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黒嵐戦記  作者:


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アダマンテ大陸統一戦争編 第九章

前回のあらすじ 

リバーニア近郊に築かれた謎の王国陣地。そこにいたのは「痣」に蝕まれ、人としての姿を捨てた者達だった。恐怖を知らぬ奴らの猛攻に気圧されるゼロスたちだったが、かろうじて勝利を収める。しかし、そんな彼らを待っていたかのように帝都からの書簡が届き、ダリア平原の制圧を余儀なくさせられる。

王国陣地での戦いで戦力を減らされていた烈風騎士団は、囮を用意しての速攻作戦を決行。何とか成功させることができた。残る壁城「アトランティス」と王都コーネッテスを制圧すれば、この戦争は終わる。


誤字脱字等、ご容赦ください。

 烈風騎士団のダリア制圧から一週間後。帝国からの名を受け集まった各騎士団がダリア城周辺に集結していた。明日、王都防衛壁城アトランティスの攻略が開始することを受け、ダリア城内の軍略の間に、各騎士団の団長と、彼らの右腕がそれぞれ集まっていた。


「皆さん、お集まりいただき感謝します。我ら帝国の剣、アトランティスを制圧し帝国の勝利をこの手に引き寄せましょう」


 集まった団長たちを前にエリオットがそれらしい言葉で会議の始まりを告げる。隣にいたノクスが早速会議の主導権を握った。


「では、早速ですが。斥候の報告によると、壁城ではあまりこちらの思惑に気づいたような動きは起きていないとのことです。人手が足りていないのか監視の目も以前より緩くなっており、攻め込むなら今が好機かと」


「わかった。じゃあ問題は『どう攻めるか』ってことだけか?」


 迅雷騎士団の腹心、ラキアが左手に拳を打ち付ける。あの時から血の気は多い様子だったが、あまり変わっていないようだった。団長であるガラードがたしなめ、会議の進行を促す。


「悪い、邪魔した。続けてくれ」


「わかりました。……実は、懸念すべき問題が一点だけ。皆さんご存知でしょうが、今の王国には何やらきな臭い動きがあります。惑星アルスに残る闇の歴史、『影の一族』。彼らは何らかの技術を用いて『影の一族』をこの現代に復活させようとしているのです」


「以前、リバーニア郊外北部で戦ったあの獣じみた者達のことか。確かにあれは人知を超えた存在ではあるとは私も考えており、我が騎士団内でも対処法の確立を急いだのだが……。命を奪う以外の対処法は存在し得ないだろう」


 豪波騎士団団長、ウォルハスが悔しそうに言う。彼は研究者気質らしく、相当のめりこんで研究を行っていたようだが、芳しい結果は得られなかったようだ。ウォルハスの結論を補強するために、彼の隣に立っていた背まで届く長い髪を持つ女性が手元の資料を机に広げ、簡単に研究の成果を話し始める。


「しかし、研究結果が何もないという訳でもありません。私どもの研究によると、理性を捨て凶暴化していた彼ら『影獣』は、脳に存在する恐怖を感じる神経を切断されていた可能性があります。彼らに施された実験が生み出した苦痛によって神経がちぎれたのか、それとも人為的な方法で切られたのかは不明です」


「……なるほど。つまり、奴らは『恐怖しない』。そう言うことか」


「ええ、ゼロス殿の言うとおりです。だからこそ彼らはどれだけ傷つこうとも目の前の敵の喉笛に噛み付こうとすることをやめないのです。それを止めるためには、二度と動けなくするほかありません」


「しかし、俺が相手したあのデカブツは違ったぞ。あいつを仕留めた途端、周りにいた他の奴らが退いた。奴らは恐怖しないはずだろう」


「これは完全な推測になりますが……。リーダーが変わったのではないでしょうか」


 彼女の言葉の意味が分からず、ゼロスと他の者は首をかしげる。ただ隣の者の話を聞いていたウォルハスはようやく気を持ち直し、代わりに話し始めた。


「あまり適切な表現とは言えないだろうが、奴らはほぼ動物と変わらない。そんな奴らを少しでも統制するためには統制者。つまりリーダーが必要だ。……もっと簡単に言うならば、『動物の群れには必ずリーダーがいる』ということだ。ゼロスが倒したあの巨大な怪物。奴らにとってはアレがリーダーだった。お前がアレを殺したことで、群れの長の座がお前に変わった。……という仮説だ。証拠などもない」


「まあ、何となくは理解した。話を遮って悪い、続けてくれ」


 ゼロスが壁に寄りかかり、腕を組んで目を瞑る。それを見届けるとまたウォルハスの隣にいる女性が話し始めた。


「では、続けて彼らの動きを止める方法について。……手や足を一本斬り飛ばした程度では動きは鈍りません。痛覚はまだ生きているはずですが、痛みに苦しむよりもそれを怒りの燃料としてより凶暴になります。効果的なのは腕や足を二本以上斬り落とした時ですね。単純に、動くための機能が半減されるからです。……恐ろしいことに、彼らは両腕を失ってもなお身を切り刻まれた苦痛よりも殺意が思考を支配しているようです。……それ以上彼らの身体を損壊すると、大量失血により死亡します。他にも、最初から頭を叩き潰したり、切り落としたりすればもう動かなくはなります。普通の人間よりも俊敏に動き回る彼らの頭を的確に狙えるかどうかは別の問題ですが。……あ、申し遅れました。私はアイリス・オリッド。ウォルハスの妹で、豪波騎士団の副団長を務めております」


 眼鏡をかけている彼女は中指でずれた眼鏡を直しながら名乗った。皆それぞれ「よろしく」とあいさつを交わしたのち、会議が再開される。


「これで懸念点である『影獣』についてはそれなりの対処法を得られたかと。しかし、問題はまだ残っているのです。……『影の一族』の力に適合してしまった者、それが王国内にどれほどいるのか。今の所それらしい情報はつかめていません」


「……最低でも。クバル・ダーケインにガルディア・アストル。そしてリーデンにフォーラ。この四人が力に適合している。どれほどの実力者かは未だ未知数だ」


「クバルか。……面倒だな」


 軍略の間は一気に暗い雰囲気に包まれる。以前に一度ゼロスが勝利を収めた相手である、王国最強の魔導士クバル。彼がさらなる力を手に入れ戻ってきてしまった。他にもガルディアの脅威はルトガーが痛いほど知り尽くしており、リーデンに関してはゼロスが、フォーラに関してはオルコスが一度戦っている。手の内は知っているとはいえ、それがすべてという訳でもない。


「だが、俺たちが集まってる。いくら相手がとんでもない魔力を持っているとはいえ、抗えないなんてことはないはずだ」


「ラキア……。ああ、お前の言うとおりだ。戦いが始まる前から怖気づいていては勝てる戦も勝てなくなってしまう。なあ、そうだろう!」


「……根性論はあまり好きではないが、今だけはその通りだ。いいだろう、覚悟はしておく」


「ええ。我々はすでに『痣』の力に呑み込まれた者の脅威を知っています。今度こそ、遅れはとりません」


 さすがは歴戦の勇士たちとでも言うべきか。一息で暗い雰囲気を一掃し、戦意が高まっていくのが感じられる。


「……懸念点はこの程度でしょうか。では続けて、明日我々がどう動くか。王都防衛壁城は……」


 会議はさらに進行する。朝九時に開始された会議は昼を周り、終わったときには日が傾きかけていた。




「ゼロスさん、いらっしゃいますか?」


 部屋のドアがノックされる。外から声をかけて来たのはアイリーンだろう。ゼロスは席を立ち、ドアを開ける。


「どうかしたか?」


「いえ、そろそろいいお時間ですし一緒に夕食でもと思いまして。……どうでしょうか?」


「ありがたいお誘いだが、少し待ってくれないか。今ヴァイス園宛に手紙を書いていたところなんだ」


「あら、そうだったのですか」


「ああ。……しばらくチューンに帰っていないしな。そろそろシエラからも催促の手紙が来るだろう」


「確かに、そうかもしれませんね。では私は外で……」


「待て。女を立たせたまま待たせる趣味は俺にはない。……茶なら出す。入れ」


 アイリーンを部屋に招き入れると、彼女は物珍しい物でも見つけたいのかきょろきょろとあたりを見回している。自室として使っている内装はどこも同じはずだが、いったい何が気になるのだろうか。ゼロスはそんな彼女に構うことなく、茶を淹れ彼女が座ったテーブルの前に置く。


「ありがとうございます。……ふう、結構なお手前で」


「口にあったか。それならよかった」


 ゼロスは一度アイリーンの方を振り向いたが、すぐに机の向き直りペンを握る。部屋にはさらさらと紙の上を走り続けるペンの音だけが響いていた。アイリーンは手紙の内容が気になり、音を立てないよう立ち上がりゆっくりと彼の背後へと忍び寄る。彼の大きな背中を越え、もう少しで手紙の内容が見えるという瞬間、ゼロスが振り向いた。


「……何をやってる」


「い、いえ。何を書いているのかなと、少し気になってしまっただけで……」


 ゼロスはため息を一つつくと、先ほどまで自分が書いていた手紙に視線を落とす。そして椅子から立ち上がり、彼女にペンを手渡した。


「せっかくだ。アイリーンも何か書くか?あいつらとはもうだいぶ仲良しだろう。あいつらもきっと嬉しがるさ」


 アイリーンは何も言わず、先ほどまでゼロスが座っていた椅子に腰を下ろした。彼は真新しい紙を何枚か手渡すと、「終わったら呼んでくれ」と言ってソファに身を預け、船をこぎ始めた。……それからおよそ一時間後、不意にゼロスが目を覚ました時には机にアイリーンの姿はなく、彼の方に寄りかかって寝ていたのだった。




 翌日、ダリア城外、帝国陣地内にて。


「最終確認と行こうか。まず、中央の戦線は烈風騎士団と紅蓮騎士団が務める」


 机の上に広げられた巨大な地図を前に、各騎士団の団長たちが首をそろえて作戦の最終確認を行っていた。この中での最年長はガラードのようで、彼が会議の進行を担っている。


「全力で務めましょう」


「私のような新米に、このような大役……。ルトガー、奮戦を尽くします」


「気合が十分なのは結構だが、空回りだけは勘弁してくれよ。……で、俺んとこは南から、豪波騎士団は北から攻め込む。中央を迎え撃つために出て来た奴らを挟み撃ちにするのが第一の目的だ。忘れるなよ」


「心配ない、昨日のうちに頭に入れている。……中央戦線を制した後はその勢いのままアトランティスに雪崩れ込む。そうだったな?」


 ウォルハスは大きな戦いの前でも緊張しないのか、昨日と様子が全く変わらない。しかし、変に緊張しない方が今この場では頼もしくありがたい存在だろう。ガラードは彼の冷静な物言いに続く。


「その通りだ。ただし、一息に奥に駆け込むような進み方はご法度だ。後方の安全を確保しながら、確実に進もう。……壁城攻略最大の難所は接近するまでと言ってもいい。中に入ればこっちのもんだ、絶対に焦るなよ。……いいな?」


「了解!」


 最終確認の会議は終了し、団長たちは仲間のもとへと戻っていく。それらとすれ違って、斥候に向かっていたセシルが地面から姿を見せた。


「すまない団長、遅くなった。三日前にいきなりアトランティス内の警備が厳しくなってな。原因が気になって調べまわってたんだ」


「いや、大丈夫だ。ひとまずセシルが無事でよかった。……で、何かつかめたか?」


 セシルは懐から書簡を取り出す。封には王国の紋章が刻まれていた。彼はそれを開き、ガラードに差し出す。


「何々……。なるほど、俺たちの動きは見られてたか。で、王都にいた兵士たちがアトランティスに集まってると」


 書簡は王都からアトランティスへと送られたもので、内容は『帝国騎士団による侵攻の懸念は認められた。この書簡と共に兵を送る。奮戦せよ』と書かれている。監視の目が緩んでいるとはいえ、ここまで大々的に動いていれば嫌でも目に入るだろう。彼らはそれを壁城内の戦力だけでは対処しきれないと考え、王都に応援を要請したのだ。そしてそれが受理された結果、王都内の警備が激しくなったのだ。


「おそらくだが、クバルとかのデカい名前を持った奴は出てこないはずだ。それを探し回ったんだが、姿は見つけられなかった。もしかすると少し遅れて行動しているかも知れないが……」


「大丈夫だ。奴らが出てくるかもしれないという懸念はすでに話し合った。皆すでに覚悟は決まっている」


「……そうか。あとは王国側の出方ぐらいだが、これもおそらくだがまだ決まっていない。指揮官らしき姿すらない中じゃ作戦の方針が決まらないのも無理はないだろうけどな」


 ガラードはセシルの言葉に眉を顰める。そして、「今なんて言った?」と聞き返した。


「え?……王国側の出方の所か?」


「違う、その後。指揮官が何だって?」


「……指揮官らしき姿すらないって……」


「本当か!?壁城だぞ?建城されてから何年経ったか忘れたが、今まで一度も突破できなかった圧倒的な防衛力を誇るあの……。何故指揮官がいない?『罠』か?いやしかし……」


