アダマンテ大陸統一戦争編 第四章
前回のあらすじ
ダゴン制圧の隙をついてチューン城に向かってきた紅玉騎士団を返り討ちにしたゼロスたち。しかし無事とは言えず、城下街は手ひどい被害を受け、団員たちは手も足も出なかったことを悔いた。二度と無様な負けをしないと誓い訓練に励む最中、帝都から次の作戦が通達される。迅雷騎士団との協力でリバーニアを制圧せよとのことだったが、そこには今、王国最強の魔導士。クバル・ダーケインの姿があるとのことだった。
誤字脱字等、ご容赦ください。
迅雷騎士団陣地、テント内。
「クバルが、リバーニアに?それは本当ですか?」
「ああ。……だから、今回の戦いはちょっと奇をてらう。正面衝突は徹底的に避けるんだ」
クバル・ダーケイン。元翠玉騎士団の団長で、現在は王国衛兵隊の隊長を務めている。騎士団とは違い、『王を守る』ということに重きを置いているため、国外に出て戦闘を行うといったことは今までほとんどなかった。ただ、彼が騎士団の団長を務めていたころから、彼の強さは有名だった。今は姿を見ないため、噂が一人歩きを続けている。
「今、俺たちがいる場所はここだ」
ガラードは地図を指さす。そこはリバーニアから少し西に離れたところだが、周辺は開けており陣地の存在はとっくに敵にばれているだろう。
「……そう言えば、ギャラルホルンはなぜ動かないのですか?我々を仕留めるなら、今が絶好の機会では……」
「ここは射程範囲外だ。ギリギリだがな」
「……なるほど」
「話を戻すぞ。時が来たら俺たちはリバーニアの南を目指す。港があるところだ、警備も厳しいうえ、クバルがいる可能性もある。俺たちは奴をどうにか足止めするから、その間にお前たちでリバーニアを占領するんだ。そこには今、アッセンという名の領主がいる。……頭さえ落とせれば、俺たちの勝ちだ。できるな?」
「……お任せください」
「いい返事だ」
エリオット達はテントを出て、外で休憩させていた仲間たちのもとへと戻った。彼らも迅雷騎士団から場所を借り、陣地内の一角にテントを構えていた。
「全員そろっているか?」
「ああ、全員いる」
「よし……。では、作戦の説明をする。よく聞いておけよ」
エリオットはガラードが立案した作戦を話した。クバルの名が出た時は皆、顔をしかめていたものの彼を相手にしなくていいと分かると、安堵したようだ。
「作戦の開始時刻はまだ決まっていないが、そのうち通達があるだろう。それまではとりあえず武器の整備と待機だ。いいな?」
「了解!」
団員の士気は十分、あとは侵攻のタイミングを待つだけだ。エリオットも心に余裕を持ちながら、自分の剣を研いでいた。その時。
「全員、戦闘準備!」
陣の前方、リバーニアの面している方から大きな声が聞こえて来た。もう侵攻開始かと驚いたが、どうやらそうではなさそうだ。遠くから確実に地響きと、馬が地面を蹴る音が聞こえてくる。王国兵たちが打って出て来たのだ。皆が一斉に急いで支度を整える中、一人だけ素早く準備を整えて、前線に飛び出た男がいた。ゼロスだ。彼は何も言わず、ただ剣を地面に水平となるよう構えた。蹄の音がどんどん近づいてくる。奴らは彼のことを意に介していない。このまま踏み潰すつもりだ。ゼロスの頭上で馬がいななく。
その瞬間、ゼロスが剣を振り切った。それは衝撃波を生み、大地を揺さぶる。ひび割れ、砕け、崩れる地面の上ではまともに立っていられる者など滅多にいない。……いや、そもそも彼の剣戟を受けている。生き残る者すらほとんどいないだろう。その証拠と言わんばかりに、先陣を切った王国兵たちは皆、人の形をとどめないただの肉片と化していた。その光景を眺めていたガラードは感嘆の声をあげる。
「……凄まじい。これが、噂に聞く『嵐』の実力……。彼なら、クバルすらどうにかできるやも知れない……」
彼は一縷の希望を見出していた。他所の騎士団員に頼るのは如何なものと問い詰められても仕方ない。だが、今ここでクバルという絶大な脅威を除けるのなら、ちんけなプライドなど捨て去るべきだ。剣を背に背負うゼロスを見て、ガラードは決意していた。
「……お前には、クバルの相手をしてもらいたい。できるか?」
「俺が奴の相手をしている間に、残りの奴らで占領するってことか。……わかった、できる限りはやろう」
迅雷騎士団陣地内テント。王国の先兵を退けた後、ガラードはゼロスを呼び出していた。
「頼もしいな。……こちらからはイナとラキアを貸す。お前の指揮下に入れてやるから、好きに使ってくれ」
「……足手まといはいらん。別に奴を殺す必要はないのだろう?それなら俺一人でも十分だ」
「いや、できれば殺してほしい。奴の存在はそれだけで脅威足りうる。だからこそ、人手を貸そうと言っているのだ」
「……わかった。二人を借りるぞ」
「早速顔合わせだ。ここで待っててくれ」
ガラードはテントを出ていき、二分足らずのうちに戻ってきた。後ろにはそれぞれ男女を一人ずつ連れている。
「紹介しよう。こちらがイナ。そしてこっちがラキアだ」
ゼロスより向かって右側、背丈の低い女がイナ。そしてその隣、向かって左側の筋肉質な男がラキアのようだ。二人もそれぞれ挨拶をする。
「よ、よろしくお願いいたします」
「よろしく頼むぜ、『嵐』さんよ」
ラキアは場数を踏んできたこともあるのか自信を感じる振る舞いだ。だが、イナの方はどこかおびえているようだ。
「俺たちの目的は分かっているか?」
「もちろんだ。クバルを殺すんだろ?……武者震いが止まらねえぜ」
ラキアは胸の前で拳を合わせた。静電気が飛び散る。どうやら彼も雷の魔法を使うようだ。
「で、でも……。私たちにクバルを始末できるんでしょうか?……奴は相当強いのでは?」
外で話を聞いていたのか、エリオットがテントへと入ってきた。
「こっちからも二人、援軍を出そう。それなら安心できるか?」
彼の後ろからはアイリーンとコルニッツォが歩いてきた。どうやら烈風騎士団からの援軍は彼らのことだろう。二人も自己紹介をする。
「五人いれば何とかなるかもしれないな。……仮にならなかったとしても、生き残ればそれでいい。リバーニアを占領したのち、騎士団全体で援軍として加わろう。数の差があれば押し切れるはずだ」
彼らは互いに頷き合った。これ以上言葉はいらない。厳しい戦いを前に緊張感が漂う。
「向こうの先鋒はすでに崩した。攻め込むなら今が好機だろう。……十五分後に仕掛ける。準備を始めてくれ」
十分後、ゼロスたちクバル討伐隊は陣の後方に集まっていた。
「先陣がまず相手の守りを崩して、中央部隊が雪崩れ込む。そして俺たちはクバルを探し出して足止め。できれば殺す。……いいな?」
クバル討伐隊の隊長はゼロスが務めている。隊員である四人にリバーニアに乗り込んだ後の流れを説明していた。ラキアは自信ありのようだが、残りはそうでもない。まだ見ぬ脅威に尻込みしている。そんな彼らをおいていくように先陣が動き始めた。どうやら戦いは始まったようだ。
「よし、俺たちも行くぞ」
ゼロスたちも動き始めた。先陣はどうやら予定通りに動いてくれているらしい。
「『鋼技・驟雨』!」
オルコスが新たに編み出した技が相手の守りを穿つ。目にもとまらぬ速さで撃たれる鉄の拳は生半可な鎧と盾では相手にならないようだ。
「『王樹の戒』!」
セリアもオルコスに負けるとも劣らない。魔力が高まったことにより、地中深くに眠っている木の根すら操れるようになり、今まで以上に戦えるようになっていた。彼女の呼び声で一斉に地中から根が飛び出て、兵士の足や手、体を縛り上げていく。そのまま縛り上げた兵士の体中に根を張り巡らせ、命を吸い上げている。そしてそれを糧として、また新たな根が地面より生まれる。もはや彼女一人にここを任せても問題ないほどだ。
烈風騎士団と迅雷騎士団の連合軍は、王国軍の先陣を見事に打ち払い、防備に努める第二陣すら、突破しようとしている。だが、彼らに焦りはない。まるで、それすら予定調和であるかのようだ。目の前で仲間が死んでいっても、誰も義憤に駆られるようなことはない。死ぬまでが仕事だとでもいうのだろうか。
ついに先陣が第二陣を突破し、リバーニアに侵入した。その途端、皆が一斉に地面に伏した。いきなり何かに叩きつけられたかのように、うつぶせになっている。彼らの身体は次第に地面へとめり込んでいく。誰かの魔法によるものだということは間違いない。しかし、いったい誰が。
「国王陛下に盾突く愚か者どもめ。地面に伏すは王の威光が故と知れ。……クバル・ダーケイン、国王の槍にして盾。いざ、眼前の敵を滅そうぞ」
リバーニア城、西角の塔、最上階。右手に大きな薙刀を持ち、左手を前方にかざしている。まるで、自分がこの現象を引き起こしているとでも言いたいようだ。
「……お前ら、行くぞ!」
ゼロスは走り出した。残りの四人もそれに続く。塔の上からクバルはそれを眺めていた。
「……愚かな。王の威光を前にして跪かぬ者などおらぬわ!……はあっ!」
クバルが左手を強く突き出す。すると同時にゼロスたちの足が地面へとめり込み始め、皆膝をつくどころか地面にうつぶせになってしまった。
「うおお……」
ラキアは無理やり立ち上がろうとしているようだが、ちっとも体は持ちあがっていない。コルニッツォは少しだけ体が持ち上がっているが、それ以上動けそうにはなかった。
「……俺一人でやる。お前らは占領に加勢しろ」
地面に膝をついたゼロスが言う。イナは苦しそうに返した。
「ど、どうやって、そんなことを……。そもそも、こ、この重力下から逃れられないのに……」
ゼロスは全身に魔力を巡らせると、すくっと立ち上がった。その場に伏していたアイリーンたちが驚くのは当然として、重力魔法を仕掛けていたクバルでさえも、口を開けてしまうほどの衝撃だった。
「ば、馬鹿な……。俺の重力下で動くだと?」
ゼロスは西角の塔を睨み上げると、その場から走り出し、民家の屋根の上へと飛び乗った。すべて、重力魔法の下で行われている。彼は軽快に屋根を伝って塔へと近づく。だが、塔はかなりの高さがあり、民家の屋根の上からでは最上階に届きはしない。
彼はそれを理解していた。そのため、彼が飛びついた場所は塔の外壁だった。レンガ造りである塔はいたるところに凹凸が存在している。彼はそれに目を付けた。ちょうどよく足が引っ掛かると、一気に跳躍し、最上階へと近づいていく。ゼロスが登ってくるのを眺めているクバルは、額に冷や汗を浮かべていた。
「……俺が相手だ」
ついにゼロスが塔の最上階に姿を現した。クバルはすでに構えていた薙刀を彼の頭上目掛けて振り下ろしていた。
「不意打ちとは卑怯だな。その卑怯な戦い方が『王の威光』ってやつなのか?」
ゼロスは首を右に傾け、柄の部分を掴んで止める。体躯の方はクバルが有利だ。だが、戦いはそれだけでは決まらない。薙刀を通じた力のぶつかり合いは、ゼロスが刃を押し返したことで決した。
「……この、化け物め!」
クバルは薙刀を強く振るい、掴んでいたゼロスの手を振り払った。そして、一歩飛び退き構えなおす。いつの間にか、城下街に発動していた重力魔法も解除されていたようだ。
「先ほどまでは手加減よ。リバーニア全体に重力魔法を展開していたせいで、全力を出せなかっただけだ。……これより、俺の全力を見せてやろう。後悔させてくれる」
「……後悔するのはお前だ。お前をここで倒す」
ゼロスも応えるように背中に背負っていた剣の柄を握りしめた。二人の間には殺意が漂い始めていた。
一方、塔の下ではゼロスと戦うために重力を元に戻したため、押さえつけられていた者達が起き上がっていた。
「今のうちだ!あいつがクバルの相手をしている間に、アッセンの首を取るんだ!」
ガラードの指示に従い、部下たちが一斉に攻勢に出る。
「ゼロスも頑張ってるんだ、俺たちも負けられねえ。行くぞ!」
エリオット達烈風騎士団もその勢いに続く。当初の予定通り、彼らは北を目指した。それを咎めるように、南から砲撃が飛んでくる。地面に着弾した瞬間、凄まじい爆発を起こし、周囲にあった民家はすべて破壊されてしまった。
「全員足を速めろ!ギャラルホルンだ!あれに当たったらひとたまりもない!」
