表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

第3話「あんたは照れてる」

 キーンコーンカーンコーン、と金属製の鐘をハンマーが叩く甲高い音が廊下に響き渡った。その振動は壁を突き抜け、また一つの学問的拷問の時間の終わりを告げる。ほとんどの生徒にとって、それは解放を告げる合図だ。だが、その少年にとって、それはただ一つの騒音が別の騒音に変わるだけのことに過ぎなかった。


 三十代前半の、歴史への情熱だけはクラスの無関心さと同じくらい明白な教師の声が、まだゴングの音と競い合おうとしていた。彼は明治時代についての説明を終えようとしていたが、その言葉はすでに、教室を満たし始めたザワザワという騒音の中に溶け込んでいた。


 リュックが引きずられ、椅子が床に擦れてガタガタと音を立てる。雑草が生い茂るように私語が芽吹き、特に大胆な何人かはすでに立ち上がって、教師の存在を完全に無視していた。その混沌の最中、わずかな生徒だけがまだ前を向いていた。


 その一人こそが、三浦竜斗だった。


 彼の、いかなる輝きも意志も宿さない虚ろな目は、依然として教師に固定されていた。手は機械的に動き、ペンがノートの上を滑る。彼は興味からではなく、退屈なまでの実用主義から、最後の一言一句までを記録していた。勉強は義務であり、完璧なノートを取ることは、その義務を果たすための最も抵抗の少ない道だった。


「覚えておけ、この内容はテストに出るからな。しっかり勉強するように!」教師の声には一滴の希望が滲んでいた。この無気力な十代の集団に、わずかでも責任感を植え付けようとする最後の試みだ。もちろん、大半の生徒はその警告を耳にすらしておらず、その心はすでに昼食や放課後の計画へと飛んでいた。


 竜斗は、彼が机の上の本や書類の山を整えるのを眺めた。男の唇から、ほとんど聞き取れないため息が漏れる。(先生っていうのも、面倒な仕事だな…)その思考は、彼の他の日常と同じくらい単調で、感情を欠いたまま、少年の心をよぎった。


「うわー!三浦くんって、先生が言ったこと、本当に全部メモしてるんだね!」


 その声は彼のパーソナルスペースを右側から、耳に近すぎる位置から侵犯した。細く、ほとんど甲高い、彼がすでに慣れ親しんだ背景雑音の中の不協和音。それは、彼女の声だった。


「ただ、勉強の役に立ちそうなことは全部書き留めてるだけだよ…」彼は顔を向けずに答えた。その一音一音に、気だるさが重くのしかかっていた。


「面白いね!三浦くん、頭良さそうな顔してないのに!」秋山真琴は、あまりにも純粋に楽しげな口調で、悪意を持って解釈することなど到底不可能な言葉を放った。彼女にとっては、それはただの無邪気な感想。竜斗にとっては、また一つ、不必要なやり取りが増えただけだった。


 彼は答えなかった。いかなる反応も見せなかった。厄介事に対処する最善の方法は、注意を払わないことだ。彼はただノートに視線を戻し、最後のメモを見直すふりをした。


「ちょっと!無視しないでよ!」


 右肩に彼女の手が触れるのを感じた。ユサユサと、軽いが執拗な動きで体を揺すられる。彼の体は動じなかった。実際のところ、それは彼が身につけざるを得なかった忍耐力であり、妹の咲が何かをねだるたびに、全く同じように揺さぶられてきた数年間で習得した反射だった。ただ、このスキルを学校で使うことになるとは思っていなかった。女子に。クラスで一番人気があって、客観的に見て一番可愛い女子に…


(あぁ、もう…)


 そして、彼はそれを感じた。視線だ。無数の視線。まるで針で肌をチクチクと突き刺されるようだった。男子生徒たちの視線は敵意に満ち、原始的な嫉妬をはらんでいた。(なんであんな無表情の負け犬が、彼女の注意を引いてるんだ?)…僕の生皮を剥がしたいらしいな。女子生徒たちの視線は違った。もっと分析的だ。(なんで真琴ちゃんが、あんな奴に時間を無駄にしてるんだろう?)