「団長、考え込んでるところ悪いが、そろそろ動き始めなきゃいけない時間なんじゃねえか?」


 セシルがそういった途端、イナがテントに入ってくる。


「団長、出陣のお時間です。そろそろご準備を……。あっ、セシル。無事に帰ってこれましたか、よかったです。……もしかして今取り込み中でしたか?」


「いや大丈夫だ。待たせてすまない。烈風と紅蓮はもう動き出しただろう?俺たちもそろそろ動かなきゃな」


 彼はテントから顔を出しながら言う。その視線の先には、すでにアトランティスに向けて出発していた烈風騎士団と紅蓮騎士団の姿があった。




「いや、まさか我々の命の恩人と肩を並べて戦う日が来ようとは」


 エリオットと馬を並べて進むのはルトガーだ。作戦の都合上同行しているが、存外彼はおしゃべりだったようだ。すでに勝利を収めたような物言いをする彼に対し、エリオットは冷静にいさめる。


「……ルトガー、感慨にふけるのは勝った後にしてくれ。今回の戦いは今までで一番王都に近い。その分普段は王都の防衛を担っている兵士も出張ってくる可能性がある。油断はするなよ」


「わかっています。……もしかするとあのガルディアとも拳を交えることになるかもしれないと。私たちは、同じ相手に二度敗北したりなどしません。祖父と約束を交わしましたから」


 そういうルトガーの目は真剣そのもので、彼がどこか浮ついたように見えていたエリオットは、自らの人の見る目のなさを心の中で嗤っていた。彼らの目の先にはすでに壁城がその堅牢な姿を見せつけている。


 一歩進むごとに大きくなっていく壁城はまさに圧巻の一言に尽きるだろう。彼らが壁城の姿をとらえたということは、王国側はそれよりもずっと前から彼らの姿をとらえていたということだ。見渡す限りの平原が黒い影で覆われていく。まばらに掲げられた旗には王国の紋章、雄々しき獅子が描かれていた。エリオット達の前方に立っていたオルコスは声をあげる。


「敵影確認!接敵用意!」


 のどかな平原を進み続けていた彼らに、緊張感が漂い始める。エリオットは集団を抜け出し、皆の前に立った。


「皆、意気をあげろ!我々はこれより、我々自身の手で帝国の栄光をつかみ取る!ここに立つ我らすべてが帝国の勇士。恐れるな!」


「おおおおお!」


 彼らが立ち止まっているときでも、構わず王国兵たちは近づいてくる。エリオットは正面を向くと、腰から抜いていた剣を空に掲げる。


「全軍!眼前の敵を蹴散らせ!突撃!」


 大地を揺らすほどの雄たけびと共に、烈風・紅蓮による連合軍が駆けだす。王国兵たちもまたそれを受けて、一斉に意気をあげて駆け出す。正真正銘の正面衝突。完全にして単純な力比べが始まった。


 戦士の数は驚くほど差が開いていた。ダリア城を制圧し、そこに駐屯していた王国兵をすべて騎士団の仲間とし、その上紅蓮騎士団との共同作戦だというのに、烈風騎士団は瞬く間に王国兵たちに囲まれた。


「左右には構うな!正面突破だ!」


 エリオットがそう指示を出すと、前方で大きく吹き飛ばされた王国兵による柱が立ち上った。人でごった返しているせいでよく見えなかったが、エリオットはそれが誰のものによるかは分かりきっていた。まるでそれを合図としたように各地で兵士が空を舞い始める。烈風騎士団の面々の耳にエリオットの指示が届いたのだろう。


「死にたくなければ道を開けろ!」


 ゼロスが剣を振るう。一度剣が振るわれるたびに、何十人という兵士が躯となる。しかしそれでも、彼らはゼロスへと立ち向かうが、何とか足止めとしての役割をぎりぎり果たしているだけであり、戦況は少しずつ傾き始めていた。


「いい加減邪魔するんじゃねえ!……『鋼技・大鋏』!」


 両手を巨大な刃へと変化させ、力尽くで交差させる。オルコスの腕には兵士の鎧や身体を断ち切っていく感触が伝わっていたが、彼は力を緩めることはしなかった。それに続くようにカリンやアイリーンも躊躇なく敵を葬っていく。


「怯むな!押し返せ!」


 エリオット達を囲んでいた包囲網は次第に緩んでいく。彼らの渾身の抵抗が功を奏していることは事実だが、さらに迅雷と豪波が作戦通りに王国軍の左右から攻撃を開始したのだ。四つの騎士団が一つになったとしても数では勝っていないが、形勢が切り替わったという事実が重要だった。敵を囲みこんでいると思っていたら、囲まれていたのは自分たちだった。彼らは必死に応戦するが、烈風騎士団と紅蓮騎士団の連合を抑え込めるほどの戦力を有してはいない。もともと数だけで押していたというのに、その数が足りないのだ。


「……ハアッ!」


 とどめとばかりにコルニッツォが正拳突きを放つ。拳から放たれた地面を抉るほどの衝撃は薄くなった王国兵の包囲を打ち破り、ついにアトランティスへの道を開いた。


「今が好機だ!突破しろ!」


 王国兵は急いで開いてしまった穴を埋めるが、それよりも先に何人かが包囲を抜け出た。彼らはすぐに迅雷騎士団たちに合流し、包囲の攻撃に参加する。戦況は帝国側有利に傾いていた。このまま戦いを進められれば、アトランティス前哨戦を勝利で飾ることができる。これほどの戦力を失えば、いくら大陸中の傭兵を雇いあげた王国と言っても苦しいはず、皆そう思っていたが、事態は急変する。




 何かが爆発したような、鼓膜を裂いてしまうほどの音。敵味方関係なく、その場にいた者全員が音の出所を探して空を仰いだ。そして、その場はすぐに阿鼻叫喚に包まれる。壁城方面から魔法弾による砲撃が始まっていたのだ。「逃げろ!」という声が周囲に響くが、普通の民家を包み込めるほどの大きさにまで膨らませた魔力の塊など、ここからダリア城にまで逃げない限り無事では済まないだろう。


「全員散らばれ!あれから逃げろ、ただじゃすまないぞ!」


 必死にエリオットが叫ぶ。王国兵たちもこんな攻撃が行われるとは知らなかったのか、敵を前にしてあの魔法弾から逃げまどっている。


「あっ!」


 地面に転がる死体に躓き、転んだ者がいる。助けに向かおうとする者の手を、別の者が引いて咎める。周囲はすでに魔法弾によって不気味なほど白く照らされていた。ついにそれが地面に触れる。遠くに逃げ延びた者、近くで転んでしまった者、恐怖で狂った結果魔法弾が落ちるであろう場所に駆けだす者。皆が魔法弾を見つめていた。……視界が一瞬で白に染め上げられる。続いてこの世のすべてを焦がしてしまうほどの熱と、堅牢な作りの城でさえいともたやすく吹き飛ばしてしまうほどの衝撃波が戦場を破壊していく。


 ようやく目を開けられたときには、地面に転がっていた死体や爆心地の近くにいたものは血の一滴すら蒸発して消えてしまった。十分離れたはずである者でさえ、圧倒的な爆発音と衝撃波を受けて気を失っていた。誰一人として立ち上がれない。凄まじい破壊力と仲間すら巻き込む王国側の非情さに呆気に取られていたのだ。だが、今すぐ立ち上がる必要もない。この爆撃により王国軍は壊滅。……もはやこの場に剣を向けるべき敵はいないのだ。生き残った彼らがすべきなのは、遠くに見える二発目をどう凌ぐかを考えるのみである。




「……これで全員か」


 エリオットはどこか悲しそうにつぶやく。アトランティスからまた放たれるかもしれない魔法弾を避けるため、いち早く壁城に向かうべく隊列を整えていたのだが、無事に動ける兵士は数えるほどしかいなかった。


「……烈風騎士団総員七十五名の内、四十二名が死亡、消滅。あの爆撃に消されたと考えられる。そして十三名が重傷を負った。それぞれ腕や足が焼き払われてしまっている、馬に乗ることですら一苦労に違いない。重傷兵に関しては、他騎士団の軽傷兵に陣地まで送還してもらう手はずになっている」


 カリンが被害を報告する。一言聞くたびに皆は悔しそうな声をあげていた。


「わかった、ありがとう。……俺たちはこれから他騎士団と連携して壁城の制圧を開始する。……仲間の仇だ、全員気合を入れろ!」


「おお!」


 残りたった二十名ほどになってしまった騎士団を引き連れ、エリオットは迅雷騎士団に合流する。こちらも変わらずひどい被害を受けており、百余名いた団員は四割を残すのみとなっていた。紅蓮、豪波も同様に半数以上を失ってはいるが、戦意はなお燃え盛っている。


「あんなクソみてえな攻撃で勝ち誇られるわけにはいかねえ!俺たちはまだ生きている!……消えた者の苦しみは俺たちにはわかり得ないが、仲間のために戦うぞ!」


 怒りに染まった目を血走らせ、ガラードが皆の前に立ち声をあげる。仲間をいともたやすく葬られた怒りは団員の皆にも宿っており、今すぐにでもここから出立することを目で訴えている。


「先陣は俺が務める。続いてくれ。……では、行くぞ!」


「おおお!」


 四騎士団の連合軍は進軍を開始した。王国兵は姿を見せることはなく、ゆっくりとだが確実にアトランティスへと近づけていた。そして、近づくにつれ魔法弾の出所が明らかになる。


「……あれか。あの砲台が……」


 ゼロスは空を見上げる。その先には青空ではなく、巨大な黒い筒が壁城の屋上から飛び出ていた。魔導戦艦に搭載されている魔導砲撃機よりも巨大な筒は、あの凄まじい威力の魔法弾を超遠距離に渡って砲撃することは不可能ではないと証明しているようだ。しかし、こちらの姿が見えているはずだというのに、大砲は一切動きを見せない。さすがに連射は不可能のようだ。


「……あれが次に動いた時。その時が俺たちの死に時だ。急ぐぞ!」


 部下からの報告を聞き入れ、ガラードが進軍速度を上げる。もうアトランティスは目と鼻の先にまで近づいていた。周りに兵士の姿はないが、壁城に備えられた小さな穴からこちらを睨んではいるようだ。アトランティスに侵入するためにはそれらの監視、あるいは攻撃をどうにかして凌ぎつつ、正面にある巨大な鉄扉を突破しなければならない。


「……全員、防御魔法陣を用意しろ!城門の突破は他の者に任せるほかない。……エリオット!」


 前線にいるガラードがエリオットを呼ぶ。彼にはすでにこの鉄扉を突破するかの算段はついていた。


「お呼びでしょうか、ガラード殿」


「……正面突破を任せたというのに、また厳しい仕事を任せねばならん。……鉄扉を突破してくれ。戦闘力ならば烈風騎士団が一番だ。その力、いかんなく発揮してくれ。……できるな?」


「……必ずや」


 エリオットの返事を聞いた途端、迅雷騎士団は烈風騎士団以外を伴って横に列を作り出す。騎士団の皆は構えていた盾を天に掲げた。……騎士団に支給されている盾にはある機能が備わっている。「……防御魔法陣の自動展開」である。手から盾に魔力を流し込むことで、使用者の魔力に応じた強さの防御魔法陣を作り出すことができる。彼らはそれを用いて少しも隙間のないドーム状の防護壁を作り上げた。


「……行くぞ!アトランティスをこじ開ける!」


 エリオットの号令で烈風騎士団の全員が駆けだす。先陣を切ったのはコルニッツォだ。


「はあああぁ……。『インパクト・バンカー』!」


 走りこんできた勢いを左足でブレーキしながら地面を滑る。その間、右手に力を籠め続け彼は絶好のタイミングを狙った。そしてブレーキがかかり、完全に立ち止まった瞬間にためていた魔力を一気に解き放つ。鉄扉に向けて放たれた衝撃波は一瞬でアトランティス全体を覆い、内部から砕けていく音を響かせている。しかし、正面は頑丈なのか少し崩れただけだ。扉を睨みつけるコルニッツォを横目にオルコスが飛び出す。


「今度は俺が行くぞ!『鋼化・鉄鬼羅刹』!」


 全身を鋼鉄の異形へと変化させ、アトランティスにとびかかる。鋭い槍に変化させた自らの腕を壁に突き刺すと、魔力を込めてさらに変化させ始めた。


「外からが駄目なら中から砕く!……技なんざ必要ねえ!」


 オルコスが腕を突き刺した壁がゆっくりと膨らんでいく。亀裂も入り、壊れるのは時間の問題だった。しかし壁の膨張はある一定の所まで行くと止まってしまった。彼はさらに魔力を流し込むが、壁の膨張はゆっくりと収まっていく。


