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最愛は、顔も知らずに離婚した敵国の夫・妻です。  作者: Sor
第一章

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16話【告白】

「……って言う感じで、ほんっっとうに素敵な結婚式でしたよ、ミシェルさん」



「そいつは上手いこと盛り上げてくれたね。感謝するよ、レイナ」



「いえいえ、私もすごく良い経験をさせてもらいました」



私は出されていたカップに口をつけ、喋り通りだった喉を潤した。



ここはミシェルさんの自宅。



私は、五日前に行われたキャシーさんの結婚式の報告をしに訪れていた。



なぜ報告に来るのに五日もかかったのか。



言うまでもなく――アンからの外出禁止令のためだ。



彼女の制止を振り切ってセルゲトン村に行ったのだから、それなりのお説教が来る覚悟はしていたのだが――。



今回のアンはもう人間ではなかった。



お説教という名の人間を超えた生き物だった。



金輪際、書き置き一つで彼女の前から消えることは絶対にしないと、心に誓えるほどの怖さだった。



私がアンの怒りの形相を思い出して身震いしていると、明るい声が響く。



「いいなあ、花嫁さん。私もドレスが着たい!」



私の横でジュースを飲みながらうっとりしているサラがいた。



五日ぶりのレッスンを終えた私が、「じゃ、私はこれからミシェルさんの家に行ってくるね」とサラの家を出ようとしたら、「私も行く!」とついてきたのだ。




「サラの花嫁姿もさぞかし綺麗だろうねえ」



ミシェルさんが向かいで相好を崩して言う。



「へへ~、私、ピンクのドレスが着たいな」



「ピンクもいいが、あんたの瞳にあわせて水色も素敵だね。けど……」



ミシェルさんがここで言葉を切り、意味深な口調で言った。



「まずは、レイナからだろうね」


「え、なにが?」



突然名前を出されて、私は驚く。



「なにがって……結婚だよ。順番からいえば、サラよりレイナが先だろうよ」



呆れたようにミシェルさんが言う。



「わあ、レイナの花嫁ドレス、見た~い!!! いつ? レイナ、いつ結婚する?」



そんな「いつご飯食べる?」みたいなノリで言われても困る。



それに私はすでに既婚の身だ。



「ええと、実は――」



真実を口にしかけてはたと気づく。



実は――結婚してるんですと言ったら。



――どうなる?



目の前の二人に根掘り葉掘り聞かれることは免れないだろう。



――ボロが出て、うっかり大公夫人であることがバレたら。



あっという間に大公家まで伝わって。



平民街でフレジコしてる夫人なんて――今度こそ地下牢に幽閉されるに違いない。



――ダメよ、絶対ダメ。



「実は――なんだい?」



ミシェルさんが続きをうながしてくる。



「えっと、実は――そう! 私、独身主義なんです!」



とっさにでまかせを言う。



「はっ、独身主義だって?」



ミシェルさんが面白くなさそうな顔をする。



「相手がつかまらないならまだしも、あんたなら男なんて選り取り見取りだろう」



「そうだよ! ダンお兄ちゃんとかいるじゃん!」



「ああ……あの男前の傭兵かい。そうだねえ、無愛想な男だけど……」



ミシェルさんがぽんと手を打つ。



「稼ぎはありそうだし、あたしの頼みを聞いてくれるくらいは親切だ。あの男なら悪くないね」



サラが、黒髪のツインテールを揺らして大きく頷く。



「ダンお兄ちゃんは、多分レイナお姉ちゃんのこと好きだから、すぐ結婚できるよ!」



「おや、サラもそう思うかい。あたしもダンはレイナに惚れてると思うんだよね」



ミシェルさんとサラが二人で盛り上がる。



いやいやいやいや。



――(言えないけど)私、もう夫人なんです。根本的に結婚は無理なんです!



それに。



――ダンは私のこと何とも思ってないですから!