 彼の匿名性の泡が侵害され、彼はその一瞬一瞬を憎んでいた。


 その光景を観察している、もう一組の目があった。彼が予期していなかった人物――教師だ。教室の前の彼の場所から、竜斗と秋山のやり取りだけでなく、彼らの周りに形成されつつある敵意の網が見えていた。


「三浦竜斗くん!」


 権威のある、彼がめったに使わない声色が空気を切り裂いた。秋山はビクッと驚き、まるで熱いものに触れたかのように竜斗の肩から手を引っ込めた。竜斗は、彼女が視線をそらし、「あたしじゃないもん」とでも言うように、小さな口笛を吹き始めるのを横目で見た。


「はい」竜斗は呼ばれて応えたが、その声はいつもの中立的なトーンを保っていた。


「この書類を職員室まで運ぶのを手伝ってくれないか?」教師の声は普段の穏やかなものに戻っており、命令というよりは頼みのように聞こえた。


「あ…はい…」


 彼は立ち上がった。安堵感はあまりにも微かで、彼自身ほとんど気づかないほどだった。この状況から逃れられるなら、何でもよかった。次の授業、昼休み前の最後の授業まで、あとわずかだ。


◇ ◇ ◇


 学校の廊下は別世界だった。ワックスがけされて窓からの光を反射する木の床が、彼の足元でキシキシと鳴る。他のクラスの生徒たちがグループで話し、その声が外の蝉のジージーという絶え間ない鳴き声と混じり合っている。それはありふれた、ほとんど馴染み深い不協和音だった。そして、ある意味、落ち着くものでもあった。


 彼が運んでいる段ボール箱は重くなく、教師が持っているものも、彼にとって大した労力ではなさそうだった。口実は明白だった。その気になれば、教師は一人で二つの箱を運べただろう。


 だが、そうしなかった。そして竜斗はその理由を知っていた。


「それで、三浦くん」教師が少し躊躇いがちに口火を切った。「最近、友達はできたのかい?」まるで、臆病な動物に触れるかのように、彼はその話題に恐る恐る触れているようだった。


「いえ」少年の返事は素っ気なく、直接的で、自動的だった。


「できてないのか?」教師は純粋に驚いているようだった。「だ、だが、秋山さんは?」


「あぁ…秋山さん…」竜斗の声からは、いかなる感情も抜け落ちていた。「昨日、彼女を助けたんです。だから、親切にしてくれてるだけだと思います。友達じゃありません」


 教師は心底憤慨したような顔をした。彼はスタスタと歩調を速め、竜斗の目の前で突然立ち止まり、彼もまた足を止めさせた。


「そんなこと、絶対に彼女に言うなよ、三浦くん!」


「どうしてです?」事実なのに。「僕たちは、友達じゃありません」彼は視線を上げ、教師の顔をまっすぐに見つめた。その目は虚ろだったが、軽蔑や侮蔑はなく、ただ事実の確認、彼が心から信じていることの表明があるだけだった。


 教師は**はぁ…**と、不満をたっぷり含んだため息をついた。(この子をどうすればいいんだ?)彼の視線は、竜斗の目の奥に何かを見つけようとしていた。「そんなことを聞いたら、彼女が傷つくだろう。だから言うな。絶対にだ」彼は教師としての責任と知恵をもって、権威ある口調で言おうと努めた。