エリオットの忠告をあざ笑うかのように、ギャラルホルンからの砲撃は激しさを増す。もはや街がどうなろうと知ったことではないということか。砲撃の爆心地から、家屋の破片が飛び交う。それらを振り払いながら、彼らは北を目指した。……北部には何か戦況に関わる物があるわけではない。ただ、兵士の配置が少ないだろうという予想のもとである。エリオットは一旦そこで陣形を整えたのち、街の中央にそびえるリバーニア城を目指すつもりだ。
「よし、一旦ここで停止だ。……陣形を整えろ。これから城門前の敵陣を突破する」
烈風騎士団はリバーニア城下街の北にある噴水広場で陣形を整えていた。そこから城門とそこに配備された敵陣がはっきりと見える。用意を整え、すぐにでも突撃を仕掛けるつもりだった。しかし、どこからともなく指を鳴らす音が聞こえる。その瞬間、城門へとつながる道が氷の壁に阻まれてしまった。噴水広場は他にもいくつかの道に通じていたが、それらも塞がれていく。彼らはいつの間にか氷の檻に閉じ込められていたのだった。
「……クバル様がいるなら、俺も楽をできるんじゃないかと思っていたんだが……。まさかここに来る奴がいるとはな」
いつ姿を現したのか、男が民家の屋根に腰を下ろしている。
「ようこそ、烈風騎士団の諸君。私は紅玉、翠玉に名を連ねる騎士団の長、蒼玉騎士団団長、ガルディア・アストル。アストル家の真なる後継者だ」
ガルディアは屋根の上から飛び降り、地面に着地する。その足からはすでに冷気が漏れ出し、地面を凍り付かせていた。
「……残念ながら、君たちの進撃はここまでだ。分厚く冷たい氷の壁に阻まれ、体温を奪われて死んでいく」
空には黒い雲が立ち込めてきている。あたりは一気に冷え、まだ夏にもなっていないというのに寒さに身を震わせるほどになっていた。そして、雪が降り始めた。
「ゆ、雪……。こんな時期に、雪だと?」
「……天候を変えることは父上には出来なかった。……やはり、俺は出来損ないなどではない」
ガルディアは自らが降らせた雪に酔いしれている。それを見ていたエリオットはとあることを思い出していた。
「どっかで聞いた名前だとは思っていたが……。お前、ガルディーンの息子か」
ガルディーン・アストル。かつて王国の傭兵として戦っていたゼロスによって討ち取られた、二つ名に『氷晶』を持つ戦士だ。アストル家は代々帝国に仕えていたはずだが、なぜガルディアは王国側についているのか。父親の名前が出て来たからか、彼はひどく動揺している。
「その名を口にするな!俺よりも弱い魔導士を、俺と比べるな!……俺は、強くなったんだ。あんなろくでなしよりも、強くなったんだ!」
降っていた雪は彼の感情に呼応し、勢いを増している。次第に風も荒れだし、一瞬であたりは吹雪に包まれた。
「俺は出来損ないなんかじゃない!俺はあんたを超えたんだ!……お前らはここで終わりだ。氷像にしてやる!」
彼らの視界は白一色に染まった。何とか手で顔を覆うが、もはや意味はない。次第に体から熱も奪われていき、立っていることすら難しくなってくる。しかし、彼らには炎の魔法の使い手がいる。
「……『炎の鼓動』。……この程度なら、簡単に溶かしきれるな」
周囲にはカリンが放った炎が燃え盛っている。ガルディアが怒りのままに呼び起こした吹雪は、カリンのたった一度の魔法でかき消されてしまった。
「エリオット。ここは私に任せて、先に行ってくれ。……『炎王の槍』!」
カリンは右手から鋭く炎を放つと、城へと続く道をふさぐ氷の壁を貫き、溶かしてしまった。
「待て!逃がすかぁ!」
ガルディアはまた吹雪を呼ぼうとするが、もうカリンには通用しない。
「『炎熱波』!」
一瞬で広範囲を高熱で焼き、ガルディアの氷をすべて溶かしている。
「カリン!こいつは任せるぞ!」
エリオット達は城門を目指した。彼はしつこくそれを追うが、カリンは素早く行く手を遮った。
「お前の相手はこの私だ、ここから先にはいかせんぞ。……立場が逆になったな」
「……邪魔だぁ!凍り付け!」
突如現れた氷の柱がカリンの身体を中に閉じ込める。大抵の相手ならこれで決着がついている、はずだった。……氷の柱から水蒸気が立ち込めている。カリンの身体に炎が灯った。それはどんどん勢いを増し、カリンの身体を包み込んでいく。
「ふざけるな、ふざけるな!お前は出てくるなあ!」
ガルディアは氷の柱に手をつき、ありったけの魔力を冷気として流し込む。溶けかかっていた氷は冷たさを取り戻していく。その冷気は留まるところを知らず、カリンを包み込んでいる炎すら凍り付かせようとしている。もはや意地の戦いだった。どちらの魔力が先に尽きるか、ただそれだけだった。……その決着は思いのほか早く着いた。カリンを包み込んでいた炎の勢いが段々と弱まっている。カリンはうつむいており、氷の柱の外側からは表情を読み取れない。しかし、ガルディアはすでに勝ち誇っており、残りの魔力を振り絞ってカリンの身体を凍り付かせた。彼女はピクリとも動かない。氷の棺で、永遠の眠りについたのだ。彼はそれを見届けると、地面に座り込んだ。
「……俺の勝ちだ。練習台になってくれてありがとう、名も知らぬ女。……次は父だ。俺を出来損ないと罵ったあの父を、自らの手で、永遠の眠りにつかせてやる」
帝国を裏切った理由を、氷の棺を前に話すガルディア。彼は確信していた。自らの勝利を。……それが慢心だとも知らずに。
「……ん?なんだ、今のは」
一瞬だけだが、熱い魔力が氷の棺を走り抜けた。それはまるで、鼓動のようであった。答え合わせのように、何度も魔力が氷の棺を駆け巡っている。そして。
「……『炎王の覇気』!」
とてつもない熱量を放ち、棺に閉じ込められていたカリンがそれを内側から砕いた。あたりに立ち込める湯気はすべて彼女の熱によるものだろう。ガルディアは怪我を負っていないものの、魔力を使い果たしてしまっていた。カリンは彼を見下しながら言う。
「……降参しろ。お前はもう戦えないだろう」
「断る。……俺はまだ戦える。こんなところで立ち止まるわけには行かない。……父を、見返すんだ。俺はそのために……」
震える足で何とか立ち上がろうとするガルディアを前に、カリンはその父がたどった顛末を語った。
「お前の父、ガルディーンはすでに死んでいる。……何か月か前、王国がチューン城を制圧しただろう。その時、ガルディーンは『嵐』によって戦死している。お前の執念は、もう意味がないものだ」
「嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ!父さんが、そんな簡単に殺されるなんてありえない!あいつは俺が殺すべき人間なんだ、俺以外の奴に殺されていいわけが……。嘘だ……」
ガルディアは崩れ落ちるようにその場に座り込むと、虚ろな目で「嘘だ」と言葉を繰り返している。もはや彼に戦う意思はない。そう判断したカリンは特に拘束せず、エリオット達の後を追った。
同時刻、リバーニア南方。ギャラルホルンの砲撃が激しさを増していく。迅雷騎士団の面々はそれらを紙一重でしのいでいくが、近づくにつれ敵兵なども姿を現し始めていた。
「ラキア!正面をこじ開けろ!」
「任せてくれ!……『轟雷の破城槌』!」
すべてを焼き焦がすほどの膨大な雷。それを一点に集め解き放つ。名の通り城門すら貫くほどの威力を誇るその技は、王国兵の守りをたやすく突破した。ラキアが放った技は地面すら抉り、直撃した者は跡形すら残っていなかった。王国兵はそれを危険と感じ、すぐさまギャラルホルンでの制圧射撃を開始する。まるで今までのはほんのお遊びだとでも言わんばかりの砲撃の雨だが、ガラードにはそれすらをしのぐ策があった。
「イナ!頼む!」
「……お任せください。……『無双剣・万雷』!」
戦いが始まる前のおどおどした姿は今の彼女からは想像できないだろう。深く腰を落として構えると、腰に差していた珍しい形の剣に手を添え、空に跳ぶ。そのまま空中で横に体をひねりながら剣を抜き、一回転の勢いで振り切った。それに応えるがごとく、空には無数の雷が走りギャラルホルンが放った砲撃をすべて空中で破壊していた。イナは何事もなかったように地面に着地すると、剣を鞘に戻し、構えなおした。王国兵は何が起きたのかわからず、またしても一斉砲撃を放った。
しかし、イナもまた同じように砲撃をすべて切り伏せ、団の仲間を助けている。彼らはその隙にまた一歩と前進し、ギャラルホルンへと確実に近づいていた。二度の失敗を経て学習した兵士たちは船から降り、剣と盾を構え一列に並んだ。一歩下がれば海に落ちる、まさに背水の陣だ。……だが、所詮はただの兵卒。迅雷騎士団の敵にすらなり得なかった。
「どけ、雑魚共!『轟雷の大槌』!」
ラキアが放った技がとどめになった。一心に盾を構えて耐える姿勢を見せていた兵士たちを一撃で吹き飛ばす。彼らは叫び声をあげながら、海に落ちていくのだった。
「全員そのまま進め。船を乗っ取るんだ!」
ガラードの指示に従い、団員は一斉に船へとなだれ込む。船の中にはまだ少し兵士たちが残っていたが、相手になることはない。すべてをたやすく蹴散らし、船の主導権を手に入れた。
「砲撃用意!目標、リバーニア城!……放て!」
号令と共に、砲撃が放たれる。それは見事城に命中し、防衛に回っていた兵士たちはひどく慌てている。彼らはすぐに船が乗っ取られたと理解し、船の奪還を目指し港へと軍を動かし始めた。ガラードは港に残したラキアとイナに声をかける。
「ラキア!イナ!これから王国兵がこっちに流れこんで来る。大半は砲撃でどうにかできそうだが、打ち漏らした奴は頼むぞ!」
「おう、任せとけ!」
「……承知いたしました」
二人の頼もしい幹部を前に、ガラードは一度深呼吸をした。戦場では何が起こるかわからない。今は優勢だが、何かが原因で一気にひっくり返される可能性もある。慢心を咎めるための深呼吸だった。心を落ち着けたガラードは右手を掲げ、前に向けて振り下ろした。それを合図として、無数の砲撃が放たれた。
同時刻、西角の塔最上階。ゼロスはクバルの言う『全力』を目の当たりにしていた。体からあふれる魔力は人並みを大きく超え、レンガで作られた塔を揺さぶるほどだ。さらに、彼の目から放たれる殺気は、はるか昔に存在したと言われる神話の生物、ゴルゴーンのように人を縛り付ける。ただし、それがゼロス以外ならの話である。
「……『跪けい』!」
部屋内に強い重力場が発生する。部屋中からミシミシと軋む音が鳴り、すぐにでも壊れてしまうことを音で伝えている。しかし、ゼロスは膝を曲げることすらない。ただへ依然とそこに立ち、背中に背負う剣に手を添えている。だが、彼の顔には冷や汗が浮かびだしていた。足もふるえだし、体もかがんでいく。休むことなく襲い掛かる重力場に、さすがのゼロスも余裕の態度がはがれかけていた。
「……遊びはここまでだ!」
これ以上付き合いきれない。ゼロスはそう考え、背中の剣を抜き、クバルへと向かう。クバルはそれを薙刀で受け止めた。
「……俺の重力魔法下で動くとは、やはり貴様はただものではないようだ。……名は?」
「ゼロスだ」
「『嵐』の名だな。……なるほど、お前が『嵐』か。ならば、異常なほどの身体能力にも説明がつく。……だが、嵐だろうと何だろうと、重力には勝てぬのだ!」
クバルは薙刀に魔力を込める。すると、この部屋に発生していた重力場のほかに、薙刀からも重力が発生し、ゼロスの身体を押さえつけようとしている。
「……『極点重圧』。この技を受けて潰れなかった者はいない!……貴様も先人の後を追うがいい!」
その時、床が崩れ落ちた。ゼロスよりも、部屋の床が先に限界を迎え、床がすっぽり抜けてしまった。クバルはこれを好機とばかりに、重力を強める。このままゼロスを地面まで叩きつけるつもりのようだ。瓦礫と煙の中、床が抜ける音だけが響いている。それが何度か響いた後、クバルは重力魔法を止めた。彼は塔の階層を知っていた。床が壊れた音で、ゼロスが地面にぶつかったことを察したのだ。彼は塔の最上階、一割を残して壊れた階から、地上を見下ろしていた。ようやく土煙が晴れた頃、そこには瓦礫しかなかった。
「……『嵐』と言えども、所詮はこの程度。一度地に臥せば、もう一度嵐を巻き起こすことは叶わぬだろう」
クバルは顔をあげ、南を見やる。
「……どうやら、相当苦戦しておるようだな。迅雷騎士団、噂にたがわぬ速攻ぶりよ。……ギャラルホルンを抑えられては痛い。セシルが向かっているだろうが、俺も援護に向かった方がいいだろう」
