アダマンテ大陸統一戦争編 第三章
前回のあらすじ
無事チューン城を制圧し、自らの活動拠点を手に入れたゼロスたち。騎士団として形を成すために、人員の増幅を図るが帝国より届いた書簡、「ダゴン山岳地帯の制圧」により、水を差されてしまう。ゼロスはカリンとそのほかたった五名と共にダゴンに赴き、そこを支配下に置いていた翠玉騎士団団長、セリア・タルボニカを撃破し、仲間に迎える。予想外の戦果を手にチューン城への帰路をたどる中、カインとウィルが急報を知らせて来た。
誤字脱字等、ご容赦ください。
チューン城内は静まり返っている。ところどころから火の粉が爆ぜる音が聞こえるが、それ以外には何も聞こえなかった。あまりに静まり返る城内に皆は一抹の不安を抱いていた。
「急いだほうがいいかもな。もうすでに決着がついてしまっているかも知れない」
「でも、急ぐってどこに?どこからも戦ってる音は聞こえてこないけど?」
「……上だ」
チューン城の最上階。そこにはこの城を治める者のために作られた玉座の間がある。敵はまずそこを目指すに違いないとカリンは考えているようだ。
「エリオット達もそこで戦っているはず。私たちもそこへ……」
カリンが目的地を示したその時、天井が何者かの攻撃で破られ、がれきはカリンたちのもとに降り注いだ。土煙の中から、一人の戦士がこちらへ向かってくる。
「……どういう考えかは知らないけど御明察。団長は最上階にいるわ。今頃、中に逃げ込んだ残兵を始末しているでしょうね。……そこには行かせないわ。団長の邪魔をされると困るの」
「誰だ、貴様は!」
「人に名前を聞くときは、自分から名乗るのがマナーではなくって?早く名前を教えて頂戴。私自身の手で、墓標に刻んであげるから」
土煙の中から出て来た女は自信たっぷりに話す。手に武器は持っていない。カリンは女の提案を意に介することなく突き放す。
「人の城を燃やしておいて今さらマナーとは、随分と甘ったれた脳みそをしているようだ。主催の舞踏会で甘味でも食べすぎたんじゃないか?」
「……わかったわ。あなたの墓標は『甘ったれ』にしてあげる!」
女は地面を強く殴りつける。それに呼応するように、地面から鋭く尖った岩が突き出して来た。それは何度も地面から突き出し、カリンたちに襲い掛かった。どこから飛び出すか全くわからない攻撃に、ほとんどの団員は苦戦している。何とか紙一重でかわしているが、もとよりあまり広くもない城内廊下。互いの身体が邪魔で回避ができなくなるのも時間の問題だった。女はその場に膝をつき、右手で地面に触れているだけだ。
「さあ!さっさと貫かれてその無様な死にざまをお天道様に見せてあげると良いわ!」
「あまり調子に乗るなよ!」
ゼロスが飛び込んだ。狭い廊下内で剣は振るうことができないため、格闘術を用いている。ゼロスは未だ体勢を変えようともしない女を拳の射程範囲に収めた。そして、全力で拳をふりぬく。
「フフフッ!あなたは『甘ったれ第二号』にしてあげる!」
地面からいきなり岩の壁が飛び出した。ゼロスは一瞬呆気にとられたが、この程度で止まるほどひ弱ではない。
「邪魔だ!」
振りぬいた拳をそのまま岩の壁に叩きつけた。壁はいともたやすく砕け散る。その先にいたのは、ゼロスと同じように拳を構える女の姿だった。
「『岩の拳』!」
ただ、女はゼロスとは戦い方が違った。誰にも拳が届かない範囲で鋭くアッパーを放つ。ゼロスはそれがどういうことか、すぐに理解した。
「全員ここから離れろ!今すぐだ!」
ゼロスの警告は遅かった。地中から現れた巨大な岩の拳が床を貫き、ゼロスたちを襲う。それは天井を貫き、とてつもない破壊力を示した。その破壊音につられたのか、紅玉騎士団の団員が続々と集まってくる。戦闘力はそれほどでもないが、数が多いというのはそれだけで厄介だ。
「チッ、鬱陶しいな。……ノクス、お前の魔法で一気にどこかへ流してくれないか?」
「ああ、わかった。……『押し寄せる波』!」
ノクスの足元から水が湧き出ている。それは次第に勢いを増し、いつの間にか膝下まで浸水していた。ノクスが右腕を動かすと、湧き出た水がそれに従うように流れ出す。小さな水面の揺れが大きな波へと変わり、雑兵たちは一網打尽に流されていく。その光景を眺めていた女はとっさに岩の壁を築き、流される部下たちを救った。
「全く、手のかかる部下だこと」
女はそう言うと、連続で岩の壁を作り上げ、ゼロスとカリンたちを遮断してしまった。
「なっ……。ゼロス!そっちは無事か!?」
「なんともない!俺はこいつを何とかする!」
「……わかった。死ぬなよ!」
「お仲間との別れの挨拶は十分かしら?……死になさい!」
岩の壁越しにカリンと会話をしていたゼロスのもとに、岩の弾丸が降り注ぐ。ゼロスは驚くこともなく、乱打で岩の弾丸すべてを砕く。傷を負っていないが土の埃に塗れたゼロスを見て、女は問いかける。
「どう?土塊の味は?」
「……甘いな」
ゼロスは一気に距離を詰め、鋭い蹴りを放った。女はそれを腕で防御するが、ダメージは和らげることができても、伝わる衝撃は変わらない。ゼロスの蹴りを受け止めた女は勢いそのまま壁に叩きつけられた。女は壁にめり込んだが自力で這いずり出て来た。
「……なかなかやるようね。……私はアイガ・グンド。あなたの名前は?」
「ゼロス。家名はない」
「ゼロスね……。あなた、うちに来ない?私と対等に戦えるならそれなりの地位につけるわよ」
「断る。……王国の連中は金払いが悪い」
「金のため?……まあ、家名がないのなら仕方ないかしらね。自らの信念のために戦うという誇りを持たない人は、うちの騎士団にはいらないの」
やれやれと首を横に振るアイガは、ゼロスが目の前まで迫っているのに気づかなかった。そのため、ゼロスからの強烈なボディブローを防ぎきれず、拳をもろに腹へともらった。ゼロスが力の限り拳をふりぬくと、アイガはまたもや弾き飛ばされ、壁へと叩きつけられた。アイガは2、3度せき込み、めり込んだ岩の中から這い出ると怒りを露わにした。
「……まさか奇襲とは。さすが単名、誇りなんか何もないのね。そんな者が騎士団だなんて、帝国はずいぶんと人手不足のようね」
「その単名にやりたい放題されているくせに、まだ誇りを感じているのか?……やはりお前は『甘ったれ』だ。そんな甘ったれに一つ教えてやる。……戦場に誇りはいらん。勝つか負けるかだ」
「いいえ、少し違うわね。……誇りを持つ者こそが勝利を飾る!これが、戦場の鉄則!誇りも持たぬものに私は負けない。……見せてあげるわ、私の本気。……『土塊の咆哮』!」
大地が震える。魔力の奔流が、ひび割れた大地からあふれ出ている。それは光となり、ゼロスを包み込む。次の瞬間、その光は凄絶な衝撃へと変わった。あまりの魔力の流れに、周囲一体がこの光の威力に震える。アイガは勝ち誇ったように笑っていた。
「フフフッ!この技を受けてまだ動ける者なんて滅多にいないわ!うちの団長クラスなら普通に動けるかもしれないけど、単名のあなたなんかが……」
「……だからてめえは『甘ったれ』なんだよ!」
その瞬間、ゼロスの拳が彼女の顔面に叩きこまれた。油断していたアイガはそれをもろに食らい、三度壁に叩きつけられる。自分の大技が突破されたことへの困惑と、顔面を殴られた衝撃で彼女は何も考えられていない。ただ、岩の中は狭かった。それだけを考えて這い出ようとしたところ、腹に一発、拳がねじ込まれた。その痛みで、彼女は自分の敗北を悟り意識を手放した。彼女の敗北を象徴するかのように、岩壁にはゼロスの手で大穴が開けられていた。
「ゼロスは何とか無事らしい。私たちはこちらをどうにかするぞ!」
カリンたちはアイガが使った魔法のせいで、岩の壁に敵兵と共に閉じ込められていた。数は同等だが雑兵のみ。苦戦することなど万が一もあり得ない。カリンが右手に炎を宿すと、それにこたえるようにノクスは目の前で水を球体にまとめ始める。それが人の頭と同じ大きさになると、ノクスはそれを敵に向け放り出した。ゆっくりと宙を舞う水の球体に、殺傷能力はあるようには見えない。一体これから何が起きるのか、敵兵たちは怪訝な顔でそれを眺めていた。
そこへ右手に炎を宿したカリンが走りこんでくる。彼女は敵兵を狙おうとはせず、ノクスが放った水球へと、燃え盛る炎を叩きつける。敵の眼前で、炎と水が混ざり合う。水球は一瞬で膨張し、弾けた。真正面で爆発を受けた彼らはとてつもない高温の水蒸気に身を蒸し焼きにされ、一人残らずその場に倒れた。
「……まあ、こんなものか」
「他愛ないな、所詮は雑兵か。……ノクス、もう一度だ。次はこの岩壁を破壊するぞ」
この場から脱出するためカリンがもう一度手に炎を宿した時、鼓膜を破るほどの轟音が鳴り響いた。カリンたちの目の前に雷が落ちたのだ。
「よくも俺の大事な仲間をやってくれたな……。ちょうどいいリングもある、てめえらはここで終わりだぁ!」
雷と共に振ってきた男は仲間をやられた怒りを露わに、カリンたちに凄んだ。彼の身体中から雷があふれ出ている。彼はアイガのようにカリンたちへ名前を尋ねることはしなかった。ただ自分の怒りの赴くまま、魔力を高め続けている。
「てめえらに慈悲なんか必要ねえ!一撃でバラバラにしてやるぜ!」
男は両手を前に出し構えた。まるで珠を包み込むように構えた手には雷がほとばしる。雷は次第に彼の手元へと集まり、雷の力がため込まれた珠へと変わっていく。その珠が構えた手からあふれた時、それが技を発動する合図だった。
「喰らえ!……『破滅の雷』!」
男の手元で蓄えられた雷はまばゆい光を放ち、一直線に放たれた。カリンとノクスはそれを一息でかわし、その後方にいた団員たちもぎりぎりそれを躱す。だが、それだけでは終わらなかった。
「本番はここからだ。精々あがいてみやがれ!」
男は構えていた手を天へと向け、構えを解いた。それに従い、一本しかなかった雷の光線が、二本三本と分裂していく。それは岩壁に囲まれた空間を埋め尽くすほどに分裂し、回避の余裕を徹底的につぶしている。
「……クソッ!」
「不味いっ」
無数に分裂した雷にカリンたちは皆、貫かれてしまった。分裂したせいかそこまで致命傷となるほどの威力ではなかったことだけが救いだが、体が痺れて起き上がることすら難しい。力を入れようにも体の中に残った雷の魔力が体に苦痛を走らせる。
「無様なもんだ。リカルドもこんな奴らに負けやがって……。団長には今一度、訓練内容を考え直してもらわなきゃな。まあ、それは後にしよう。今は……てめえらだ。やられた仲間の恨み、今ここで晴らさせてもらう!……覚悟しろ」
男の身体には今まで以上の雷がほとばしり始める。『覚悟』というだけあって、彼も本気のようだ。
「くっ……。体が、少しでも動けば……」
「体、動いてくれ。……頼む」
まだ意識を保っているカリンとノクスでさえ、攻撃の余波が未だに体を蝕んでおり、起き上がれないでいた。
「苦しいだろう?……今、楽にしてやる!地獄から詫び続けろ!……『断罪の……」
男がとどめを刺そうとしたとき、上からとあるモノが降ってきた。いきなり降ってきたモノに驚き、彼は攻撃を止めてしまう。それは、鉄塊だった。振ってきた鉄塊はいきなり形を変え、男へと襲い掛かる。男は素早く後退すると、鉄塊へ声をかけた。
「なっ!てめえ、何しやがる!……裏切ったのか!?オルコス!」
上から降ってきた鉄塊はオルコスだった。彼はまさに問答無用といった様子で男へ向かっていく。
「おい、オルコス!絆されたか!?」
「……俺は烈風騎士団の一員、オルコスだ。目の前に敵がいれば、全力で殲滅する。それだけだ」
「……操られてんのか!?帝国の野郎ども汚ねえぞ。……オルコス、今助けてやるからな。少しの間我慢しててくれよ」
何やら勘違いをしているようだが、男はオルコスと戦う決心をしたようだ。
「『震天撃』!」
「『鋼化・蜻蛉切り』!」
互いの技がぶつかり合う。実力が拮抗している彼らは、一歩も譲らぬ戦いを繰り広げた。
「軽いぞギラード!その程度では俺に勝てん!」
オルコスは相手の男をギラードと呼んだ。先ほどまでの男の言い分を見るに、どうやら二人は知り合いらしい。ギラードと呼ばれた男は、体へ与えられているダメージを隠しきれていない。互いにガードせず、真正面からの殴り合い。図らずも観戦していたカリンとノクスはオルコスの勝利を確信していた。鉄と生身だ。鉄が勝つにきまっている。その証拠にギラードはじりじりと壁際に押し込まれており、もはや後退すらできなくなっていた。
「『鋼化・鉄杭』!」
