ちょっと、ミレイユ、どうしたの?」
ルイズがふと私を見て、驚いたように声をかけてきた。
途端、私の頬に熱いものが流れる。
「やだ、私ったらっ……ご……めんなさ……っ」
私は――手にしていたマノンのハンカチで、再び目元を押さえた。
「お……お友達と……こうしておしゃべりしたり、どこか……い、行こうって誘ってもらうのが嬉しくて……っ」
三人が息を飲む気配がした。
そして――左隣に座るマノンが私の手を握った。
「これからは、いつだっておしゃべりできるわ」
エラが私の右肩に手を乗せる。
「街の散策もたくさんしましょう」
「ミレイユを振り回してあげますわ。覚悟しておいてくださいね?」
ルイズの言葉に顔を上げ――。
「ふふふ、楽しみだわ」
私は泣き笑いで返事をする。
アーガスタで感じていた寂しさが癒えていく気がした。
午後の柔らかい日差しの中、美しい薔薇園で、私達四人はお店巡りの予定を立て始めたのだった。