クバルは重力を操り、地面にふわりと着地し、港へと歩みだした。その時、塔のもとにたまっていた瓦礫が一瞬で吹き飛ばされる。クバルは自分の方へと飛んできた瓦礫を、すべて重力で地面に叩きつけると、その先にいる男をにらみつけた。
「……まだ生きていたか。……いや、あの『嵐』がこの程度で死ぬわけもないか」
「言ったはずだ、『俺が相手だ』と。俺が死ぬまで付き合ってもらう」
「しつこい男は嫌われるぞ。俺はお前が嫌いになりそうだ」
「……それはやめておけ。嫌いな奴に殺されるのは、未練が残るだろうしな」
ゼロスは一息に距離を詰め、背に背負っていた剣を抜きながら振り下ろす。クバルはとっさにそれを受け止めるが、ゼロスの力は先ほど以上のものだった。
「……ぬう、この力は……。ええい!『極点重圧』!このまま弾き飛ばしてくれる!」
薙刀に魔力を込めたクバルが一度盛り返した。だが、勢いはゼロスにある。ゼロスの剣を受け止めたクバルをそのまま剣を振りぬいて押し込んだ。壁に叩きつけられたわけでもないのだが、クバルの前身は震え、顔には衝撃が浮かんでいた。
「馬鹿な……。『極点重圧』が……。貴様!何処にそんな力を隠していた!」
「あんな狭い部屋じゃ、存分に剣を振るえん。これからが、俺の本気だ」
ゼロスはまた一歩地面を蹴り、押し出したクバルへと距離を詰める。そして、前進する勢いそのままに剣を振り上げた。生み出された衝撃波は地面を抉っている。クバルはまたもやとっさに薙刀で受け止めたのだが、さらに膂力を増したゼロスの剣戟を受け止める用意はできていなかった。もろに受け止めたクバルは宙を舞う。ゼロスはその隙を逃さなかった。宙に置いたクバルへ向けて跳び、とどめを刺そうとした。だが、相手はクバル。そう簡単にはいかない。
「……図に、乗るな!」
ゼロスの周りだけ重力が強くなる。そのせいでゼロスは地面を蹴りだすことができなかった。その隙に地面へと着地していたクバルは、薙刀を構えなおしゼロスに向かって吠える。
「……『嵐』よ!貴様の増長しきった慢心、この俺が手ずから押しつぶしてくれようぞ!」
「……なら、俺はお前のその傲慢さを斬り捨ててやる」
ゼロスも剣を構えなおす。塔はすでに崩れ落ちていた。ただの街中、それが彼らの二度目の戦いの場になった。
「……ふん!」
ゼロスが剣を振るう。クバルは薙刀でそれを受け止めるが、あまりの威力に両手が痺れる。ゼロスはその隙を逃さず、追撃の蹴りを見舞う。
「おらっ!」
「くっ!……野蛮な戦い方だ。傭兵上がりめ!」
「その傭兵上がりにしてやられてるようじゃ、お前はその傭兵以下だな。……さっさと終わらせてやる!」
「……舐めるなぁ!」
その瞬間、クバルの全身から重圧が放たれる。ゼロスはそれをもろに喰らい、弾き飛ばされたあげく民家の壁に叩きつけられた。民家は崩れ、ゼロスはその瓦礫に埋められる。しかし、すぐさまそれを振り払い、もう一度クバルへと立ち向かった。
「……面白いものを見せてやろう。『過重圧』!」
彼はゼロスだけでなく、周りにあった民家にまで魔法の威力を発揮し、自国民が住んでいたはずの家を破壊してしまった。
「さらに、『浮揚圧』!」
その場にある物がすべて宙に浮く。先ほどクバルが崩した民家の瓦礫がゆらりと宙に舞い上がった。
「これで締めだ!『封殺圧』!」
宙に浮いていた瓦礫が一斉にゼロスのもとへと襲い掛かる。彼はそれを避けようと右に跳んだが、強い力ではじかれてしまった。
「無駄なこと!『封殺圧』は相手をその場に閉じ込める重力を生み出す技だ。さあ、重力と瓦礫。その両方に押しつぶされるがいい!」
ゼロスは剣を振るった。自らのもとに飛んでくる瓦礫を一つひとつ斬って砕いていく。しかし、その場に飛び散った破片はすぐに『封殺圧』の重力に乗り、すぐにゼロスへと襲い掛かる。細かくなった木の破片やガラス、レンガのかけらなどがは対処しきれず、彼の身体を痛めつける。『封殺圧』が収まったときには、彼の体中に細かい傷跡がついていた。
「フフフ……。まだまだこれからだ。我らが陛下に盾突く愚かな行為、その身をもって償うがいい。……『浮揚圧』!」
「何っ!」
ゼロスの身体がふわりと浮き上がる。その場から逃れようともがいたところで意味はない。
「無様な姿だな、『嵐』よ。お望み通り、恋しい地面へと叩きつけてやろう。『極点重圧』!」
ゼロスの身体が一気に地面へと叩きつけられる。起き上がることは造作もないが、またもや『浮揚圧』に体を持ち上げられる。そしてまた地面へと叩きつけられることを繰り返されるのだ。ゼロスどころか、世界中を探したところでこの魔法へ抗える人物はほとんどいないだろう。クバルがこの戦い方に飽きるまで、耐えるほかない。
「何度でも地面へと叩きつけ、その身に刻んでやろう。この俺に逆らったことへの罰をな!……さあ、沈め!」
「……馬鹿にするんじゃねえ!」
ゼロスは押しつぶされるほどの重力下でありながらも立ち上がり、剣を投げつけた。高速で回転し、円を描くように飛ぶ剣はクバルの頭を狙っていた。しかし、クバルはそれをいともたやすく薙刀で防いでしまう。
「下らんな。この程度の奇襲が俺に通用すると思ったか?」
「……これさえ通れば十分だ!」
いつの間にか、ゼロスはクバルとの距離を詰めていた。急所を狙うために身をかがめてはなった拳は、クバルが身に着けていた鎧を砕き、腹へと突き刺さる。クバルは痛みに悶え、その場に膝から崩れ落ちるが、そのままやられるほど甘い男ではない。全身から重力を発し、ゼロスとの距離を離す。しかし、ゼロスはこれを好機とし、クバルとの距離を詰め、足払いを放つ。クバルは跳んで躱すが、空を斬るようなゼロスの蹴りにとらえられ、地面を転がった。衝撃のあまり、薙刀を手放してしまう。互いに武器を手放し、素手同士。真っ先に考えるのは武器を手にすること。その戦いにおいてクバルは有利だった。ある一点を除いて。
「動くな!」
クバルは学習しない男だった。今までの戦いで、なぜ自分がダメージを負っているかをすっかり忘れていた。……重力下にあるゼロスが走り出す。素早くクバルとの距離を詰め、胸あたりに正拳突きを放った。殴り飛ばされたクバルは何度も地面を跳ね、転がりまだ崩れていなかった民家の壁に受け止められた。
「……しまった!」
クバルが目を開けるとそこには、剣を握りしめたゼロスが立っていた。薙刀はまだ地面に転がっている。
「……俺の勝ちだ」
ゼロスは剣を振り下ろした。それはしっかりと芯をとらえており、当たれば一撃で相手の命を奪えるだろう。しかし、クバル相手ではそう簡単にはいかなかった。
「……『詰めが甘い』と言われたことはないか?」
「クソッタレ……!」
クバルの手には薙刀があった。ゼロスの剣が振り下ろされる直前、左手で薙刀を引き寄せていたのだ。それが間に合い、クバルは間一髪のところでゼロスの剣を受け止められたのだ。
「……『極点重圧』!」
クバルはゼロスを空へと弾き飛ばす。いくら地面に踏ん張れるとはいえ、一度空中に出されてしまえば意味はない。クバルは体勢を整えなおし、空にいるゼロスを地面へと引きずりおろした。
「お前の実力はよくわかった。……仕切りなおそう、これからは本気だ。ありがたく思うがいい、ゼロスとやら。俺が本気で相手をしてやるのは七年ぶりだ」
クバルから発せられる魔力は圧倒的な速度で増していく。その魔力の総数は、王国の一般兵を百人集めても届かないほどだ。地面が揺らぐ。大気が震える。それを見たゼロスは初めて、敵を目の前にして息をのんだ。
西角の塔が崩れた時、リバーニア北部では烈風騎士団の面々が城門の突破を図っていた。
「右が甘いぞ!雪崩れ込め!」
先陣を切ったオルコスがすぐさま敵陣の脆弱性を見抜く。皆はそれに従い、あとへと続く。一度敵陣に入り込んでしまえば、あとは簡単だった。
「『テンペスト・パニッシャー』!」
敵陣のど真ん中で、エリオットが特訓の成果を見せつける。荒々しく吹き荒れる風は周りの敵をすべて吹き飛ばす。重い鎧に身を包んでいた者達でさえいともたやすく吹き飛ばしていた。その余波はリバーニア城にまで及び、壁を破っている。城門の周りも崩れており、もはや城門は意味をなしていなかった。彼らはこれを好機として、リバーニア城へと突入する。
城内の警備はかなり厳しく、城外よりも多くの兵士が潜んでおり、部屋の前を通るたびに奇襲を仕掛けてくる。その上、戦いの気配を嗅ぎつけ、様々な場所から兵士たちが駆けつけてくるのだ。一人ひとりの戦力は大したことないとはいえ、いつまでも戦い続けることは不可能だ。兵士たちもそれが目的なのか、傷ついた兵士はすぐに後方へと下がり、医療兵に治療を施されたのちすぐに前線へと戻ることを繰り返している。それを止めるために医療兵を叩こうにも、人の壁がそうさせてくれない。他にも、さっさと止めを刺そうともしたが複数人で負傷兵をかばいながら後方へ下がるという連携を披露されるばかりで、一向に兵士の数を減らせないでいた。
「クソッ、鬱陶しい!いつまでもこんなことをしてる余裕はないっていうのに……」
彼らは焦っていた。ゼロスのことだ。彼一人に王国最強とも名高いクバルを任せきりにしているのである。一刻も早くアッセンの首を取り、彼のもとへ援護に向かいたい。烈風騎士団の面々はその一心だった。彼らにとって今、時間は何よりも惜しい。そうだというのに、この足止めの人海戦略。焦りが怒りに変わるのも当然だった。
「……いい加減にしなさい!『ヴァーミア家の斧』!」
ついにアイリーンが怒りを露わにした。代々家に伝わっている武具の内の一つである斧を召喚し、それを思いきり床に叩きつけた。床には一瞬でひびが入り、斧の威力というのをこれでもかと示している。
「皆さんは先に!ここは私に任せてください!」
「……だが、こんなに囲まれてたらどうやってもここからは出られないぞ。周りを吹き飛ばそうにも、みんなを巻き込むかもしれない」
狭い通路の途中で魔法を使う場合、味方を巻き込む危険性が高まる。そのせいもあり、一息に突破する手段を控えていたのだった。しかし、アイリーンは何やら覚悟を決めたような眼をしている。
「そこ、道を開けてください。……危ないので、私の後ろに下がってもらえますか」
アイリーンは斧を構えながら言う。普段から一緒にいる彼らにとって、彼女の言動は珍しいものだった。いつもなら決してしない強い物言い。……どうやら、今の状況が相当頭に来ているようだ。
「……道は、私が作ります。『獅子の双牙』!」
アイリーンは斧を地面に走らせながら前進すると、飛び上がる勢いそのままに斧を振り上げた。その衝撃で地面は抉れている。しかし、これで終わりではない。彼女は振り上げた斧を、今度は振り下ろしたのだ。自らが生み出した衝撃波が消えないうちに斧を振り下ろし、その衝撃波ごと敵を叩き潰す。斧に叩き切られた衝撃波は幾重にも分裂し、地面を走る。大量の土煙を巻き起こした攻撃だが、次第にそれが晴れていく。その先には地面に倒れた兵士と、崩れ落ちた壁や天井の瓦礫が転がっていた。後方に陣取っていた医療兵たちは無傷のようだが、兵士さえいなくなればどうということはない。
「さあ!今のうちに!必ずや、アッセンの首を!」
アイリーンに促され、エリオット達はその場を離れ上の階へと続く階段を目指した。だが一人だけ彼らに同行せず、アイリーンの所に残った。
「コル、あなたは団長と一緒に行かないの?」
「……姉さんをほっとけない」
「……そう。それじゃ、一緒に頑張りましょうか」
「わかった」
アイリーンとコルニッツォは背中を合わせ、自分たちのもとへ向かってくる兵士たちを迎え撃つ覚悟を決めた。
「塔が……崩れていく」
リバーニア南。ギャラルホルンを抑えたガラードは船上から、西角の塔が崩れていくのを眺めていた。あそこでゼロスとクバルが戦っていたはずだ。はたして決着はどうなったのか、気になって仕方ないがだからと言ってこの場を開ける訳にはいかない。今もなお、眼前には敵が迫っているのだ。
「主砲用意!構え……放て!」
魔導戦艦であるため、動かす際の燃料や砲弾すらも人の魔力で補うことができる。しかし、ほとんど休憩をとる暇もなく弾を撃ち続けていれば疲れるのも道理だ。そのせいか、甲板に座り込む団員の数は増え続けている。城内で苦戦している烈風騎士団と同様に、迅雷騎士団も人海戦術に手も足も出なくなってしまう所まで追い詰められているのだ。
