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最愛は、顔も知らずに離婚した敵国の夫・妻です。  作者: Sor
第一章

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15話【レイナの正体は?】

村の停留所に王都行きの馬車が着き、私とダンは乗り込んだ。



車上から、見送りに来てくれたジョンさんとキャシーさんに挨拶をする。



「素敵な結婚式でした。どうぞお幸せに」



ジョンさんもキャシーさんも笑顔で挨拶を返してくる。



「結婚式では本当にお世話になりました。二人ともまた来てください」



「今度は仕事じゃなくて、お友達として遊びにきて!」



二人の言葉に私とダンは頷くと、馬車が出発した。



遠ざかっていく二人に手を振ってから、私は前を向いて座り直した。





行きの馬車と違って、帰りの車内は私とダンの二人きりだった。



ふとダンがこちらをじっと見てるのに気づいた。



「なに?」



「いや、レイナの肌は、ずいぶん色白で美しいなと思ってな」



――う、美しい?!



突然なにを言い出すのよと動揺してしまう。



「えっと、そりゃ村の畑仕事をしてる人達と比べたら白いかもしれないけど……ふ、普通よ」



自分では「ずいぶん」白いと思ったことはない。



肌の手入れは時間をかけてするほうではないし、なんなら面倒とすら思っている。



――他の貴族令嬢に比べたら、私の肌なんて美しいどころかくすんでるくらいよ。



苦笑いしていたら、またダンが言った。



「仕草も……結構綺麗だよな。立ったり座ったりする動作もそうだし、酒場でグラスを運ぶ手つきも優雅だ」



私はぎょっとしてダンを見た。



――この人はどうしちゃったの?