オルコスは何本もの鉄の杭を打ち出した。それは壁に追い込まれたギラードの身体ギリギリをかすめ、壁に突き刺さった。ギラードの身体をなぞるように放たれた鉄杭は、彼の動きを奪うのに非常に効果的だった。杭を打ち込まれたギラードは壁に磔にされていたのだった。
「……腕をあげたな、オルコス。まさかお前がここまでやるとはな」
「負けを認めて、撤退してくれ。敵とはいえかつての友人を手に掛けたくはない」
「それは、俺が決めることじゃねえ。団長のダリウスが決めることさ」
団長の名を聞いたカリンは思い出したかのように起き上がり、ギラードへと問い詰める。
「団長……。エリオットは無事なのか!?」
「エリオット?誰だか知らないが、お前らの団長か?……もしそうなら、もう死んでるかもな。ダリウスを前にして生き延びられる奴なんてそうはいない。悪いが諦めな」
「……貴様!」
カリンはギラードへ食って掛かるが、ノクスがそれを制止する。
「やめろ!怒りに身を任せるな。……まだエリオットが本当にやられたかどうかは分からない。死んだと決めつけるのは早い」
「……わかった、すまない」
カリンはどうにか頭を冷やしたようだ。その一部始終を持ちどけたオルコスはギラードへと向き直る。
「さて……。お前の処分はどうしたものか」
「何言ってんだ。俺はまだやれるぜ?……『超過放電』!」
その瞬間、ギラードの身体から超高圧の電流が放たれた。鉄杭はすべて吹き飛ばされ、ギラードは体に電気をまとわせ始めている。
「……さあ!第二ラウンドだ!」
ギラードが全身から稲妻を迸らせながら吠える。カリン・ノクス・オルコスの三人はすぐさま構えを取った。先ほどまではオルコスが圧倒していたものの、その時を簡単に上回る魔力がギラードの身体からあふれている。今度という今度は本気とでも言いたいのか。
「さっきまでのは仕事用。こっからは団長に禁止された本気モードだ!」
ギラードの魔力はさらに勢いを増していく。彼が体から放つ電流は大気に拡散し、場の空気すべてがわずかな電気を帯び始めている。つまり、雷を操る彼にとってこの空間はすべてが自分の物と変わらない。
「さあ!景気づけの一発、受けてみやがれ!……『轟天撃』!」
ギラードの拳に大気中に拡散していた電気が集う。奴はそれを一息で放つつもりだ。今まで以上の威力が想定されるであろう一撃は、カリンたちにたやすく命の危機を覚えさせる。だが、彼らに退くという選択肢はない。できることは奴を正面から迎え撃つことだけだった。
「『超鋼化・鬼人』!そして……『鋼槍連舞・白金』!」
ギラードの一撃に、それぞれが全力で迎え撃つ。オルコスが正面に立ち、ギラードの猛攻を『超鋼化・鬼人』で凌ぐ。オルコスは鬼人化により鋼鉄の腕を背中から生やしているが、その状態ですらギラードの猛攻を凌ぐことしかできず、攻勢には転じられていない。その上、ギラードは笑っていた。団長からの言いつけを破ったことへの興奮か、はたまた凄まじい力で相手を圧倒していることへの快感かは定かではない。しかし、鬼人化したオルコスが正面からの殴り合いで押されているのも事実。カリンはオルコスを助けるため、自らが使える中でもっとも威力の高い魔法を繰り出す。
「はああああ……。『クリムゾン・ノヴァ』!」
一点に集約した火種を一気に爆発させる単純な技。だが、単純なだけあり下手な小細工がない分、高火力である。ギラードの身体を中心とした爆発は空気が震えるほどの衝撃を生み、周りを囲んでいた岩壁にひびを入れるほどだ。しかしギラードは止まらない。全身に火傷を負ってなお、戦いをやめようとせず、オルコスへと向かっていく。オルコスはすでに鬼人化が解けており、満身創痍だ。
「いい加減倒れろ!『水模倣・昇龍瀑』!」
ノクスの魔法によって湧き出た水がギラードの足をからめとる。多少バランスを失う程度だがこれだけで止まるような男ではない。それに、水と電気は相性が悪い。
「馬鹿め!俺の前で水の魔法なんぞ使いやがって!そのまま痺れさせてやる!」
ギラードが全身から稲妻をほとばしらせる。このままでは水を媒体として稲妻がそこら中に拡散することになる。これまでとはレベルが違う魔力の放電、受ければひとたまりもないだろう。しかしそこへオルコスが飛び出し、ギラードの首を鷲掴みにした。
「……やってみろ。このままお前の首を締めあげてやる」
オルコスは自らの右手を万力に変化させ、ギラードの首を締めあげる。その痛みと同時に奴が発する稲妻の威力も増していく。真正面でまともに受けて耐えられるようなものではない。だが、オルコスは止めなかった。勝利のため、仲間を守るため。自分が戦うべき理由が変わった今でもそれは変わらなかった。
オルコスの覚悟に答えるようにノクスが放った魔法が勢いを強めていく。足をとらえるだけだった水は腰までを沈める水流となり、それは次第に上半身をも包み込む渦へと姿を変えていく。水渦はギラードの放つ稲妻すら抑え込み始めていた。
「クソッ!俺の雷が通用しないだと!?」
「……当たり前だ。俺がすべて逃がしているんだからな」
渦の外から、オルコスがそうつぶやいた。オルコスはまだ右手をギラードの首にかけている。しかしすでに万力の形は解いており、首輪へと変えていた。その代わりのように左手を地面に突き刺している。
「忘れたかギラード。俺は鉄だ、電気を通す。地面に刺さった俺の左手が電気の逃げ道になっている」
「ええい、オルコス!離せっ!」
ギラードがオルコスの首輪の中で藻掻く中、渦の勢いはさらに強まっていく。ついに水がギラードすべてを包み込んだ。
「オルコス!もう十分だ!」
ノクスからの声でオルコスが手を放す。その瞬間渦の中から猛烈な稲妻が走り始めている。しかし、機は熟していた。周囲はいつの間にかノクスが生み出した水が大きな瀑布を作り上げていた。
「昇れえええ!」
ノクスの絞り出したような声が響く。水渦はギラードを飲み込んだままノクスが作った瀑布へと向かっていく。そしてその二つはぶつかり合った。猛烈な滝の勢いに打たれるギラードはいったいどれほどダメージを受けているのか定かではない。水の渦に閉じ込めた相手を無理やり大瀑布に打たせる。ノクスの技はこれだけではない。ギラードを包んでいた渦が形を変えていく。それは鯉だった。鯉は滝の流れに逆らい上へと昇っていく。それは周りの水をまきこみ、徐々に姿を変えていく。滝を昇りきった時、鯉は龍へと姿を変えていた。水の牢獄から囚われたギラードが放り出されたように宙を舞う。そこへ、カリンがとどめを刺すために飛び上がった。
「これで終わりだ!『ブレイジング・ハンマー』!」
炎を宿した右手をギラードの腹目掛けて叩き込む。それはまさに流星がごとく、アイガが作り上げた岩壁に衝突し、貫いた。限界まで力を出し切った三人の前には岩壁に空いた巨大な穴と、がれきにもたれて動かなくなったギラードがいた。
「だからてめえは甘ったれなんだよ!」
その声と共に、カリンたちの後ろにある岩壁が破壊される。彼女たちの近くにはアイガが転がってきた。
「……みんな無事か?」
岩壁に開けられた穴からゼロスが声をかける。彼は見たところ傷を負っていないようだった。
「ああ、ギリギリな。オルコスが助けに来てくれなかったら危なかった」
疲れからか仰向けに寝転がりながらカリンはそう言う。地面に座り込んでいるノクスも「全くだ」とうなずいている。同じく座り込んでいたオルコスは大げさに首を横に振った。
「やめてくれ、団員として当然のことをしただけだ。……それよりも、ゼロス。お前はなんともないのか?」
「ああ。多少土埃をつけられたが、その程度だ。大した奴じゃない。……だが、お前らは相当手こずったようだな。ネリアたちもダウンか」
「訓練が足りないようだな……。ゼロス、すまないがエリオットの所へは私たちを置いて行ってくれ。碌に歩けん」
「言われなくても。そんなボロボロな奴を危ない場所へ連れて行く趣味はない。……セリア達もここに残っていけ」
ゼロスは振り返り、自分の後ろにいた彼らへそう伝えた。
「待ってくれ、俺はまだ戦える」
「ああ、俺だってそうだ」
カインとウィルが猛反発するが、それすらゼロスの予想の範疇だ。
「わかってる。だから、ここに残る奴らを守ってほしい。……今ここでまともに戦えるのは俺とアイオス、それにお前らとセリア。この中でダリウスに勝てる確率が一番高いのは誰だ?」
「……わかった。俺たちじゃ足手まといだな」
「違う。騎士の本分は守ることだ。俺はお前らを信じてそれを任せる。足手まといなら、ずっと連れ歩いて面倒見てやるさ。……できるな?」
騎士となって初めての仕事、それも副隊長から直々に、任せられる仕事。カインとウィルの二人は意を決して口を開いた。
「……了解」
「アイオス、先輩として見張っておいてくれ。セリア、お前はあまり無茶するなよ。こんなところじゃ碌に植物の魔法は使えんだろう」
「わかりました、ゼロス副隊長」
「……わかっている、余計なお世話だ」
アイオスは正直に、セリアはそっぽをそむきながらも返事をする。それを確かめたゼロスは彼らへと背を向けた。
「それじゃ、行ってくる。早くいかないとエリオットが危ないだろうからな」
そう言って、ゼロスは上の階を目指して駆け出した。その背中をカリンたちは心配そうに眺めていた。
「……ダリウスか、一体どれほどの実力者なのか……。セリア、何か知らないか?」
ゼロスがこれから相対するであろうダリウス。彼がどのような人物なのか気になってしょうがないカリンはセリアに問いかけた。
「……彼は『炎の主』と呼ばれている。王国内でも一、二位を争うほどの炎魔法の使い手だ」
「『炎の主』?そう言えば、先ほどのリカルドだったか。あいつは『風の主』だったな」
「ああ。紅玉騎士団のトップ五人はそれぞれ『主』の二つ名をもらっている。向こうで転がっているギラードは『雷の主』、ここで伸びているアイガは『岩の主』だな」
セリアから紅玉騎士団の構成を聞いていた時、ノクスが何かに気づいたようだ。
「ちょっと待て。トップ五人ってさっき言ったろ。あと一人は誰だ?」
「……紅玉騎士団のナンバーツーにして、王国でもっとも冷酷な女。人呼んで『氷の主』、エリシア。……エリシア・スノーベル」
「あと少しか。エリオット達は無事なんだろうか」
ゼロスは階段を駆け上がりながら、独り言をつぶやいた。ダリウスの実力は未知数だ。だが、城内がここまで静まり返っているということを考えると、どうしても最悪の事態というのを想定してしまう。その考えが首をもたげる度、ゼロスは首を横に振ってかき消す。今、余計なことを考えている暇はない。考えるべきはダリウスをどうにかすること、それだけだ。そう心を決め最上階へと乗り込んだゼロスは異常な光景を目にする。
「……なんだよ、これ。凍ってやがる……」
チューン城最上階は氷に包まれていた。廊下の床や壁、窓や部屋の扉にいたるまで凍り付いており、まるでここだけ冬にでもなってしまったかのようだ。
「……とにかく、今は急いだほうがいいな。氷なんぞに構ってる暇はない」
ゼロスは凍った床に一歩踏み出した。当然というべきだがよく滑る。ゼロスは窓の縁に手をかけ、推進力として氷の上を滑っていく方法をとった。ゼロスが目指したのは最上階中央にある巨大な扉。そこが玉座の間だ。もしエリオット達がいるとすればそこにいる可能性が高い。曲がり角を曲がれば玉座の間はすぐそこの、はずだった。玉座の間へと続く扉の前には巨大な氷塊が鎮座しており、扉をふさいでいる。そしてそのさらに前、氷塊を守るように一人の女が立っていた。その近くには見覚えのある者が倒れていた。
「……!アイリーン!」
「……あら、まだ戦えるのが残っていたようね」
「どけっ!」
ゼロスは何かをしゃべっていた女を殴り飛ばし、床に倒れこむアイリーンへと駆け寄る。
「アイリーン、無事か!?」
体は冷えている。だが、体内にはまだ魔力が流れていることを感じられる。どうやらまだ生きているようだ。冷えているのは周りの氷のせいだろう。このままでは体ごと凍り付いてしまうに違いない。ゼロスはアイリーンの手を握り、魔力を流し込み始めた。魔力を流し込み始めてすぐ、アイリーンが反応を見せる。
「……ゼ、ゼロスさん。助けに、来てくれたんですね……」
「無事でよかった。……待っててくれ、すぐに片づける」
ゼロスはアイリーンの意識が戻ったことを確認すると、自らの外套を脱ぎ、アイリーンにかぶせた。ゼロスに殴り飛ばされた女はそれを見て笑う。
「あら、よろしいの?この光景を見て、私がどんな魔法を使えるか、それなりに予想はできるのではなくて?そのうえで、防寒着を脱ごうだなんて、随分と舐められたものですわね」