「……これ以上、船にこもっても駄目だ。打って出るしかねえ。動けない者はこの場で待機。動ける者の内半分はこの場に残って防衛に回ってくれ。残りは俺と一緒に来い」
ガラードの指示に従い、動ける兵士の半数である十二名がともに船を降りた。すでに港へ出ていたラキアたちと合流する。
「団長、何かあったのか?」
「これ以上は団員の消耗が激しい。そろそろこっちから打って出るべき頃合かもしれないな」
二人が話していると、イナが何かを嗅ぎつけたのか、剣に手を添えた。
「……団長、お下がりください。何か、来ます」
イナが睨むのはただの路地裏だ。何か足音がするわけでもないし、物陰から誰かが狙っているわけでもなさそうだ。ガラードは何かがあるのかと、その場から一歩踏み出し、路地裏を覗こうとしたその時。
「……もらったぁ!」
地面からかぎ爪を身に着けた男が飛び出した。その男はアッパーを放ち、ガラードの顎下を爪で切り裂こうとしている。しかし、すぐさまイナが剣を抜き、爪を受け止めた。男は剣を弾いて距離を取ったかと思うと、またすぐに地面に溶け込むように姿を消した。
「なんだ、こいつは……?」
突如襲ってきた刺客にガラードたちは戸惑いを隠せない。ただイナだけが冷静に、構えを取り続けている。
「……団長、ここは私にお任せください。このような手合いは何度か相手をしたことがありますので」
「あ、ああ。それは構わないが……。だが、奴の姿はどこにもないぞ。相手をするといったところで、どうやって……」
イナはその質問に答えるように、歩き出す。その間も集中は途切れておらず、一歩踏みしめるごとに奴の居場所を探しているようにも見えた。彼女はそのまま歩き続け、ついに止まった。そこは周りを民家に囲まれた場所だが、日が暮れて来た影響で影が伸びていた。彼女は影を背にするように立ち、何かを待っている。手は剣の柄に添え、抜く準備は終えている。足を開いて腰を落とし、目を瞑って時を待った。そして、時は来た。
彼女は振り向きざまに一閃を放つ。それは、イナを仕留めるために地面から飛び出していた男の胴に見事な横一文字を刻んだ。夕暮れよりも赤い血しぶきが空に舞う。
「ぐっ……。このアマ……。女相手だからと手加減しようと思っていたが、それももうやめだ!今からてめえをズタズタに引き裂いてやる!影におびえろ、許しを乞え!」
男はもう一度地面に消えた。イナは剣に付いた血を払って鞘にしまい、もう一度構えなおした。次第に日が暮れていき、影も広くなっていく。あの男はまだ姿を現さない。そうしているうちに、すっかり日が暮れた。今日は新月のため、月は出ていない。夜の闇を照らすのは遠く離れた星明りのみだ。
「団長。明かりをつけてください。そして、なるべく影から離れてください」
「あ、ああ。わかった」
ガラードは人差し指から雷を発し、それをギャラルホルンに通電させ一斉に明かりをつけた。港付近は船から漏れだす明かりで煌々と照らされている。船からの光を受け,ガラードたちの影が、伸びていく。イナはそれを見逃さなかった。その場から駆け出し、ガラードのもとへと向かう。そして、剣を抜いた。
「てめえ、二度ならず三度までも……」
イナが抜いた剣は地面から飛び出した男のかぎ爪を受け止めていた。男はまたもや距離を取り、地面へと逃げようとする。イナはそれを待っていた。
「……『無双剣・稲光』!」
その場で雷がほとばしり、周囲をまぶしく照らし出す。かぎ爪の男も光にひるんだ。イナはその隙を逃さず斬りかかる。
「……『無双剣・春雷』!」
剣に雷を纏わせ、眼にもとまらぬ速さで何度も敵を斬る。敵に残るのは無数の切り傷と雷によって焼け焦げた跡だけだ。『稲光』によるまぶしさが引いてきたころ、ガラードとほかの団員たちは戦いが終わっていたことに気づいた。
「殺したか?」
「……いえ、私の剣は未だ未熟故、生死を思い通りにすることなどは叶いません」
「なんだ団長、こいつを捕虜にでもする気か?」
「……まあ、似たようなもんさ」
ガラードはそう言うと、地面に倒れる男へと近づく。そして男の胸に手を当てると、そこから電流を流した。それをしばらく繰り返したのち、彼は立ち上がった。
「何かの取引に使えるかもしれん。イナ、こいつを縛って甲板に寝かせておけ。ついでに少しばかり、けがの手当てもしてやれ」
「そいつはそれでいいとして、俺たちはこれからどうすんだ?城を目指すか?」
「……イナ、ここを頼む。ついでに休んでおけ。……残りの奴は俺と一緒に城を目指すぞ。いいな?」
「了解!」
ガラードは先ほどの戦いの功労者であるイナに船を任せ、ラキアを含めた十三名を連れて城を目指した。城内にはまだ戦いの炎が燃えている。
リバーニア城、城内。エリオット達を先に行かせたアイリーンとコルニッツォだったが、後から追いついたカリンの援護により、無事に制圧完了した。
「カリンさん、無事だったんですね。ガルディアと名乗っていた男は、どうしたんですか?」
「ああ、あいつなら魔力を使い切ったようでな。それならわざわざ倒す理由もないだろうと放っておいた。最初は無力化しておいた方がいいかと悩んだが、お前たちの援護に間に合ったのなら、これが正解だろう。……それで、エリオット達は?」
「先に向かいました。足止めを喰らっていなければ最上階にいるはずです」
「よし、私たちも後を追うぞ」
カリンたちは死屍累々の廊下から駆け出し、上の階を目指した。現在、エリオット達がいる階層では……。
「邪魔を、するなぁ!」
アッセンまでの道をふさぐ兵士たちを薙ぎ払っていた。いったいどこに隠れていたのかと疑問に思うほど、ぞろぞろ出てくる。城門前の防衛陣が甘かったのは、城内に誘い込むための罠だったのだろう。現に、地の利は王国側にあり、エリオット達は後手に回らざるを得ない。しかし、いつまでもここでダラダラしているわけにはいかない。彼らもついにしびれを切らし、クバルのことを考えて力を温存しておくことをやめた。
「死にたくなければ道を開けろ!『鋼技・五月雨』!」
「私たちは急いでいるの!『王樹の撓』!」
オルコスとセリア、二人の攻撃で立ちふさがる兵士たちだけでなく、周りの壁なども粉砕されていく。
「全部吹き飛ばしてやる。……『凄絶なる烈風』!」
エリオットは突っ走り、敵陣の中央で技を放つ。放たれた風は衝撃となり、周りの兵士を打ちのめす。しかし、烈風は収まらず、風は次第にすべてを切り裂く空気の刃へと形を変える。切り傷程度で済むのなら運がいい方だ。大抵は手足のいずれかが切り飛ばされる。首が飛ぶことも珍しくはない。仲間の首が飛んでいった兵士は、あまりの恐怖からか、それから逃れようとその場から文字通り飛び出した。彼らが最後に見たのは沈みゆく夕日であった。……そうして、エリオット達はほぼすべての敵兵を退けたのである。ちょうどその時、カリンたちも追いついた。
「エリオット、遅くなってすまない」
「カリン……。それにアイリーンとコルニッツォも、よく無事だったな。こっちもちょうど片付いたところだ」
エリオットとカリンたちが互いの無事を確かめ合っているとき、オルコスがエリオットを呼んだ。彼は右手で兵士の胸倉を掴み上げていた。
「団長。どうやらアッセンはここにはいないらしいぞ。こいつがしゃべった」
オルコスは掴み上げていた相手を投げ出した。投げ出された兵士はそそくさと逃げて行った。
「じゃあ、アッセンはどこにいるんだ?」
「王都コーネッテス。……リバーニアが襲撃にあうってわかったときにはすでにとんずらしていたらしい。そいつの代わりとして、クバルがここにいるんだとよ」
「……ここまで来たのは時間の無駄だったという訳か。アッセンめ、やってくれたな」
「兵力は削げたんだ。無駄にはならねえだろうよ。……そんなことより、今すぐゼロスの援護に向かうべきじゃねえか?」
エリオットは崩れた壁から外を見た。日はすでに沈み、あたりは夜に染まっている。それでも、飛び散る火花と衝撃音がゼロスたちのいる場所を示していた。
「……幸い、負傷者はない。俺たちもクバルのもとに向かうぞ。今は奴が領主だ、奴をどうにかしない限り俺たちに勝ちはない」
烈風騎士団の面々は階段をその場から移動を始めた。もはやこの城に用はない。目指すはクバルの所だ。彼らが南門から外へと出た時、ちょうど迅雷騎士団と鉢合わせた。団長であるガラードは彼らの作戦がうまくいったかどうかを気にしている。
「エリオット。作戦の首尾はどうだった?」
「……アッセンはここにいませんでした。リバーニア侵攻が始まる前に王都に逃げ出していたようです」
「何?……そうか、だからクバルがいるのか。アッセンの代わりとして」
「そういうことのようです。……そして、我々の目的だった『領主の首』はクバルの首のことになりました」
ガラードは頭を抱えている。先ほどのクバルの魔法を受けたからこそ、彼との戦力の差をしかと感じているのだ。
「……お前たちはどうするつもりだ?」
ガラードは心の中で答えを決めていた。撤退である。将は落とせなくとも、周りの兵はほとんど倒せている。戦略的にはほぼ勝利の状態なのだ。幸い、こちら側には致命傷を負った仲間はいないし、捕虜も一人いる。王国側との何かしらの取引には使えるかもしれない。つまり、彼はこれ以上戦う理由がないと判断したのだ。だからこそ、彼らがどう動くのか知りたかった。
「助けに行きます、ゼロスのことを。……いつまでも一人で、あんな奴を相手にさせる訳にはいかないでしょう」
エリオットはよどみなくそう言い放った。目には信念が宿っている。それは、撤退を考えていたガラードにはまぶしいものだった。
「それじゃあ、俺たちは急ぎますから」
「……待て!……俺たちも後で必ず援護に向かう。無理するなよ」
「ありがとうございます」
エリオットは礼を言うと、ガラード達に背を向け、ゼロスのもとへと向かった。その場に残った彼らは踵を返し、船へと戻る。その道中、ラキアがしきりに首をかしげていた。
「……ラキア、何かあったか?」
「なあ、団長。俺と団長って付き合い長いよな」
「ああ。確かもう十年以上になるか」
「……なんで援護するなんて言い出したんだ?俺はてっきりもう撤退するもんかと思ってたぜ」
「若者を放っておけないだけさ。嫌ならついてこなくても……」
「何言ってんだ、団長。俺は今まで団長の命令を破ったことなんか一度もないぜ?……それに、こんなところで帰る馬鹿なんかいねえよ」
「……ありがとう、ラキア」
「いいってことよ。それより急ごうぜ。いくらあいつがすげえからって、いつまでも任せきりなんて先輩騎士としての立場がねえ」
「……それもそうだな」
彼らは先を急ぐ。助けが間に合わず、すべてが無駄になる未来を避けるために。
「軽い!」
クバルはゼロスの一撃をあしらう。クバルは薙刀を巧みに操り、刃でゼロスを斬りつけたかと思えば、柄で胴を突いていた。敵の攻防は相手を浮かせることで無力化するというクバルの戦い方に、ゼロスは手も足も出なかった。ゼロスが一度攻撃のチャンスを掴む間、クバルは五度、ゼロスにダメージを与えている。その上、常に過剰な重力にさらされた中で戦っており、ゼロスの身体にはとてつもない負担がかかっていた。息も上がってしまい、膝をついている。疲れ切ったゼロスを見下ろし、クバルが口を開いた。
「……我らが軍門に降れ。貴様ほどの戦士、ここで殺すのは惜しい。何故帝国なんぞに忠を尽くす?」
「……お前らのとこよりも、金払いがいいからな」
「所詮元傭兵。誇りなどないということか。……ならば、主を変えることに抵抗などあるまい。さあ、王国に忠誠を誓え。今のような帝国の使い走りではなく、王を守護する衛兵隊へ推薦してやろう」
「ダリウスにも、同じことを言われたな。……いい加減、勧誘はうんざりだ。俺はもう傭兵じゃねえ。騎士団の一人として、仲間を裏切るような真似はしないって決めたんだ」
ゼロスは剣を地面に突き立て、支えにして立ち上がる。彼の目には闘志が浮かんでいた。
「……その眼、あの男に似ている」
「お前の昔話に付き合うつもりはねえ。……お前とやり合うのも飽きた。そろそろ仕舞にしよう」
ゼロスは魔力を高める。体が傷ついているせいか、脳が命の危険を察知しており、リミッターが外れている。生命維持に必要な分までの魔力すらを戦うために燃やしており、一瞬だけとはいえクバルの魔力量をわずかに上回った。目に宿っていた闘志は苛烈に燃え盛っている。ここからが、ゼロスの真骨頂ということだろう。それに対抗するようにクバルも魔力を高めるが、ゼロスの圧倒的な魔力に気圧され、飲み込まれそうになっている。