「…分かりました」それが竜斗の返事の全てだった。


 彼らはすでに職員室の前に着いていた。引き戸は開いており、中で他の教師たちが話しているのが見える。


 年寄りというわけでも、特に若いというわけでもない。だが、森田先生はいつもどうにかして親切であろうとしてくれる。


 教師は近づき、自分の箱を竜斗の箱の上に置くと、少年の疑念を裏付けるかのように、二つの箱を軽々と持ち上げた。


「ありがとう、三浦くん」


 彼は振り返って部屋に入り、竜斗を廊下に一人残した。


「いえ…」


◇ ◇ ◇


 次のチャイムが鳴り、昼休み前の最後の授業の始まりを告げるまで、あと数分。貴重なわずかな時間。教室に戻る途中、竜斗は進路を変え、トイレのドアを通り過ぎた。


 それは、ささやかな戦術的避難だった。教室にいれば、自分が標的になることは分かっていた。視線、ひそひそ話、もしかしたら直接的な挑発さえあるかもしれない。森田先生は彼を屠殺場から引きずり出してくれた。そして竜斗は、その休戦を可能な限り引き延ばすつもりだった。彼はただ時間を潰し、数分間だけでも敵対的な環境を避ける必要があった。それがどれほどの時間であろうと、関係なかった。


(一分もあれば、誰かに絡まれるには十分だ)


 あるいは、それが竜斗の望みだった。平和が長続きすることは、めったにない。


「三浦!」


 タイル張りの壁に反響する、ガラガラとした敵意に満ちた叫び声がトイレのドアから響いた。


 竜斗は手を洗い終えた。冷たい水の流れだけが、その場の唯一の音だった。鏡に映る自分の姿に目を上げる。いつも通り、虚ろで、意志のない顔。その目は、鏡越しに彼を睨みつける目――昨日、中庭で彼に絡んできた茶髪の少年の目――とは正反対だった。


 彼の目は生気に満ち、竜斗にとっては全く非論理的な怒りと不満に支配されていた。少年の嫉妬の起源は理解できなかったが、それが問題であることだけは特定できた。(ああ、昨日の問題の続きか)


 彼は蛇口を閉めた。突然の静寂が、緊張を手に取れるほどにした。彼は落ち着き払って、ドアに向かって歩いた。


「何の用だ、佐藤くん?」竜斗は、出口を塞ぐ少年の数歩手前で止まって言った。


 佐藤は彼を睨みつけ、胸が重い呼吸で上下し、顎が食いしばられていた。どちらも動かない。重苦しい空気が数秒間、静かな膠着状態を作ったが、それを破ったのは竜斗の、いつもの無感動さだった。


「どいてくれ…」


「待てよ、三浦!」佐藤の手がバッと伸び、竜斗の肩を掴んで、乱暴に前へ引いた。


「なんだよ、テメェ?秋山さんが同情してくれてるからって、いい気になってんじゃねーぞ?」


(同情?親切にされてるだけだと思ってたが…同情も、まあ、十分な理由か。どっちでも大差ない)


「何も思ってない…」返事は、他のどんな言葉とも同じように、感情を伴わずに発せられた。


 竜斗の視線は、佐藤のもう片方の、体の横で握りしめられている手に落ちた。彼は拳をすさまじい力で握りしめ、指の関節が白くなっていた。竜斗は内面的に衝突に備えた。恐怖からではなく、避けられない不快な出来事を待つ者の退屈さで。だが、パンチは来なかった。


「彼女に近づくな!分かったか!」佐藤の声は低い唸り声だった。


「別に、僕から近づきたいわけじゃない。でも、分かった。関わらな―」


 彼が言い終わる前に、佐藤はとてつもない力で彼のシャツの襟を掴み、その顔を自分の数センチ前まで引き寄せた。少年の歯は食いしばられ、その目は犬のような怒りで充血していた。


「この野郎!テメェのその顔が、その態度が、ムカつくんだよ!」佐藤の右拳が上がり、竜斗の頭の横で空中で震えた。握りしめられた手は、目に見えてブルブルと震えている。(怒りか?それとも恐怖?問題を起こすことへの恐怖か?それとも、俺が期待通りに反応しないことへの恐怖か?)