ゼロスにとって、それは戯言と変わらなかった。その場で剣を抜き、一度強く縦に振る。剣が放った衝撃波はいともたやすく周りを覆っていた氷を砕いた。
「……ふむ。それなりにできるようですね。ですが、その程度で団長に勝てるとは思わぬことです」
「……良くしゃべる!」
ゼロスは一息に懐へと飛び込み、大剣を振り上げた。女は間一髪で刃から逃れたようだが、ゼロスの剣戟から放たれる衝撃波からは逃れられない。女はそれをもろに受け、廊下突き当りの壁へと強く叩きつけられた。
「かはっ……」
あまりの衝撃に女はたまらず息が止まる。すぐさま呼吸を取り戻したが、それすらゼロスの前では遅かった。
「お前にかける時間も惜しい。……終わりだ」
右上から左下に、剣が振り下ろされる。間合いは十分、このまま邪魔が入らなければ確実に女の息の根を止められる。だが、ゼロスは予期していた。邪魔は入るということを。刃がぶつかり合う音と共に、ゼロスの剣が止められる。剣を止めたのは、二振りの槍。
「……ダリウス団長、申し訳ございません。お手を煩わせてしまいましたわ」
「謝るなエリシア。我ら紅玉騎士団、助け合いこそが信条。……それにしてもこの男、とてつもないな」
ゼロスの剣を止めに入ったのは紅玉騎士団団長、ダリウスだった。ゼロスとエリシアの間に素早く割って入り、二振りの槍で受け止めている。軽口をたたき続けてはいるが、その顔には冷や汗が浮かんでいた。それはおそらく自分の目の前にいる鬼神に恐怖したがゆえのものだろう。ダリウスは自らが感じている恐怖を分かち合おうとした。
「お前、俺が怖くないのか?……王国で最強と謳われた騎士団の団長。それが俺だ」
「……『戦場ではすべてを恐れるべきだ』。怖くないものなんかない」
「その言葉……。良い師範に稽古をつけてもらっていたようだな」
ダリウスは力の限りゼロスの剣を押し返すと、左足で蹴りを放った。同時に、重心を右足にずらし体をひねることでゼロスの剣を受け流している。だが、小手先の技など『嵐』には通じない。右手でダリウスの蹴りをつかみ取り、そのままダリウスの身体を振り回して壁へ叩きつけた。壁は砕け、ダリウスは部屋へと転がり込む。ゼロスは追撃をしようと踏み込んだが、その場から動けなかった。
「……これは、氷か」
がれきにもたれかかっていたエリシアは、床に両手をついていた。その部分からじわじわと床が凍っていたのだ。今や床一面は氷となり、ゼロスの足をからめとっていた。
「ダリウス団長、今です!」
エリシアの声にこたえるように壁ごと部屋に叩きこまれたダリウスが起き上がる。そして土煙とがれきの中から炎をまとい飛び出した。
「卑怯とは言うまいな!これも戦場の常よ!」
足は凍っていても腕は動く。ゼロスは突き出された槍を軽くはじいた。しかし、ダリウスが持つ槍はもうひと振りある。右が弾かれれば左を、左が弾かれれば右を。手数で言えばゼロスの倍。いくらゼロスが『嵐』で名を馳せたとはいえ、その場から動かずに二振りの槍撃をいなすのは難しいことだった。その上。
「『アイシクル・ダート』!」
背後からエリシアの攻撃もどうにかせねばならなかった。苛烈な攻撃の中、足にまとわりついている氷を砕くのは難しい。それを繰り返しているうち、ついにゼロスの防御に穴が開いてしまった。
「……もらったぁ!」
ダリウスがここぞとばかりに槍を突き出す。ゼロスの剣はエリシアからの攻撃によって弾かれており、確実に間に合わない。炎をまとった槍に貫かれてしまえばただでは済まない。ゼロスは槍を睨むことしかできなかった。あと少しで切っ先が体に届く。その時、槍が弾かれた。
「……悪い、待たせたな、ゼロス」
「エリオット。……無事だったか」
「ふん!」
聞き覚えのある掛け声とともに、床に広がっていた氷がすべて砕かれる。一気に氷を砕いた人物、それはあの男だった。
「コルニッツォ。……助かった、ありがとう」
「……間に合って、よかった」
ゼロス側の助っ人にダリウスは呆れたようにため息をつく。
「はあ……。まだやるってのか?お前はさっき俺に負けただろ?」
「さてな。兎に角、俺はまだ死んでない。何時間やっても俺のことを殺しきれなかったくせに勝ったつもりか?」
「……今度は殺しきる。文句ないだろ?」
ダリウスは口角を釣り上げる。彼は自分の強さには絶対の自信がある、それを見越したエリオットは槍をはじき返すと一歩飛び退いた。
「残念だが、お前の相手は俺じゃない。……ゼロス、任せた!」
ゼロスは口で返事をしなかった。ただ剣をダリウスに向け、態度で示す。
「勝てない相手とはやらない。それが俺の鉄則でね。……俺の相手はお前だ雪女。逃げるなよ。……コルニッツォ、アイリーンを頼む」
「わかった」
コルニッツォは素早くアイリーンを抱えて下へと降りていく。それを逃がすまいとダリウスが飛びかかるが、またもやゼロスに足を掴まれ、床に叩きつけられていた。
「一度ならず二度までも……。わかった、あの男の言いなりになるのは癪だが、まずはお前から片付けてやる。あの言い分だと、お前らの中で一番強いのは、お前だろ?なら、お前さえ片付ければあとは楽勝だ」
「……なら、無理だな。お前に俺は倒せん」
「面白い。……エリシア!手出しはするなよ。エリオットに集中しろ。手負いとはいえ仮にも団長、まだそれなりに戦えるだろう」
ダリウスの忠告は届いていない。すでにエリシアはエリオットと剣を交えていたからだ。それを目に収めたダリウスはゼロスへと向き直る。
「さて、始めようか。……先制はお前にくれてやる。強者としてのハンデだ」
「……後悔するなよ」
そう言うと、ゼロスは剣を背中に収めた。体勢を低くし、右手を背中に背負った剣に添えている。彼の周りには魔力が渦巻いていた。ダリウスは何も言わず、防御の構えをとる。先ほどから感じていた違和感がここで確信へと変わったのだ。
「……まともじゃねえ」
周囲は震えていた。何者かによる攻撃によってではない。ゼロスが魔力を高めているだけだ。それだけで周辺は震え、床や壁にひび割れが起きる。ゼロスの周りに散らばっていた小さな破片も彼が練り上げている魔力を受け、宙に浮き始めている。……これは、ダリウスが厳しい訓練の果てにたどり着いた魔導士の境地だった。彼の顔に冷や汗がにじむ。それは顔を流れ、顎から滴った。その瞬間。
「『壊刀嵐魔』!」
剣に添えられていた右手が動いた。剣の柄を握りしめ、高めた魔力を乗せ力の限り床に叩きつけられる。もとより刃で相手を切りつけるなどという技ではない。剣を振るうことにより生じた衝撃波、それをもって相手を破壊する技である。それは生半可な防御では生き残れない。
「……!クソッ!『炎の鎧』!」
ダリウスはとっさに防御の魔法を発動する。もともと防御を構えていただけあってその発動に不足はなかった。だが、『壊刀嵐魔』は次元が違った。すべてを破壊したのだ。チューン城の最上階。その一角を吹き飛ばし、その場にあったがれきをすべて消し去り、その場にいたものはすべからく地上に真っ逆さまであった。凄まじい衝撃と共に宙に放り出されたダリウスは気を失っていた。しかし、すぐさま意識を取り戻す。
自らの炎をジェット噴射に活用し、安全に地上へ降りる算段だった。上を見上げると、自らの足元に氷の床を作りながら滑っているエリシアの姿がある。どうやら彼女も無事らしい。ダリウスの下にいたエリオットは風を体にまとわせ、ゆっくりと降下している。残るはゼロスのみだが、はたして。ダリウスはゼロスによって破壊された箇所を見上げた。
「……あいつ、まだそこにいるのか」
ゼロスはそこからダリウスを見下ろしていた。ダリウスとゼロスの目が合ったその瞬間、ゼロスは跳んだ。
「は!?あいつ正気か!?」
ゼロスの目はダリウスをとらえている。ゼロスは重力に身を任せながら剣を構えた。どうやら空でも戦うつもりらしい。
「まともじゃねえ!……クソッ!」
体重と重力も合わさったゼロスの一振りを、二振りの槍で受け止める。体中に痛みが走る。先ほどの防御魔法では軽減しきれていなかったのだ。一見すると五体満足のようではあったが、その実体内に相当のダメージが残っていた。ゼロスの剣を受け止めきれなかったダリウスは高速で地面へと向かっていく。ダリウスが出している炎ではこの勢いを抑えられない。
「このまま地面に叩きつけてやる!」
「……調子に乗るのもここまでだ!」
突如、ダリウスの力が増した。受け止めていた槍の角度を変えてゼロスの剣を受け流し、体勢を崩したゼロスに蹴りを入れ、地面へと落とした。ものすごい落下音にカリンたちも反応し、様子を見に来てしまう。
「ゼロス!?なぜここにいる、ダリウスはどうした?」
ゼロスに答える必要はなかった。ダリウスがゼロスのもとへと飛び込み、槍の乱撃を見舞う。先ほどよりもスピード・パワー共に増しておりこれをいなすだけでも精いっぱいだ。続いてエリオット、最後にエリシアが地上へと降り立った。
「団長!……あれは、『氷の主』か!」
カリンたちはどうしても援護に出たかった。だが、応急処置を済ませた程度で、体力・魔力共に十分に回復していない。彼らはエリオットとゼロスが戦っているのを見ていることしかできない。
「どうしたゼロス!さっきまでの威勢はどこに行った!てめえはただの一発屋か!?」
ダリウスは歩きながら、次々に攻撃を繰り出す。ゼロスはそれを必死に弾いているが、飛び散った火の粉がゼロスを無傷ではいさせない。じりじりと追い込まれ、ついには背に壁を背負ってしまった。ダリウスは攻撃の手を止め、ゼロスに語り掛ける。
「もういい。……ひれ伏せ。許しを乞え。ただ一度だけとはいえ、この俺を恐れさせた。……俺の騎士団に入れてやる。お前なら、分隊の隊長を任せてやってもいい。……さあ、剣をしまえ」
エリオットとエリシアは戦いを止め、事の成り行きを眺めていた。皆の注目が集まる中、ゼロスはゆっくりと剣をしまう。
「そうだ、それでいい。……さあ、俺の手を取れ」
ダリウスは右手に持っていた槍を地面に突き刺し、空いた右手をゼロスへと差し出した。ゼロスはそれを見つめている。
「だ、駄目……」
そうつぶやいたのはアイリーンだった。コルニッツォによって運ばれ、応急処置を受けて寝かされていたアイリーンがうわごとのようにぼやいている。その声は離れたところにいるゼロスには聞こえるはずはない。だが。
「……笑わせるな」
ゼロスは左手でダリウスの右手をはじき、右手でダリウスの顔面に拳を叩き込んだ。ダリウスは抵抗する暇もなく、軽く宙を舞ったのち地面に背中から倒れこんだ。
「俺は、エリオットに誘われて仲間になった。……初めてできた対等な関係を簡単に捨てられるほど、俺は馬鹿じゃない」
その言葉を聞いたダリウスはゆっくりと起き上がってきた。彼の顔は、なぜか誇らしげだった。
「……それでこそ戦士だ。これですぐにでも俺の手を取っていたら、お前の身体を燃やし尽くすつもりだったぜ。……さあ、仕切り直しと行こうか」
ダリウスは右手を掲げる。それに呼応するように地面に突き立てられていた槍が浮かび、彼の手へと収まる。彼は槍の穂先を斜め下に向けるように開いて構えた。その姿には自信があふれている。一方のゼロスは背中に背負っていた剣に右手を添えた。
「ハッ!」
ダリウスが駆け出した。それに応えるようにゼロスも飛び出す。槍が突きだされる。ゼロスは横に転がって躱し、ダリウスの足を払うように剣を水平に振った。ダリウスはとんで躱す。ゼロスは右から左まで振り切った剣を返し、右斜め上に立ち上がりながら斬り上げた。ダリウスはとっさに槍で防御するが、宙に浮いた状態ではうまく衝撃をいなせない。強く弾かれ、壁へと吹き飛ばされる。
「……これで、三回目だな。お前が俺を叩きつけるのは」
ダリウスの言葉を無視するように、ゼロスは飛び込んだ。そして未だ壁から抜け出せないでいるダリウス目掛けて渾身の突きを放つ。ダリウスはその場で爆発を起こし、間一髪でその場から離脱した。空を飛んで距離を離そうとするダリウスを、ゼロスは逃がさない。その場から駆け出したかと思えば、大剣を地面に突き立てる。そのまま棒高跳びの要領で空に飛び出し、飛び出した勢いのまま抜いた剣を振り下ろす。
「冗談だろ!?」
「次は地面に叩きつけてやる!」
ゼロスの言葉通り、ダリウスは地面へと叩きつけられた。その衝撃は地面を揺らし、戦いのすさまじさを見てるだけの者にも教える。
「うーん、ここは……」
その揺れが原因なのか、アイリーンの意識が戻った。近くにいた近くにいたコルニッツォは姉の意識が戻ったことを喜ぶ。
「起きたか、姉さん」