「オルコス!諦めろ!これ以上は体力の無駄だ!」


 エリオットが声をかけ、彼は舌打ち混じりに腕を引き抜いた。どうやら壁城には騎士団の盾と似たような原理で「修復機能」が搭載されているようだ。城内にいる兵士が魔力を流し込むことで、壁城は本来の姿を取り戻す。オルコス一人と、中にいる兵士。敵の数は分からないが、単純な魔力量の勝負では歯が立たないということだ。この様子では先ほどコルニッツォが破壊したであろう壁城内部もすでに修復されていることだろう。


「クソッ!……厄介だな」


「もっと単純な破壊力がいる。……ゼロス、頼む」


「……最初から俺に任せてくれても良かったんだが」


「お前がやると壁城全部を壊しちまいそうだからな。だが、もうなりふり構ってられねえ。敵の攻勢も激しくなってる。……頼む」


 防護壁の中にいるおかげで忘れていたが、彼らのもとには周囲の地図を新しく書き直さねばならないほどの魔弾による砲撃が続いている。先ほどの王国軍を消し飛ばした巨大な魔法弾ではないため防ぐこと自体はできるのだが、防いだ衝撃は伝わってくる。


 盾を天に掲げる者達は皆、必死に痛みを耐え、扉が開くのを待っている。限界がいつ訪れるかはわからない。戦力の温存などということを考えている余裕はなくなったのだ。……ゼロスが鉄扉の正面に仁王立ちする。背負っている剣の柄に右手を伸ばし、力強く握りしめた。そして、予備動作など一切せずに剣を抜いて振り下ろす。鉄と鉄がぶつかり合う、耳に痛みを覚える音だ。


 ゼロスはそこから覚醒したように滅茶苦茶に剣を扉へと叩きつける。鉄扉は頑丈で、加えられた攻撃をすべてはじき返している。しかし、ゼロスは弾かれた衝撃を逃がすことなく体をひねって剣に乗せ、前よりも強い一撃を常に叩き込む。彼自身の魔法が「身体強化」であるためか、常人には不可能に近い行動を無理やり可能にしているのだ。……もはや、鉄扉の前にいるのはゼロスではない。黒い鎧の姿を残像として残った剣戟が切り刻んでいく。吹き荒れる刃の中心にある黒い何か。まさに「黒嵐」であった。


 味方はもちろん、敵ですら人の限界を超えているであろう凄まじさに目を奪われ、攻撃の手を止めてしまっている。……ついに止まった。扉に跳ね返されたゼロスが、地面に刃を突き立て後ろに吹き飛ばされたのをすんでのところで止める。舞い上がっていた砂埃が晴れた時、皆は茫然と口を開いた。難攻不落と呼ばれて久しいアトランティス、その絶対的な防御を確実なものにするため、あらゆる敵の侵入を防いできた鉄扉が。何重にもズタズタに傷をつけられていた。さらに扉の中央、もっともゼロスからの刃を受け止めた場所には、人差し指が入る程度ではあるが、穴が開いていた。ゼロスは地面に突き立てていた剣を抜き、地面を蹴って前に出る。剣を背負うように、低姿勢で飛び出したゼロスは、いきなり左足でブレーキをかけ、余った勢いを剣の投擲に用いた。草原を吹き抜ける風よりも早く飛んでいく剣は、彼の目的通り鉄扉へと向かっていく。


 しかし、ゼロスはそれだけで終わりとはしない。もう一度地面を蹴り、自らが剣の後を追った。剣が扉へと到達する瞬間、剣の柄頭を思いきり殴りつける。腕に扉へと加えた衝撃がすべて跳ね返り、肌が裂かれて血が噴き出る。だが。


「……突破した、のか?」


「嘘だろ……?アトランティスだぞ?あの堅牢な扉を、一人で……?」


 いかなる敵の侵入を拒んでいたアトランティスの正面城門、「鉄扉」それはゼロスの手で、巨大な大穴をこじ開けられていたのだった。壁城前は歓声に包まれる。壁城が建城されてよりおよそ七十年。何度か戦争の決着を帝国の勝利で垣間見る機会は何度かあった。しかし、そのたびにこの壁が彼らの前にそびえたち、勇士の猛攻をはねのけて来たのだ。そんな壁城が今、たった一人の手で打ち破られ難攻不落の名を失ったのだ。


「全軍攻め込め!今こそが勝機だ!」


「おおおおおお!」


 ガラード自身が先陣を切り、騎士団が一斉にアトランティスへとなだれ込んでいく所を、ゼロスは壁に寄りかかって見届けていた。右腕に力が入らない。力を入れすぎたせいか筋肉まで傷ついてしまっているようだ。だが、彼の脳内は不可能を可能にした興奮で高ぶっており、痛みを全く感じていない。自分の怪我をどこか他人事のように感じていたのだ。


「……ゼロス、すまない。イダン村に続きまた無茶をさせてしまった」


「構わん。これは俺にしかできない仕事だった、なら俺がやるべきだ。……だから、俺はここで休ませてもらうぞ。ここから先は俺がいなくとも何とかなるだろうしな」


「ああ、許可する。じゃあ、俺たちもガラード殿に続いて……」


「……私、ここに残ります。怪我人を一人放っておくなんてできません」


「許可する。……アイリーン、ゼロスのことは頼むぞ。……俺たちは制圧に向かう!」


「おおお!」


 エリオットは団員を引き連れアトランティスへと入っていった。アイリーンはそれを見送るとすぐにゼロスの方に振り向く。


「……また、無茶をしましたね」


「すまない。だが、これは……」


「わかっています。けれど、目の前で大事な人が傷つくのはどうしてもなれないものですね。……痛いでしょう?今すぐ手当てします」


 アイリーンは腰に下げていた袋から痛み止めの薬や包帯を取り出し、彼の右手の手甲を外す。肌や肉が裂け、血が流れ続けている。彼女は一度顔をしかめるとゼロスを叱った。


「次からは怪我をしたらすぐに私を呼んでください。こんな怪我をしたままぼうっと立っているなんて普通じゃあり得ません」


「わかった。そうさせてもらおう」


 彼はズルズルと腰を下ろし、地面に座り込んだ。息が荒くなっており、顔には脂汗も滲み始めている。


「……あっ!すぐに処置します。少しだけ我慢してくださいね」


 アイリーンはゼロスの腕の付け根を布で縛り上げ、簡易的な止血を施すと水を探しに走っていった。その背中を見送った彼は、大怪我で帰ってくるたびに心配そうに見つめてくるヴァイス園の子供たちを思い出しながら目を瞑った。腕はズキズキと痛むうえ、先ほど扉を突破するために少々無茶をしすぎたのか体力の底が見え始めていた。……アイリーンが戻ってくるまで少し寝るか。彼はそう思いながら意識を手放したが、次に彼が目を覚ました時はすべての処置が終わっているころだった。




 アトランティス内部にて。決して破られることのない鉄扉の背後に潜み、ほくそ笑んでいた王国兵たちは一瞬で肝を冷やしていた。破られないはずの扉が破られてしまったのだ。それも、たった一人の男によって。仲間の騎士団員たちは怒涛の勢いで城内に雪崩れ込んできている。上まで登ってくるのも時間の問題かもしれない。王国兵はすぐに城主の間へと急いだ。


「指揮官殿。伝令です」


「何事だ?屋上の超魔導砲『ケラウノス』が故障でもしたか?あれはまだ試運転中だ。故障しても問題ない。回収して王都へと……」


「そうではないのです!……『鉄扉』が破られたのです!たった一人の手によって!」


 指揮官殿と呼ばれた兵士は彼の報告を聞き、一度目を見開いて驚いたかと思うと、大きな笑い声をあげ始めた。


「ハハハハハ!いくらつまらない戦闘だからとはいえ、冗談を言いに来るとはな。良い良い、普段ならば冗談など許さないが、この冗談は面白かった。不問としてやる」


 報告に来た兵士は声を荒らげる。


「冗談などではありません!どうぞ、外をご覧になってください。私の言葉が真実であるとわかっていただけます」


 それでもなお指揮官は笑っていたが、兵士のあまりの剣幕に押されしぶしぶ豪勢な椅子から立ち上がり、窓から下を覗いた。


「……誰もいないな。アトランティスのあまりの堅牢さに退いただけではないのか?それならば、今までに何度もあったことだろう」


「そうではないのです。奴らはすでに城内へと入り込み、この城主の間を目指しているかも知れないのです。奴らの目的は、現城主であるあなた、ハース指揮官の首なのですから」


「ええい、やめろ!一度面白い冗談だと褒められて調子に乗ったか!?奴らが城内にいるというのであれば、もっと騒がしくなるはずだろう。だがどうだ?城内は未だに……」


 彼が何かを言いかけた途端、城内からは叫び声が聞こえて来た。それと同時に何かが炸裂したような大きな揺れも感じられる。彼は何かを言いかけた口のまま制止し、隣にいた兵士を睨みつけた。


「まさか、これは……」


「ようやくご理解いただけたようで何よりです。……さあ、すぐに城を脱出しましょう。今ならまだ間に合います。アトランティスは制圧されてしまうかもしれませんが、ハース殿はここでむやみに命を散らしてはなりません。さあ、こちらに」


 兵士にとっては彼の命などどうでもよく、ただのおべっかに過ぎない。しかしそれでも、彼が自分に助けられたことを覚えていれば、後々自分の出世の助けとなってくれるかもしれない。打算的な理由ではあったが、上官の命を大事に思う忠誠心ある部下としてのアピールさえできればそれでいいのだ。しかし、彼とて上官。一定の地位に上り詰めた者にはある物が共通していた。それは、猜疑心だ。


「……俺は動かんぞ」


「何故!?敵の刃はすぐそこまで迫っているのですよ!」


「……貴様の謀など読めている。この俺を城から追い出し、貴様がこの座に腰を下ろす魂胆だろう。貴様がいかにして協力者を得たかはわからぬが、それは些細な問題だ。……失せろ!裏切り者の顔など見たくもない!」


「そんな……。ハース殿……」


「疾く失せろ。さもなくば貴様を『外敵誘致罪』として国王の前に突き出してくれる」


 外敵誘致罪。帝国の者を王国内に手引きした者が問われる、名前通りの罪でその罰はあまりに重い。王国法では一人殺すと約十年の懲役となるが、外敵誘致罪は五十年の懲役と私財すべての差し押さえとなる。万が一生きて牢から出られたとしても、その後の短い人生を生きていくことなど絶対にできはしない。……兵士はあまりの物言いに返す言葉を失い、項垂れながら城主の間から出て行った。その兵士の姿を見届けたハースは部屋の中央にある椅子に座り直し、深く息をつく。


「あいつめ……。どこで私の手口を知った?……しかし、それを私自身にぶつけてくるのが運のツキというものだ。日頃からどこか野心が透けていたが、こうして牙をむくとはな。……ふ、だがこの私は騙せまい」


 すべてがあの兵士の狂言だったとでも言うように、城内の騒ぎ声も次第に収まっていく。彼は頬杖をつき、自分を騙そうとしたあの兵士の処遇を頭の中で考えていた。頭の中で「やはり外敵誘致罪で王都に送りつけるか」と決めかけていたころ、何者かの足音が部屋の外から聞こえてくる。それも一人や二人などではない。


「……仲間を連れて謝りにでも来たか?ふむ……。健気なものだな、決めかけていた腹の内が揺らぐではないか」


「ハース殿、入ってもよろしいでしょうか。お客様を連れてまいりました」


 声は先ほどの兵士だ。しかし、要件は彼の思っていたものではなかった。彼は脳内の予定と照らし合わせるが、しばらくここに客が来る予定はない。椅子に座ったまま聞き返す。


「お客様とはどなたかな?王都から誰かが赴くという書簡は頂いていないのだが」


 万が一自分が予定を忘れている場合、ぶっきらぼうに聞くのは失礼にあたるやもしれない。彼は兵士にではなくいるかもしれない客に向けた言葉遣いを心掛けた。


「緊急の要件です。キース陛下がお越しになりました」


 その名を聞いて、一気に鳥肌が立つ。そしてすぐに椅子から弾かれるように立ち上がり、扉へと縋りついた。そして。


「申し訳ありません陛下。先ほど一人の兵士により謀反を起こされかけまして、少々気が立っていたのです。どうかお許しを。さあ、中へ……。あっ!」


 キースには人知を超えた力があるということを彼は知っていた。そして、それに付随するように人を無理やりにでも従えるような圧倒的な威圧感を持っていることも。その姿を見ることさえ、矮小な人格の彼にとっては難しいことだったのだ。頭を下げながら言い訳を続け、一歩踏み出された足でその人物がキースでないことに気づく。……ハースの首が部屋を舞った。床を転がって行きついた先は、自分が先ほどまで座っていた玉座であった。