「怒らせるつもりはなかった、ごめん…」その謝罪は、彼があらゆる摩擦に使う社会的潤滑油として、純粋な反射で口から出た。


 その言葉は、佐藤の魔法を解いたようだった。不満の唸り声と共に、彼は殴らなかった。代わりに、竜斗をドンッと暴力的に突き飛ばした。竜斗はよろめいたが、バランスは保った。佐藤は腕を下ろし、顔はまだ俯いたままで、歯をギリギリと鳴らしていた。彼が顔を上げて竜斗の目を見たとき、その瞳はまだ燃えていた。


 だが、竜斗は何もせず、ただクシャクシャになった制服の襟を直した。


「じゃあ、失礼する」


 彼は、まだ麻痺したように立ち尽くす佐藤の横を通り過ぎ、廊下を歩き続けた。佐藤は後ろに取り残され、拳はまだ握りしめられたまま、無力な怒りと共に床を見つめていた。


 廊下のドアがバタンと静かに閉まる音だけが聞こえ、彼はそこに置き去りにされた。彼の怒りと、ただ一人で。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 数学は歴史と同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に退屈だった。女教師の声は単調な羽音のようで、抑揚も情熱も一切なく、まるで買い物リストでも読み上げるかのように数式を唱えている。この場の唯一のリズムは、竜斗のペンがノートにカリカリと書き込むかすかな音、近くの机で指がトントンと叩かれる苛立たしい音、そして誰かが絶え間なく足を揺する音だけだった。不安と退屈が織りなすシンフォニーだ。


 そして、外では、蝉の鳴き声。それはどこにでもあり、退屈だったが、不思議と苛立たしくはなかった。その音には、どことなく心を落ち着かせるような一定のリズムがあった。


 教師とほぼ同時に教室に滑り込み、廊下から逃れたにもかかわらず、竜斗はやはり標的になった。いくつかの好奇の目が、彼の席まで後を追う。そして決定的な一撃は数分後、教室のドアがガラリと開き、遅刻してきた佐藤が現れた時だった。自分の席に着く前に、彼の目は竜斗の目を捉え、純粋な軽蔑の眼差しが教室を横切って敵意と共に投げつけられた。トイレでの一件はまだ終わっていない、という無言の約束だった。


 ついに、金属の鐘をハンマーが叩く。その音が授業の終わりと、待望の昼食の始まりを告げた。まるでオートマトンのように、教室は動きと音で爆発する。そして、いつものように、竜斗は自分の席で身じろぎもせずに、ただ観察していた。いつもと同じ儀式。私語が支配的な音となり、弁当箱から温かいご飯とおかずの匂いが漏れ出す。椅子がキーキーと引きずられる甲高い軋み。木の床をタタタッと駆け足で進む音。


 彼は待った。五分間。人間の波が引き、通路が空になるのに必要な時間だ。教室がほとんど空になった頃、竜斗はついに動き出し、リュックから弁当箱を取り出し、いつものあのベンチ、彼の個人的な聖域へと向かう準備を整えた。


 だが今日、その儀式は破られることになる。


 バンッ!


 静まり返った教室に、彼の手が机を力強く叩く音が響き渡った。彼がビクッと小さく飛び上がった、その無意識の驚きの痙攣は、そこにまだ残っていた数人の女子生徒たち――その手の主を含めて――の笑いを誘うには十分だった。


「あら、三浦くん。今は臆病な子猫ちゃんみたいだね?」


 いつもの女性の声だった。以前は、遠くでしか聞くことのなかった珍しい音。だが昨日から、その声はとても、とても近くで聞こえるようになっていた。彼が積極的に拒絶したいと願い始めている距離で。


「秋山さん…」


「ねえ、三浦くん。あたしたちと一緒にお昼食べない?」彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。「由美ちゃんはどのみち購買に行かなきゃいけないから、どこか隠れた場所で食べられるよ」彼女の口調はからかうような、芝居がかったものに変わった。「闇の王は注目されるのがお嫌いですもんね。ううううう…」彼女は指を鉤爪のように曲げ、安っぽいホラー映画の幽霊のように、そろりそろりと近づいてきた。