「化け物め。鬼神の二つ名も伊達ではないということか。……だが、鬼神の刃は俺には届かぬ。『ひれ伏せ』!」
またもや重力が重くなる。ゼロスが立っていた地面は重力に負け、凹んでいく。しかしそれでも、今のゼロスには意味のないことだった。
「鬱陶しい!」
ゼロスは力尽くでその場から飛び出した。構えていた剣を振り下ろす。
「『飛び退け』!」
クバルから押し返すように重力が働きだす。今まではこれに押し返されていたが、もう彼には通用しない。
「鬱陶しいって、言ってるだろうが!」
ゼロスは無理矢理に剣を振り下ろした。まさか剣を振り下ろされるなどと思っていなかったクバルはすっかり油断しており、剣戟を避けようとしたのはその切っ先が脳天を捉えていた時だった。
「ぐああああ!」
クバルは何とか脳天を叩き割られることを回避した。だが、ゼロスの剣はクバルの左腕を斬り飛ばした。突き刺すような激しい痛みと、血が流れていく感覚。そして、今までの戦争で傷一つつかなかった体についてしまった大きな傷。それらのすべてがクバルを苛んだ。
「……次は右腕だ、覚悟しろ」
ゼロスの眼に宿っていた闘志は、いつの間にか殺意へと変わっていた。まさに獣がごとき眼光。クバルはこの一瞬で「狩られる側」に回った。容赦のない目と、その太刀筋。クバルは七年前のとあることを思い出した。
「……グランバルト」
しばらく他人から聞くことのなかった名前。それがよりにもよってクバルの口から出たことで、ゼロスの目に宿っていた殺意の炎が揺らぐ。クバルはそれを見逃さなかった。かろうじて動く右手を使い、薙刀を杖のように使って立ち上がる。ゼロスは剣をクバルに向けていたが、振ることはなかった。その代わりのように口を開く。
「何故、お前がその名前を知っている?」
「……お前に話してやる義理などない」
クバルは後ずさりしてゼロスから距離を取っている。逃げるつもりだ。
「答えろ!なぜグランバルトの名を……」
クバルは重力を感じさせない軽やかな跳躍で、まだ崩れていなかった民家の屋根に上った。
「お前の太刀筋、戦いの最中の目。……奴を思い出させる。それだけだ」
それだけ言い残すと、クバルは夜明けの光に紛れるように消えて行った。ゼロスはすぐさま後を追ったが、朝日がまぶしく照らし出すばかりで、クバルの姿はどこにもなかった。
「おーい、ゼロス。どこだー?」
遠くから仲間の呼ぶ声が聞こえる。彼らがこちらに来たということは領主は落としたということだろう。その上クバルも姿を消したのだから、これは完全な勝利と言っていい。ゼロスは喜びの中、疲れ切った体を地面へと投げ出した。
「……硬いな」
石畳で作られた道は、寝るのには適していない。
二時間後、リバーニア中央。
「それでは、リバーニア制圧を祝して……。乾杯!」
「乾杯!」
烈風騎士団と迅雷騎士団合同の作戦が成功したことを祝し、宴会が行われていた。時刻は午前六時。朝食にすら早いのだが、一日戦い通しで、碌に食事をとれていなかった彼らには全く関係ないことだ。
「よう、ゼロス。酒が足りてねえんじゃねえのか?」
左隣に座っていたエリオットから、グラスに酒を注がれる。今回の戦い、最も勝利に貢献した者はゼロスだ。最も危険な存在だったクバルを一人で抑え込んだあげく、その左腕を斬り落としたのだ。ガラード達迅雷騎士団の面々からもその働きを絶賛され、宴会の中心となっている。
「なあ、お前どれだけ強いんだ?俺と一度手合わせしてくれないか?」
「……ラキア、失礼ですよ。すいません、この人強い人を見つけるとすぐ戦いたくなってしまうので……」
「いやぁ、それにしてもすげえってのなんの。あのクバルの左腕を斬り落としたなんてなあ。王国じゃあ今頃緊急会議だろうぜ」
皆一様に、とてもうれしそうだ。そこら中からかき集めて来た酒や食べ物を片手に、大騒ぎである。
「今回の功労者はあんただ。上からもらえる特別報酬は全部やるよ」
突然、ガラードがそう言いだした。あまりの突拍子のなさに、ゼロスもタジタジになっている。
「……いいのか?あんたたちが戦った意味が……」
「いや、そうでもねえんだなこれが。……第一に、リバーニア制圧の暁には、俺たち迅雷騎士団がここを防衛しろってお達しだ。つまり、俺がここの領主になるってわけだ。それに、あの船。ギャラルホルンだったか。あれを無傷で鹵獲したしな。あれだけでも十分報酬はもらえるだろうよ。だから、今回の分は持って行っていいぜ、遠慮するなよな」
「……わかった。それなら、ありがたくもらっておく」
「おう、そうしとけ」
二つの騎士団が合同で開いた祝勝会は昼まで続いた。迅雷騎士団はリバーニアに残り、戦後の復興と領主としての仕事をこなすらしい。烈風騎士団は勝利という大きな土産を持って、チューン城への帰路をたどるのだった。それを見届けた迅雷騎士団は、自らが鹵獲した船へと乗り込む。その船の甲板には、あの時ガラード達を襲った男がいまだに縛られていた。
「さて……。ようやく事が片付いたからな、お前の相手をしてやるよ。……イナ、構えとけ。ラキア、猿轡を外せ」
二人は指示通りにする。ラキアが男の口を解放したとき、それを待っていたかのように男が声を発した。
「殺せ。話すことなど、何もない」
「……名前は?」
「セシル。それだけだ」
ガラードは口を半開きにする。セシルが思っていたよりも素直だったせいだ。
「王国に戻りたいか?」
「どうでもいい。もはや王国に俺の居場所はないだろう。捕虜を温かく迎えるほど、王国は人手に困っているわけではないからな」
ぶっきらぼうな物言いのセシルの目は、どこか寂しそうなものがあった。
「生まれはどこだ?」
「……ここだ。リバーニアが俺の生まれ故郷だ。……生まれた場所で死ぬのは、悪くない」
ガラードはとあることを心の中で決めた。断られたらそれまでだが、提案する価値はある。
「セシル。お前、俺の騎士団に入れ」
「……何故」
「ここの生まれなんだろう?なら、それなりに詳しいだろ。俺たちはこれからリバーニアの領主として、ここを治めなきゃいけない。だが、俺たちはリバーニアのことを全く知らないからな、お前がいると助かる」
セシルは顔をあげた。すっかり上がりきった太陽の光が、彼の顔を照らす。
「……了解した、団長」
ガラードは床に座り込んでいたセシルの手を取り、引っ張り上げる。そのまま固くその手を握りしめ、握手を交わした。ここに、迅雷騎士団の新たなメンバーが加入したのだった。
リバーニアから出立した烈風騎士団は、喉かな昼下がりを歩いていた。
「……ノクスたちは無事だろうか」
エリオットがぼやく。今の激化した戦況では、丸一日城を開けるだけで攻撃される恐れがある。実際、過去にチューン城は紅玉騎士団の奇襲を受けていたこともあり、エリオットが先導する行軍は足が早まっていた。
「……団長、もう少しゆっくり行かないか。馬車が揺れてしまう」
馬車を操縦するコルニッツォが言う。馬車には重傷のゼロスと、その手当のためにアイリーンが乗っているのだ。おそらく今は痛み止めの薬を飲んで寝ているはず、必要以上に揺れると起きてしまうだろう。
「ああ、すまない。少し焦ってたみたいだ」
「エリオット、何を焦っている?」
エリオットの隣にいたカリンが問いただす。彼は心の中にとどめていた不安を素直に話した。
「ノクスたちが心配なんだ。またどこぞの騎士団に奇襲されているかもしれないだろ?」
「それなら何かしら知らせる馬をよこすはずだ。それに、『便りがないのは無事の知らせ』って、よく言うじゃないか」
カリンの説得に、エリオットも落ち着いてきている。
「それに、ノクスは特訓で強くなったし、エリシアだって残ってくれている。何かに襲われても簡単に負けるような奴らじゃないさ」
「……そうか、それもそうだよな」
「ああ。だから、そんな浮かない顔をするなよ。せっかく勝って帰るんだから、もっと明るい顔した方がいいぞ」
「……みんな、すまない。取り乱していたみたいだ。胸を張って帰ろう」
彼らはチューン城までの道のりをゆっくりとたどり始めた。空は穏やかに晴れ渡っている。それから三時間後、彼らは無事にチューン城へと帰ることができた。ノクス達も無事だったようで、どこから聞いたのかエリオット達の凱旋の準備が整えられていた。城門をくぐると、住民たちが快く出迎えてくれた。中には孤児院で暮らす子供たちもいる。ゼロスは馬車から顔を出し、手を振ってそれに答えた。そのままエリオット達は城内へと入っていった。
「団長、お疲れ様。無事に勝ったようだね」
城内ではノクスとエリシア、その他防衛のため城に残った者達が出迎えてくれた。
「……どこで知った?早馬は出してなかったはずだが……」
「あれだけ気楽そうにぞろぞろ歩いているところ見れば、戦いに勝ったことなんてすぐにわかるさ」
ノクスはそう言って、上を指さす。どうやら、上の階から外の様子を窺っていたらしい。そして、彼らが帰ってきたのを見つけすぐさま迎える用意をしたのだ。
「……とにかく、お疲れ様。後で話を聞かせてくれよ」
「ああ、わかった。とりあえず、今は少し寝かせてもらうぜ。……昨日から寝てないんだ」
そう言ってエリオット達は自室へと戻っていった。それらを見届けたノクスたちもいつも通りの仕事へと戻っていった。それから、夜を跨いだ。戦いの疲れというものは思っていたよりも壮絶だったうえに、碌に休息をとることなく、帰路を急いだ。そのせいもあって、体には少し寝ただけでは取れない疲れが残っていたのだ。
翌日に目を覚ました彼らは、窓から刺す日の光で夜を跨いだことを知り、自らの身体にたまっていた疲れの量を思い知った。彼らにこれからの予定はない。あれだけ大きな戦いを乗り越えたのだから、しばらくは休みがもらえるだろう。かく言うゼロスも、ベッドの上で静かに横になっていた。クバルとの戦い、切り傷などはあまりないが、全身に鈍い痛みが残り続けている。幾度も押しつぶされたりした衝撃が、まだ残っているのだ。ベッドから起き上がろうにも、骨がきしむ音が聞こえてくるような気がする。少しだけ上体を起こし、すぐに諦めた。その時、ドアが叩かれた。城で働いている従者の声だ。
「ゼロス様、起きていらっしゃいますでしょうか?」
「ああ。何かあったか?」
「お客様でございます。いかがいたしましょう?」
「中に入れてくれ。鍵は開いている」
そう言うと、ドアが開く音が聞こえてくる。それと同時に雪崩れ込むような軽い足音が続いた。
「先生!お見舞いに来たよ!」
「お怪我大丈夫?」
孤児院の子供たちだ。昨日の凱旋でゼロスの姿を見て、心配になって見舞いに来たようだ。シエラも一緒である。
「ゼロス園長、お疲れ様でございます。お体の具合はいかがですか?」
「まともに動かせん。ここまでひどいとは思わなかった」
天井を見上げてぼやくゼロスの言葉に、「当然です」とたしなめられる。
「全身の筋肉と骨を酷使しすぎです。あと一週間は安静にしないといけませんよ」
小言を言うのはアイリーンだった。どうやら彼女もいっしょに来ていたらしい。シエラとアイリーンはゼロスがあずかり知らぬところで親しくなっていたようだ。彼女の小言に「その通りです。園長はいつも無理をしすぎます」とシエラが続く。ゼロスはそれを遮るようにため息をついた。
「……見舞いに来たのか小言を言いに来たのか、どっちかにしてくれないか」
「お見舞いに来たに決まっているでしょう?だから、体によさそうなものをいろいろ持ってきたんですよ」
シエラはそう言って、バケットをベッドわきのテーブルに置く。中はフルーツでいっぱいだ。ゼロスはリンゴを手に取りかじりついた。
「あら、言ってくだされば切りましたのに」
「構わん。……それより、アイリーン。何故シエラと一緒に来た。道案内でもしてたのか?」
「いえ、そこの廊下で鉢合わせただけです。ゼロスさんの身体の具合が気になりますから」
彼女も同様に荷物を持っていたが、それはシエラが持ってきたような食べ物ではない。中には薬と医療品が入っている救急セットだ。
「さあ、リンゴも食べ終わりましたし、包帯を変えましょうか。……起き上がれます?」
アイリーンの問いに、ゼロスは行動でもって答える。自分の胴にしがみついて眠っていた子供たちを起こしてゆっくりと起き上がり、枕を背もたれにして、深くため息をついた。