「コル……。ここは……?」
「チューン城の一階。副団長もいるところだ」
「……そうだ、ゼロスさんはどこ?」
「すぐそこで戦ってる。相手はダリウス、紅玉騎士団の団長だ。……戦況は、どうだろう。五分と言っていいのか……」
その言葉を聞いたアイリーンは何も言わず、ただ胸の前で指を組んで祈り始めた。
「……姉さん?」
どうやらアイリーンは眠ったようだ。コルニッツォは彼女の身体にかかっていた男物の外套をかけなおし、ゼロスたちの戦いに目を向けた。
戦況は佳境に入っていた。
「うおおお!『千朱万紅』!」
ダリウスが炎の魔力で作られた槍を何本も操り、ゼロスを襲っている。
「……『豪渦剣嵐』!」
ゼロスも全力を振り絞り、それらすべてを退けつつ剣圧を飛ばして、相手を切り刻んでいる。ゼロスの身体には大量のやけどと切り傷。ダリウスに体にはそれと同等の切り傷に、何度も叩きつけられたことによる骨折の痛みが、体が壊れるまで動くことを引き留めようとしていた。
「これならどうだ!『炎牙強襲』!」
ダリウスが操っていた炎の槍たちが一斉に不規則な動きを始める。ゼロスは一瞬それに目を取られていた隙に、ダリウスは距離を詰めた。
「よそ見している暇はあるか!?」
ダリウスは槍を巧みに操り、はじかれた勢いを槍を回転させることで衰えさせることなく攻撃へとつなげる。威力・速度共に次第に増している。しかし、それはゼロスの『豪渦剣嵐』も同様だった。いなされるたび加速していく剣戟。それらがぶつかり合った時、単純な力比べになるはずだった。
「……!ちぃっ!」
突如、ゼロスが体勢を変え、自分の真後ろを剣で払う。防いだのは先ほどダリウスが放っていた炎の槍だった。当初不規則に動いていた槍だったが、ゼロスを標的と定め意思を持ったように襲い掛かっているのだ。動きは単純だが、その合間を縫うようなダリウスの攻撃が確実にゼロスにダメージを与えていく。
何とか体を動かすことでかわしてはいるものの、穂先などがかすってしまっていることも少なくない。だが、それはダリウスも同じだった。ゼロスが放ち続けている圧倒的な剣圧、それをいなし続けるのは無理であった。その上、いくつもの炎の槍を操っているせいもあり、魔力の消耗が激しい。その結果。
「……もらった!」
剣圧により傷ついていた左腕は痛みのせいで動きが鈍っていた。その隙をつかれ、もろに一撃をもらってしまう。ダリウスの身体には腹から胸へとかけて大きく、そして深く切り傷が刻まれた。ダリウスはよろめく。その隙をゼロスは逃がさない。
「終わりだ!」
瞬く間に放たれたゼロスの斬撃はダリウスの上半身と下半身を分けた。どちらとも地面に転がり、血を流し続けている。……ダリウスは絶命した。ゼロスはその場に剣を突き立てると、崩れ落ちるようにその場に膝をつき、肩で大きく息をついている。
「……わたくしたちの負けですわね。……殺すなりなんなり、好きになさい」
エリシアはがれきの上に座り、負けを認めた。
「……もう戦う気のない奴を殺すつもりはない」
エリオットは地面に跪いているゼロスを見て、そうつぶやいた。
翌日。ゼロスは医務室内のベッドに寝かされていた。全身に包帯を巻かれ、治療を担当した者からは「ぎりぎりだった」と苦言を呈されている。
「……暇だ」
ベッドに寝ていたゼロスはそうつぶやいた。自分ではもう体はほとんど治っていると決めつけており、城内や城下街の修繕作業に加わりたかった。だが、担当医以上にとある人物が絶対安静をゼロスに強いていた。
「ゼロスさん、具合はどうですか?」
ゼロスに絶対安静を言い渡した人物、アイリーンが部屋へと入ってくる。手には彼のために用意したであろう食事を持っていた。彼女は食事をベッドわきの丸テーブルに置き、近くの椅子に腰かける。彼女にもところどころ手当の跡が残っており、先日の戦いが過酷だったことを思い出させる。
「具合は悪くない。丸太程度なら持てるだろうな、だから……」
「『修繕作業を手伝わせてほしい』、ですか?駄目です。全身包帯だらけの人に作業なんてさせられません」
アイリーンの意思は固い。ゼロスにできることはいい加減諦めることだけだろう。どうしようもなかったゼロスは話をそらした。
「……アイリーンこそ、怪我は大丈夫なのか?俺なんかに飯を運んでくる余裕なんて……」
「私は大丈夫です。ほとんどが凍傷だったので、ゼロスさんのように流血沙汰になるようなことはありませんでしたから。……でも、周りのみんなに心配されちゃいまして、私も手伝いに参加できていないんです。だから、せめてこうしてお食事を用意しようかなと」
「……ありがとう、アイリーン。早速で悪いが、食べてもいいか?」
「はい、ちょっと準備しますね」
アイリーンが持ってきた料理はビーフソテーとチーズドリア、それに牛乳だった。一目でわかる、血と体力を回復することだけを考えられたレシピ。大抵の病み上がりには厳しいだろうが、ゼロスにはなんてことはない。おかれたスプーンに手を伸ばそうとしたとき、それよりも早くスプーンを取られた。
「腕を動かすのも苦しいんじゃありませんか?私が食べさせてあげます」
アイリーンから飛び出たとんでもない発言にゼロスは呆気にとられる。彼の頭は今、戦場に身を置いているときよりも厳しい状況にあるのは間違いない。ようやく絞り出せたのはたった一言だった。
「……なぜ?」
「なぜってどういうことですか?今言った通り、腕を動かすの苦しいんじゃないかと思っただけです」
「いや、自分で食べるから……。俺は子供じゃないんだが?」
「……では、おいくつですか?」
「二十ちょうどだ」
ゼロスの年齢を聞いた瞬間、アイリーンがうれしそうに微笑む。ゼロスはそれを見て嘘をつかなかったことを後悔した。
「私は、二十二歳です。……私の方が年上、お姉さんなんです。なら、わかりますよね?」
いたずらっぽく笑うアイリーンを前に、ゼロスはぼやくことしかできなかった。
「……コルニッツォが手を焼くわけだ」
「はい、じゃあ……。あーん?」
ゼロスの精いっぱいの皮肉も通じることなく、アイリーンはスプーンに一口分ドリアを掬って彼へと差し出す。差し出されたドリアは濃厚なチーズの香りを醸し出しており、焦げた部分の香ばしさもたまらない。それでも彼にはまだ恥ずかしさが勝っていた。それを紛らわせるために、また話を逸らす。
「……嬉しそうだな、アイリーン」
その言葉がアイリーンの心のどこかに触ったのか、差し出していたスプーンを皿に戻して、ぽつぽつと話し始める。
「……うれしいに決まってます。大切な仲間が、無事だったんですから」
「俺はまだ新入りだ。そこまで信頼されてるとは思わなかった」
「では、なぜあれほど私に親身に接してくれたのですか?チューン城に攻め込んだ時の団長への助言は?……カリンさんからも聞いています、ダゴンに向かっている間、ゼロスさんが励ましてくれたと。……なぜそんなことをしたのですか?」
「……俺は、皆を仲間だと思っている。ともに戦う仲間が放っておけないから、そうしたんだ。……皆が俺をどう思うかはわからないけどな」
「同じですよ。私だって、ともに戦ってくれた仲間が放っておけないから、こうしてここにいるんです。……さあ、お腹すいたでしょう?ご飯食べましょうか。……あーん」
ゼロスは観念したように小さくため息をつくと、素直に顔を差し出し口を開けた。気恥ずかしさから開いた口はそこまで大きくなかったが、スプーン程度なら問題ない。アイリーンの和やかな笑いと共に、スプーンが口に差し込まれる。
「あちっ」
焼きたてだったであろうドリアは当然口の中を爛れさせてしまうほど熱い。熱さに驚き口を離したゼロスを見たアイリーンは、ドリアの乗ったスプーンを自分の口元まで持ってきた。そして。
「ふー……。ふー……。これなら大丈夫ですね。はい、あーん」
ゼロスにできることはただ無心で食事をすることであった。余計なことを考えれば場の空気が壊れる。ただただ無心で口を動かす。
「おいしいですか?」
「ああ。好きな味だ」
返事もあいまいで何を言ったか覚えていなかった。何度もスプーンを運ぶ動作をはさむせいで食事に一時間近くもかかっていた。食器を片付けるため部屋を出て行ったアイリーンを見送ったゼロスは枕に背を預け、大きく息をつく。生半可な戦場よりも疲れたということは言うまでもない。……その六時間後、夕食としてまたアイリーンが料理を運んできて、同じように食事をしたというのも、口外するべきことではないだろう。
一週間後、包帯を取ることができたゼロスは医務室から出て、城下街に向かっていた。修繕作業を手伝うつもりだったのだ。だが、外へ出てみるとなぜか大部分の修繕が完了している。どこからともなく大量の仕事人がやってきたとでもいうのか。門の前で立ち尽くしていると、見かけたノクスが声をかけた。
「やあ、ゼロス。もう怪我は大丈夫なのかい?」
「あ、ああ。もう包帯も取れたしな。……それより、なんでこんなに修繕が進んでるんだ?そんなに人手が有り余ってたのか?」
「そのことなんだけど。団長がね、ダゴン制圧と紅玉騎士団壊滅の戦果を、城の損害と共に書簡にして送ってたらしいんだ。そしたら褒美だって大量の人員と金が送られてきた。思ってたより帝国は金払いがいいようだね」
「……怪しいな。あの大臣共がそんな簡単に金を出すと思うか?」
「陛下のおかげかな。あの方はずいぶんと俺たちを気に入ってくれているみたいだし。それに、実績は十分だろう?それなら報酬もたんまりもらわなきゃ」
「……人手は十分か。手伝うことはなさそうだな」
「そうだね。俺も作業は手伝わないで休暇を満喫していたから」
門の前で世間話をするゼロスとノクスのもとにカリンが近づいてくる。手には手紙が握られていた。
「ここにいたか、ゼロス。怪我はもういいのか?」
「ああ。せっかくだから外の空気でも浴びようと思ってな。……何か用か?」
「これ、お前宛だ。差出人の名前はシエラと書いてあったぞ」
その名を聞いたゼロスは顔をしかめる。手渡された手紙を微妙な面持ちで見つめるだけで、一向に封を開けようとはしない。
「……開けないのか?」
しびれを切らしたカリンが急かす。ゼロスは一度大きくため息をつくと、言い訳がましいことを言いながら封を切り始めた。
「シエラは、俺が運営している孤児院で働いている、俺の代わりの責任者みたいなもんだ。そいつから手紙が来るとなれば大抵は……。やっぱりな。『次はいつ帰ってくるのですか?子供たちも心配そうにしています。できるだけ早く顔を見せに来てください』か」
「なんだ、嫌なのか?孤児院の様子は気になったりしないのか?」
「別に嫌という訳ではない。前は一度大きな仕事が終わるたびに顔を出してたからな。一か月近く開くと毎回手紙を出すんだよな、シエラ。……カリン、騎士団の休暇っていつまでだ?」
「わからん。帝都から仕事が飛んでこない限りは自由だ。修繕作業で忙しい今なら、孤児院に戻っても問題ないだろう」
「なら……一回帰るか」
ゼロスがそうぼやくとその話を盗み聞きしていたらしいアイリーンが飛び出して来た。
「ゼロスさん、里帰りされるんですか?」
「ああ、シエラから催促されたし、今は騎士団もまともに動けないしな」
「……私も一緒に行っていいでしょうか?」
ゼロスにとってそれはとんでもない申し出だった。別に観光でも何でもない、ただの帰省だ。
「いや……。やめておいた方がいいぞ。前にも話したと思うが、孤児院だ。速攻で子供に囲まれておもちゃにされるぞ」
「いえ、私子供好きですし、構いません」
「碌に休めないかもしれないけどいいのか?」
「ええ。ここ一週間、存分に休みましたので」
どうにかついてこないようにと、いろいろ言ってみるものの、アイリーンの意思は固そうだ。ゼロスは観念したように項垂れた。
「わかった。明日、出発するから今のうちに荷物をまとめてくれ」
「了解です。……フフッ」
楽しそうに笑って去っていくアイリーンを前にしたゼロスはその後ろ姿を眺めながらぼやいた。
「アイリーン、そんなに子供が好きなのか……」
この時、カリンとノクスは心を読む魔法が使える訳でもないというのに、互いに考えていることは同じだと瞬時に察し合った。……そう言うことじゃないと思う、と。
翌日、ゼロスとアイリーンは馬車に揺られていた。朝早くのうちにチューン城を出発し、今日の昼過ぎあたりには一つ目の孤児院である『サルニ園』へと到着する手筈になっている。馬車内ではゼロスに手紙を送ってきたシエラという人物について話していた。
「そのシエラって方はどんな方なんです?」