「悪い、秋山さん」


 竜斗の声は、彼女が聞き慣れているよりもずっと固かった。声は大きくなかったが、真琴の幽霊のポーズを揺らがせるほどの重みを帯びていた。


 彼女は、はっと彼をちゃんと見た。すると、彼女の唇から冗談めいた響きが消えた。彼の眼差しは相変わらず虚ろで、意志がなかった。だが、それに続く言葉は、その無気力さとは矛盾していた。意図的だった。


「秋山さん、悪いけど…僕を放っておいてくれないか?」


 その後に続いた沈黙は、重く、気まずかった。真琴の顔は、相反する感情が入り乱れるキャンバスのようだった。衝撃。混乱。そして、チクリと刺すような痛み。彼女は、これほど唐突で、直接的な拒絶を予期していなかった。彼女にとっては、それは冗談だった。近づこうとする試みだった。


「どうして…?」彼女の声は、ほとんど囁きのようだった。「あたしたち、友達じゃないの?」


 友達…またその言葉だ。それは、竜斗が心の底で理解を拒む、重み、責任、意味を伴っていた。


(やらなきゃいけないんだ。必要なことだ。僕自身のために。僕の平穏のために)


 教室に残ったわずかな者たちの視線が彼を突き刺す。そして徐々に、沈黙が訪れる。彼の心の中の、沈黙が。


(世界が、無音だった)


 静寂の中、切迫感が固まっていく。(やらなきゃいけないんだ。必要なことだ。僕自身のために。僕の平穏のために)


「秋山さん、僕は―」


(『そんなこと、絶対に彼女に言うなよ、三浦くん!』)


 森田先生の声。記憶。命令。躊躇いが彼を麻痺させた。横目で、教室のドアに立つ人影が見えた。佐藤だ。同じ敵意に満ちたしかめ面、純粋な軽蔑の眼差しが彼に固定されている。外からの圧力、内なる戦い。


「僕は…」


 その時、無意識の、彼を押し潰すプレッシャーから生まれたチックのような仕草が出た。彼の左腕がゆっくりと上がり、その手が左耳の上に置かれると同時に、彼の頭は窓の方へ、虚空へと向けられた。


「…ただ、君の…その、奔放さに慣れてないだけなんだ」彼は窓に向かって、低い声で言った。「ただ…僕のスペースを尊重してほしい」


「あ…」真琴は、反応できずに声を漏らした。「うん、分かった、三浦くん…」


「よかったら―」


「失礼する」


 罠から逃れるネズミのように、竜斗は彼女の言葉を遮って立ち上がった。弁当箱を掴むと、早足で教室を出て、ドアのところで彼を軽蔑の目で見つめる佐藤とその友人の横を通り過ぎた。


 真琴は立ち尽くし、彼が消えた空っぽの出入り口を見つめていた。その顔にはまだ混乱があったが、何か別のものが形作られ始めていた。彼女の視線は、まだ竜斗が消えた廊下を睨みつけている佐藤へと移った。彼女は、そのしかめ面、変わることのない純粋で不合理な敵意を見た。


 それは、勝利への反応ではなかった。恒常的な状態だった。


 そして今回、真琴は理解した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 コンクリートのベンチは足の下で冷たく、午後の日差しが肩を温めるのとは対照的だった。ここが、彼の聖域だった。学問の世界の喧騒が、蝉の音の壁によってかき消される、学校の忘れられた一角。彼の前には、緑の濃い海のように森が広がり、遠くには、山の堂々たるシルエットが地平線に浮かび上がっていた。


(平穏だ)


 ついに、静寂。彼が何よりも重んじる孤独。朝の騒動、隠された対立、そして逃走の後、ここが彼の防御を再充電する時間だった。彼はすーっと深呼吸し、新鮮な空気が肺を満たすのを感じ、膝の上の弁当箱のわずかな重みを感じた。


(モブキャラから脇役Bへのこの昇進は、耐え難い負担になりつつあるな…)


 だが、彼の思考は平穏ではなかった。教室での光景が、心の中で繰り返される。彼女の顔に浮かんだ表情が。


 彼は正しいことをしたのだろうか?秋山さんにあんな話し方をしたのは…正しい決断だったのか?別に彼女が嫌いなわけじゃない。それどころか。彼女のエネルギーは遠い太陽のようだ。観察するのは面白いが、近づきすぎるとあまりにも痛々しい。


(僕は、ひどい言い方をしただろうか?彼女を、傷つけただろうか?)