「……悪い。これだけでも相当しんどいんだ」
「いえ、ゆっくりで大丈夫ですよ。……ほら、君たちはこっち。園長先生の邪魔しちゃいけませんよ」
アイリーンはゼロスへとじゃれつく子供たちをたしなめ、シエラへと預ける。
「では、私たちはそろそろお暇させていただきます。お身体、お大事にしてくださいね」
「ああ。見舞いありがとう、シエラ。それに、イースとレミもな」
ゼロスは子供たちの頭をなでるが、それすら相当負担らしく、彼らが去るとまた天井を仰いでため息をついた。
「……少し我慢してくださいね。包帯を取りますよ」
アイリーンはゼロスの身体に撒かれた包帯を取っていく。血は出ていないが、痛み止めのために塗った薬が染みている。彼女はそれを嫌な顔せず巻き取っていく。それをじっと見つめていたゼロスは、沈黙に耐えられず口を開いた。
「……随分と手際がいいな。慣れてるのか?」
「ええ。傭兵団の時から、こういうことができるのは私だけでしたから」
「……大変だっただろう」
「もちろんです。あの時は、名をあげるために必死でしたから。着ていた服には血の匂いが染みついていましたよ。それでも、こうしてここまでやってきました。何度も戦って、生き残って。……今ではこうして、自分たちの城ももらって。傭兵になろうと思った時は、こんな待遇を得られるとは思っていませんでした」
包帯を巻きとったアイリーンは感慨深そうに、かみしめるように話す。ゼロスは何も言わず、それを見つめていた。彼女は新しく包帯を巻きなおす。
「……さあ、処置は終わりましたよ。お腹、すいてますよね。よかったら何か作ってきますけど、何がいいですか?」
アイリーンはひざを叩いて立ち上がる。気丈に振るまう彼女の姿は、ゼロスの身体に残り続けている痛みを、いくらか和らげているようだ。
「なら、前に作ってくれたチーズドリアを頼んでもいいか?あれは美味かった」
「……ええ。楽しみに待っててください!」
にこやかに顔をほころばせ、アイリーンは部屋から出て行った。それを見送ったゼロスは今一度深くベッドに沈み込み、眼を閉じた。
翌日、怪我の具合が良くなったゼロスは城下街を歩いていた。隣にはアイリーンがいる。ゼロスが散歩に行こうと部屋を出た時、ちょうど鉢合わせたのだ。彼は一人で行こうと考えていたようだが、アイリーンからすればゼロスは病み上がりの人間だ。一人で歩かせるわけにも行かないだろう。そのため、彼女が散歩に同行することになった。
「別に俺一人でも大丈夫だ。もう怪我はほとんど治ったし、誰かに襲われる心配なんかないだろう」
「いいえ、駄目です。例えば急にクラっときて倒れたどうするんです?そのまま頭を打ってしまうかも知れませんよ?」
「……自分のことはいいのか?何か用事があったりするんじゃないのか?」
ただ、不思議に思っただけだった。ただの怪我人にお節介を焼いて自分の時間を浪費しているように、ゼロスには見えていた。だからこそそう言ったのだ。その言葉を受けた彼女は困ったように眉を曲げた。
「……私がいると、邪魔ですか?」
そして、悲しそうに言うのだ。ゼロスは食い気味に返す。
「そう言うことじゃない。ただ、俺に構うより自分のやりたいことでもやればいいんじゃないかって……」
「誰かと一緒に気晴らしに散歩したいです。……付き合っていただけますか?」
「……わかった。どこか行きたいところは?」
「最近出来たらしい甘味屋に行きませんか?珍しいものが食べられるらしいですよ」
「……すまない、場所がわからん。どっちだ?」
「えっと、確かこっちの方に……」
アイリーンはゼロスの手を引き、城下街を歩く。手を掴まれたとき、ゼロスは驚き、家族でもない男の手を握らせるのは良くないかと手を振り払おうとしたが、楽しそうに笑う彼女を前に、そうすることはできなかった。
「ここですね。甘味屋マーテン。……だいぶにぎわっているみたいですね。さあ、入りましょうか」
案内された席は四人用の席だった。相当にぎわっているらしくちょうどいい席がここしかなかったようだ。それぞれ席に腰を下ろし、メニューを手に取る。
「……へえ、今はブドウが旬なんですね……。うーん、それも捨てがたいけど、どれにしようかしら……。ゼロスさんは何を食べるか、決めました?」
「俺は、これにするか。北の方で有名らしい『羊羹』ってやつ」
「……これ、何でできてるんですか?」
「小豆っていう豆から作られてるみたいだな」
「えっ、豆?豆から甘いものを作るなんて、変わってますね。……うーん、私はどれにしようかしら……」
アイリーンが悩んでいるとき、外から声をかけられた。
「あなたは、ゼロス様ではありませんか?」
声の主はそう言って、彼らの席へと近づく。
「……確か、迅雷騎士団のイナ、だったか」
「かの『嵐』に覚えていただけるとは、ありがたい限りです」
迅雷騎士団所属、イナ。彼女がいったいなぜチューン城下街にいるのだろうか。ゼロスはその疑問を口にする。アイリーンは二人の散歩を邪魔されたからか、少し不機嫌そうだ。ゼロスはそれに気づいていない。
「何故ここにいる?リバーニアはどうした?」
「戦いも終わって、戦果報告書も提出したので、できることはほとんど片付けてしまいまして。そうしたら団長が団員全員に休暇をくださったので。私はこうして有名な甘味屋に足を運んでいたという所です。なんでも、ここでは北洋の甘味が食べられるとか」
饒舌に話すイナを前に、ゼロスは呆気に取られていた。戦場にいる時はもう少し無口というか、おどおどしていたような気がする。
「陣地で会った時とは、人が違うな」
「……覚えておいででしたか。……私、戦の前は緊張してしまって、あのようなことになってしまうのです。一度戦が始まれば切り替えることはできるのですが、戦が始まる前のあの緊張状態だけはどうすることもできず……」
「……あまり言わせたくないことを聞いてしまったな、すまない」
「いえ、お気になさらず。……それより、お二人はなぜこちらに……。と、思いましたが甘味屋にいる理由など一つしかありませんね。宜しければご一緒させていただいてもよろしいですか?かの『嵐』の英雄譚、ぜひともお聞かせ願いたいのです」
「別に俺は構わないが、どうだ。アイリーン?」
「……別に、いいですけど」
彼女はすねたように言う。ゼロスは彼女がすねていることには気づいているが、なぜすねているのには気づいていない。二人から許しを得たイナは早速席へと着く。
「アイリーン様、お隣失礼いたします」
「ええ、どうぞ」
「……実は私、アイリーン様にも一度お話を伺ってみたかったのです。かのヴァーミア家の正統継承者にして、『戦姫』と称えられたその武勇。私はこの刀一本しか扱えませんから、いくつもの武具を扱うアイリーン様を尊敬しているのです」
「そ、そうですか。……ありがとうございます」
裏表のなさそうなイナの物言いに、すねていた自分が若干恥ずかしくなってきたようだ。アイリーンはイナに向き直り、礼を言う。バツが悪かった彼女の眼は泳ぎ、彼女が膝の上に置く武具へと注がれた。
「……先ほど、刀と言っていましたね。それが刀ですか?」
「はい。これは北洋のごく一部、限られた地域でのみ作られ、使われている武具なのです。私の生まれ故郷は刀の名産地として有名でして、私自身も道場を継ぐ者として日々鍛錬に励んでいました。……その修行の一環として、こうして迅雷騎士団で戦っているのです」
アイリーンはイナの話に興味があるようだったが、ゼロスから制止が入った。
「……身の上話はあとにしよう。とりあえず、何を食べるか決めようか」
「では、いただきます」
イナは自らの目の前に置かれた甘味に手を合わせる。彼女は最中というものを頼んだようだ。ゼロスは予定通り羊羹を、アイリーンは旬の誘惑に負け、ブドウのパフェを注文していた。皆それぞれ一口頼んだものを口にし、滅多に食べられない甘さに打ち震える。ゼロスは機会があれば今度は子供たちを連れてこようかと計画を立て始めた時、イナが口を開いた。
「お二人はお付き合いでもされてらっしゃるんですか?」
「え!?」
「……は?」
二人とも驚きはしたが、その様はまるで異なる。片や感情を高ぶらせ、かたや唐突な物言いに呆気に取られている。
「……い、いきなり何を言い出すんですか!?」
焦るアイリーンを尻目に、イナは冷静だ。
「しかし、お二方も休日なのですよね?」
イナの確認に、二人はうなずく。彼女はそれが答えだとでも言わんばかりに畳みかける。
「お休みの日にわざわざ予定を合わせて、今時流行りのお店に行く。……いつか読んだ恋愛小説にありがちな行動ですよ」
彼女はどうやらこの手の話が好きらしい。仕事場ではあまりできない話なのだろう。畳みかけられたアイリーンは顔を真っ赤に染め、否定の声も消えかかっている。見ているだけだったゼロスもさすがに助け舟を出した。
「……そこまでにしてくれ。そう言う話は苦手なんだ。そもそも俺とアイリーンは付き合ってなんかないからな」
それを聞いたイナは今日一番の大きな声で「え!?」と声をあげる。店内の目を一瞬で集めたが、皆すぐに興味を失ってくれた。
「……そうだったんですか、それはとんだご無礼を働いてしまいました。申し訳ございません」
「まあ、そんなに気に病むな。……とにかく、これで分かっただろ、アイリーン。あんまり親し気にすると勘違いされやすい。これで少しは改めてくれ」
ゼロスは今日のアイリーンの行動を思い返しながら、釘をさす。しかし、恋愛疑惑を向けられたアイリーンはなぜか不服そうだった。ゼロスはそれに気づいておらず、沈黙を肯定と取ったようだったが、イナはそれを見逃さなかった。
「……私は、別にゼロスさんとなら、そう間違えられても……」
消え入るように言う声はイナが遮った。
「それでは、この話はここまでとして。……ゼロス様の武勇伝をお聞かせ願えますか。……『嵐』の噂がはじまった、ゲラニット峡谷の戦いについてなのですが……」
「ああ、確かあの時は……」
イナに急かされ、思い出話を始めるゼロス。それは微妙な心持をしていたアイリーンをも虜にし、彼女もイナにせがまれて昔の話をするのだった。
「今日は、ありがとうございました。これほど貴重なお話を聞かせていただいて、感謝の極みでございます」
あれから三時間後、日も傾きかけてきた。イナは今日中にリバーニアへ戻るつもりのようで、ゼロスたちに別れの挨拶をしていた。
「ならよかった。気を付けて帰れよ」
「はい。……それと、アイリーン様。少々こちらに」
何か言いたいことでもあるのか、アイリーンを呼ぶイナ。見当もつかないアイリーンは怪訝な顔を浮かべていた。イナはアイリーンの耳に口を寄せ、小声で言った。
「ゼロス様との恋路、応援しております」
「なっ、ななな何を……!」
ゼロスには話の内容は聞こえていない。いきなり声をあげるアイリーンに驚いているだけだ。彼女らはゼロスを放って、話を続ける。
「い、一体いつから気づいて……」
「最初からです。私が同席を願い出た時のアイリーン様の表情、あれだけで察しました。……女の勘、という奴ですね」
「そ、それは……その……」
「……それでは、私はこれで失礼します。……どうか、ご武運を」
イナは言うだけ言って足早に去っていった。残されたのは夕焼けよりも赤く染まった顔のアイリーンと、何が何だかわからない顔でそれを見ていたゼロスだけである。
「……なあ、アイリーン。何を言われた?」
「駄目!駄目です!絶対に話せません!」
今までに見たことのないアイリーンの焦った顔に、徹底的な拒絶。ゼロスもタジタジになるしかなかった。そんな二人のもとへ、部下の団員が駆け寄る。
「お二方、こちらにいらっしゃいましたか。団長殿がお呼びです。……次の戦場が決まったと」
二人は団員に連れられ、城内の会議室にいた。すでに他の幹部群はそろっている。
「来たか。……それではこれより、次戦の軍略会議を始める。……ノクス、頼む」
会議の開始を宣言したエリオットは、すぐさま概要の説明をノクスへと任せた。
「了解。……まあ、まずは前回のリバーニア制圧戦の報酬について話そうか。作戦の成功報酬として、500万カンドが先ほど帝国から届けられた。すでに受け取って城内地下の金庫で保管している。後で分配するとしよう。……この時、ついでに次戦の書簡が届けられたんだ」