「代わりに責任者やってくれるだけあって、責任感は人一倍。小言の多さも人一倍だ。まるで母親みたいにな」
「それは、ゼロスさんにとってもそうなんですか?」
「まあ、そんなもんかもな。実際俺よりだいぶ年上だしな」
年上という言葉を聞いた途端、アイリーンが目をぱちくりさせ、驚いている。ゼロスは彼女が何に驚いているかわからず、すぐさま問いかけた。
「俺、今何かおかしいこと言ったか?」
「い、いえ……。シエラさん、おいくつですか?」
「うーん……。確か今年で、七十五になるだろうな。母親というよりは祖母って言った方がよかったか」
「そ、そうだったんですか。私は、随分と勘違いを……」
「勘違い?ああ、シエラって名前で年若い方を想像したんだな。名付け親の先代サルニ園長がハイカラ趣味でな。時代を先取りした名前を付けたらしい」
そんな話をしているうちに、馬車は目的地のサルニ園へと到着していた。馬車の主はゼロスが贔屓にしている男でいろいろ融通が利く。今回も、多めの料金と寝泊まりする施設を提供する代わりに、孤児院三つを回ってチューン城まで戻るところまで馬車を走らせるという契約を結んでいた。
荷物を下ろしたゼロスたちは、サルニ園の扉をたたく。するとすぐに「ただいま参ります」と中から上品そうな老婆の声が聞こえてくる。それを聞いたゼロスは「まだ元気そうだな」と小さくつぶやいた。扉が開くと、中からできた老婆は大げさな驚きの声をあげた。
「まあまあまあ、ゼロス園長、よくお戻りで。馬車の方も、毎度ありがとうございます。……失礼ですが、お隣の方は?」
「ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私、アイリーン・ヴァーミアと申します。今日はゼロスさんに無理を聞いていただいて、連れてきてもらった次第です。短い間ですが、よろしくお願いします」
さすが家名持ち、余所行きのあいさつは堂に入っている。だが、当のシエラはあまりの情報量と大きな勘違いのせいで、碌に返事が出来ずにいた。ゼロスにたしなめられてようやく意識を取り戻し、来客用のもてなしを取り繕う。
「……ようこそ遠くからいらっしゃいました。ゼロス園長からすでにお聞きとは思いますが、わたくしはシエラ。園長不在の間、孤児院を管理する立場を任されております。どうぞ、よろしくお願いいたします。……それでは、早速中へどうぞ。……ああ、ミラさん。ロンさんの案内をお願いしていい?」
「はい、お任せください。それでは、ロンさん、こちらへ」
馬車を運転してくれたロンという男は孤児院で働いているミラに、いつもの来客用の部屋へと案内されていった。シエラはアイリーンとゼロスをそことは違う所へ案内する。
「ゼロス園長、今日は予想よりだいぶ早いおつきですね?」
「ああ。ロンが張り切ってたか、馬の調子が良かったか。昼すぎまでかかると思ってたが、まだ昼前だな」
「ということは、お食事はまだですね?」
「ああ。アイリーンもだ」
「……アイリーン様、何かお嫌いなものはございますか?」
「いえ、特には……」
「それは良いことです。ゼロス園長は子供たちを養う立場でありながら、大根だのナスだのと好き嫌いが多くて……」
それを聞いたアイリーンは「あら、そうなんですか?」となぜか嬉しそうにゼロスに問いかける。彼は振り切るように話題を変えた。
「そんなことより、子供たちの様子はどうだ?」
「大事ありません。お手紙で知ってはいましたが、先月頃より孤児院に納入される金額が増えておりまして、これまで以上に孤児院の質が良くなったかと」
その報告を聞いたゼロスはつかの間の喜びをかみしめるがごとく破顔した。口角を釣り上げるだけの冷ややかな笑顔しか見ていなかったアイリーンは、次にシエラが話しかけるまでその顔に意識を奪われていた。
「そうでした、ゼロス園長。一つ、耳に入れていただきたいことがありまして」
「なんだ?」
「近頃、王国兵が孤児院周りをうろついているらしいのです。ここ以外にもイリス園やバルト園でも見たとか。どうやらキースという男を探しているようなのですが、何か心当たりは?」
「キース……。王国の軍部大臣だな。心当たりはあるぞ。俺の所に仕事の話を持ってきた」
「それで?」
「話にならないから突き返した。その後失踪したらしいな。もし王国兵に何か聞かれたら知らないと答えておけ。そんな男どうでもいいし、本当に何も知らないだろうからな」
「わかりました、そういたしましょう。……さあ、つきましたよ」
二人が案内されたのは、孤児院奥の一室であった。ゼロスが孤児院にいる時は寝室として使っていたが、ここしばらくは使っていなかった。
「こちらに荷物を置いてください。お昼の支度が出来たら呼びますので、それまではご自由にお過ごしください」
「はい。ご丁寧にありがとうございます」
「それと、園長。子供たちに顔を見せてやってください、みんな心配しているのですよ」
「わかってる。ここしばらく遊んでやれなかったから、少しは遊んでやるか」
「ええ、それがよろしいかと。……それでは、私はここで失礼いたします」
シエラは恭しく頭を下げると、年を感じさせないほどの早足で消えて行ってしまった。
「じゃあ、荷物置くか」
「ええ、そうですね」
二人は部屋へと入った。ゼロスはしばらく使っていなかったが、シエラはその間も掃除を怠っていなかったらしく、部屋は埃っぽくない。部屋の家具は彼の体格に合わせられており、どれも普通のものと比べるとひとまわりほど大きい。ベッドにテーブル、ソファと一通りはそろっている。二人は部屋の隅に荷物を置くと、ソファに腰を下ろした。
「アイリーン、疲れたか?」
「はい、少しだけ。馬車での遠出など久しぶりでしたから。それに、どれもこれも新鮮で目まぐるしくて」
「……そうか。なら、少し休んでいくと良い。今日は朝早かったし、俺も少し昼寝でもするかな」
ゼロスは頭の後ろで手を組んで、背もたれに体を預け、大きくあくびをした。チューン城で一緒にいる時は見られなかった自然な振る舞いにアイリーンは思わず微笑んでしまう。
「……楽しそうだな」
「わかります?……ゼロスさんもそういう風に落ち着いたりするんだなと思いまして……」
「……子供の前で殺気立つわけにはいかないだろう。もともと強面なんだ、雰囲気まで怖くする意味もない」
アイリーンは廊下から聞こえる足音を耳にして、彼の行いが良い結果を生んでいることを察した。
「先生!帰ってきてたの!?」
乱暴に開け放たれたドアから、孤児院で暮らす子供たちが雪崩れ込んでくる。彼らはすぐさまゼロスを囲み、一瞬で質問攻めを浴びせるのであった。
「なんでこんなに遅くなったの?」
「忙しかったんだ、悪かったな」
「怪我した?」
「したぞ。でも、もう治ったよ」
「お土産は?」
「悪いがない。シエラに帰って来いっていきなり言われてな」
子供たちの質問は止まない。彼はそれを一つ一つ、面倒くさがらずに答えている。このような誠実さが子供に好まれる要因なのだろう。
「先生、この人誰?」
「こら、人に指さすなって言ったろ?……この人はな、俺の仲間だ」
子供たちの興味は一瞬でアイリーンへと移った。瞬く間に囲まれる彼女を前に、ゼロスは笑って謝ることしかできない。
「お姉さん、お名前教えて?」
「アイリーンです、よろしくね」
「アイリーンお姉さんは、どうしてここに来たの?」
「園長先生が孤児院に行くっていうから、ついてきちゃったの」
「アイリーンさんは、なんで園長先生の仲間になったの?」
「あの人がね、私がいる傭兵団に入団したの」
「お姉さんは、園長よりも偉いの?」
「ええ、そうですよ。私は隊長で、あの人は副隊長ですから」
孤児院で一番偉いとされる園長よりも偉い人物を見つけて、子供たちの興奮は止まらない。ついには体を引っ張られ子供の遊び場である中庭へと、ゼロスともども連行された。そうして子供たちの気持ちの赴くまま、遊びに付き合って一時間が経過した。
「皆さん、ご飯の時間ですよ」
シエラの声だ。昼食の用意ができたらしい。子供たちはすぐさま手洗い場へと駆けていく。
「……いい子達ですね。元気で、かわいくて、素直で。こんな世の中だというのに、こんな立派に育てるなんて、ゼロスさんはやっぱりすごいです」
「俺は金を用意してるだけだ。どう育つかはあいつらが、自分自身で決めている。俺はそれを邪魔するものがないように手助けするだけさ。……グランバルトがかつてそうしてくれたようにな」
「……それなら、やっぱりゼロスさんは素敵な方です」
「……そんなことより、早く手を洗いに行こう」
ゼロスはそっぽを向いたまま歩き出した。彼は照れた時、話を逸らす癖がある。先週からの短い間にアイリーンはそのことを学習していた。その仕草がなんだかかわいらしくて、つい微笑んでしまう。ただ、それを面と向かって伝えれば、彼は余計にそっぽを向いてしまう。彼女はこのことを自らの心の中にしまっておくことに決めた。
「ごちそうさまでした!」
食堂に子供たちの声が響き渡る。今日はゼロスが久しぶりに帰ってきたことに加え、客人まで連れて帰ってきたこともあり、食卓にのぼった料理は豪華だった。しかし、それは子供からすればだが。コロッケにエビフライ、フライドチキンにポテトと、子供たちの好物であろうものが並んでいた。シエラはアイリーンが食堂に入るやいなや「こんな料理ばかりで申し訳ない」と謝ったが、「私の家ではめったに食べられない料理ばかりだから、とてもうれしいです」とシエラをなだめる。結果として、彼女はこれらの揚げ物を非常に気に入り、子供たちが驚くレベルの健啖ぶりを見せつけた。そのおかげもあり、食卓に並べられた皿はすべて綺麗に空となっていた。
食後、ゼロスは昼寝をするため部屋へと戻った。アイリーンはどうやらまだ子供の遊びに付き合うらしい。子供好きというのは本当なんだろうなと、彼はソファの上でぼんやりと考えていた。そのままゆっくりとまどろんでいく、はずだった。
「……騒がしいな」
ゼロスは子供の泣き声で目を覚ました。泣き声自体は別に珍しいことでもない。転んで痛い思いをすれば、ほとんどの子供は泣くものだ。だが、そうではないような気がした。泣き声が多いのだ、一つ、二つ。いや、それ以上だろう。その瞬間、ゼロスは部屋を飛び出していた。
「子供を放しなさい!」
「断る!俺たちの要求を呑んでからなら、考えてやる」
外では十人ほどの王国兵がそれぞれ子供を押さえつけていた。どうやらキース軍部大臣の捜索にしびれを切らし、実力行使で情報を引き出しにかかっているようだ。
「ですから、何度も話したように、私たちは何も知らないんです!とにかく子供を返してください!」
「そんな言い訳が通じると思うのか?キース大臣を乗せた馬車がここで行方不明になってるって、調べはついてんだ」
「だから何だというんです!その人が帰る途中行方不明になったのかもしれないではありませんか!」
「大臣を乗せた馬車の主がな、しゃべったのよ。『キース大臣は遅くなるから、先に帰ってもいい』と、あんたらが伝言をしたとな」
兵士とシエラが言い争っている間にも、子供たちは怖さで泣いている。アイリーンは臨戦態勢をとっているが、この人数相手を一瞬で無力化できるほどの戦闘力はない。一人始末出来ても、残りの九人が子供たちに危害を加える可能性がある。そう考えると、動けなかった。
「それにしても、うるせえガキどもだな。一発殴ったらおとなしくなるか?」
兵士の一人はそう言って、地面に押さえつけていた子供目掛けて拳を振り上げた。もう我慢ならないとばかりにアイリーンは飛び出す。だが、それよりも早く兵士の拳を止める者がいた。
「おとなしくなるのはてめえだ」
ゼロスが兵士の一人を殴りつける。怒りが破壊力に現れており、たった一撃で兵士が身に着けていた鎧を砕いた。他の兵士はいきなり現れた男に戸惑っている。アイリーンはその隙をつき、無数の槍を召喚して、一斉に攻撃する。空を舞う槍を巧みに操り、子供たちにはけがを負わせず兵士だけを狙い撃ちにした。
恐怖から解放された子供たちは泣きじゃくりながら、シエラのもとへと駆け寄る。皆が無事であることに安堵したシエラはその場に膝をつき、子供たちに目線を合わせながら、腕を広げ子供たちが飛び込んでくるのを待った。
「……ふざけんじゃねえ!」
生き残った兵士がとっさに魔法弾を打ち出す。それは子供たちではなくシエラを狙っていた。
「クズどもが!」
ゼロスは左手でそれをいともたやすく弾き返した。そして、魔法弾を放った兵士の胸倉を掴み上げる。
「……誰の指示だ?」
「指示など受けていない。自己判断だ」