「……これで、よろしいのでしょうか?」


「ああ。協力に感謝する。城内の兵士の処遇に関しても、悪いようにはしない。武器類を回収したのちはそのまま解放してやろう」


「あ、ありがとうございます。……それでは、私はこれで……」


 おびえるように何度も頭を下げた兵士は一目散に去っていく。それを見送ったガラードは床に転がる男の頭を掴み上げた。


「……これで、制圧完了だな。……始末は任せる」


 彼は掴んでいた頭を遺体のもとへと放り投げる。複数の部下がハースの遺体を部屋から運び出していった。ともにいたルトガーはガラードのやり方に疑問を呈する。


「ガラード殿、このやり方は少々卑怯では?我ら帝国の威厳に傷が……」


「傷がついたとて、それを吹聴する者などどこにもいないだろう。解放された捕虜が自らの敗北を声高に話すか?」


「しかし、勝利さえすれば方法などどうでもよいというのは騎士の誇りに悖る行いかと」


 納得せず食い下がるルトガーをエリオットが引き留める。


「ルトガー、さっきの砲撃を忘れたのか?卑怯な行いを先に始めたのはこいつらだ。それに、その卑怯者に傷つけられた仲間が大勢いる。彼らのためにできることは、いち早く勝利の知らせを届けることだ。誇り高く戦ったところで、仲間の傷が癒える訳でもない。……騎士小説を読むのは控えた方がいい」


 彼の仲間も先ほどの砲撃で大勢傷ついている。帝国陣地内やダリア城は医療環境としては今一つ足りず、応急処置しか行えない。彼らを安心させるためにも、安定した医療環境が求められているのだ。……ルトガーはそのことをようやく理解し、「申し訳ありません」と引き下がった。ガラードも「俺も最初からそう言えばよかった。すまない」と謝る。これで一件落着と言ったところか。


「話は終わったか?……すでにダリア城には伝令を走らせた。怪我人の受け入れ用意を手伝え」


 ウォルハスはどこか呆れたような物言いで指示を出す。彼らはそれに黙って従った。


 アトランティス制圧から半日後。一度ダリア付近の陣地まで退いた負傷兵はすべてアトランティス城内に運び終えた。やはりあの魔導砲の威力はすさまじく、生き残ったとはいえ無事という訳ではなかった。腕や足を失った者もおり、未だに意識が戻らない者もいる。制圧自体は達成されたものの、その代償はそれ相応に高くついたということだ。


「ゼロス、怪我の具合はどうだ?」


「……八割がた回復したといったところだな。アイリーンの手当てのおかげだろう」


「悪かったな。あんな無茶を任せてしまって。……しばらくは休みのはずだ。よく休んでくれ」


 ゼロスの見舞いに来たエリオットは少し話すとすぐに病室から出て行った。どうやら騎士団の団長としてそれなりに忙しくしているらしい。彼は身体を休めるため、枕に頭を預けて目を瞑った。




「陛下。アトランティスが敵の手に……」


「うむ、そのようだな」


「……『そのようだな』とは?奴らがすぐ目の前に迫っているのですぞ。このままでは我らは……」


「クバル!」


 キースに意見を呈していた男が一瞬で地面に叩きつけられ、血だまりへと変わる。キースの隣に控えていたクバルが潰したのだ。キースは舌打ちを一つすると、愚痴を言い始めた。


「……これだから大臣というものは。余計なことしかせぬな」


 潰された男は、以前王国の大臣だった男だ。キースによる王位簒奪の後、「痣」に適合し生き残った者でもある。しかし、彼は「シャーディア・センチュリオン」として前線に出ることを望まず、国王の補佐をすると名乗り出たのだ。キースはそれを「国にはそれらしい役職も必要か」と思い、他何人かも選び出して新生王国議会を設立した。だがしかし、奴は調子に乗った。一度自分の意見が聞き入れられ、立場を見誤ったのだろう。王であるキースに対し、不遜な物言いをすることが多くなった。……そしてついに我慢の限界が来たということだ。


「陛下、小言はそこまでに。……この血だまりの言うことも最もでございますが、何か策でも?」


 議会長であるアベルがキースに尋ねるが、それがまたキースの怒りを買った。


「何故俺がそんなことを考える必要がある!策を考えるのはアベル、参謀である貴様の役目であろう!」


「これはこれは、申し訳ございません陛下。なにとぞ、愚かな私をお許しください」


 アベルはすでにキースの扱いを覚えていた。彼とて元王国の大臣。矮小な自尊心のみで生きて来たことに変わりなどない。だからこそ、適当に下手に出ればすぐに機嫌をよくするのだ。彼の思惑通り、キースはすぐに落ち着きを取り戻す。


「よい。愚かな者を許すのは強者の特権というものだ。……帝国については監視の目を強めておけ。以上だ、下がれ」


「承知いたしました」


 王国大臣たちは玉座の間から去っていく。それを見届けたクバルは素朴な疑問を口にした。


「陛下、宜しいのですか。帝国の主力である四騎士団は現在、そのすべてがアトランティスに集結しています。奴らを蹂躙するなら今が好機では……」


「……戦では攻めるより守るが常道。王都に罠を張り巡らせ、奴らを迎え撃つが得策よ。……貴様もゼロスと刃を交えたいであろう?その細工も王都ならばたやすい」


「……ありがたき心遣いにございます、陛下」




 二日後、アトランティス城内、病室。


「……はい、包帯はもういりませんね。痛みもひいたでしょう?」


 医療担当の団員がゼロスの腕に巻かれた包帯を取っていく。


「ああ。……ただ、俺としてはもっと早くとってもらってもよかったんだが」


「駄目です。どうせここを出たらすぐに訓練室に行ってリハビリを始めるつもりでしょう?中途半端に直した腕を振り回せば、怪我が悪化します」


「……骨が折れたわけでもないんだ、そこまで厳しくしなくても……」


「ゼロスさん。わがままは言わないでください」


 取られていく包帯を眺めていたせいで気付かなかったが、いつの間にかアイリーンが目の前に立っていた。


「ちゃんということを聞いてください。また怪我をすればベッドに逆戻りですよ」


「わかったよ。……あんたも、わがまま言って悪かったな」


 包帯を取りきって椅子から立ち上がった団員は「いえ、慣れていますから」と大人の対応を見せる。それに続くようにベッドから降りたゼロスはアイリーンと共に病室を出た。城内の廊下を目的もなく歩く中、ゼロスは気になっていたことを聞く。


「わざわざ俺の所に来たってことは、何かあったのか?」


「いえ。心配だから来ただけです。そろそろ復帰の頃合だと先ほどの団員から聞いていましたから。すぐに訓練室に行くだろうと思って」


「……随分と俺のことを信用しているみたいだな」


 自分の考えが透けていたことが何だか恥ずかしくなり、少し皮肉めいたことを言ってしまう。しかしアイリーンはそんな皮肉に負けないほどの言葉を返した。


「ええ。私、あなたの恋人ですから」


 嬉しそうに笑う彼女を前に、ゼロスもまたつられて笑うほかなかった。


 ゼロスが復帰を果たしたのち、彼はまっすぐある場所へと向かった。二階への階段を上り始めた時点で、ともにいたアイリーンは彼の目的地が訓練所ではないと察する。そのまま彼は三階を越し、四階で階段に足を向けることを止めた。そのまま廊下を少しだけ進み、ドアに掛けられたプレートを確認したのちにドアをノックする。プレートに書かれていたのは「烈風騎士団団長室」。つまりここはエリオットの部屋だ。


「開いている、勝手に入ってくれ」


 エリオットと共に事務仕事をしているであろうカリンが返事をする。ゼロスは一言「俺だ。入るぞ」とだけ言った。アイリーンもそれに続く。


「エリオット、カリン。待たせてすまない。ゼロス、これより復帰する」


「早いな。怪我はもういいのか?」


 カリンが心配そうな声を出す。あの時のゼロスは「狂戦士」と呼ぶにふさわしい戦いぶりだった。あれを目の当たりにすれば心配そうになるのも無理はない。すかさずアイリーンが口を開く。


「はい、問題ありません。私がたまに様子を見ていたので」


 ゼロスは驚いたような顔を向ける。彼があの部屋で安静にしている間、あまり彼女の顔を見ることはなかったのだが、知らないうちに見張られていたようだ。


「いつの間に……」


「あなたが寝ているときに。逐一怪我の具合を聞き出していたんです」


「……痴話喧嘩は外でやってくれ。それと早速で悪いが、少し仕事を頼みたい。病み上がりにはちょうどいいだろうが、どうだ?」

 カリンからの仕事の話に、ゼロスがOKを出す前にアイリーンが口をはさむ。


「私も同行しますから大丈夫だと思います」


「なっ。……アイリーン、俺は子供じゃない。そこまで見張る必要なんか……」


「二人とも。痴話喧嘩は外でやってくれと言ったはずだ。……まずはゼロスが破壊したアトランティスの西門に向かってくれ。仕事の内容はそこで待っている者が教えてくれるはずだ」


「じゃあ、二人とも頼んだぞ」


 ずっと書類に向かっていたエリオットは顔をあげ、手を軽く振って二人を送り出す。そしてすぐにまた机に向かった。カリンの手によって追い出されるように部屋を出た二人はそのまま下へと向かった。



 

「復帰のあいさつのつもりが、まさか仕事とはな。……今、そんなに忙しいのか?」


 廊下を行く最中、ゼロスは素朴な疑問を口にする。寝ていた間そのような話を一切聞いておらず、彼は今騎士団の状況を把握していない。


「そうですね……。帝都からは特に決戦に関する具体的な書簡はまだ送られてきてはいません。その代わり、今まで帝都防衛の任についていた帝国正騎士団がこちらに駐留することになりまして。……帝国大臣らは総力戦を仕掛けるつもりなのでしょう」


「なるほど。で、そいつらが幅を利かせて雑務が降りてきてるってところか」


「そうみたいです。……もしかしたら、今からする仕事もそうかもしれませんね」


 ゼロスは大きくため息をつき「面倒だな」と愚痴をこぼした。アイリーンは「聞かれた方が面倒ですよ」とたしなめてはいるが、彼女自身も帝国正騎士団のことはあまり気に食わないようだ。


 一階の西門前まで降りてくると、それなりの人影が見える。その中央にはどの騎士団とも違う純白の鎧を身に着けている者がいた。彼はゼロスたちを見つけるなり高慢な態度をぶつけてくる。


「……貴様らが烈風騎士団からの応援か?」


「はい、そうですが……」


 偉そうな相手は得意なのだろうか、アイリーンがすぐに返事をする。ゼロスは黙って鎧の男を睨みつけていた。


「とっくに集合時間は過ぎている。貴様ら、もしや私を舐めているのではあるまいな?」


 プライドを燃料にして動くロボットのような男は、あまり賢いとは言えない発想で詰め寄る。「いえ、そう言う訳では」と下手に出るアイリーンの言葉を遮り、ゼロスが前に出る。


「ああそうだ。帝都に引きこもってばかりの雑魚を舐めて何が悪い」


「ちょっ……。ゼロスさん!」


 アイリーンが引き留めるがもう遅い。偉そうな男は一度深く深呼吸をすると、腰に差していた剣を抜いてゼロスに突きつけた。


「……ガルウェン殿が貴様の話をしていたが、私は貴様が気に食わなくて仕方がない。……だが、今は時間が惜しい。貴様の不遜を咎めるのは別の機会にしてくれる」


 彼は剣の切っ先をゼロスの鼻先に突きつけるが、ゼロスは全く動じない。それすら彼にとっては面白くないことのようだが、本題を優先した。正騎士団に所属しているだけあり、判断能力は確かなものなのだろう。剣を鞘にしまうと、彼は自己紹介から始めた。


「私はレーゲン家の現当主、アルバスである。帝国正騎士団では副団長を務めている。……早速本題に入ろう。現在、アトランティス周辺には王国兵の残党と、豪波騎士団の団長が『影獣』と名付けた人もどきがうろついている。奴らは我々が王都侵攻を開始したときに必ずや障害となるだろう。よって今のうちに排しておく必要がある。そのため、各騎士団から人員を派遣し、今より残党狩りを行う」


「……いつの間にそんなものがうろついてたのか?」


 アルバスの言葉が信じられないのか、ゼロスは小声で隣にいるアイリーンに尋ねた。彼女は一度頷いたのちに詳しく話し始める。


「昨日の深夜から周辺で『獣のような声が聞こえる』と誰かが訴え出たようです。周辺を望遠鏡などで調べてみると、どこから来たのかは不明ですが『影獣』が見つかったんです」