金の話で浮足立つ会議室をおさえ、地図を開く。ノクスはアダマンテ大陸の北部を指さした。
「次の戦場はここ。バステア山だ。……前はゼロスの手で王国側の領地になっていたところだ。覚えているかい?」
ノクスに話をふられ、ゼロスは必死に過去の記憶をたどる。そして、思い出した。
「……ああ。確かそんなこともあったな。その後、チューン城制圧戦に駆り出されたはずだ。……待てよ、防衛戦だと?帝国が取り返したのか?」
「そうなんだ。我々が行ったリバーニア制圧。これは陽動だったみたいでね、本当の目的はバステア山の奪還だったんだ。無事奪還が成功して、今は帝国最強の騎士団である紅蓮騎士団が、バステア山の麓の領主を務めている」
そこで、とある一つの疑問が浮かんだ。皆同じタイミングで口を開いていることから、浮かんだ疑問も同じものなのだろう。皆を代表してエリオットが口にする。
「……なら、なんで俺たちが防衛に出なきゃいけないんだ?紅蓮騎士団の奴らがいるんだろ?」
ノクスは人差し指を立てながら言った。
「そこなんだけどね。……どうやら、王国側としてはバステア山のことを、『絶対に失ってはいけない要地』としてみているらしい。今度は王国衛兵隊すら出てくるなんて噂もあるくらいだ」
「あれが要地だと?とてつもない量の雪が降る険しい山なだけだ。ダゴンのように何かの採掘地であるわけでもないはずだ」
バステア山はアダマンテ大陸の北端から中央にかけて続く山脈の総称で、北に行くにつれ、積雪量も増す。気流の影響かは定かではないが、常に湿った雲が流れ込んでおり、冬以外は常に雨が降り続け、何度も土砂崩れが起きている危険な地域だ。そんな山では採掘のための穴を掘ることなんてできないし、農業も厳しい。あそこには何もないのだ。一度バステアで戦ったゼロスはそれを知っていた。しかし、ノクスは地図を指でなぞり反論する。
「それでも、彼らにとっては要地なんだ。南にはバラキア、東にはダリア平原。そして西にはダゴンがある。バラキアとダゴンはもう帝国領だし、ダリア平原はバステア山からにらまれている。王国側からすれば、バステア山以外に、戦況を覆せる場所はないんだ。そこなら三方ににらみを利かせたうえ、悪天候で侵攻はされづらい。鉱石資源を求めてダゴンを攻め落とした後は、兵站を求めて南西にあるチューン城に侵攻してくる可能性もある。そして、奴らにここを落とされれば、バラキアはチューンとバステアの両方から攻撃される。しのぐのは難しいだろう。そうしてバラキアを落とした後は、ダリア平原とバラキアから兵を出してリバーニアの奪還。……こう考えた場合、バステア山は今までにないほど、価値を持っているんだ」
ノクスの熱弁には賞賛を送るほかない。だが、なおさら烈風騎士団が出張らねばならない理由がわからない。
「それなら、なおさら帝国最強の紅蓮騎士団に任せるべきじゃないのか?」
「……言ったはずだ、今度は王国衛兵隊も出てくるかもしれないと。……団長、戦果報告書に書いただろう?ゼロスがクバルの腕を落としたこと」
「当たり前だろ。帝国全体にとっても悪いニュースじゃないはずだ」
「……帝国の大臣連中はこう思ったんだろうね。……『クバルの天敵はゼロスなのだろう。ならば、奴が出てくるであろうところにはゼロスを出すべきだ』とね」
エリオットは頭を抱え、深くため息をついた。そしてしばらく項垂れたのち、顔をあげると、項垂れていた間に考えていたであろう疑問を口にした。
「……その間、紅蓮騎士団は何をするんだ?」
「ゲラニット峡谷の防衛らしい。戦う場所はほぼ同じようなものだけど、共同作戦という訳じゃないみたいだ」
ゲラニット峡谷はバステア山の中にある、東から西を繋ぐ谷だ。その地点では、はるか昔に異常なほどの大雨があり、たった一日で一年の降水量を上回ってしまうような雨が何日も続いた。そのため降った雨が山に流れた際、それが川のように山の側面を削り、谷を作っていった。そうしてできたのがゲラニット峡谷である。雨でできた川はすでに干上がっており、地面は削られたせいか地面は比較的平坦で歩きやすく、通商人などは普段谷底を歩いているのだ。雨や雪などの影響は山中よりもひどいものだが、それでも通行しやすいという利点は避けられない。近頃では谷底の開発も進んでおり、南へと抜けられる洞窟を掘るための工事拠点もあるという。
「ゲラニットで戦うよりはバステアの方がマシなはずだ。何せあっちは正面衝突は避けられないからね。それなら奇襲もしやすいバステア山の方が戦いやすいだろうさ」
ノクスはそう言って皆をなだめる。ゲラニットは狭く、そして深い峡谷だ。それなら上から奇襲が効果的ではないかと、かつて両国ともに山を登ったのだが、それぞれ失敗に終わっている。帝国は時節悪く、雪に当たってしまった。降り続ける雪は行軍する兵士の体力と方向感覚、そして士気までをも確実に奪っていく。そして最後には雪崩に巻き込まれ、作戦は失敗に終わった。
王国はそれを知り、雪が降らぬ時期を選んだ。降りしきる雨の中、無事に峡谷を見下ろせるところまでたどり着けた。王国が用意していた作戦、それは投石だった。谷上から岩を落とし、敵を押しつぶしてしまおうというのだ。そのために連れて来た魔導士にさっそく用意させ、岩の雨を降らせる用意は整った。敵がその真下を通るタイミングに合わせ、合図通りに岩が降り始めた。しかし、彼らには誤算があった。谷が深すぎるのだ。落石の音に気付いた時、回避行動をとるには十分猶予がある。結果として誰一人岩で潰すことはできず、ただ峡谷をふさいでしまっただけだった。これ以降、彼らはゲラニットでは奇襲をやめ、単純な正面衝突のみになっていた。
「どうやって戦うかの策はあるのか?」
エリオットはノクスにそう聞いたが、なぜかエリシアが返事をした。
「もちろんですわ。ですわよね、ノクスさん?」
エリシアはノクスへの期待の視線を隠そうともしない。エリオット達がリバーニアで戦っている間、彼らも何かをしていたのだろう。少し考えたのち、ノクスが口を開いた。
「……策はある。まず、俺たちは三つの隊に別れて、ダリア平原側。つまり東だね、そちらの麓で陣を敷く」
ノクスは地図に印をつけた。
「現在、バステアと直接面しているのはダリア平原しかない。王国としてはここから攻めるしかないだろうね。他の地点を中継にしたくとも、それには時間がかかりすぎるだろう」
「リバーニアを落として、バラキアを落としてようやくか。確かに現実的じゃない」
「うん。もしそんなことをすればこっちが先にダリア平原を抑えられるかもしれない。王国もそこまで悠長にはしないだろう。……で、正面からくるであろう敵軍に対して、俺たちは正面衝突を仕掛ける」
ノクスは地図に矢印を書いた。オルコスがすかさず疑問を提示する。
「せっかく山のアドバンテージがあるんだ、奇襲はしないのか?」
「するさ。敵を山中に誘い込むことこそが目的だからね。……正面衝突するのは一部隊。それは、三番隊に任せたい。どうかな、アイリーン」
いきなり名を呼ばれたアイリーンは腑抜けた声をあげた。自分に役目が回ってくるとは思っていなかったのだろう。しかし、すぐに訳を理解した。
「ゼロスさんがいるから。……そういうことですね」
「うん。王国衛兵隊が来るなら、その隊長であるクバルも絶対に来る。奴は今、ゼロスのせいでひどい目にあっている。恨みを晴らそうとするのも当然だろう。そこをつく」
「俺は陽動だな。任せてくれ」
「それでいいけど、クバルを戦線から退かせることだけはやめてくれよ。……例えば、もう片方の腕を落としたりなんて、もってのほかだ。いいかい?今回の作戦は山へと誘い込むことだ」
「肝に銘じよう。……それで、山に誘い込んだ後はどうするんだ?」
「これを使おう」
ノクスは何か固く、重いものを机の上に置いた。見る限りではただの鍵だが、これが一体何の役に立つのか。
「これは、魔封牢の鍵。俺たちが使うのは魔封牢だ」
魔封牢。魔法を扱える犯罪者は、普通の牢屋に入れたところで魔法を使ってすぐに脱獄してしまう。それを対策するために生まれたのが魔封牢だ。素材に魔導絶縁体である「キガム」が使用されており、それに触れている限りはいかなる魔法であっても扱えない。ノクスはこれを使おうというのだ。
「魔封牢か。聞いたことはあるが、そんな代物どこにあるんだ?
」
「実は、この城の地下にあったんだ。どうやら地下はもともと牢獄として使われていたようでね、前の紅玉騎士団との戦いの後、修繕している時に見つけて、運び出しておいたんだ。処分に困っていたからどうしようか放置していたんだけど、何にでも使いどころはあるものだね。……クバルを山の中に誘導したら、これを仕掛けたポイントまでどうにか誘導するんだ。クバルの性格を考えれば、脇道にそれるなんてことはあまりないだろうけど、脇の茂みに潜んで、ちょっかいをかけるとより効果的だろう。邪魔されてムキになるだろうね。……魔封牢はセリアに隠してもらおう。周りを植物で包んで見えなくしてほしい。奴がそのポイントを通った瞬間、牢を閉じてクバルを閉じ込める。……そうすれば、僕たちの勝ちだ」
「ゼロス以外はどう動くんだ?」
「……なるべく、クバル以外の衛兵隊は山に入れたくない。先にポイントを通られると気づかれる可能性もあるからね。だから、みんなには衛兵隊を足止め、出来れば撃退してほしい」
「足止めでもいいのか?」
「うん、構わないよ。牢に入れられた隊長の姿を見れば、戦意はなくなるだろうしね」
これで大まかな方針が決まった。後決めなければならないことは1つだけだ。
「あとは、誰が城に残るかなんだけど……」
ノクスが会議室を見渡した時、カリンがすぐに手を挙げた。
「私が残ろう」
「……俺も残る。残る人手もできるだけ多い方がいいだろう」
コルニッツォも続く。
「……二人残れば十分だろう。王国軍が攻めてくるわけはないし、来たとしても盗賊程度だ。二人なら負けない」
そうして、チューン城にはカリンとコルニッツォの二人が残ることとなった。するとノクスはすぐさま席を立つ。
「敵がどう動いてくるか、斥候の報告はまだない。できるだけ早めに動くべきだ。……団長、今すぐにでも出立しよう」
エリオットは深くうなずくと、立ち上がった。
「わかった。……会議はこれまで。カリンとコルニッツォ以外はすぐに出立の用意をして、北門前に集合だ」
「了解」
「全員そろったか?」
三十分後、バステア山へと向かう者達は用意を整え、北門前に集合していた。今の時期、バステア山は雨季のはずだ。皆それぞれ雨の対策をしている。行軍の先頭はバステア山に詳しいゼロスと、彼が所属している三番隊の隊長アイリーンが務める。中央にはエリオットとノクス、さらにエリシアもいる。彼女もいっしょに来ると思っていなかったゼロスは、北門前で彼女を見かけた時「見送りに来たのか?」と聞いて小言を返された。そして殿にはオルコスとセリアがついている。
「……よし、出発しよう」
エリオットの号令で、バステア山へと向かう軍は動き始めた。城下に住む民や、孤児院で暮らす子供たちが手をふって見送る。皆一様に、烈風騎士団の勝利を願っているのだ。彼らの期待に応えねばなるまいと、騎士団の面々は気を引き締めた。行軍中の彼らは一度ダゴン周辺で休息をとり、日を跨いだ後にバステア山の麓にある領地へとたどり着いた。
「……すごい雨だな」
バステア山に近づくにつれ、天候は悪化の一途をたどっていた。山はもはや雨雲に包まれていると思えるほど雨が降りしきっており、この雨の中、山を登るのは自殺行為だと本能が感じさせる。幸いゲラニット峡谷はあまり影響を受けていなかったようで楽だったが、もし土砂崩れなどが起きていたらというのは考えたくもないだろう。
それは山の麓であっても健在で、街は雨音に包まれていた。しかし、決して活気がないという訳ではない。屋根を道先にまで伸ばす特徴のある建築で雨をしのぎ、その下で人の生活が営まれていた。雨が降っている分薄暗く、そのおかげで店などから漏れる明かりが猶更温かく感じられる。行軍中でなければふらりと立ち寄りたくなる心地よさが見て取れた。エリオット達はその街の奥、バステア城へと向かった。
「待て。お前たち、街の者ではないな?何者だ?」