 森田先生の命令――(『そんなこと、絶対に彼女に言うなよ、三浦くん!』)――が頭の中で反響し、彼の孤立への欲求に苛立たしく対抗する。彼は命令を果たすのに失敗したが、自身の目的を達成するのにも失敗した。彼女を完全に拒絶したわけでもなく、受け入れたわけでもない。結果は、悲惨な中途半端だった。


(それに、なんで…なんで、こんなことが気になるんだ?)苛立ちが胸の中でふつふつと沸き上がった。珍しく、そして望まない感情。無気力は彼の鎧であり、その鎧にひびが入り始めていた。


「三浦くん、見ーつけた!」


 彼女の声が、蝉の鳴き声を切り裂いて、水晶のように澄んだ音符となって響いた。竜斗はゆっくりと顔を右に向け、中庭に通じる廊下の開口部を見た。そこに彼女は立っていた。光を背に、あまりにも無防備に見えるほど純粋で誠実な笑みを浮かべて。彼女の赤みがかった茶色の髪が、太陽の下で炎の反射のように輝き、熱に逆らうかのようなワインレッドのカーディガンが、彼女を周囲から際立たせていた。


 一瞬、世界は再び音を失い、ただ彼女だけに焦点が合ったように見えた。


(どうして?どうして彼女は僕を追いかけ続けるんだ?)


「ねえ、こんな隠れた場所で何してるの?」彼女は、彼が必死で保とうとしている距離を縮めながら、無邪気な好奇心に満ちた声で尋ねた。


(頼むから…僕を放っておいてくれ)その願いは、彼の心の中の静かな叫びだった。


「真琴ちゃん、何してるの?遅れちゃうよ!」彼女の友達の一人の声が廊下から彼女を呼んだ。


 それは、ほんのわずかな隙だった。一瞬の油断。真琴は後ろを振り返り、友人に手を振った。「今行くってば!あれ?」


 その隙こそ、彼が必要としていた全てだった。彼女が振り返った瞬間、竜斗の自己保存本能が支配権を握った。怯えた動物のように、彼は動いた。思考はなく、ただ行動あるのみ。彼は立ち上がり、道の脇にある茂みの濃い葉の中に飛び込んだ。制服がガサガサと葉に擦れる音は、彼女の友人の呼び声にかき消された。


 真琴が唇に笑みを浮かべて振り返った時、そこには空っぽのベンチと、サラサラと静かに揺れる葉があるだけだった。少年は、消えていた。


◇ ◇ ◇


 二階の廊下を歩きながら、竜斗はいつもの仮面を保っていた。虚ろな顔、無気力な眼差し。しかし、その心には小さな憤りがあった。彼はあのベンチに、自分の弁当を忘れてきてしまったのだ。


 逃走は彼の心臓をわずかにドキドキと高鳴らせ、苛立たしい感覚を残した。かつては匿名の避難所だった学校が、今や地雷原と化していた。


 角に近づいた時、彼は女性たちの笑い声を聞いた。その声の一つ、特に、紛れもなかった。水晶のようで、エネルギッシュで…あまりにも聞き覚えがありすぎた。


 考えるまでもなかった。躊躇なく、竜斗はくるりと踵を返した。戦術的、そして本能的な後退。彼の足は、ちょうど真琴とその友人たちが楽しそうに話しながら角を曲がったその瞬間に、今来たばかりの廊下を引き返させた。


