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最愛は、顔も知らずに離婚した敵国の夫・妻です。  作者: Sor
第一章

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14話【ダンの抱える苦悩】

ほどなくして、丘の草原に寝っ転がるダンを見つけた。




随分と静かな場所だった。



会場とそう離れてるわけではないが、丘の形状のせいなのか、周囲の音が遮断されてるようだった。



――せっかくの楽しい式だったのに……なんでこんな寂しい場所に一人でいるのかしら。



戸惑いながら、彼に声をかける。


「ダン?」



彼は寝っ転がったままこちらを見た。


「どうした? 式が終わったのか?」



「ええ、さっき解散になったわ。来客は帰り始めてる」


「そうか。それじゃ、俺達も宿屋に帰るか」



「あ……うん」



――なんだろう。なんかダンの様子が……おかしい? 



一見するといつも通りに見える。



でも――カークとの一件から、ダンと話す機会が増たせいか、彼の微妙な変化に気づく。



怒ってるわけではないし、悲しんでいるという感じでもない。これは……。



――落ち込んでる?



まさか。あのいつも傲慢なくらい自信満々なダンが?



でも今の彼は気力がないように見えた。



――テントで私を送り出してくれた時まではいつも通りだったのに。




「ええと、ダン。何かあった?」



「なんでそんなこと聞く?」



「その……なんだか元気がないようにみえるから。こんな場所に一人で寝っ転がってるし」



彼は立ち上がると少し遠くを見た。


「別に何もない」



そう言うわりに、彼の目にはいつもの光りがない。



――この人、弱音が吐けないタイプなのね。



私は芝生の上に腰を下ろした。


ダンが眉を寄せる。



「なんで座るんだ? 帰るんだろう?」



「まあまあ、急いで帰っても寝るだけなんだから、ちょっと一曲聞いていきなさいよ」



私はリュートを構えて、ダンを見上げる。彼は「一曲だけな」と言って再び寝っ転がった。



弾く曲は決まっていた。


今の彼を慰められる曲はこれしかない。



私は行きの馬車で強請られた「子守歌」を演奏しはじめる。



でも、あの時とは違って――。




「ねえ 眠ったかしら 

 もう 眠ったかしら

 辛いことをは忘れて

 どうぞ ひとときの夢を ……」



ダンがはっとこちらを見るが、私は気にせず歌う。



ほんの少し、癒やしの力を込めて。




結婚式ではドナシーの能力は使わなかった。


使う必要がなかった。



村の人達はみんな、自身の力で思いっきり楽しめる人達だったから。



そういう人相手に演奏する時は、この能力は使わない。



でも今は――。



沈み込む彼に立ちあがる力をあげたい。



私は歌う。



彼をなぐさめ、痛みを癒やすように。



歌詞を歌いきり、リュートの音も止まると、ダンが横になったまま言った。



「お前……楽器だけじゃなく、歌も上手いのか」



「音楽家たるもの、自身の声も楽器の一つよ」



「そのプロ意識には頭が下がるな」



ダンは上半身を起こすと、芝生を見つめてぽつりと言った。



「ここに居たのは――あんまり平和で幸せそうな式だったんでな。あの場に居づらくなっただけだ」



――幸せそうだから、居づらくなった?