兵士は臆することなくゼロスをにらみつけるが、彼はそれが虚栄であることをすでに見抜いていた。
「……シエラ!アイリーン!子供たちを中へ入れてくれ。後始末は俺に任せろ」
これからの光景は子供たちには見せてはいけない。彼女らに頼み、子供たちを中へと入れる。全員中へと入ったことを見届けたゼロスは、空いている方の腕で兵士の腕をつかみ、曲がってはいけない方向にねじ切った。
「ぐああああ!」
まるで壊れてしまった人形がごとく、肘から下が引きちぎられた。ゼロスはそれをどうでもいいもののように投げ捨てると、片腕を失った兵士相手にすごむ。
「自己判断だと?笑わせるなよ。お前らは知っていただろう、ここが俺の管理している場所だとな。お前らみたいな小心者の雑魚が『嵐』に喧嘩を売るなどありえん。誰の指示だ?……次は左脚だ」
ゼロスはそう言いながら兵士を張り倒し、左足首を持ち上げ、ゆっくりとねじる。痛みと恐怖に耐え変えた兵士はついに口を割った。
「やめてくれ!話す、知っていることは全部話すから!」
「じゃあ、さっさと言え」
「わかった。……これは、キース軍部大臣の指示だ」
「……俺は冗談が嫌いなんだ。次、下らん冗談を言ってみろ、容赦はしない」
ゼロスは左足首を握る力を強める。このままではねじ切る前に握力で爆発させてしまうだろう。しかし、そのような状況下にあっても、兵士の言うことは変わらない。
「本当なんだ!本当に、キース大臣の指示で……」
「キースは行方不明だろ、お前らが今探しているんじゃないのか?」
「……キース大臣は現在も行方は分からない。ただ、彼を名乗る書簡が届いたんだ。『実験材料が欲しい。できれば子供。ゼロスの所には孤児がいっぱいいるだろうから、数人いなくなっても構わないだろう』という内容でな」
「……お前らは本人かどうかもわからねえ書簡の指示に従って、子供をさらおうとしたってことか?」
「いや、あれは間違いなく本人だ。スタリー家の家紋の印がしてあった。それに、本人と同じ指紋による印もあった。解析魔法によってキース大臣本人だと証明されている」
「……その指示は、お前らに直接来たのか?」
「いや、そうじゃない。クバル衛兵隊長に届けられた。彼はキース大臣と親しかったからな」
兵士から様々な情報を聞き出したゼロスはとある一つの危険性に気づいた。
「……他の孤児院にも兵士は向かっているのか?」
「当然だ。子供をさらうことが目的なのだから、役割は分担するだろう。囮と本命にな」
ゼロスは兵士の左足首をちぎりとり、その場に投げ捨てた。そしてすぐに馬屋に駆け込み、馬に飛び乗る。急いで別の孤児院にも向かわねばならない。出立しようとしたとき、アイリーンが呼び止めた。
「待って!私も行きます。手分けしましょう」
「……イリス園はここから北にまっすぐだ。頼む」
アイリーンが返事をする前にゼロスは馬を走らせていった。また別の騒ぎかとシエラが心配そうに顔を出す。
「シエラさん、子供たちをよろしくお願いします。私はイリス園の方へ行ってきます。先ほどの兵士たちの仲間がそちらに向かっているかもしれないので」
「……申し訳ありません。この老体に代わり、どうぞよろしくお願いいたします」
「ええ、任せてください!」
アイリーンも子供たちを危険から守るため、イリス園へと馬を走らせた。
二時間後、サルニ園より西、バルト園にて。ゼロスは何とか馬を走らせ続け、バルト園へとたどり着いた。建物は静かで、騒ぎの兆候はない。急ぎ中へと入ると、バルト園を取り仕切っているアメリアが飛び出した。
「曲者!……ゼロス園長、どうしてこちらに?それもそんなに息を切らして、いったいどうなさったのですか?」
「アメリア、王国兵は来てないか?」
「え、ええ。近頃姿を見ることはありますが、こちらを訪ねてくるようなことはありません。……なぜ、そんなことをお気になさるのですか?」
「サルニ園が王国兵に襲われた。ちょうど俺がそこにいたおかげで何とかしたが、ここにも来ているんじゃないかと思ってな」
玄関先で話しているとき、アメリアが窓の外を指さした。
「園長、あれでは?」
アメリアの指さした方向を見る。鎧には大きく王国の紋章が刻まれている。こちらもぞろぞろと十人ばかりで孤児院を襲いに来たようだ。
「俺が何とかする。アメリアは子供を頼む。外に出すなよ」
「わかりました。……どうかご無事で」
ゼロスは一度頷いて玄関を出て、仁王立ちをした。孤児院に用があったであろう兵士たちは『嵐』の登場に怖気づいている。
「お前らの目的は分かっている。何もせず帰るならよし、少しでも抵抗の意思を見せるなら今ここで始末する。……選ばせてやる」
彼は十人の兵士を前に脅しをかけた。彼らはもう戦う気力を失っているようだが、そのうちの一人が前へ出た。
「選択肢はもう一つ、今ここでお前が死ぬことだ。……クバル隊長にお褒め頂いた魔法、貴様に見せてやる。さあ、『跪け』!」
ゼロスの頭上に魔法陣が生成される。その瞬間、魔法陣から衝撃が走り、彼は地面に膝をついてしまう。
「どうだ、俺の重力魔法は。クバル隊長から授かった魔法だ。この俺が次期衛兵隊長となる時も近い!まずは『嵐』の首を手土産にするとしよう!」
重力魔法を扱う兵士はさらに重力を強める。地面が陥没するほどの重力だ。普通の人間ではもはや息をすることすら難しい。だが、彼は違った。
「……これが、何になるんだ?」
地面が陥没するほどの凄まじい重力下にありながら、ゼロスはいともたやすく立ち上がった。さらに、一歩ずつ兵士の方へと歩みを進めていく。
「……は?な、なんで立ってるんだ、なんで歩いてるんだ!俺の重力魔法は王国でも二番目なんだぞ!?」
「これで二番なら一番も大したことなさそうだ。……抵抗の意思を見せるならここで始末する。言葉の通りにしてやろう」
ゼロスが地面を強く踏み込む。こちらへ飛び出す気だ、そう考えた兵士は横方向にも重力を展開する。これで奴はこちらに近づけない。……本気でそう考えていたようだ。次の瞬間、その兵士は首を掴みあげられていた。
「お前に聞くことは何もない。蛮勇の代償は自分の身で払え」
ゼロスは右手で兵士の腹を鎧ごと貫き、ごみを捨てるようにその場に投げる。
「そいつを連れてさっさと失せろ!」
もはやこの場で彼に敵対できるものはいなかった。残った兵士たちは彼の言葉通りに、腹に風穴を開けた兵士を担いで逃げて行った。
「……アイリーンは大丈夫だろうか」
ゼロスはアイリーンが向かった先を心配していた。こちらに来ていたのはほぼ雑兵と変わらない雑魚だったとはいえ、イリス園の方にも雑魚が行くとは限らない。彼は心配そうにイリス園がある方向を眺めた。
同時刻、イリス園。アイリーンが孤児院に到着したとき、すでに複数の兵士が子供たちを馬車に乗せていた。孤児院の玄関前ではここで働いているであろう職員たちが血を流して倒れている。彼女らの安否も心配だが、今はさらわれる子供たちを助ける方が先決だ。アイリーンは異空間から斧を召喚し、馬車を引く馬目掛けて斧を振り下ろす。馬は危機を察して駆け出したおかげで、馬車と馬を繋ぐ部分を断ち切ることができた。
「何事だ!……誰だてめえは?ここの女じゃねえようだが……」
「こいつ知ってるぜ。あれだ、傭兵団にいる女だよ、ほらヴァーミア家の……」
「……アイリーン・ヴァーミア。『戦姫』アイリーン。まさかこんなところで出くわすとはな……。どうした、正義のヒーローごっこか?」
「子供たちを解放しなさい!しないというのならば、容赦はしません!」
「……いくら戦姫とはいえ、俺たち全員を相手にするのは骨が折れるんじゃねえか?」
兵士の一人は下品な笑いを浮かべる。戦場において敗者となった女戦士がどのような末路をたどるのか、想像には難くない。彼らは戦う前からそのことを考えているのだ。アイリーンは手に持っていた斧を地面に突き立てた。
「下賤な者に慈悲は必要ないでしょう。代々ヴァーミア家に伝わる鎧と武器にて、あなたたちと戦います。……『ヴァーミア家の鎧』!」
彼女の身体が光に包まれる。光が収まった先には全く別の鎧に身を包んだアイリーンが立っていた。全身をコンパクトに守る機能性に優れた銀にきらめく鎧で、胸の右側にはヴァーミア家の家紋が刻まれている。続いて、亜空間から同じ家紋が刻まれた剣を召喚し、斧の横に突き立てる。
「……なんだ、曲芸師か?俺たちの前でお着換えだなんて、随分と気が早えじゃねえか」
アイリーンは地面に突き立てていた斧を手に取ると、にやにやと笑う兵士目掛けて投げつけた。兵士は彼女を舐めていた。そのせいか、凄まじい速さで飛んでくる斧に反応できなかった。ブーメランのような軌道を描いた斧は一度に三人の首を刈り、吸い寄せられるように彼女の手元へと戻っていった。そして、仕事は終わったとでも言わんばかりに斧を亜空間へとしまうと、地面に突き立てた剣を抜き、構えた。
「……残り七人。まだ戦う気はありますか?」
「調子に乗るんじゃねえ!不意打ちまがいでイキってんじゃねえぞ!」
すっかり頭に血が上った兵士たちは統率を欠き、怒りの赴くままアイリーンへと襲いかかった。
「『剣技・散華』!」
アイリーンは構えた剣を目にもとまらぬ速さで繰り出す。その技を受けた兵士は一度立ち止まったかと思えば体に無数の風穴をあけられ、その場に倒れこんだ。死体から噴き出す鮮血がまるで薔薇のごとくであることから散華と名付けられた、ヴァーミア家に代々伝わる剣技である。瞬く間にまた一人仲間を失った兵士たちはあからさまにうろたえていた。彼女はもはや降伏を促す気もなかった。
「『剣技・流華』!」
川の流れに身を任せる花びらのごとく、剣を振るう。それは敵の守りをも突き崩し、確実に敵を切り刻む。これは、アイリーンの祖母が編み出した技だ。彼女の見た目からは想像もできないほどの苛烈な攻めに、兵士たちは防戦すら許されない。また一人と地面に倒れていく。
「『剣技・閃華』!」
一撃目は守りを払い、二撃目は敵の装甲を破る。そしてとどめの三撃目で敵を斬る。この一連の動作を一瞬の隙をついて行う。ヴァーミア家の先代当主、彼女の母より編み出された技だ。アイリーンの怒涛の攻撃に、生き残った兵士は最後の一人になっていた。
「最後はあなたです。剣を取りなさい」
アイリーンは剣の切っ先を兵士に向ける。その兵士はすっかり戦う気をなくし、項垂れていた。
「……頼まれただけなんだ。やりたくてやったわけじゃない、頼む、助けてくれ」
「誰かに頼まれたからと言って、子供をさらおうとするとは言語道断。その上子供を守る親代わりまで手にかけておきながら、今さら許しを請うなど……。恥を知りなさい!」
「これからは心を入れ替える!だから頼む!」
「……人のこれからを奪っておきながら、随分と自分勝手ですね。あなたの心を入れ替えるという言葉、全く信用なりません。……悪の芽は摘んでおいた方がいいでしょう」
「ふざけるな、ふざけるな!この人殺し!結局お前は殺しがしたいだけの……」
兵士の首が飛んだ。これ以上は聞くに堪えない。
「……一度戦場に立ったのならば、すべての命に敬意を示しなさい。奪った人の分まで生きる義務を負うと知りなさい。……もう遅いですね」
彼女は一人でそうつぶやくと、子供たちが乗せられている馬車へと近づいた。中では誰かが近づいてくることを感じ取ったのか、動き回っている音が聞こえる。馬車に掛けられている布をゆっくりめくると、中には手足を縛られたうえ、口まで塞がれた子供が十人ほど乗せられていた。どうやら子供たちは相当抵抗したようで、体のいたる部分に傷跡がついている。彼らはアイリーンを見ると兵士の仲間が増えたのかと思いおびえていたが、彼女の「敵は全部倒した、あなたたちを助けに来た」という言葉に落ち着きを取り戻した。
アイリーンが縛られていた子供たちをすべて解放したころ、ゼロスがイリス園へと到着した。
「相当、派手にやったみたいだな」
彼が最初に目撃したのはあたりに散らばる兵士の躯と、破壊された馬車だった。腹を切り裂かれていたり、体中に風穴をあけられていたりと様相はさまざまである。彼は馬から降りると、あたりを見渡しながらイリス園へと近づいた。まだ兵士の残党がいるかもしれないという警戒心の表れである。
玄関前に到着すると、ゼロスはある物を見つけた。血だまりだ。血を出したであろう人物はどこにもいない。誰かが斬られたと考えたゼロスはひとまず子供たちの安全を確認するため、玄関を通った。
「あっ、園長先生!こっち来て!タロン先生が怪我してるの!」
孤児院で生活している子供がゼロスの腕を引っ張る。されるがままに医務室まで行くとベッドの上にタロンが寝かされており、近くにアイリーンが座っていた。