玄関を守るのは二人の屈強な男だった。それぞれが持っていた槍を交差させ、行く手をふさいでくる。エリオットは帝国からの書簡を手渡し、自らが烈風騎士団の団長であると伝えた。すると門番のうちの一人が「うちの団長に取り次いでくる」といって城へと入っていった。その男は二分足らずで戻り、「遠路はるばるよくぞ参った。歓迎しよう」と言った。
城内へと通された彼らはそのまま、会議室へと案内される。どうやらすでに紅蓮騎士団の団長がそこで待っているようだ。
「ここだ。……団長、烈風騎士団を連れてまいりました」
門番の男は中へそう声をかける。
「ああ。入ってくれ」
中から帰ってきたのは老人の声だった。驚きながらも扉を開けるが、中にいたのもやはり老人であった。
「ようこそ、バステアへ。わしはレオン。紅蓮騎士団の団長を務めておる。よろしく頼むぞ」
老人はそう言い、立ち上がってエリオットに握手を求めた。立ち姿を見て初めて分かったが、この老人はただものではない。まずその体格。そんじょそこらの兵士より頑健な体で、あまりにも老いを感じさせない。それに、体に刻まれている幾多もの傷が、彼がどれだけの間戦ってきたかを物語っていた。
「……え、ええ。エリオットです、よろしくお願いします」
「さあ、掛けてくれ」
レオンはすぐさまエリオット達を迎え入れた。
「先に色々話しておかねばな。……まず、こちらの斥候が手に入れた情報だが、王国衛兵隊が出張ってくる噂は真のようだ。どうやら、奴らの隊長であるクバルがリバーニアでの戦いでひどくしでかしたようでな。此度の戦いで戦果を出さねば衛兵隊長を解任されるらしい。それ故、奴は相当躍起になっているようだ。気をつけて当たるといい」
それが本当なら、ゼロスで釣る作戦はうまくいきそうだ。ノクスはひそかに口角を釣り上げた。
「それと、これは頼みなんだが、できれば街を戦いに巻き込まないでほしい。住民の皆をすぐに避難させられるほど、ここは交通に関して融通がきかんのでな」
「ええ、承知しました。もとより、戦場は山中にするつもりでしたので……」
「そうか、感謝する。……もとより、民に罪はないからな。……礼と言っては何だが、城にある備品は勝手に使ってくれて構わない。食べ物は好きに食べていいし、矢や砥石などは入用だろう。そんなに大きな剣を背負った奴もいるようだからな」
レオンは会議室の入り口近くに立っていたゼロスを見て、そう言った。ゼロスは小さく「礼を言う」とだけ返した。
「烈風騎士団と来たことだし、俺たちも出発の用意を始めるとするかね。……じゃあ、お前たちも頑張れよ」
レオンは二度、エリオットの肩を叩くと、高らかに笑いながら会議室を出ていた。まさに豪放磊落が人の形をしている。彼の言葉通り、紅蓮騎士団はあわただしく支度を始めたかと思えば、二時間もしないうちに出立の用意を整え、ゲラニット峡谷へと向かった。
烈風騎士団は城内にあった食料を運び出して馬車へ積むと、街を出て山の麓へ陣を敷き始めた。雨の中、支度は難航したがどうにか終え、エリオットは斥候を走らせた。他の団員には櫓の上から遠くの様子を調べさせるが、雨のせいで見通しが悪い。敵兵全体の姿は確認できても、それらがどのような兵装であるかまでは分からなかった。斥候の帰りを待つしかない。その間、ノクスはセリアと力自慢の団員を連れ、魔封牢を仕掛けに山へと入っていった。エリオットは陣の中央に建てられたテントの中で、斥候とノクス、その両方の帰りを待っていた。
「……敵軍の様子はどうだ?」
「未だ動きはありません。我々が陣を敷いていることに気づいているかすら怪しい所かと」
「悠長だな。……陣の周辺を警戒しろ。すでに向こう側の斥候が紛れているかもしれん」
「了解。……警戒しつつ見張りを続けます」
団員はテントを出て行く。振り続ける雨はテントを打ち付けており、その音から雨の激しさを推し量ることができた。
「この雨の中で戦うのは避けたいところだが、どうしようもなさそうだな……」
「いえ、そうでもありませんわよ、団長様」
雨を厭うエリオットに、エリシアは何か言いたいことがあるようだ。
「私が、雨をすべて凍らせればよろしいのです。そうすれば、雨は降りませんわよ?」
「……できるのか?」
エリシアのあまりに突拍子もない物言いに、エリオットはため息交じりで返す。しかし、ふざけた物言いのように話した彼女の目は真剣そのものだった。
「当然です。それに、これほどの雨……。氷へとすればそれだけでかなりの破壊力を持つ攻撃になるでしょうね。……いかがかしら、開戦の合図としてもいいですし、援護のため隠しておくのもいいでしょう。それは、団長様に任せますわね」
「……あ、ああ。わかった。考えておく」
エリシアからのとんでもない提案を頭にとどめた時、テントの入り口に垂らしていた布が揺らめいた。
「ただいま。無事に魔封牢を仕掛けて来たよ。あとは開戦を待つだけかな」
「戻ったか。……斥候がまだ戻ってこない。ひとまずは彼らが戻ってくるまで……」
エリオットがそう言いかけた時、またもや入り口の幕が揺らめいた。しかし、入ってきたのは帰ってきた斥候ではない。
「団長!お話の所失礼します。敵軍の前進を確認しました。……その先陣には、ウェルたちの姿がありまして……。兎に角、見ていただく方が早いかと。こちらへ」
見張りの当番だった団員はそう言って、エリオットを櫓の上へと連れていき双眼鏡を手渡した。彼の慌て具合に訝し気な顔をしていたエリオットだったが、双眼鏡を覗いた途端、その顔は怒りに塗り替わった。……斥候として敵陣に向かったのはウェルとシーアの二人だ。ちょうどその二人の姿が双眼鏡に映っている。丸太に磔にされた状態で。彼らは気づかれてしまったのだ。そして捕らえられ、辱めを受けている。二人とも鎧は脱がされ、着ていた服もズタズタに引き裂かれており、壮絶な拷問を受けた後だということがよくわかる。
「……総員、出陣用意をせよ。直ちに出撃する」
「……了解」
それからは早かった。五分足らずで支度を終え、出陣の用意が整った。先陣は当初の作戦通り、アイリーン率いる三番隊が務める。
「三番隊、出撃せよ!」
今までほとんど聞くことのなかったエリオットの怒り混じりの声に押され、アイリーンたちは馬を走らせる。彼女らの目的はクバルの挑発と、ウェルたちの救出。やることが一つ増えたが、ゼロスの手にかかれば大したことではなかった。
「仲間は返してもらうぞ!」
先陣から一歩早く呼び出し、敵の先鋒隊に斬りかかる。戦うことよりも辱めを優先するために丸太を抱えていたせいで、碌に戦う用意ができていないせいなのか、まともに抵抗することなく、先鋒隊の内、三割ほどの兵士の首が飛んだ。支えを失って倒れる丸太を何とか受け止め、磔にされていた二人を助け出す。
「おい、大丈夫か!?……体が冷えてる、雨のせいか……。おい、早く来てくれ!」
ゼロスは二人をそれぞれ団員に預け、陣へと戻らせる。これで、目的のうち半分は達成した。あとは、クバルを釣りだすだけだ。しかし、先鋒隊にはクバルの姿はない。大将が先陣を切ることなど滅多にないのだから、当然である。
「……ひとまず、敵の先鋒は蹴散らしてしまいましょうか。クバルを引きずりだすためにも、仲間への仕打ちの仕返しのためにも」
アイリーンも怒りを隠すつもりはないようだ。あそこまで無惨な仕打ちを見て、感情的にならない方がおかしいだろう。
「……『ヴァーミア家の斧』!そして、『獅子の双牙』!」
アイリーンの一撃によって、敵の先鋒隊がほぼ壊滅している。動けるものはすぐに踵を返し、逃げて行った。ゼロスは追撃に出ようとしたが、アイリーンがいさめる。
「待ってください。……彼らは逃がしましょう」
「……敵への情けか?」
「いいえ。私たちの情報を伝達するためです。生き残り、逃げ帰った彼らは必ずクバルにそのことを話すはずです。そうすれば、クバルは進軍の足を速めるでしょう。あるいは、一人だけ先行してこちらへ向かってくるかもしれません。で、あればノクスさんが立てた作戦もうまくいくかと」
「……残念だが、そうはいかねえぞ」
その声は地面から聞こえて来た。どうやら地面に寝ている兵士の一人が意識を取り戻しており、二人の話を聞いていたようだ。
「クバル様は本気だ。リバーニアで誰かに腕を落とされたせいで、いつも殺気立ってる。お前らなんかじゃ相手にならねえさ。……あの『嵐』なら、足止め程度はできるだろうけどな」
ゼロスはその兵士に胸元を踏みつける。
「俺がクバルの腕を落とした。……相手にならないのはお前らの方だ」
呆気に取られている兵士を蹴飛ばして、ゼロスはその場で腕を組んで仁王立ちした。しばらくはここで待機だ。
「クバル様!緊急事態です!」
「ええい騒がしい!何事だ?」
アイリーンたちから命からがら逃げおおせた兵士は、無事に陣地へと戻りクバルがいるテントへと転がり込んだ。
「敵は、紅蓮騎士団ではありません!烈風騎士団です!」
「なんだと!?……な、なぜ奴らがバステアにいるのだ。……まさか、ゼロスも、そこにいるのか?」
クバルの左腕、斬られた痕がうずく。彼はもうその名を聞いただけで拒否反応を起こすようになっていた。
「はい。姿を確認しました。奴は先陣を切り、こちらへ向かってくるかと思われます」
クバルは唸っていた。彼の心には怒りと憎しみが渦巻いている。その中で、クバルはリバーニアから逃げ出した後のことを思い出していた。
――――――
「随分といいようにやられたようですな、クバル隊長殿」
クバルは王城の議場に立っていた。周りには王国を牛耳る大臣が席を連ね、正面には王国騎士なら誰もが忠誠を誓う国王が座っていた。ただ座っているだけで、ただ見つめられているだけですさまじい威圧感が放たれている。リバーニアから戻ったのち、適当な治療を受けるとすぐに議場へと引きずり出され、見たこともない年寄りから嫌味を言われている。しかし、クバルに言い返す権利はなかった。
「……面目もございません」
「リバーニアは取られ、兵士もほぼすべてが死んだ。……大敗ですな。もはや帝国の魔の手はすぐそこまで迫っています。……クバル殿、どう責任を取るおつもりで?」
「……次戦、必ずやご期待にそえる戦果を挙げ、報いたく存じます」
「ふむ……。良い心がけですが、敗将の言葉は信用に足りませんなぁ。それに、衛兵隊長だからと言って、特別扱いするのもいかがなものかと……」
大臣たちは皆、クバルに対して何かしらの処分を下すつもりのようだ。彼に挽回のチャンスを与える気など、毛頭ない。
「やはり、他の敗将と同じように、『廃棄処分』にするしかありませんな。……クバルほどの魔力の持ち主ならば、あれにも耐えられるかもしれませんぞ」
廃棄処分。その内容はよくわからないが、決して表に出せないことであるというのは間違いない。クバルは身を強張らせたが、口だけはつぐんでいた。今の彼には自由に発言できる権利などない。
「……では、多数決といたしましょうか。クバルを『廃棄処分』とすることに賛成の者は挙手を」
議場内にいた大臣連中は全員が手を挙げていた。彼らにとって王国衛兵隊は無駄としか考えられていなかった。莫大な維持費がかかるくせに、他の騎士団のように戦場に出ることもなく、いざ戦場に出れば無様な負けをさらして逃げ帰る。何よりも金を大事に思う大臣連中は、衛兵隊の解散を企んでいた。だからこそ、すべての大臣が賛成の挙手をしているのだ。
「ふむ。賛成多数は火を見るよりも明らかですな。では、クバル・ダーケイン。貴様を……」
「ならぬ」
処分が言い渡される瞬間、待てが入った。全員がその声の出所に振り返り、驚きをあらわにする。クバルの処分に待ったをかけたのは国王だったのだ。
「……クバルよ。お前に今一度機会をやろう。……ここより西、バステア山を制圧せよ。達成された暁には、処分はなしとする。……会議はこれまで。クバルよ、早急に出立せよ」
――――――
「クバル様?いかがされましたか?」
部下はクバルの顔色を窺う。
「どうやら少し、物思いにふけっていたようだ」
「そうですか。……それで、いかがいたしましょう。我々も本隊を出し、奴らを迎え撃ちましょうか。それとも、こちらへと誘い込みましょうか」
クバルは悩まなかった。ゼロスがいると分かった今、取れる戦略は1つしかない。
「今すぐに出陣の用意をせよ。……我々も出るぞ」
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