言ってる意味がわからない。



私がきょとんとしてると、ダンがこちらを見て苦笑いを浮かべた。



「レイナにはわからないかもな」



彼の目がどんよりと曇る。



「俺みたいに戦いの場が長い奴は、平和とか人並みの幸せってものに縁がない」



声音に自嘲の色がのる。



「今日みたいに見せつけられると……居心地が悪くて逃げ出したくなるんだ」



彼は諦めた顔で言った。



「俺はまだ幸せに――平和になったこの世界になじめないんだ。一生このままかもな」



私はどうしようもなく胸が痛くなった。



気づけば膝をついて、彼を抱きしめていた。



――ああ、この人は、なんて可哀想なんだろう。



平和のために戦っていたはずなのに、その平和に苦しめられている。



自分の居場所を見失って、もがき苦しんでいる。



私はなんとか彼を元気づけたくて口を開く。



「大丈夫よ、ダンは幸せになれるわ!」


「人を殺める剣しか知らないのに?」


「平和のために振るう剣だってあるはずよ」


「へえ?」



彼は私を見上げてきた。

そんなものあるわけないと言わんばかりの顔だった。



そんな顔をされれば、言い返したくなるのが私だ。



「あるわよ。平和のために使う剣でしょ、絶対にあるはず。ええと……」



必死にアイデアをひねり出す。



「そう! 狩りとか! 真っ直ぐ走ってきたイノシシをえいって剣で叩きのめすの」


「ぶ……ははっ」



私に抱きしめられたまま、ダンが吹き出して笑った。



笑顔が戻ったダンにほっとして、剣以外の提案もしてみる。



「あとは……ダンは頭が良さそうだし指導力とか交渉力もありそうだから、いっそ政務官になるのも良さそう」



私は自分のアイデアに頷く。



「貴族のお屋敷で主人の執務をサポートするのよ!」



ダンが唸った。



「俺に……事務仕事だと? 机の前にじっと座ってろと? 退屈すぎる」



あんまり嫌そうな顔をするので、可笑しくなる。



「ふふ、政務官って言うと事務仕事のイメージが強いかもしれないけど……優秀な人は座ってなんかいないわよ」



公爵家の政務官を思い出す。




「あなた、昨夜食堂で村の人達に、橋の作り方とか教えてあげてたじゃない。備蓄のアドバイスも。ああして人を助けるのが政務官の本当の執務よ」




ダンは私の腕から抜け出すと、疑い深そうな目で問う。




「橋をかけなおすことが……備蓄棚を管理することが執務? 書類の数字合わせをするのが執務なんじゃないのか?」



私は首を横に振った。



「確かに書類としてあがってきた数字を検証したり整合性を確認したりするけど、その先にあるのは単なる数字合わせじゃない」




人差し指をピンと立て、私は言い切る。



「数字に命を吹き込んで、人々の暮らしをサポートすることこそが政務官の仕事。執務とは人助けなのよ!」



ダンは神妙な顔で考え込んで言った。



「まあ……そう考えれば、確かに政務官も――執務も悪くないかもな」



「そうでしょ?」



私は得意気に胸を張った。



「それはそうと……ずいぶん政務官ってのに詳しいんだな? フレジコなのに?」



鋭い指摘にどきっとする。



「ええと、懇意にしている貴族のお屋敷に政務官がいて……話を聞いたことがあったのよ」



だいぶぼやかしてるが嘘はついてない。



ダンは「そうか」とだけ言って立ち上がった。




腕の中からダンの温もりが消えて、私はぶるりと身体を揺らした。



いつの間にか気温が下がってたようだ。



「冷えてきたな。帰るか」



ダンはそう言って、自分の上着を脱いで私にかけてくれた。



――温かい。



「ありがとう」



私は上着のお礼を言ってから、もう一つのお礼も口にする。




「あのね、今朝ダンが『お前なら大丈夫だ』ってテントから送り出してくれたじゃない? あのおかげで緊張が解けたし、演奏もすごく楽しめたの」




ダンを見上げて笑顔になる。



「あんな風に言ってくれて、本当にありがとう」



「……っ。こっちも……その、色々話を聞いてもらってだな……助かった」



彼はつっかえながらそう言うと、そっぽを向いてしまった。



――お礼を言われることにも、言うことにも慣れてないのね。照れてるみたい。



「ふふふ」



つい笑ってしまう。



はじめはただただ傲慢で俺様で嫌な奴だと思ってたけど。



――子供好きだったり、ちゃんと謝ってくれたり、フレジコとして応援してくれたり……。意外といい人だわ。



こんな風に照れ屋の一面もみれて、彼に対してだいぶ好感度があがった。



「なに笑ってんだ。ほら、帰るぞ」


ぶっきら棒に言って、彼が歩き出す。



私は彼の後を追う。




明日は王都へ帰る。

いつも通りの毎日へ戻る。



――でも、何かが変わりそう。



夜風に吹かれながら、私はそう思った。

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