会えば喧嘩ばかりの仲なのだから、結婚相手どころか恋愛相手にもなれないだろう。



そりゃ最近は、よく話すようになって、友人くらいにはなれたかもしれない。



それでも彼が私のことを好きだなんてことはない。そんな素振りを感じたことなんてない。



――セルゲトン村でも、彼とは何もなかったし。



よくよく考えれば、若い男女が泊まりで出かけてきたのだ。



もし、彼が私に対してその気があるなら、あの二泊三日中になにか仕掛けてきたはず。



「どうなんだい、レイナ。ダンとは上手くいってるのかい」



ミシェルさんが興味津々に聞いてくる。



「いや、ですから、私とダンはそういうんじゃなくって……」



「なんだい、あの男、あんな面しててまだレイナに手を出してないのかい」



「ダンお兄ちゃん、ダメダメね」



「それなら、レイナ、あんたからいきな。ダンを落とすんだよ」



「落とすんだよ!」



私は速やかに立ち上がった。



「あ、急用を思い出しました!」



言うなり、さっと身を翻してミシェルさんの家を後にした。







「うう~、あの二人、もう困っちゃうなあ」



私は唸りながらイルジャンの酒場に向かう。



――ダンとは本当にそんなんじゃないのに。



溜息をついた時、大通りの宿屋の看板が目に入った。



「そういえば……家令のダロスの奥方さんって宿屋の女将って言ってたわね」



足を止めて、なんとなく宿屋を眺める。



今回大公家に帰ってきた時――アンのお説教も恐かったが――大公家に留守がバレていないかが最大の懸念事項だった。



しかし、アンの話では、大公家は私がいなかったことなど微塵も気づいた様子はなかったそうだ。



毎日のように来ていた嫌がらせメイド達も、なぜか私の留守中は姿を見せなかったという。



――ダロスが約束を守ってくれたんだわ。



彼は敵なのか味方なのか。



そんなことを考えていると――。



「え、ダン?」



眺めていた宿屋の入口から、彼が出てくるのが見えた。



あちらも私に気づいたようで、片手を上げてくる。



私はぎこちなくそれに応えて手を振った。



――やだ、ミシェルさんとサラがあんなこというから、妙に意識しちゃうじゃない。



ダンが大通りを渡って私の元まで来る。



「少し顔を見なかったな。サラの家からの帰りか?」



私がリュートを背負ってるのを見て彼が言う。



「そうよ。途中でミシェルさんの家に寄って、結婚式での演奏報告をしてきたの」



私は不思議に思って問う。



「ダンは……あの宿屋から出てきたけど、あそこに泊まってるの?」



彼は宿屋住まいなのだろうか。



「いや……あそこの女将と知り合いでな。たまに顔を出しに行ってるんだ」


「へえ」



――ダンって知り合い多いよね。この王都の出身なんだろうなあ。



道を歩いていてもよく声をかけられているのを見る。



「レイナは……これから何か用事があるのか?」



「イルジャンの酒場に顔を出そうかと思ってるけど」



「仕事か?」



私は首を横に振る。



「久しぶりに外に出たから、仕事はお休みして、今日はのんびりお店で夕飯でも食べようかなって」



「それなら……良い店を知ってるんだ。いつもイルジャンのところだと飽きるだろう? そっちに行かないか?」



――これは……デートに誘われてる?



即座に自分の考えを打ち消す。



――いえ、違うわよ、私。変に意識しちゃダメ。深い意味はないはずよ。



私は軽く深呼吸して返事をする。



「いいわね。近いの?」


「南町の店だ。歩いて二十分ってとこか」


「まだ時間が早いし、散歩がてら向かえばちょうどいいわね」


「決まりだな。じゃあ行こう」



彼は私の横に立つと、さりげなくこちらの手を取った。



――え、えええええ?



こ、これは手を繋がれてる?



なんでどうしてと思いながら、彼の手を振りほどけない。



顔に熱が集まるのがわかる。



私はカチコチになりながら、ダンに手を引かれて南町に歩いて行った。







ダンと入ったお店はとても感じが良かった。



もちろん貴族が入るような高級店ではないが――酔っ払いが暴れるような雰囲気でもない。



平民がお祝いごとの時にちょっと奮発してご馳走を食べに来るような――そんなお店。



ダンは慣れた様子でワインや料理を頼んでくれた。



きっとよく来るお店なのだろう。



運ばれてきたお料理はアレンジが随所に光り、目も舌も楽しませてくれる。



ワインも飲みやすく、最初はぎこちなかった会話も段々弾んできて、緊張が解けていく。



デザートを頼む頃には、彼と手を繋いで顔を赤くしたことなどすっかり忘れ、いつもどおりにダンと接していた。



「このレモンパイ、美味しいわ」



頬を緩ませて絶賛する。



アンが作るパイ生地もかなり美味なのだが、本職のシェフが作るものはやはりレベルが高い。



「素敵なお店ね。連れてきてくれてありがとう」



素直にお礼を言うと、ダンが妙に甘い視線を送ってきた。



「気に入ってくれたなら良かった。調べたかいがある」



私はケーキの味に気をとられてにこにこしてたが――。



――ん? 調べた?



「あれ、ここのお店ってダンのよく来るお店なんじゃないの?」



入店以降、彼と店員とのスムーズなやりとりを見ていて、てっきりそう思ってたのだが。




「いいや、レイナとデートする時に使おうと調べておいた店で――来たのは今日が初めてだ」



にやりと笑う彼に、私はかっと頬が熱くなる。



――デートって言った!!!



「え、あ、そう……」



なんと言ったらいいかわからず、しどろもどろな相づちをうつ。



ダンがとどめを刺しに来る。



「もう察してくれてるとは思うが――俺はお前に惚れてる。つき合って欲しい」



ぽんっと顔が発火する。



――お、お水~~~!



一旦落ち着こうと、水の入ったグラスに手をやるが、動揺のあまり倒してしまう。



「冷たっ」



胸元にかかった水に、私は声をあげる。



ダンがさっと立ち上がり、私の横まで回り込むと、すかさずテーブルのナフキンで拭いてくれる。



そこで――。



「ん? チェーンをしているのか?」



ダンは私の首元に目をやり言った。



「ええ、そう」



なんとか返事はするが――。



ダンの急な告白で混乱していた頭が、グラスの水を倒したことでさらに慌ててしまい、もうパニック寸前だった。



「これ、もうずっとつけてて……」



回らない頭でチェーンを服の下から引っ張り出す。



そして、チェーンに通されている婚約指輪が目に入り――。



「あ」と思わず声が出た。



記憶が駆け巡る。


レナートと過ごした婚約時代。


夜の庭園でのキス。


そして――棺に入って戻って来た彼。




私はばっと立ち上がった。



「ごめんなさい。私、ダンとはつきあえない」



私はダンを残して、店を飛び出した。

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