「いや、王都から来たに違いない」


 彼に聞こえないよう小声で話していたはずだが、いつの間にかアルバスに聞かれていた。彼は二人を睨みつけるだけで、勝手なおしゃべりを咎めることなく、話を続ける。


「アトランティスより西はすべて帝国の領土だ。帝国法により厳しく治安維持はなされ、現在でも帝国正騎士団が各地の統治、治安維持を行っている。私の部下は優秀でな、もしそんなものを見つけたりすれば、報告をするに違いない。しかし、今現在私の手元に彼らからの報告は上がっていない。……よって、『影獣』は王都から来たものだと断言できる」


「……なるほどな」


 ゼロスは生返事を返す。彼は今、「影獣」が城の周りをうろついていることよりも、彼らがどのようにして生まれたかを帝国に知られることを懸念していた。帝国の将であったバランはバラキア防衛の際に発生した損害を清算するため、帝国大臣らの手によって「影の一族」を生み出すための何らかの実験に使われた可能性がある。しかし、王国はその先をいっており、クバルやガルディアなどはすでに実験の成功例として圧倒的な魔力を手に入れていた。帝国が「影の一族」に関して新たな情報を手に入れれば、またむごい実験の被害者が増えてしまう。


「奴らをどうするつもりだ?」


「言ったはずだ、残党狩りだとな。……不穏分子を王都に追い返すだけだ」


「……そうか、わかった」


「ほかに何か質問がある者は?……いないようだな。では早速行動開始。敵影の姿を確認次第、交戦を開始しても良い。殺してしまっても構わない」




 そうしてゼロスたちはアルバスの指示に従って壁城から残党狩りに向かった。砲撃の影響で荒れた壁城前を離れ、歩きやすい平地部分を進む。ゼロスはアイリーンと共に行動しているが、二人の目があっても残党の姿は見つからない。


「……はずれを引いたか?」


「そのようですね。王国兵の残党も、『影獣』の姿もありません」


 平地は視界を遮る木や丘もあまりないため、見通しは非常にいい。そんな中で見つけられないということはやはり彼らが担当となったところにはいないのだろう。他の騎士団員の働きを願うほかない。


「まあ、病み上がりの散歩としてはちょうどいいか」


「ええ、そうですね」


 二人並んで馬を歩かせている。二日間寝たままだったゼロスにとってはリハビリとしてちょうどいい。天気も良く、風も良く吹いて心地がいい。しかし、彼の心情はそこまで晴れやかではなかった。……原因は、彼の隣にいる女性である。


「……どうかしましたか?なんだか考え込んでいるようですが。お疲れですか?」


「いや、大丈夫だ。……何でもない」


 珍しくはっきりしない物言いのゼロスに対し、少し首をかしげるアイリーン。もし自分が彼を悩ませていると知れば、彼女は一体どうするだろうか。……彼の悩みは、アイリーンとの関係だった。彼女の里帰りに同行した際、なし崩し的に恋人関係となったのだが、日を追うごとにその決断に後悔が芽生えてきているのだ。彼女の傷心に付け込み、将来を縛ってしまっているように感じている。戦場でしか存在意義を見出せない男を貴族の家に迎えたところで、彼女に得はない。……人の好意を利用している。彼は自分自身にそう評価を下していた。しかし。


「何かあったらすぐに言ってくださいね。ゼロスさんは今病み上がりなんですから、少しの違和感も無視しちゃダメですよ」


 アイリーンは優し気な目をゼロスに向ける。心配と好意。今まで碌な人間関係を築いたことがない彼でも、その目に宿っている感情は理解していた。……その結果、未だに心の内を言い出せず、悩み続けている。女々しいとなじられればその通りだと返すほかない。しかし、彼にとっては由々しき問題であった。心が晴れやかにならないまま、残党狩りを始めて一時間ほど経った頃。ゼロスは大きなあくびを一つすると「もう帰るか」と言い始める。あたりを見渡したところで目的となる者は全く見えず、アイリーンと一緒にいることも今の彼にとっては心を締め付ける原因になっていた。


「いいんですか?まだ何も見つけられていませんが」


「こっちにはいないだけだろう。これ以上進むと俺たちの担当区域外になる。あとは他の奴に任せたほうがいい。……それに、少し疲れた」


「……そうですか。それでは城に戻りましょう」


 二人は残党捜索を切り上げ、アトランティスへと戻る。西門前にはまだアルバスがおり、彼らの姿を見ると何も成果がないことを察したのか、ため息をついていた。


「ずいぶんと早いお戻りだが、残党狩りは済んだのか?」


「いえ、そのような姿は私たちの担当区域では見つけられず。残党なしということで帰ってきました」


「我らの動きを察して逃げたか。……協力に感謝する。そろそろ帝都から書簡も届くころだろう。よく休んで決戦に備えておけ」


「……そうさせてもらう」


 ゼロスたちは馬を休ませると、アトランティス内に割り当てられていた部屋にそれぞれ戻る。廊下の途中でアイリーンと別れたゼロスは、部屋に戻った途端に大きなため息をついた。……確かにアイリーンは家柄も良ければ器量も良い。見た目もそこらの男の目を引くほど綺麗だが、それに驕るような素振りもない。アイリーンとの婚約をかけた大会が開催されるほどには、世の男性諸君に好まれる存在であるのだろう。……だからこそというべきか、彼は自分が選ばれたことに気が引けていた。


 ゼロスも彼女のことは好ましく思っている。しかしそれが好意なのか、それともまた別の感情なのかは定かではない。……ベッドに身を預けていたゼロスは起き上がり、壁に掛けていた剣を手に取って部屋を出た。彼は今まで剣を振るうことで自らの身体に降りかかる問題を解決してきた。今回もまた剣を振るえば何かが見えてくるかもしれない。彼はそう思うよりも、そう願っていた。


 彼は階段を下り、訓練所へと向かう。確か一階の東側にあったはずだと小耳にはさんだ記憶を頼る。その記憶は正しかったようで、長い廊下の途中には大きな扉があり、その扉を開けると広い訓練所になっていた。一階西側にある大食堂と同じ程度の大きさで、一番団員数が多い紅蓮騎士団であっても半分ほどは持て余すだろう。外の明かりをよく取り込んで程よく明るい訓練所内には、なぜかアイリーンの姿があった。彼にとっては今一番会いたくない人物かもしれない。


「……なんでここに?」


「来ると思って待っていたんです。何か悩んでいるようでしたから、そんな時はこうすると思って」


 どうやら完璧に考えを読まれていたようだ。なんだか気恥ずかしくなり、ゼロスは彼女から顔を少しだけそむける。しかし、すぐに彼女に向き直った。今が好機かもしれない。ゼロスは珍しく口を震わせる。


「……話したいことが、あるんだ」


「ええ、なんでしょう?」


 ゼロスを騎士団の仲間として、そして恋人として信じるまっすぐな目。ゼロスの言葉が鈍りかけるが、彼は意を決していた。


「俺の自惚れじゃなければ、アイリーンと俺は恋人のはずだ。……それはいいか?」


「え、ええ。……いきなりどうしたんですか?そんなことを気にするようには……」


「ここからが本題だ。……俺は、アイリーンの恋人としての資格がない。だから俺は……」


「……『私との婚約を解消したい』のですか?」


「……そういう、ことになる」


 ゼロスはアイリーンの顔を見据える。彼女の顔には怒りも、悲しみも浮かんではいなかった。


「申し訳ありませんが、そのお願いは聞けそうにありません。……恋人の資格なら、私があの日に渡したはずです」


「……あの時はあの選択が最適解だと思った。けれど、自分の選択に自信が持てない。……アイリーンを幸せにできるか、自信がない」


「それなら、その日まで待ちます。ゼロスさんが自信をもって私を幸せにすると言ってくれるその日まで。……約束は破らないんですよね?」


 ゼロスは何も言わなかった。否、言えなかったのだ。情けないと揶揄されても仕方ないといえるほど、先ほどの彼は醜態をさらしていた。しかし、アイリーンはそれを一切咎めることなく、力強く「待つ」と言い放ったのだ。もはや彼に弱音を吐く権利など残されていない。……アイリーンも何も言うことなく、訓練所から出て行く。剣を振るいに来たはずのゼロスは何もできないまま、訓練所が暗くなっていくのを眺めていた。




 翌日、アトランティス三階、軍略の間にて。朝食をとっていたエリオットやガラードなどの騎士団長たちとカリンなどの幹部群は帝国正騎士団の呼び出しを受けて集まっていた。部屋の奥にはすでにアルバスの姿がある。


「……全員集まったようだな。それではこれより王都制圧戦、つまり決戦の作戦会議を始める」


 彼は右手に書簡を握りしめている。おそらくあれが、帝都から送られてきた王都の制圧を求める書簡だろう。


「まず、王国側の戦力についてだが……。斥候より得られた情報では詳細は不明」


 アルバスからのあり得ない言葉にガラードとウォルハスが同時に「は?」と声をあげ、ガラードはそのままの勢いで問い詰める。


「ふざけたこと言ってんじゃねえ、不明だと?そんな情報のために俺たちを集めたのか?」


「……『王都内に兵士の姿は見受けられなかった』と斥候は話している。何者かの魔法によって隠されているか、それとも斥候では知り得ない場所に兵が隠れているのか。いずれにしろそれが定かではない以上、不明というほかない」


「我々が王都目前まで迫っている以上、敵が我々を迎え撃つ用意をしていないわけがない。だからこそ兵はどこかに隠されている。……そう言うことか」


「さすが豪波騎士団団長、頭の回転は他よりも優れているようだ。……斥候からの情報をもとに何か言うならば、『罠には気をつけろ』というほかない」


 ガラードは舌打ちをするが、不満を言葉にすることはない。アルバスは話を進める。


「一か月以上前、王国は慢性的な人員不足を理由に大陸中の傭兵を引き入れている。その数およそ七百万。『影獣』もそこから供給されているとすれば、戦力差はあまりにも絶大。我々帝国側は戦える戦力すべてを動員してもおよそ三百五十万。傭兵の半分にしか満たない。その上奴らにはまだ王国兵がいると考えると、かなり厳しい戦いになる。……さらに、王国側は今の所挙兵の動きを見せていない。つまり、攻めてくるつもりはないだろうということだ」


「……罠を張って俺たちがかかるのを待ってるってか。趣味が悪いったらありゃしねえ」


 ガラードの言葉にアルバスはうなずきながらも、机の上に置いていたペンを握って地図に何か書き込んでいく。


「王都の守りはそれほど頑丈ではない。壁城の裏に隠れていたのだから当然と言えば当然だろうがな。……作戦地点はアダマンテ大陸の最東端。よって、東から以外のすべての方角から同時攻撃を仕掛ける」


「……作戦の開始はいつだ?」


「一週間後、午前九時。夜襲に意味はないと私が判断した」


「そうか。なら、東は俺たち迅雷騎士団に任せてくれ」


 ガラードは胸を張って言う。しかし、王都の東は海しかない。いったいどうやって攻め込むつもりなのか。アルバスも当然その疑問を口にする。


「何をするつもりだ?」


「俺たちには船がある。……魔導戦艦ギャラルホルンがな。それを使って東から攻め込む。どうだ?」


「……いいだろう、迅雷騎士団が抜けた分、我ら帝国正騎士団が前線に出ればいい」


「なら、俺はちょっと会議を抜けるぜ。……今のうちに部下を走らせて船の用意をさせておく」


 アルバスが許可を出す前にガラードは軍略の間から出て行った。アルバスは何か言いたげではあったが、いなくなった者に対しての言葉を放ったとて無駄である。何とか言葉を飲み込んで続きを話し始めた。


「では早速、どの騎士団がどこから攻め込むのか。それを決めようではないか。……正面はもちろん我ら帝国正騎士団が行く」


 威厳か誇りか。意気揚々と正面を選んだアルバスに対し、他の三団長は悩んでいた。「別にどこでもいい」。そんな言葉をすんでのところで飲み込む。


「……我々は北から向かおう。ここに壁城がある以上、王都は正面からの突破を最も警戒するはず。数が少ない我々は敵の虚を突くこととしよう」


 一足先にウォルハスが方角を決めた。何かを思いついたのかルトガーもそれに続く。


「ならば私たちは南から敵地の一部を制圧できるように動きましょう。ウォルハス殿の言う通りならば南も手薄のはず。我々の圧倒的人員をもって手薄な敵陣を突破し、安全な補給地といたします」


 残されたエリオットが何か言う前にアルバスが口を開く。


「うむ、それがいい。では、烈風騎士団の面々は我々と共に正面から向かうとしよう。彼らの言う通りならば正面が一番の激戦区となる。帝国騎士団の中でもっとも力を持つ貴殿らにはちょうどいいはずだ」


「……承知いたしました」


 エリオットに拒否権はなかった。とはいえ、正面突破という戦士の花形を譲られたのだから、引き受けることしか考えていなかった。ともにいたカリンとノクスも重大な役割にやる気を見せている。