綺麗だの優雅だの、思いもよらない褒め言葉の連続にあわあわとなる。



「ご両親が作法に厳しかったのか?」


「そ、そうね」


「兄弟は? いるのか?」


「あ、兄が一人いるわ」


「一緒に暮らしてるのか?」


「ううん、私は家を出てて……」


「レイナは一人暮らし?」



アンの顔を浮かべる。



「お、お友達と二人で暮らしてるわ」



私はダンのほうに身を乗り出した。



「一体なんなの? どうしてそんなに質問してくるの?」



「あと一つだけ答えてくれ。その一緒に暮らしてるお友達は……男か?」



「女性に決まってるでしょ!!」



ダンはふうと溜息をついてから言った。



「悪かった。ちょっと聞いておきたかったんだ。もう質問はしない」



「なんなのよ、もう」



私はぶつぶつ言いながら、鞄からリュートを取りだした。



「そのリュートだが……」


「まだ、何か!?」


「いや……いい」



ダンは開きかけた口を閉じて、馬車の幌の隙間から外を眺めはじめた。



私はぷりぷりしながら、リュートの手入れを始める。



昨日は半日ずっと弾いていたので、念入りに綺麗にしていく。



弦の汚れをとったり、本体にオイルを塗ったりして――はっとした。



「私、サラにリュートのお手入れ方法を教えてなかった……」




奏者にとって奏法の技術はもちろん大事だが、同じくらい楽器の保守や修繕の仕方を覚えることも重要だ。




弦の張り方一つとっても、コツをつかんでやらないと音色が死んでしまうのだ。




音にこだわる音楽家ほど、楽器の保守と修繕には力を入れている。



「王都に戻ったら、早速サラに教えてあげなきゃ」



小さく呟くと、ダンがこちらを見た。



また質問かと身構える。



「リュートを弾くだけじゃなく……教えるのも好きなんだな」



ただの会話のようだとほっとして返事をする。



「ええ、そうね。サラにレッスンをはじめるまで自分でも気づかなかったけど……子供に弾き方を教えるのは楽しいわ」




私はレッスン中のサラを思い浮かべる。キラキラした目でリュートを弾く彼女は、本当に音楽が好きで堪らないという感じだ。




「私……子供達がリュートや他の楽器が習える学校があればいいなって思ってるの」



「それは……」



ダンが難しそうな顔をした。



「わかってる。楽器は高級品だし、楽士を先生として雇うのは費用がかかる。現実的じゃないわよね」



私は眉を下げて言う。



「でも……いつかそういう学校ができればいいなって」



ガタンゴトンと馬車が音を立てながら走る。



曇り空のあぜ道は、雨の気配がする。



ダンがぽつりと言った。



「そうだな。子供は音楽が好きだから、きっと喜ぶだろう」



否定しない彼の言葉が嬉しかった。



手入れをし終わり、手持ち無沙汰になった私は――車輪の音を聞きながら段々眠気に誘われていった。









・・・・・・・


――レイナは眠ったか。



俺は、リュートを抱き込むようにして幌に身を任せて眠る姿をじっと見る。



――彼女は一体何者なのか。



はじめて会った時はただ「美人なフレジコだな」と思っただけだった。



だがここ最近、彼女と関わることが多くなって気づくことがあった。



レイナは平民のフレジコにしては――どうも品がありすぎる。



酒場では砕けた口調だし、気さくな態度をとっていて平民に見えなくもないのだが――。



俺がさっき指摘した肌の滑らかな白さや仕草、そしてこうして寝顔ひとつとっても――町娘にはない品格が漂っているのだ。



彼女を観察すればするほど違和感が拭えない。



――貴族だろうか。



しかし貴族の令嬢が身分を隠して――酒場でフレジコの真似事などするだろうか。



――よほど金に困ってる貧乏子爵家とか?



彼女は家は出ているという話だったが、結婚している雰囲気ではなかった。



俺はどうしてだか少しほっとした気持ちになる。



――大公家に帰ったら調べてみるか。



アーガスタ王国内の四人家族の貴族。


両親と兄と独身の妹令嬢がいて、金銭的に余裕がないか困窮している家門。


そしてもし見つかったなら……。




ここで俺ははっとする。



――なんでこんなにレイナのことが気になってるんだ……。



頭をがしがしと掻く。



さっき彼女にしつこく質問してしまったのも、なんというか無意識のことで。



――彼女に嫌がられて、はじめて自分のしていることに気づいたというか……。



自然と――レイナの寝顔に目がいく。



すると彼女の声が頭の中で再生された。



『優秀な政務官は座ってなんかいないわよ』



あれは衝撃的な発言だった。



『執務とは人助けなのよ!』



ズバッと言い切った彼女は、可愛らしくも堂々としていて、つい頷いてしまいたくなる迫力があった。





幌にぽつぽつと雨の当たる音がしだす。



少し気温が下がってきただろうか。



俺は上着を脱ぐと、ぐっすり眠り込んでいるレイナにかけてやる。



「人助け……か」



あの晩――食堂で村人達に請われ、確かに俺は彼らに、橋の修繕方法や備蓄管理の仕方を教えた。



大したことではない。戦場で暮らしていれば勝手に身につく知識だった。



だが彼らはひどく感謝してくれた。



来月の取引に間に合うと、冬が無事に越せそうだと、これからの生活に安堵した顔をしていた。



「積み上がった書類の中にも……同じような案件がきていたな」



領地からの請願書、申請書を思い出す。



「そうか、ダロスの言っていた『書類が民を助ける』とは……こういうことなのか」



ようやく家令の言っていたことが――大公の仕事というものが腑に落ちる。




村人達の笑顔。



あれがみられるなら、書類による人助け――執務も頑張れそうな気がしてきた。




「それにしても……レイナはずいぶんと執務に明るいようだったな」



知り合いの政務官について教えてもらったと言っていたが――平民がすっと理解できるような内容ではない。



教養がありすぎる。



やはり彼女が貴族であることには疑いがない。



「それなら――俺は彼女と結婚することもできるな」



ふと口をついて出た言葉に――驚く。



――俺は何を言って……。



顔が赤くなっていくのがわかる。



戸惑う頭にある考えが閃き――瞬時に悟った。



ああ、そうか。



――俺はレイナに惚れたんだ。



音楽が好きになったのも。


護衛の仕事を断れなかったのも。


昨夜つい弱音を吐いてしまったのも。



彼女に心を許して――女性として惹かれているからだったんだな。



俺は雨音を聞きながら、しばらく彼女の寝顔を眺め続けて――心を決めた。



「よし。なんとしてでもレイナを手に入れるぞ」

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