 彼は遠くから彼女たちを観察した。真琴は笑い、身振りを交え、会話に完全に夢中になっているように見えた。だが彼女の目…彼女の目は落ち着きなく動いていた。レーダーのように、廊下を端から端までキョロキョロと見渡している。


 彼女は、彼を探していた。


◇ ◇ ◇


 屋上へ続く階段は、たいてい人気がなかった。時間を潰すには良い場所だ。階段を上っていると、竜斗は上から、こちらに向かって下りてくる足音を聞いた。普段なら、彼の完全な好奇心の欠如は、何も考えずに単に引き返させたことだろう。だが今日、パラノイアが彼に上を見ることを強制した。


 手すりの隙間から、彼はそれを見た。動きに合わせて揺れる、赤みがかった茶色の髪の滝。彼女だった。


 彼は残りの姿を見るのを待たなかった。抜き足差し足で、今上ったばかりの階段を下り、彼女の足音に自分の足音をかき消した。下の階に隠れ、彼は彼女が通り過ぎるのを見た。今は一人だ。彼女は踊り場で立ち止まり、廊下の両側を見て、唇が不満そうに小さく尖ってから、再び歩き続けた。


 狩りは、まだ続いていた。


◇ ◇ ◇


 トイレのドアが彼の後ろで閉まった。竜斗は鏡の中の自分の反射を見つめた。虚ろ。無気力。疲労困憊。彼の教室は、敵対的な領域ではあるが、今や最も安全な場所に思えた。彼は、真琴がすぐにはそこに戻らないことを知っていた。彼女は学校をパトロールするのに忙しすぎた。


 諦めて、彼は外に出て、自分の教室に向き直った。少なくともそこでは、脅威は予測可能だった。


 彼が二年生の教室の前を通りかかった時、声が彼を呼んだ。


「三浦くん?」


 彼はピタッと止まり、体が硬直した。教室のドアに立っていた少女は、オレンジがかった色の、長いストレートの髪をしていた。彼は、彼女が先ほど真琴と一緒にいて、からかうような笑みを浮かべていた友人だと認識した。夏川由美だ。


「あなた、真琴から逃げてる―」


 バンッ!


 彼女は瞬きする暇もなかった。一瞬の動きのブレの中で、竜斗は横っ飛びに、先輩たちの教室のドアをグイッと押し開け、中に滑り込んだのだ。


 訪れた衝撃の沈黙は、ただ混乱した囁き声によってのみ破られた。竜斗は閉まったドアに背をもたせ、胸をハアハアと急速に上下させ、目を見開いていた。彼は、驚きと面白さが入り混じった表情で彼を見つめる、二年生で満員の教室を見渡した。


 彼の眼差しは、猫からの必死の逃走の末、ライオンの巣穴に迷い込んでしまった、追い詰められたネズミのそれだった。


(隠れる場所がよりにもよって…ここかよ…)その思考が、哀れに、彼の心に響いた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


(なぜだ?なぜ彼女は僕を追いかける?)


 その問いが彼の心に響いたが、すぐに、より鋭い別の問いに取って代わられた。


(いや…違う。正しい問いは…なぜ『僕』は逃げているんだ?)


 その気づきは、まるで殴られたかのように彼を打ちのめした。彼は追跡の受動的な犠牲者ではなく、積極的な参加者、一人の逃亡者だった。そして、なぜ?自分の平穏のため?自分の学校で身を隠し、すべての廊下を敵地のように扱わなければならないような平穏とは、一体どんなものだ?