「うむ、ひとまず今日はこの程度でよいだろう。帝国正騎士団の斥候が帰り次第、次の会議を開くとする」


 会議にそれらしい手応えを感じたのか、アルバスは会議を一時間もしないうちに終了とした。彼はすでにどこか勝ち誇ったような表情を浮かべているが、アルバス以外の者は、王都侵攻は決してたやすいものではないと、心のどこかで確信していた。




「陛下。お話というのは?」


 王都コーネッテス、玉座の間。アベルはキースに呼び出されていた。


「アベル、貴様の魔法は空間を操り瞬間移動を可能にするものであったな?」


「はい。そうですが、それがいかがしましたか?」


 アベルはもともと魔法の才能に恵まれてはいなかった。「影の一族」の魔力を体に取り込むことにより、初めて魔導士として目覚めた。とある空間と、そことは違う空間を無理やりつなぎ合わせることで、この世界中を自在に移動できるようになるという極めて珍しい魔法である。


「……貴様の魔法で罠を張る。王城の入り口を亜空間につなぐのだ」


「奴らを閉じ込めるという訳ですか。いやはや、なんとも……」


 卑怯な手立てだ。アベルはそう口に仕掛けたところで言葉を飲み込む。キースに遠回しな誉め言葉は伝わらない。彼は阿呆だ、稀にしか見られないほどの。……ギリギリで言葉を抑え込んだはずだが、キースはなぜかアベルを罵倒する。


「下らん男よな、貴様は。……忘れたか?積年の恨みというものを」


「いえ、一瞬たりとも忘れたことはございませんが」


 いきなり話が変わった。困惑するアベルの頭の中には、まるで燃料を注がれた炎のように恨みが燃え上がり始めていた。……アベルは自然と握りこぶしを作っている。


「……殺したいだろう?」


「当然でございます」


「その場を貴様に用意してもらいたいのだ。……ゼロス。必ず、奴はここに来る。あの女も、ゼロスと同じ騎士団にいたはずだな」


「……なるほど。亜空間に奴らを飛ばし、そこで奴らを殺す。誰にも邪魔されず、一対一で!」


「フフフフフ……。実験ばかりで腑抜けていたように見えたが、人の根というのは一度腐ればもとには戻らん。恨みというのも絶対に忘れられることはない。……五影将は好きに使え。斥候の調べでは残り一週間ほどで奴らは動き出す。間に合わせろ」


「承知いたしました。それでは私は早速取り掛かりますので、これで失礼いたします」


 深く頭を下げたアベルは足早に玉座の間を出て行った。その背を見送ったキースは隣に立っていたクバルに話しかける。


「クバルよ。……ゼロスはたやすく殺すなよ。奴の死は、俺の目の前だ。……十分にいたぶったら、ここに連れてこい。いいな?」


「殺すのは私に任せていただけるのですか?」


「もちろんだとも。俺はゼロスが目の前で死ぬところを見たいだけだ」


「……引き受けましょう」


 キースはひとしきり高笑いをすると、肘置きを使って頬杖をつく。口角は気味が悪いほど吊り上げられ、頬杖をつくのに使っていない方の腕を伸ばし、近くに置かれた燭台の光に手をかざす。そして、明かりをもたらす火すら揉み消さんばかりに手を握りこんだ。




 四日後、アトランティス城内、訓練所。


「ゼロス様、招集でございます。直ちに軍略の間へ」


「……作戦会議なら団長たちだけで十分だろう。俺が行く必要などあるのか?」


「アルバス様直々のお呼び出しです。『クバルへの対抗戦力』として、ぜひとも会議に参加していただきたいと」


 ゼロスは自らを呼びに来た正騎士団員を見つめる。ちょうど訓練所の扉を開け、一歩踏み出した時だった。あまりに悪いタイミングで面倒な話を持ってきたものだが、彼が断わればあの場にいるであろうエリオットが面倒ごとに巻き込まれるだろう。ゼロスはため息をつくと「案内しろ」と踵を返した。


「いきなりの招集となってしまって申し訳ない。斥候が大事な情報を掴んだのでな、すぐにでも共有する必要があると判断したのだ」


 ゼロスが軍略の間の扉を開けると、すでにアルバスが話を進めていた。彼はちらとゼロスに視線を送り、着席を目で訴える。ゼロスは少しの反抗心から部屋に入ってすぐの壁に背中を預けて、続きを促した。


「……その情報とは、王国側の総戦力とその配置。我らの勝利に直接かかわることだ」


 アルバスはペンを握ると机の上に広げられた地図に何かを書き込んでいく。


「まず、王国側の総戦力だが、以前の会議では約七百万といったはずだ。……悪いが、あれは忘れてほしい。正しくは約一千万。おそらくだが、王都で生活していた者や、懲役刑に伏していた犯罪者なども総動員していると思われる。……文字通りの総力戦だ」


「一般人が剣を握ったってのか?俺たちは相当嫌われてるらしいな」


 ラキアが笑いながら言う。彼はそれをすぐに場違いだったと気づき、すぐに口をおさえた。アルバスは眉をひそめていたが、特にとがめることはない。その代わり、皮肉交じりに話を再開した。


「……迅雷騎士団の諸君は安心すると良い。さすがの奴らも海側は警戒していないのか、東はガラ空きだ。余裕をもって、先ほどのように気楽に、臨んでくれ。……次に北側、豪波騎士団の担当だが。約二百万の戦力が北側に配備される予定だ。部隊構成はまだ不明、すでに次の斥候を放っているから、情報が分かり次第伝える」


「感謝する。……だが、二百万か。それなりに余裕はありそうだが……」


 顎に手を添え呟くウォルハスに対し、アルバスはある懸念を伝える。


「私は詳しく知らないが、『影獣』という生き物?が出るのだろう。聞いた話では、『刃や炎に恐怖せず、喉笛を噛み千切ることだけを生業とした生き物』とのことだが」


「……一度戦ったことはある。おおむねその認識で正しいのだが、一体どれほど出てくるか。……何人かの団員はソレのせいで腕や足を失ったり、仲間を失った。俺個人としては敵討ちの機会としてちょうどいいが、団員たちはどうだか。……すまない、無駄話だった。続けてくれ」


 ウォルハスは机の上に広げられた地図を睨みつけながら話を促す。アルバスはそれに従い、王都の南方面に目を向けた。


「次に南側。こちらも北側と同じく約二百万。……王都南側は北側に比べ平坦な土地が多く、補給路の確保に向いている。王国側の出方次第では長期戦になることも考えられる。補給地の確保は絶対だ、頼んだぞ」


「ええ、以前にもお伝えした通り、南側の補給地は我々紅蓮騎士団が制圧いたします。どうかお任せを」


 おそらくだが、ルトガーが団長となって初めてとなる大きな戦いがこの王都侵攻戦なのだ。まだ団長としての経験が浅い中、戦局を左右しうる補給地の制圧を任せるのはいささか重荷に思われた。ルトガーは皆の前で決意を表明するものの、その眼には少しだけ不安がちらついている。しかし、彼の騎士団には重鎮の者も多くいる。それならばそこまで心配する必要もないと、アルバスは判断したのだろう。そしてついに話は王都正面の地に向けられた。


「そして、我ら帝国正騎士団と、烈風騎士団が向かう王都正面、西側。残りの戦力である六百万がここに集まるはずだ。……北や南とは全く比べ物にならない戦いになるだろう。なにせ単純計算で一騎士団で三百万を相手にするのだからな」


「……三百万。その上、クバルなどの将も相手にしなければならないと」


 雑兵三百万程度ならば、ゼロスが半日で壊滅させられる。しかし、それは彼の全力をもっての場合だ。雑兵に加えてクバルやガルディア、リーデンにフォーラなどと戦わねばならないということを考えると、かなり厳しい戦力差だった。しかし、怖気づいたところで敵が手を緩めてくれるわけでもない。


「帝都への援軍要請は今朝がたに済ませてある。今なお帝国領防衛についている帝国正騎士団が可能な限りこちらに来るはずだ」


「しかし、はっきり言えばそれは……」


「焼け石に水。そう言いたいようだな」


 言葉を遮られたあげく図星を突かれたエリオットは「うっ」と声をあげる。自分から言葉にするのと、他人から言われるのでは罪悪感が変わるのだろう。アルバスは語気を強めずに言う。


「……集まっても所詮数百。もしかするとそれにも及ばぬかもしれない。焼け石に水と思うは当然。だが、塵も積もれば山となるとも言う。また、はるか遠くの地では、小さな蝶の羽ばたきがいつしか嵐を起こすという逸話もある。少しの力でさえも見くびるな。それが戦況を左右するかもしれん」


 エリオットは何も言わずアルバスの言葉を聞いていた。弱音を言いかけた自分の背中を叩くような彼の言葉。帝国正騎士団副団長という肩書は伊達ではない。


「……ふがいないところをお見せしました」


「構わん。……戦場での勇猛さは蛮勇から来ていたわけではないと分かっただけで十分だ。此度の会議はこれまでとする。次、斥候が新たな情報を掴み次第、また招集を……」


 アルバスが会議を終わらせようとしたとき、廊下から騒がしい足音がいくつも聞こえてくる。何か急ぎの用事なのだろうか。騒がしい足音は軍略の間の前で止まると、荒々しくドアを開け放って中へと転がり込んできた。


「ええい、騒がしい!何事だ!今我々は大事な会議をして……」

「伝令です。斥候が新たな情報を掴みました!王都内に新たな建造物の出現を確認とのこと!」


 転がり込んできた兵士に怒りをぶつけるアルバス。しかし、返す言葉で語られた新たな情報に、開いた口を閉じることすら忘れていた。


「新たな建造物……?王国の奴ら、一体何を企んでいる……?」




 王都コーネッテス、城下街。


「アベル殿、私に一体何用ですかな?」


「貴殿に用はない。貴殿の配下たちに用があるのだが」


「……『シャーディア・センチュリオン』に用ということですか。ならば団長である私に用があるといっても同義なのでは?」


「まあ、それでも構わないが。リーデン殿、配下をお借りしたい」


 リーデンを探して城下街まで出て来たアベルはようやく見つけた彼にとある頼みごとをしていた。いまいち意図が分からない頼みごとにリーデンは疑問を返す。


「一体、何用で?何をなさるおつもりですか」


「陛下から賜った策がある。……帝国騎士団共を分断し、一人ひとりを確実に葬るための策が。それを実行するためにはふさわしい舞台が必要だろう?」


「……承知しました。仔細は後程」


 リーデンはアベルの言葉を聞き入れ、王城に戻っていった。アベルはその背を見送ると、すっかり人気が無くなってさびれた城下街を歩く。


「ここがよいか。邪魔な建物はどかせばよい」


「アベル殿、ただいま戻りました。部下たちもこちらに」


「うむ、感謝する。……こやつらは貴殿の言葉しか耳に入らないのだったな」


 アベルはリーデンの後ろに控える部下たちに視線を向ける。揃いも揃って同じような顔つきに開き切った瞳孔、口は堅く閉ざされ、個人の意思などは微塵も感じられない。


「はい、その通りです」


「……私の声が届くようにはならぬのか?」


「いえ、なります。少し脳をいじるだけですが、そういたしましょうか?」


「頼む」


 リーデンは「承知いたしました」という声と共に、並び立つ部下を黒い影で包み込む。しばらくして彼らは何の変哲もないまま戻ってきた。


「……これでよいのか?」


「ええ、お好きにお使いください」


「では、まずはここ一帯の建造物をすべて撤去せよ」


 彼らはアベルの言葉に従い動き出す。魔法による解体作業はあっという間に終わり、アベルが指し示した土地は平らになっていた。彼は続け様に指示を出す。


「王都南西倉庫に建材がしまわれている。すべてここまで運び出せ」


 アベルの乱暴ともいえる命令を黙ってこなしていく彼ら。倉庫に向かった彼らを見送ったリーデンはアベルに向き直る。


「それでは、そろそろお聞かせ願えませんか。一体ここに何を作るおつもりで?」


「……墓標よ」



 王都防衛壁城アトランティス、軍略の間にて。


「……ううむ。いくつもの塔がいきなり建てられているとは、一体どういうことだ?」


 部屋に転がり込んできた兵士の話を聞いたアルバスは、率直な疑問を口にした。伝令兵は得られた情報を話していく。


「およそ三時間ほど前でしょうか、王国の宰相を務めているような風貌の男が、いきなり城下街の解体を命じたのです。そしてそのスペースに塔を立て始めました。それらは王城を囲むように等間隔で建てられており、現在までに九つの塔が確認されています。今の所理由は不明です」


「魔力回路や、魔導砲撃機の存在は確認できたか?」


 魔導砲撃機は以前ゼロスたちを襲った「ケラウノス」などの魔力を動力源として動作する大砲のことだ。そして魔力回路とは魔力を遠くに送るために必要な物で、わかりやすく言えば血管だろう。……アルバスはいきなり建てられた塔たちを迎撃装置ではないかと考えているようだ。しかし。


