13話【田舎町の結婚式】
村に着いて馬車を降りると、声をかけられた。
「あなたがフレジコのレイナさん?」
見れば、ハニーブロンドの巻き毛が可愛らしい村娘さんだった。
その隣にはひょろっと背が高く、作業着を着た大人しそうな男性。
「ええ、そうよ」
「やっぱり! 初めまして、ミシェルおばあちゃんの孫のキャシーです」
キャシーさんは私の手をとって言った。
「手紙に書いてあったとおりだわ。燃えるような赤毛と賢そうな深緑の目の――目の覚めるような美人!!」
それから巻き毛の彼女はダンを見た。
「グレーの瞳に灰青色の短髪、仏頂面の剣士のダンさん」
「――仏頂面は余計だ」
ダンがむすっとして言う。
キャシーはコロコロ笑ってから隣の男性を紹介してくれた。
「こっちが旦那になるジャンよ」
「初めまして。どうぞよろしく」
笑顔でジャンが挨拶する。
私達はそれぞれに握手を交わした。
キャシーとジャンが、まずは宿屋に案内してくれるというのでついて行く。
道すがら他愛ない会話をする。キャシーさんは、チャキチャキした口調でミシェルさんにそっくりだった。
反対にジャンさんは口数は少ないがにこにこしてて感じが良い。
キャシーさんがふと改まった口調で話し出した。
「レイナさん、私達の結婚式のためにわざわざ来てくれてありがとう」
「こちらこそ、お二人のお祝いの曲が弾けるなんで光栄です」
「そう言ってもらえて良かった。こんな田舎じゃフレジコの演奏なんてなかなか聞けなくて。すごく楽しみにしてたの」
嬉しそうに言うキャシーさんに、絶対に良い演奏をしようと気合いを入れる。
宿屋に着くと宿泊手続きをして、そのまま宿に併設されている食堂へ行く。
「私達の家でゆっくり話をしたいところなんだけど、今は新居の引っ越しが終わったばかりで物が溢れてて……」
キャシーさんが申し訳なさそうな顔で言う。
「この食堂で式の打ち合わせをさせてもらってもいいかしら」
「もちろんいいわ」
私達四人は結婚式で演奏する曲目を話し合う。
夕飯の時間が近づくにつれ、この村の人達が食堂にやってきては、話に加わっていく。
式の話は音楽にとどまらず――衣装や化粧、式場の飾りにまで広がっていく。
男衆はもはや式とは関係ないことも話し始めているようで。
気づけばダンは、迷惑そうな顔をしながらも――村の人から壊れた橋の修繕の相談を受けたり、備蓄の食料の保存の仕方を教えてあげたりしているようだった。
――全然式とは関係ないことなのに……面倒見がいいのね。
頼られたら断れないタイプなのかもしれない。
今日はダンの意外な面をたくさん見てる気がする。
食堂は明るい声と笑いと、繰り返される「おめでとう」で溢れていた。
――ああ、なんて楽しくて素敵な夜なのなかしら。
明日はこれ以上に盛り上がり、幸せな結婚式が行われるのだ。
――私のフレジコ人生で一番の演奏をしてみせる!