「……タロンの容態は?」
「命に別状はありません。手当も済ませましたから寝ていれば大丈夫かと」
「ありがとう、アイリーン。子供たちも無事なようだな」
「ええ、さらわれかけていましたが、何とか。……しかし、このままでは危険ではありませんか?」
「……ここは任せていいか?俺は一度サルニ園に戻って、馬車を手配してくる」
とんぼ返りで部屋を出て行こうとするゼロスを彼女は引き留めた。
「何をするつもりですか?」
「孤児院を移設する。……もうここは安全じゃない。早ければ今日中にロンの仲間が馬車を引き連れてここに来るはずだ。対応を頼む」
「……わかりました」
ゼロスはすぐさまイリス園を経ち、サルニ園へと戻った。サルニ園へと着いた途端、彼はロンを呼び出す。
「ロン、仕事を頼みたい」
「はい、一体何用で?」
「お前の会社から可能な限り馬車を引っ張り出して、こことイリス園、そしてバルト園の三つに馬車を派遣してくれ。子供と保母、それからできる限り荷物も運びだしたい。……やってくれるか?」
「……そりゃあ、いつも御贔屓にしていただいてるゼロスさんからのご依頼なら、喜んで請け負うんですが……。そこまでの規模になると、社長の許可をもらわないと、どうにも……」
「わかった、少し待ってくれ」
ゼロスはロンの部屋から出たかと思えば、すぐに大きな袋を三つもって戻ってきた。彼はそれを雑にロンの足元へと放り投げる。袋は金属がこすれ合うような甲高い音を出した。
「これで社長を説得できるか?」
ロンはすでに袋の中身を知っていた。床に投げられたときの音で想像していたのだ。そのせいか、袋を開けようとする手が震える。ようやく口を開いた時、彼の口からは「おお」という声が漏れた。そして彼はすぐにそれが三つもあることを思い出し、震えた声で仕事を請け負った。
「こ、これだけあれば、あの頑固な社長でも、首を縦に振るでしょう……。しかし、こんな大金、いったいどうやって……」
「シエラの節約術のおかげだな」
ゼロスが差し出したのは貨幣が入った袋だった。しめて九十万カンド。例えるなら大臣の特別給与とほぼ同額であり、一般人にはほぼみられない金額である。
「やってくれるか?」
「も、もちろんです。すぐにでも、本社に戻りますよ」
「頼む。時間が大事なんだ」
ロンはすぐに荷物をまとめ、三つの袋を馬車に積み込むと馬を走らせていった。客がいないため安全は二の次の荒い走りだったが、ゼロスにとってはそれでもよかった。ロンを見送ると、後ろからシエラが近寄ってくる。
「園長、一体どうしたのです?ロンさんに何を頼んだのですか?」
「……この孤児院はもうだめだ。王国兵に狙われるのも一度や二度じゃないだろう。今日はたまたま俺とアイリーンがいたからよかったが、これからもずっとそうという訳にはいかない。子供たちを移動させる、もっと安全な場所にな」
「……それが、よろしいですね。……何年も暮らしたこの家を離れるのは惜しいですが、子供たちの命には代えられません」
「……ありがとう、シエラ。俺はこれからバルト園に行って、事情を説明してくる。あとは任せていいか?」
「ええ、お任せください」
今度はゼロスがシエラに見送られる形になった。ゼロスが西の方角に消えていくと、シエラは他の保母を呼び、引っ越しの用意を始めた。
ゼロスがバルト園に近づいていくと、すでにロンが馬車の手配を終えていたらしく道の真ん中をぞろぞろと馬車が列をなしている。ゼロスはその先頭を走る馬車の主に声をかけた。
「ずいぶんと仕事が早いな!暇だったのか?」
「これはゼロスさん!いや、最近は戦争も激しくなってきたせいか商売あがったりでして。あの大金にはさすがの社長も度肝を抜かれたみたいで、今年は黒字確定だって、喜んでました」
「そいつはよかった。それじゃあ、その調子で仕事もしっかり頼むぞ」
「はい、もちろんです!」
ゼロスは馬車の列より先にバルト園に到着すると、アメリアに事情を話した。彼女と他の保母たちはすぐに金庫にしまっていた金を運び出し、子供たちにも事情を説明していた。彼らはあまり事情を理解していなかったようだが、引っ越しをするということさえ理解してくれればそれで十分だ。
タイミングよく到着した馬車に子供と保母、それに金を乗せ、もぬけの殻になったバルト園を後に、馬車の列はチューン城へと進路を変更した。道中。馬車の列を警護する形で、ゼロスは馬を並走させていた。すると、前方に馬車の集団が見える。その中にはアイリーンの姿もあった。
「アイリーン、どうにかやってくれたようだな」
「いえ、私は何も。事情を聞いた保母さん方がほとんどやってくれたので。私はこうして、盗賊が寄ってこないかどうか見渡していただけです」
「それでもだ。……ありがとう、アイリーン」
二人が話している間に、後続のサルニ園から出発した馬車たちも追いついていた。ロンが列から離れて、ゼロスたちのもとへとやってくる。
「どうです、ゼロスさん。圧巻でしょう?社長もだいぶ大盤振る舞いしてくれましたよ」
「助かったぞ、ロン。礼を言う」
「いえいえ、これからも御贔屓にして頂ければそれで充分ですよ。……そろそろ進みましょうか。いつまでも立ち往生していても、子供たちも疲れてしまうでしょう」
ロンは先頭に立ち、チューン城への道案内を務めた。ゼロスとアイリーンはそれぞれ、列の横と後方に待機し、賊の襲撃を警戒している。幸い賊の襲撃を受けるようなことはなく、無事にチューン城へと到着した。まだ紅玉騎士団との戦いの傷は癒えておらず、住民はほとんどいない。そのため空いている民家や宿屋を使い、何とか孤児たち全員分のベッドを確保することができた。いきなり大勢を連れて帰ってきたことには当然エリオットも驚きを隠せず、ゼロスに詰め寄る。
「おい、何があった?何があればあんなに女子供を一気に移動させなきゃいけなくなる?」
ゼロスは孤児院で起きた一部始終を話した。エリオットは大きくため息をつくと、子供たちに同情した。
「そうか、そんなことが……。だが、ここに彼らを住まわせる建物なんてないぞ?」
「なら、俺たちに任せてくれねえか?」
そう言ったのは、修繕作業のため帝国から派遣されていた大工たちだった。どうやら休憩中に話を聞いていたらしい。
「上から目線みてえであんまり言いたかねえが、子供たちがあんまりにも可哀想だ。俺たちで新しい家を建ててやるよ」
どうやら彼らの中で責任者らしい男がそう啖呵を切る。しかし、部下の男がすぐにそれをたしなめた。
「親方、それは無理ですよ。材料はどこにあるんですか?もうほとんど使いきったじゃないですか。追加で発注するにしても、帝国にどう言ったらいいのか……」
「そりゃおめえ、正直に言うに決まってるだろ。子供に家がねえってのがかわいそうだと思わんか?」
「もちろん思いますよ。でも、帝国はそれを受け入れてくれますかね?あんだけ金にがめつい大臣たちですよ、追加で出すとは思えません。横領を疑われますって」
「じゃあどうすんだよ!」
親方と弟子が言い争いをしているところに、ゼロスが割って入る。
「金なら俺が出す。孤児院の園長として、当然の責任だ。……百万出す。二週間で作ってくれ」
「……一週間で作ってやる。契約成立だな」
ゼロスは孤児院から持ってきた金貨の袋を経理を担当しているらしい男に渡す。
「百万カンド、ちょうど頂きました。すぐに発注してきます」
どうやらこれで、彼らの暮らす場所は何とかなるようだ。ゼロスは安心したようにため息をつくと、その場の壁に寄りかかった。
「お疲れ様です、ゼロスさん」
それを見ていたアイリーンは彼のもとへと寄る。
「アイリーンも、ありがとう。俺一人じゃ相当危なかった」
「いえ、仲間として当然です。何より、子供たちが無事でよかったです」
夕焼けの中、ゼロスとアイリーンは空を眺めていた。一度戦火に焼かれたチューン城には、復興の兆しが見え始めている。
一週間後。大工の親方が言っていた通り、見事に孤児院が完成した。街はずれではあるが、今までよりは安全であることに間違いない。子供たちも新しい家を気に入ってくれたようで、今まで別れて暮らしていた子同士で新たな友人関係を作りつつあるなど、彼らなりにすでに新たな生活に順応しているようだ。
「タロン、怪我の具合はどうだ?」
「もうほとんど治りました。アイリーンさんの治療のおかげです」
あの日、兵士に切られたタロンも日常生活に支障が出ないほど、傷が治っている。幸いなことに、孤児院の襲撃でゼロス側には死者は一人も出なかった。彼は新たにできた孤児院を眺めている。
「園長、この孤児院には新しく名前が必要です。つけていただけますか?」
「そうだな……。今までは孤児院の創始者から名前を取っていたから、そのまま行けばゼロス園になるんだが……」
「それがよろしいかと。……今日、皆が無事でいられるのはゼロス園長のおかげですから」
「……それなら、アイリーンもそうだろう。俺だけの名前にするのはあまりしっくりこない」
そうして新たな孤児院の名づけに悩んでいるところに、ちょうどアイリーンがやってきた。
「ここにいましたか。団長より、招集命令が出ています。『直ちに会議室に集合せよ』とのことですが、今忙しいですか?」
「……アイリーン、名前をもらってもいいか?」
ゼロス以外のその場にいた全員がその言葉に目を見開く。アイリーンも顔を真っ赤に染め上げ、動揺を隠せない。
「えっ!?い、いきなり何を言い出すんですか!?私たち、まだ、そう言う関係じゃ……」
「ん?いや、孤児院に新しい名前を付けたいから、アイリーンの名前借りていいかって……」
「……はい。お好きなようにお使いください。……先に失礼します」
何やら大きな勘違いをしていたらしい彼女は、両手で顔を覆ういながら小声で城へと戻っていった。シエラなどがゼロスに冷めた目を向けているが、彼は特に気づいていない。
「うーん……。ヴァイス園にしよう。ヴァーミアと、ゼロス。両方から取ってヴァイス園。どうだ?」
「……ええ、それでよろしいかと。園長、忙しいようですし、早く会議室へ向かっては?」
「ああ、わかった。それじゃシエラとアメリア、あとのことは任せる。タロンは怪我の完治に集中してくれ」
「……ええ、お任せください」
城に向かっていくゼロスを見送ったシエラたちは、彼のデリカシーのなさにため息をつくことしかできず、心の中でアイリーンに対して謝っていた。
「遅れてすまん」
「いや、会議はこれからだ、まだ遅刻じゃない」
チューン城内、会議室。幸い戦火はここに届いていなかったようで、いつもと変わらぬように使える。ゼロスがいつもの席に腰を下ろすと、隣に座っていたアイリーンが椅子を少し遠ざけた。ノクスはそれに目ざとく気づき、問いを口にする。
「アイリーン、どうかした?ゼロスから距離を取っているけど……」
「いえ!なんでもないんです。ただ、私が勘違いをしてしまっただけで……」
「ふーん?まあ、喧嘩とかじゃないならそれでいいけどさ」
「みんな揃ってるか?」
そう言いながら会議室の扉が開かれる。一番最後に到着したのは団長のエリオットだった。カリンから小言を言われているが、それをなあなあで躱し、席に着く。
「全員そろってるみたいだし、早めに会議を始めるとするか。……それじゃ、ノクス。頼む」
「わかった。……みんな、まずはこれを見てほしい」
彼がテーブルの上に広げたのはアダマンテ大陸の地図だった。東西で二分され、帝国は西側を支配地域としている。現在の最前線はここより少し西にある、バラキアであった。ノクスは地図を指でなぞりながら話す。
「まずは、ダゴン地域の戦果から話すとしようか。昨日、帝国から書簡が届いてね、無事にダゴン地域を制圧できたようだ。現在は豪波騎士団の生き残りと、紅蓮騎士団の一部が共同でダゴンを治めているらしい」
「……ダゴンに関しては制圧してからすぐに離れてしまったから、先に王国が抑えてる可能性もあった。……そんなことがなくて何よりだ」
カリンが安堵したようにそうつぶやいた。ノクスは話を続ける。
「そして、ダゴン地域制圧に伴って、翠玉騎士団は壊滅。団長のセリア・タルボニカはゼロスが捕縛し、その後降伏。ゼロスの説得を受け烈風騎士団に入団……で、いいのかな?」
ノクスは確認を取りたいと言わんばかりに、セリアの方を向く。彼女は何も言わず頷いて返した。