「いえ、塔の形状から考えると魔導砲撃機の使用は不可能に思えます。……半径がおよそ三メートル、高さは十メートル程度の円塔で、材質は石材と木材のみです。『ケラウノス』のような魔導砲撃機では反動に耐えきれません」


「では、何を目的に……」


「防御魔法陣の効率的な展開のため、かもしれん」


 混迷を極める会議の中でウォルハスが口を開く。彼は一つ、仮説を持っているようだ。


「王城を囲むように等間隔で建てられた塔。砲撃機は反動で使用できない。となれば後はこれぐらいしかないだろう。複数人で同時に魔力を発露し、常人では突破し得ないほど強力な防御魔法陣を作り出す。王国側が取れる最大の抵抗策と言ったところか」


「……もしそれが事実だとすれば、かなり厳しいな。配備されている戦力を突破したうえで、その防御も破らねばならない。……クバルなどの将も相手にせねばならないというのに……」


 アルバスは下唇を噛んで地図を睨みつける。その様子を見ていたガラードが名乗りを上げた。


「その防御魔法陣、俺たちに任せてくれ。俺たちは東から乗り込む。王国兵と接敵する機会も少ないはずだ」


「それしかあるまいな。……任せる。他に報告は?」


「いえ、報告は以上です」


「わかった。下がっていい、身体を休めておけ」


 伝令兵は一礼すると軍略の間から去っていった。一度間を置き、アルバスが口を開く。


「……当日、戦いは厳しいものとなるだろう。皆、心しておくといい。……会議はここまで、解散」



 三日後、壁城アトランティス東門前。出陣を目前に控えた騎士たちは、各々神経を研ぎ澄まし、来る戦いに備えていた。


「……結局あの塔についての新たな情報はなしか。不安要素が残ったままというのはいささか気に食わんが、致し方あるまい。……聞け!皆の者!」


 この戦いの総指揮権はアルバスが有している。彼は馬に乗ったまま一歩前に出ると、声を張り上げた。


「大陸統一戦争がはじまり、百年が経った。燃え盛り続ける戦火は人の営みを破壊し、涙にくれる人々を増やし続けて来た。だが、ついにそれが終わりを迎える。我々の手で、長きにわたり続いてきた闘争の連鎖を終わらせ、平和な世をこの手に掴もうではないか!」


 彼は腰に差していた剣を振り上げる。それを合図として、騎士たちは一斉に歓声を上げる。ここにいる者、皆勝利のことだけを考えている。士気は十分だ。


「アルバス様、お時間です」


「うむ。……全軍、出陣せよ!」


「おおおおおお!」


 豪波騎士団は北へ、紅蓮騎士団は南へとそれぞれ分かれて進んでいく。迅雷騎士団の姿はここにはない。アトランティスの南海より魔導戦艦ギャラルホルンを使って王都に向かっている。その巨大な船体は遠くにいるゼロスたちでもはっきりと見えていた。


 そして彼らもまた、まっすぐ東に向かい王都の真正面を目指した。天気は快晴、心に影を落とすような淀む雲は一つも見られない。しかし、王都に近づくにつれ空が暗くなっていく。魔力が渦巻いている影響か、それとも天が王国に味方しているのか。彼らは知る由もない。


 アトランティスを出発してからおよそ二時間後、王都正門を正面にとらえた。王国兵はすでに待機しており、平らな土地を黒く染め上げている。斥候の働きで数はすでに知ってはいたが、実際に目で見ると圧倒されてしまうものだ。


「……何という数だ。すでに聞いていたが、まさかここまでとは」


「アルバス殿。すでに南方では交戦を開始しているようです。我らも打って出ましょう」


「うむ。ここで怖気づいたとて敵の数が減るわけでもあるまい。……皆、意気をあげよ!眼前にいるは六百万の敵群。最も多く討ち取った者には、私から可能な限りの褒美をくれてやる!」


「それは俺たちもか?」


 うまい話を耳にしたゼロスが声をあげる。アルバスは少し驚いた顔をしたが、すぐに笑った。


「いいだろう、この場にいる全員で競わせてやる。……お前たち!正騎士団として、こ奴らに負けるなよ!」


「聞いたかみんな!こんだけうまい話が出て来たんだ、絶対に負けるなよ!」


 もはや空元気のようなものだ。一度でも臆してしまえばそれに呑まれる。……アルバスは剣を高く掲げた。


「……全軍、戦闘開始!」


「行くぞおお!」


「おおおおお!」


 二つの団は一斉に駆け出し、待ち受ける六百万のもとへ向かった。彼らは不気味なほど取れている統率でゆっくりと近づいてくる。


「先陣は俺が切る!……はあっ!」


 ゼロスが皆より頭一つ前に抜け出し、背負っていた剣を乱暴に振りぬく。さらに馬を足場にして跳躍し、敵陣のど真ん中へと飛び込んだ。


「……時間の無駄だ、まとめてかかってこい」


『嵐』の本領発揮だ。流派など微塵も感じさせない滅茶苦茶な太刀筋。由緒正しい武家の出が見れば汚すぎてその場に崩れるほどかもしれない。けれど、戦場ではそんなものに意味はない。向かってくる者は斬る。それで十分だった。


「はああああ!この程度か、王国の奴らは!話にならねえぞ!」

 ゼロスは敵兵を吹き飛ばしながらもっと深く斬りこんでいく。彼は殺戮を楽しんでいるわけではない。いるかもしれないクバルたちを探しているのだ。それに必死になっているせいか、すっかり遠くなってしまった仲間の声はあまり聞こえていないようだった。




「あいつ……。独断専行は罰則だな。俺たちは慎重に行くぞ、あいつが数を減らしてくれているとはいえ、まだまだ余りも多いからな」


 エリオットは敵陣のど真ん中に行ってしまったゼロスを見ながらそう言った。彼が通った後には死体がいくつも転がっており、ゼロスのすさまじさを証明している。大抵の相手ならば、すでにゼロスを相手に戦意を喪失しているのだが、この王国兵たちはずいぶんと「教育」が行き届いているようであった。隣にいる仲間が死んでも、怒ったり悲しんだりもしない。ただ武器を構えて眼前の敵を屠ることしか考えさせてもらえていないのだろう。


「コルニッツォ!オルコス!切り込んでくれ!」


「了解!」


 エリオットは荒事向けの二人を先陣に立たせ、ついに敵と刃を交えた。数が多いとはいえ、あまり的確とは言えない攻撃はしのぐのにはたやすい。


「……『崩拳』!」


 地面を思いきり殴りつけ、衝撃波で敵を吹き飛ばす。宙に浮いた敵に対し、オルコスがとびかかった。


「はっ!『鋼技・鉄塊』!」


 両腕を巨大な金づちに変化させ、敵を一網打尽に叩きつける。しかし、これらの全く容赦のない一撃を目の当たりにしてもなお、王国兵は歩む速度を緩めない。


「……攻撃の手を緩めるな!飲み込まれたら終わりだ!」


 陣の中央に立っていたエリオットも前線に立ち、剣を振るう。一度剣を振るえば一人殺せる。しかしその間に五人が距離を詰めている。クバル達に向けて魔力を温存している余裕があまりない。団員達もまだ負傷している者はいないが、すでに千人以上は相手にしているだろう。疲れが首をもたげ始めていた。


「……敵の撃破は最低限にしろ!このまま敵陣を突破し、南を目指し、補給地に向かえ!紅蓮騎士団がどれほど制圧を進めているかはわからないが、このままこいつらに呑み込まれるよりはましだ!……アイオス!先導しろ!」


「団長は一体どうするおつもりで!?」


「俺はこのまま進む。体力にはまだ余裕があるし、ゼロスを放っておけん。……皆、聞け!体力に余裕のない者はアイオスに続いてここから南を目指せ!余裕のある者はこのまま俺と共に敵陣に切り込む!」


 しかしすでに烈風騎士団は敵軍に囲まれてしまっている。彼の言うように南に向かおうとしたところで、この方位を突破できるかどうかすら難しい。……アイリーンが斧を構える。


「敵陣を抜けるまでの間、私が先導します!……『獅子の双牙』!」


 斧で敵を地面ごと打ち上げ、全力で叩きつける。地面を走る衝撃波は敵の包囲を少しだけ切り開く。しかしすぐに増援が隙間を埋めてしまう。「くっ……」と声を漏らすアイリーンを横目にエリシアが歩み出る。


「先導は私にお任せください。……『氷路』!」


 右手にこめられた冷気が地面に叩きつけられる。それは一瞬で空に続く階段となり、敵の包囲を越えて向こうまで続いている。


「さあ、早く!敵に砕かれてしまう前に!」


「は、はい!それでは皆様、ご武運を!」


 アイオスは疲れ切った団員を連れ、氷で作られた道を歩いていく。敵陣の真ん中に残ったのは、エリオットとそのほか幹部たち、そして少しの団員たちであった。


「……お前たちも向こうについて行ってよかったんだぞ」


「いえ、私たちはまだ戦えます」


 決意に満ちた団員の目。それにはどこか死を覚悟したような必死さが見て取れた。


「……わかった。だが、俺の指示には絶対に従ってもらう。危ないと思った時は、すぐにお前たちを退かせるからな」


「それは……。わかりました」


 団員たちを何とか納得させたところで、皆が必死に対抗していた包囲に改めて目を向ける。……向こうでゼロスが暴れているせいか、少しばかり包囲が弱まったような気がする。突破する好機は今しかない。


「みんな!こいつらは無視だ!さっさと王城に乗り込むぞ!」


 エリオットが先頭に立ち、敵を斬り払う。……王城にいるはずの国王の首を落とせれば、この戦いは終わる。帝国正騎士団もそれは分かっているのか、エリオット達よりも先を行っている。敵の抵抗も激しくなっていく中、エリオット達は思うように進めなかった。六百万という人数は伊達ではない。……このままの調子では王城どころか王都正門をくぐることすら……。その時。


「……邪魔するんじゃねえ!『テンペスター』!」


 空に飛びあがる黒き一閃。ゼロスだ。彼は握りしめていた剣を地面目掛けて投げつける。地面に凄まじい衝撃波を生み出しながら突き刺さった剣目掛けて飛び込むと、さらなる衝撃波を叩きつけていく。さらに、すぐさま剣を引き抜き、頭上で円を描くように剣を振り回し、自らが生み出した衝撃波を巻き取っていく。それはすぐさま大きな嵐へと姿を変え、周囲のすべてを無差別に呑み込んでいく。周りには敵しかいないため、一切の遠慮がない。


「エリオット!先に行け!俺が殿を務める!」


「……わかった。行くぞみんな!一気にここを突破する!」


 エリオットは残った団員をまとめ上げると、自らが先頭に立ち王城正門に向かって駆け出した。当然敵兵たちが行く手を阻もうとするが、敵陣の中央に作られた巨大な嵐に引きずり込まれていく。皆もそれに引きずり込まれないよう慎重に進む。いくら意思を削ぎ落されている方とはいえ、最低限の思考は残っているのか敵兵はエリオット達を無視し、ゼロスへと立ち向かっていく。六百万の敵陣から抜け出した彼らは一度振り返り、敵陣に残っているゼロスを待つ。


「……全員逃げ出したか。……なら、いい加減締めようか!」


 嵐の中心にいたゼロスは右腕一本で振り回し続けていた剣を両手で握りしめ、自らが作り上げた嵐を両断する。嵐は一瞬で掻き消え、嵐に呑み込まれていた者達は宙に投げ出される。王国で決められた鎧を身に着けた者達が空から降り注ぐ。首を折り、腕を折り、足を折り。命は何とか助かっている者もいるだろうが、まともに戦える状態ではなかった。


 何とか嵐を乗り切った敵兵たちはこれを好機ととらえたか、一斉にゼロスに襲い掛かる。彼は剣の軌跡で半円を作り出し、自分に向かってきた者をすべて物言わぬ塊に変えた。一度剣を軽く振るって血の汚れを落とすと、地面を蹴って一気に飛び出し、群がる邪魔者を剣の一振りで吹き飛ばして道を作る。まさに一騎当千、まさに天下無双。エリオット達だけでなく、後方で戦っていたアルバスでさえ、敵に突き刺した剣を抜くことすら忘れてしまうほど目を奪われていた。


「……なんというすさまじさ。人かどうかすら怪しいな」


 まるで採掘作業でもしているのか、ためらいもなく剣をふり続け眼前の敵をただの塊に変えていく。そして、その勢いをそのままにゼロスは無事にエリオット達と合流した。


「待たせたな、エリオット。……全員無事か?」


「ああ、皆とりあえず怪我はしていないが、六百万をあいてにするのはいささか厳しかったようでな。一部は南の補給地に向かわせた」


 正門前で話している間にも、敵は容赦なく距離を詰めてくる。あれだけの勢いを見てもなお向かってくるのはもはや蛮勇を通り越し、恐怖を感じない体質を疑うほどだ。ゼロスは振り返って剣を構える。