私はぐっと拳を握った。
まるで前夜祭のような賑やかな夜が明けて――結婚式当日。
主役の二人を祝福するかのように、朝から天気に恵まれ、風も穏やか。
キャシーさんは今日の主役らしく、ふわふわしたオレンジ色のドレスを着て、初々しい花嫁姿を披露していた。
ジャンさんは、ドレスに色味を合わせて明るい茶色の上下、花嫁と同じオレンジ色のネクタイをしている。彼の優しげな雰囲気によく似合っていた。
青空の下、芝生の広場には村の家々から持ち寄られた椅子やテーブルがコの字型に並べられ、テーブルクロスが敷かれて白く輝いている。
村の女性陣が張り切ってつくったご馳走が並べられ、大人も子供も精一杯のオシャレをして来ていた。
私はというと――。
会場のすぐ横に張ったテント――式の運営陣営の中にいた。
フレジコとしての出番待ちをしているところだ。
キャシーさんからは、一般のお客さんと同じように披露宴席に座ってくれと言われたが断った。
私はあくまでもフレジコとして参加したかった。
浮かれ半分で生半可に仕事をするのではなく、全力で音楽面から式をサポートしたいと思ったのだ。
その気合いは服装にも現れていた。
今私が着ているのは美しいドレスではない。
宮廷の音楽会で見かけるような、大きく裾が広がった楽士服の正装をまとっていた。
テントの中で耳を澄ませ、外の様子をうがう。
「村長さんが祝辞を述べはじめたところのようね」
この後、キャシーさんのお父さんが親族代表の言葉を言って、それから主役の二人が誓いのキスをする。
このロマンチックなキスシーンで私の出番がまわってくる。
甘い曲を演奏し、二人の気分と会場を盛り上げるのだ。
その後はそのまま場に残り、場の雰囲気に合わせて、キャシーさんの希望曲を演奏していく。
――嫌だ、なんだか緊張してきちゃった。
「ふうぅぅぅ」
私は肩を上げ下げして、大きく深呼吸をする。それから震える指先をぎゅっと前に出して握る。
この動作を繰り返し、緊張を緩和しようとしていると――ぽんと肩を叩かれた。
「なに面白い踊りをしてんだ?」
「ダン……踊ってるんじゃないの。緊張を和らげているところ」
彼は動きやすそうなタイトな黒の上下を身につけて、背中には長剣、戦闘用のブーツを履いていた。
彼もまた披露宴に誘われたが――。
「昨日知り合ったばかりの奴の結婚式なんて出られるか」と辞退し……。
そのくせ、「暇だから」と結婚式の会場を警備すると言い出して、私と同じ運営側としてテントに控えていた。
さきほど会場を一回りしてくると行って出て行ったのだが、仕事を終えて戻って来たようだ。
「緊張? いつも酒場であれだけの人数の前で弾いてて……今更だろう」
「結婚式の演奏は酒場でするのとは全然違うでしょ!」
私はきっとダンを見る。
「キャシーさんの人生で一番厳かで素敵な時間を演出するの! 一生の記憶に残っちゃうんだから。失敗はできないわ」
「厳か……失敗……ねえ」
ダンは呟いてから、私の背を押してテントの入口まで移動させる。
「え、なに?」
「こんなところに閉じこもってるからいけないんだな。ほら、会場を見てみろ」
ダンがテントの端をめくって、外が見えるようにした。
そこには、汗を拭きながらつっかえつっかえ話すキャシーのお父さんがいた。
その隣ではキャシーのお母さんが大泣きをしている。
来客達ははやし立てたり、もらい涙したり……。
「なにこれ……」
雑然とした雰囲気は、私の知る貴族の結婚式とは違いすぎていて唖然とする。
「厳かとか失敗とか、気にする感じじゃないだろう? 自然でいいんだよ。みんな楽しそうだろう?」
確かに。
むちゃくちゃだけど、みんな温かい笑顔で、嬉しくてはしゃいでて、昨晩の楽しげな食堂の雰囲気そのままだった。
「気負わずいけよ。ほらそろそろ出番だろ?」
ダンはそう言って、たてかけておいたリュートを取ってきて渡してくれた。
「お前なら大丈夫だ」
「うん、ありがとう」
私はリュートを受け取ると、ダンに笑顔でお礼を言う。
「……っ。ほ、ほら親父さんのスピーチ、終わったぞ」
「本当だ! じゃあ行ってくるね!」
私は用意されている壇上の楽士席へと早足で向かった。
・・・・・・・
「はああ~~~。素敵な結婚式だったなあ」
私はリュートを抱え、星空を見上げながら感嘆の溜息をつく。
昼間はじまった結婚式は盛り上がり、日が暮れても続いた。
やっとお開きになったのはついさっき――もうすぐ日付が変わろうという時間だった。
主役達のキスシーンを甘~いメロディで包み、無事に場を沸かせた私は、その後は調子に乗って色んな演出を試みた。
「失敗もしたけど……キャシーさんもジョンさんも喜んでくれたし、私も最っ高に楽しかったなあ」
それもこれもダンが背中を押してくれたおかげだ。
お礼を言おうと、お開きになる前から探しているのだが見つからない。
帰り支度をしている来客の何人かに、黒づくめの警備の人を見なかったかと尋ねてみると、中年の男性が手を打った。
「ああ、その人なら、式の途中で丘のほうへ一人で歩いて行くのを見たよ」
――丘に……一人で?
なぜだか胸騒ぎがした。
私は男性が指さすほうに早足で歩いて行った。