「ここまでが、ダゴン地域での戦果。次は紅玉騎士団との戦闘、チューン城防衛戦での結果だ。……こちらが受けた被害は甚大で、死者は72名。騎士団への入団試験に参加するために集まってくれた人たちは、一部を除いてほぼ死亡。生き残った少数も戦える状態ではなく、騎士団の増員は今の所厳しいと言わざるを得ないね。それに、城下街の損害は八割ほどに及んでいるし、チューン城に関しては六割が破壊された。何とか勝利を収めたとはいえ、これは……」
ノクスが何かに言い淀んだ瞬間、エリオットが口をはさんだ。
「『俺たちの負け』と言っていい。……正直、あまりにも戦いにならなかった。カリンたちが帰ってこなけりゃ俺たちは殺されてた。ダリウスに関しては、明らかにゼロスに丸投げだった。……団長として、あまりにもふがいない結果だ」
彼は項垂れた。戦士としての敗北、団長としての戦果、その二つが彼の両肩に重くのしかかっている。皆もそれを受け、自らの弱さに打ちひしがれているようだったが、ゼロスだけは違った。
「なら、強くなればいい。結果はどうあれ、俺たちは生き残って勝ちを掴んだ。結果に悩んでいる暇があるなら、強くなるための特訓でも始めるんだな」
「……その通りだな。くよくよしていたって強くなれる訳がない、そうしていたら今度は本当に終わりが来るかもしれない。なら、今はできることをするべきだ」
「その通りですわ。勝敗は戦士の常、とはよく言いますもの。問題はそこからどう立ち上がるか、そう言うことでしてよ」
聞き覚えのある声が扉の向こうから聞こえてくる。その声の主は「失礼しますわ」といいながら会議室に入ってきた。
「……エリシア・スノーベル。何故ここに?」
「それについては僕から話すよ。……ダリウスは死亡し、紅玉騎士団は壊滅状態となった。それでも、生き残った兵というのは少なからずいてね、エリシアもそのうちの一人なんだ」
「ええ。本当はダリウス団長の死後、私も後を追うつもりでしたが、エリオット団長に誘われまして。今日より、正式に烈風騎士団の一員として、全力で戦う所存です。……どうぞよろしくお願い致しますわ」
エリシアはスカートのすそをつまみ上げ、恭しく頭を下げた。皆はまさかの人物が仲間になることに驚いているようだった。彼女は会議室に入ってきた途端、会議の主導権を握る。
「それで、何時まで反省会をするつもりですの?本題はまた別なのではなくって?」
「……わかった。本題に入るとしよう。ノクス、頼む」
「了解。……昨日、ダゴン地域の制圧が完了したという書簡と共に、次の作戦の書簡も届けられたんだ。……次の目的地はここ、王国最大の港都市であるリバーニア。烈風騎士団はここを占領せよと、皇帝陛下直々にご指名頂いたようだ。作戦の決行日は十日後、迅雷騎士団との共同作戦になる。できるだけ足を引っ張らないようにしたいところだね」
リバーニア。ノクスの言うとおり、王国最大の港都市で、王国領の最南端に位置している。リバーニアは貿易港として栄えているだけでなく、造船所としても有名であり、そこで作られた王国最大の戦艦、『魔導戦艦ギャラルホルン』はリバーニア周辺を制圧するのに一役買っている。生半可な防御陣形では意味をなさず、一般兵の寄せ集めで作り上げた防御魔法でも、ただの紙と変わらぬほどの破壊力を見せる。その破壊力が影響したのか、リバーニアの周辺地域は起伏が多い地形となっており、地図はあまり参考にならない。
「何か指示のようなものはあったか?」
「陣地の形成に関しては迅雷騎士団が担当することになっているから、俺たちは後から合流する形で動いてほしいと。あと、総指揮権は迅雷騎士団の団長、ガラードにあるから、俺たちはそれに従うだけだね」
「なら、戦場でどう動くかもそいつまかせってところか。……みんな、何か質問はあるか?」
エリオットはそう問いかけるが、そもそも質問を抱けるほどの情報量を与えられていない。ほぼすべてが他人まかせなのだから、考えることなどほぼないと言っていい。
「……何もないか。なら、今日の会議はここまで、解散!」
彼のその言葉を皮切りに、皆が一斉に席を立ち、ぞろぞろと部屋を出て行った。彼らに目はやる気に満ちている。早速特訓に精を出すつもりだろう。ゼロスはそれを見届けると、部屋に残っていたエリシアに声をかけられた。
「……あの方たちは強くなれると思います?」
「ああ。誰だって強くなれるさ」
「本当に?あの方たちには戦う才能がないのかもしれませんわよ?」
「それでも戦うことを選んだんだ。生き残るためには強くならなきゃいけないってことは、今回の戦いでみんなよくわかっただろ」
「……さすが、烈風騎士団で一番の実力者はいうことが違いますわね」
「ずいぶんと上から目線だな」
「この騎士団の中で一番強いのはあなたでしょうね。……そして、二番目は私。なら、上から目線でも仕方ないのではなくて?」
「……血の気が多いな」
「これでも戦士ですので。……一緒に訓練室に行きませんこと?皆の様子を見たいのですが」
「一人で行ってくればいいだろ。俺がわざわざ行く理由は……」
「……私は新入りですのよ?どこに訓練室があるかなんてわかりませんわ。誰かに案内してもらわなければなりません。それに、皆さんの特訓のお手伝いをするべきでは?……あなたが焚きつけたんですから」
ゼロスに反論の余地は一部たりともなかった。彼は大きくため息をつくと、椅子から立ち上がった。
「……わかった、行くぞ」
先を行こうとするゼロスをエリシアは呼び止める。
「お待ちになって。……レディのエスコートもできないのですか?」
ゼロスはもう一度、先ほど以上に大きくため息をついた。
チューン城、訓練室。
「甘いですわよ!その程度では私に傷を負わせることすらできませんわ!」
エリシアは徹底的にアイリーンをしごいていた。どうやら前に一度戦った時から、眼をつけていたらしい。
「このっ!私はまだ……、まだやれます!」
「その闘争心、よくってよ!強くなるために一番必要な物はそれですわ!もっと、もっと感情を、魔力を解放するのです!」
セリアの話では『王国内で最も冷酷な女』とのことだったが、今この光景を見てそれを信じるものは誰一人としていないだろう。仲間を鍛えるために特訓に付き合う彼女の姿は、人情にあふれた心温かいものだった。しばらく剣を交えていたがアイリーンの疲れからか、一段落つけることにしたようだ。
「前よりも断然、よくなっていますわね。この調子でいけばもっと強くなれるでしょう」
「……本当、ですか?」
「ええ。私、嘘は嫌いですのよ。ですから、安心なさって」
二人は特訓の中で刃を交え、少し親しくなっているようだ。確実に強くなっているアイリーンを見て、他の者も闘志を燃やす。
「……ゼロス、俺にも訓練をつけてくれ」
「俺にも頼むよ」
「私も、頼む」
烈風騎士団の男性陣はゼロスと、女性陣はエリシアと特訓することになった。彼らの誤算としては、教鞭をとる側であるゼロスとエリシアが思っていたよりもスパルタであったことだろう。
「俺に傷をつけてみろ!それすらできないようではこの先いかなる勝負にも勝てんぞ!」
ゼロスはエリオットの渾身の魔法を右手一本で受け止め、吠える。そして、拳を構えた。
「次はこっちから行くぞ。受け止めるか避けるかは任せる。……ふん!」
彼は右の手で造った拳を思い切り振りぬく。空気の壁をも超えた拳は衝撃波を生み、エリオットへと襲い掛かった。彼は間一髪でそれを躱したが、肩で息をしている。……この時点で、すでに特訓の開始から半日以上が経過している。食事などで休憩はしたものの、それ以外には碌に休憩できていない。疲れ切ってしまうのも当然のことだ。ゼロスは、自身の攻撃を躱したとはいえ、剣を構えなおすことすら出来ない彼を見て、今日は終わりにすると決めた。
「……今日はここまでにするか。皆ももうまともに動けないだろう」
訓練所内はまさに死屍累々と言った有様であった。男性諸君は一目や汚れを気にせず地面に寝転がり、息を切らしている。女性諸君も地面に座り込み、手をついてすっかり立てなくなっているようだった。立っているのはゼロスとエリシア、そしてオルコスだけであった。しかし彼も疲労困憊なのか、返事が曖昧になっている。
「最後まで立っているなんてすごいじゃないか、オルコス」
「……ああ」
「どうですの、何か実感はありまして?」
「……ああ」
「……どうやら相当疲れているようですわね」
エリシアが呆れたように手を叩いて、音を鳴らす。それを合図としたように、ぞろぞろと見覚えのない者達が入ってきた。
「誰だ?こいつらは」
「こいつらとはずいぶんなご挨拶ですこと。……皆、私の召使でしてよ。あなたたちに負けたのち、王国に帰ったところで迫害されるのは目に見えています。ですので、家にいた召使を全員呼び寄せたのですわ。……さあ、この方たちを風呂場まで運んで頂戴」
召使と言われた彼らは、返事をする間もなく鎧を着て重くなっているであろうエリオット達を二人や三人がかりなどで運び出していく。いつの間にか訓練所には誰もいなくなっていた。
「さて、私たちも湯浴みに行きましょうか。……エスコート、よろしくお願いいたしますね?」
「……はいはい」
「はいは一回。宜しくて?」
「……はい」
特訓の相手よりエリシアの相手の方が疲れる。ゼロスは心の中でそう思ったが、それを言葉にせぬようため息として吐き出した。
一週間後、チューン城東門前。厳しい特訓を乗り越えた彼らの顔は、自信に満ちていた。……特訓を開始してから三日は筋肉痛で動けぬ中、無理やりに体を動かし、特訓終了後にその場に倒れこみエリシアの召使に運ばれるという日が続いた。四日目からは何とか特訓にもついて行けるようになり、終わったのちも壁に寄りかかりながらとはいえ、自らの足で訓練所を出て行くこともできるようになった。一週間が経てば、日常生活に支障が出るほど疲れ切ってしまうといったことはなくなった。
「皆、準備は万端か?」
「おお!」
「……よし、今より我々は迅雷騎士団との合同作戦のため、これより東のリバーニアへと向かう。……出発だ!」
特訓の成果もあってか、すでに烈風騎士団の士気は高い。行軍の先陣はセリアとオルコス、そしてコルニッツォが務めている。中心には団長であるエリオットとカリンがいる。軍の後方にはゼロスとアイリーンが殿を担っていた。ノクスとエリシアはチューン城を守るため留守番を選んだ。天気は曇り、日の光がないのは時期としてはありがたい。海沿いの道を歩いているおかげで、常に涼しい風が吹きつけている。……迅雷騎士団が陣地を作っているであろう地点まであと少しといったころ、前方から一頭の馬が駆けて来た。上には誰かが乗っているようだ。それはどんどんと行軍中の彼らに近づいている。
「失礼!貴殿ら、烈風騎士団とお見受けするが如何に?」
「……そうだ。お前は、迅雷騎士団の者だな?」
「はい。エドワードと申します。……我々の団長より急報です。『至急来られたし。緊急事態が発生、至急来られたし』とのことです」
コルニッツォはオルコスへと目くばせをすると、彼は軍の後方へと馬を走らせる。
「団長、迅雷騎士団より急報とのこと。何やら緊急事態のようです、行軍速度をあげましょう」
「わかった。オルコス、後方部隊にも通達を頼む。……皆、これより行軍速度を上げるぞ!」
エリオットの声は団全体に響く。皆、事情は把握できていないが、何やらよくないことが起きたのではと感じ取っていた。彼らはエドワードの案内に従って軍をすすめ、無事に迅雷騎士団の陣地に入ることができた。エリオットは団員たちを休憩させ、カリンを連れ二人でガラードが待つテントへと足を踏み入れた。
「烈風騎士団団長、エリオット。ただいま到着した。……お待たせして申し訳ない、ガラード殿」
片目に眼帯をかけ、体中に傷跡を残した歴戦の風格を持つ男。ガラード・インテスは地図を広げた机の前で唸っていた。彼は一度顔をあげると、彼らの行軍をねぎらう。
「急かしてしまってすまなかった。どうしても相談せねばならぬ事態が発生したのでな」
「……まだ、余裕はあるのですか?」
「うむ……。まだ被害は出ていないのだが、とある想定外により、尋常でない被害が予想されている」
何かを渋るようなはっきりしない言動にエリオットは困惑する。
「……一体どういうことなのです、さっぱりわかりませんが」
「斥候が、とある情報を掴んだのだ。……クバル衛兵隊長を知っているか?」
「ええ。確か王国内最強と謳われた魔導士では。……まさか!」
ガラードは一度大きくうなずくと、先ほど渋っていた言葉を口にした。
「そのまさかだ。……王国内最強の魔導士、クバル・ダーケイン。奴が今、リバーニアにいる」
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