「正門の突破はお前らに任せる。……俺はこいつらをやる」


「わかった。……コルニッツォ、頼む」


「……了解」


 コルニッツォは正門を前に仁王立ちし、魔力を高めていく。衝撃魔法の使い手というだけはあるのか、周囲はすでにわずかな揺れを感じていた。外壁にも揺れが伝わり、細かい破片が砕けてパラパラと降ってくる。その間、皆はコルニッツォを守るように立ち、敵の動向を見張っている。外壁から敵が顔を出してくるかもしれない。向かってくる敵はすべてゼロスが切り捨てている。手ごたえもないのか、周りには百人近くの躯が積まれていても疲れは見受けられない。


「……『破砕撃』!」


 右手を深く引き、力を籠める。そしてその姿勢から渾身の正拳突きを放つ。拳が門に当たっていなくとも、手から放たれた衝撃は門に伝わり、外壁にも伝わっていく。ただの石材で作られた外壁は耳をふさぎたくなるほどの騒々しい音を立てて崩れ落ちていく。正門も同様にバラバラに砕け散った。


「よくやったコルニッツォ!……ここからが正念場だ。この戦争を終わらせるぞ!」


「おお!」


 エリオット達烈風騎士団は破壊した正門を乗り越え王都へと足を踏み入れる。新たな国王の手によって「魔都」と化したコーネッテスに。




「陛下!ご報告です!王都北部は壊滅!豪波騎士団に制圧されてしまいました!奴らは今、北の広場を拠点として体勢を立て直している模様です」


「陛下、南部からもご報告がございます。こちらは紅蓮騎士団の攻撃を受け、七割ほどの戦力を失いました。このままでは南部も制圧されてしまいます」


 魔都コーネッテス、玉座の間。自らが力尽くで手に入れた玉座にふんぞり返っていたキースのもとへ、大臣たちが戦況を報告する。彼らは汗をダラダラと流して必死に口を動かしているが、キースはそれを冷めた目で見ていた。


「そうか。それで?」


「え?『それで?』とはいったい……」


「貴様らはそれを我に伝えてどうしたいのかを聞いているのだ。貴様らがそれぞれ北部戦線と南部戦線の総指揮官ではないか」


「ですから、北部が壊滅したのですよ!?このままでは……」


「くどい!だからどうしたというのだ。何が豪波騎士団だ。ゼロスが所属している騎士団ではないのだろう?脅威にすらならぬわ。……貴様が戦場に赴け。貴様とてかろうじて『痣』に適合した者。だからこそ、この魔都で生存を許されている」


「……しょ、承知いたしました。失礼いたします」


 北部戦線の指揮官である大臣はそそくさと玉座の間から去っていく。取り残された南部戦線の指揮官はまだ何か言いたいことでもあるのか、先ほどの男の跡を追うことはしない。


「……まだ何かあるのか?」


「お言葉ですが、陛下。……貴方はまるで、我々を捨て駒のように思っている。そうではないですか?」


「……続けよ」


「帝国に勝つことが目的ならば、なぜ『シャーディア・センチュリオン』を前線に出さないのか。あれこそ我が王国内でもっとも強い精鋭たち。……陛下は、我々を消す気なのでしょう。気に入らぬ者を始末し、自らにのみ都合がよい世界を作り上げる。だからこそあなたはリチャード前国王を殺害し、王位の簒奪をもくろんだ」


「面白いことを言う。大臣ではなく宮廷道化師の方が適任だったのではないかね」


「御冗談を。……アベル殿が張った罠についても知っております。あ奴らをおびき寄せ……」


「やめよ。……貴様は何を望む?敬うべき国王につばを吐き、何を得たい?」


 背もたれに体を預けてだらけたように座っていたキースは、いつの間にか姿勢を正していた。指揮官の男をまっすぐ見据えるその眼は、確かに王の貫禄を宿している。男は一度気圧されたものの、すぐさま口を開く。


「……保障にございます。私だけは何があっても生き延びられる保障。北部戦線の指揮官は無駄死にとなるでしょう。ですが、私は死にたくはない」


 キースは目の前にいる男を見つめた。もとより王国大臣、矮小であることは周知の事実ではあったが、まさか敬うべき国王を脅迫してまで命の保証を求めるとは、彼も予想していなかった。あまりに矮小で、あまりに豪胆。彼はつい、笑ってしまった。


「ククク……ハハハハハ!面白い、いいだろう!貴様、名は?」


「ファルスと申します」


「ふむ。ファルスよ。……貴様の望み、かなえてやろう。……アベル!」


 キースがアベルの名を呼ぶと、どこからともなくアベルが音もなく姿を現す。指揮官の男は大層驚いていたようだったが、アベルが扱う魔法を思い出し、すぐに破顔した。


「アベルよ。そいつを『安全な場所』に飛ばしてやれ」


 キースはそう言いながら上を指さす。アベルはすぐに意味を理解し、跪いている男に向き直った。


「アベル様、どうかよろしく申し上げます!」


「……いいだろう。陛下に感謝するのだぞ」


 アベルは男の頭に手をかざし、魔力を込める。そして「ふん!」という掛け声とともに男の姿を玉座の間から消し去った。


「小うるさい男よ。誰があんな男の言いなりになるものか、この俺を脅した罰だ」


「……陛下、1つご報告が。烈風騎士団が門を破り、王都内に足を踏み入れました。これより準備に移ります」


「ついに来たか、この時が。……クバル!アベルと共に行け。俺はここで勝利の報告を待つとする」


 クバルは何も言わず頷くと、アベルと共に玉座の間を出て行った。キースはまた玉座に座り直し、深く息をつく。そして目を瞑って背もたれに体を預けると、自らの勝利を夢想した。




 エリオット達烈風騎士団が魔都コーネッテスに足を踏み入れると、荒れ果てた街が彼らを出迎えた。朽ち果てた建物や壊された噴水。店などは激しい略奪の跡が残っており、店主らしき人間の亡骸が残されたままになっている。


「……なんだ、これは。これが王都だと?」


 かつて王国の将であったオルコスは王都の惨状を目にして、信じられないといった声をあげる。セリアとエリシアも同様に、茫然と街の跡を見つめていた。その時、静かなままだった王都に爆発音が響き、大きな揺れが伝わってくる。彼らが立っているところからでも、迅雷騎士団が操る魔導戦艦が見えた。船からの砲撃が真反対の所にいる彼らの所にまで衝撃を伝えていたのだ。街の中にいる兵士は大層混乱していることだろう。エリオットはこれを好機ととらえた。


「迅雷騎士団のおかげで、こっちに向かってくる王国兵は少ない。今がチャンスだ!一気に王城まで乗り込むぞ!」


 街が荒れ果てているおかげで見通しはそれなりに良い。彼らは一斉に王城を目指して駆け出した。ところどころで廃墟に隠れていた王国兵からの奇襲を受けるが、今さらこの程度では相手になどならない。


「何?……ふっ!」


 奇襲を仕掛けてくる兵士をなぎ倒している時、ゼロスは何かに驚いたような声をあげたが、すぐに剣を振るった。


「どうかされましたか?」


 近くにいたアイリーンがゼロスに問いかける。彼は自らが切り捨てた男を見て言った。


「こいつ、何もないところからいきなり現れやがった。……アイリーンも気をつけろ」


 それからも彼らは他愛のない敵兵を切り捨てながら進み、王城前の広場にたどり着いた。彼らを待ち受けていたのは、あの伝令兵が話していた九つの塔である。塔の頂点から発せられている光は王城の頂点に集まり、王城を包みこむベールのように光が降り注いでいる。一縷の希望を抱いて王城に近寄ってみたが、やはりこの光が彼らの行く手を阻んだ。


「……ウォルハスの言うとおりだったな。まずはこの塔をどうにかしないといけないってことか」


 彼らは一番近くにあった塔に向かう。入り口は小さく開いており、二人横に並んで歩くことすら難しい狭さだ。エリオットが先陣を切って塔を上ろうとする。しかし。


「痛っ!……なんだ?見えない壁があるのか?」


 エリオットが顔や腕を何かにぶつけてしまう。その瞬間、波紋のように白い光が塔の入り口に現れた。エリオットが手を伸ばすが、その手はやはり見えない壁に遮られていた。


「どこかに何か仕掛けがあって、それを解除しないと入れないとかじゃないか?」


「……総当たりか。面倒だが、致し方ないな」


 塔に何らかの魔法が施されているのは間違いない。カリンが隣の塔に向かおうとしたとき、コルニッツォが塔に手を伸ばした。その手はエリオットのように遮られることなく、まるでそこには何もないかのようだ。ある者は「え?」と声をあげ、またある者は目を見開いて驚く。手を伸ばしたコルニッツォ自身でさえ、こうなるとは思っていなかったのか戸惑っているようだ。


「どういうことだ。なんで俺だけ……」


 コルニッツォに続いて他の者も試してみるが、やはり壁に遮られる。彼だけが、壁をすり抜けている。皆が訳も分からず混乱している中、ゼロスが口を開く。


「……敵に俺たちの手の内がバレているかもしれないな」


「何?」


「この塔に施された仕掛け。……俺にはどうにも『登ってくる人間を選別するため』の仕掛けに思える。……ただの勘だがな」


「……いや、試す価値はある。コルニッツォ、ここで待っていてくれ。皆は俺と一緒に隣の塔に」


 コルニッツォを塔に残し、時計回りに隣の塔へ。エリオットが手をかざすと、今度は青い光が壁となって現れた。


「みんな、試してみてくれ」


 エリオットの頼みで皆が手を伸ばす。やはり一人だけ、壁をすり抜けるものがいた。……ノクスだ。


「ゼロスの言う通りみたいだな。この塔は登ってくる人間を選んでいる。……理由は分からないがな」


「……やることは分かった。自分が登れる塔を探そう。王城を守る光を消すためにはそうするしかないだろうな」


 彼らはそのまま時計回りに塔を巡り、同じように見えない壁を探りつつ塔を登れる者を調べる。そうして九つの塔すべてを巡り、エリオット達がそれぞれ党の入り口に立った。


「……お前たちは二手に分かれて北と南に向かってくれ。どちらも片付いているはずだから、中央戦線への援軍を要請するんだ。アルバスたちがまだ戦っているはずだ」


「了解しました。……団長、どうかお気をつけて」


 ここまでともに行動してきた団員たちに別の仕事を与える。エリオットは高くそびえる塔を見上げると、左右に目配せした。右隣にはカリンが、左隣にはゼロスがいる。彼らもエリオットの視線に気づき、目を合わせるのと同時に彼らも隣にいるものへと目くばせしていく。これが塔に乗り込むための合図だ。エリオットが一歩踏み出すのと同時に他の全員が一歩踏み出す。そして全員が塔の中に姿を消した。




 魔都コーネッテス、深緑の塔。


「……不気味だな。それにやたら狭い。さっさと終わらせて外に出よう」


 セリアは早足で階段を駆け上がっていた。明かりはなく、塔内部は薄暗い。だが、塔はあまり大きくないため、最上階以外に部屋は存在しない。眉わずに済むだけでもマシだとセリアは考えていた。……もうすぐで最上階に着く。上に近づくにつれ、薄暗さをかき消すようにまぶしい光が差し込んでくる。あれが王城に守りを施している仕掛けなのだろうか。ならばそれを破壊すれば守りは掻き消えるはずだ。


 セリアは行きこんで最上階に立ち入った。しかし、彼女が見た景色は全く違うものだった。……日の光が全く差し込まないほどの深い森。塔の最上階の景色としては絶対にありえない光景だ。セリアは戸惑いながらも、どこか懐かしさを感じ始めている。まるで、故郷の山奥のようだ、と。


「その通りだ、セリア」


「……はっ、何者だ!」


 木陰から姿を現したのは腰が曲がった、フードをかぶっている老人。しかし、その話し方からしてまだ耄碌してはいないことが分かる。彼はセリアの質問に答えず話を続ける。


「ここはお前のふるさとだ。……あれを見ろ」


 彼はついていた杖を使って、遠くの廃墟を指し示す。……赤いレンガの壁に黒い屋根。崩れた壁から見える内装、飾られた写真立て。彼女には見覚えがあった。


「……なぜ、家がここに」


「言ったはずだ、ここはお前のふるさとだと。……お前が王国を裏切ってから、瞬く間にタルボニカ家は凋落した。お前の母は泣いていたぞ?」


「お前は何者だ!?なぜ私のことを……」


「まだ気づかぬか。……私は、お前の父親だ」


 老人はフードを取る。……アベルの顔を見たセリアは信じられないといった顔で、父親の顔を見つめていた。

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次回、最終回です。

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