(いっそ…転校するか)その思考は、戦うことを諦めた者の最後の解決策として、唐突に、そして卑劣に浮かび上がった。


 彼は建物の裏手にあるロビーに戻っていた。今や侵害された彼の聖域に、危険なほど近い。腹が減っていた。もしかしたら、彼の弁当はまだそこに、地面に落ちているかもしれない。


 音はいつもと同じだった。外の蝉の催眠的なジージーという鳴き声。他の生徒たちの会話や笑い声の遠い反響。そして、時折聞こえる、ワックスがけされた床を靴がキュッと軋ませる音。


 足音。一組以上。


 彼は俯いて歩き、その目は床に映る天井の歪んだ反射に固定されていた。一足の黒い靴が彼の進路を遮り、彼の目の前にドンと根を下ろした。


 竜斗はゆっくりと顔を上げた。また、佐藤だった。同じ真剣で苛立った表情。彼を見て怒りに燃える同じ目。トイレの時のように、二人は重苦しい沈黙の中で見つめ合った。一瞬、光景が繰り返されるかに見えた。緊迫した膠着状態、それに続く、互いの無言の撤退。


 二人は互いを無視して、横に一歩踏み出した。だが今回、彼らの肩が並んだ瞬間、スッと伸びた手が彼の制服を掴んだ。その引きは、以前よりも強く、より乱暴だった。


 しかし、竜斗は佐藤の正面に投げ出されたのではなかった。彼は横へ、彼を掴んだ者の方向へと引きずられた。金髪に染めた少年が彼をぐいと引き寄せ、その顔を数センチの距離まで近づけた。彼の眼差しは、ただ怒りだけだった佐藤とは違った。この少年は、憎悪の目で彼を見ていた。純粋で、理不尽な憎悪。


「よう、クソ野郎」少年は唸り、その声には不浄な怒りが込められ、嫌悪の響きが明らかだった。「健太にちょっかい出してんのはテメェだって聞いてっけどな」


「僕は何も―」


「黙れや、クソが!」金髪の叫び声がロビーに響き渡り、いくつかの顔がハッと振り向いた。


「あんまりきつく当たるなよ、涼平」三人目の少年が、からかうような笑みを浮かべて言った。佐藤と先ほど一緒にいた茶髪の少年だ。「怖くてションベンちびらせたいわけじゃねーだろ?」


 しかし、佐藤はただ腕を組み、不快そうな表情で観察しているだけだった。彼はこれを望んでいなかった。「おい…」


「テメェの鼻、へし折ってやろうか、ああ?」涼平は佐藤を無視し、竜斗の襟をギリギリと締め上げながら言った。


 だが、竜斗は反応しなかった。彼の眼差しは虚ろで、意志がなかった。その表情は恐怖を示すどころか、苛立ちさえ見せなかった。それは虚無だった。彼に向けられる全ての敵意を飲み込んでしまうかのような、無関心の井戸。


 彼は…関心がなかった。


 首筋に食い込む襟の力。あの二人の少年からの憎悪と軽蔑の眼差し。彼らの怒りに歪む表情。蝉の鳴き声…鳴き声が…彼が…


 音は歪み始め、遠ざかり始めた。まるで水中に沈められていくかのようだ。世界が無音になっていく。


 初めてではなかった。耳に綿が詰められていく、この馴染み深い感覚。涼平ともう一人の少年の口が動き、嘲笑しているのが見えたが、もはや彼らの声は聞こえなかった。他の生徒たちの遠い笑い声が消えた。そして最後に、単調で心地よかった蝉の鳴き声が…沈黙した。


 彼の顎が、制御不能にガクガクと震え始めた。彼の手は、まるで自らの意志を持つかのように、ゆっくりと、スルスルと上がり、もはや存在しない音を遮断しようとする無駄な試みで、両耳を覆った。


 以前はただ虚ろだった彼の眼差しが、ますます…生気を失っていく。彼はシャットダウンしていた。彼らが決して届かない唯一の場所へと、後退していた。


(ただ…早く、終わってほしい)


「もうやめなさい!」


 一つの叫び。一つの声。沈黙を突き破った最初の音。鮮明で、怒りに満ちていた。


「あ、あ、秋山さん!?」佐藤はどもり、その声には明らかなパニックがあった。


 真琴は数メートル離れたところに立ち、拳を体の横で固く握りしめ、正義の怒りでそのグループを睨みつけていた。「あなたたち、何してるつもり?」


「俺たちは…ていうか、オレらは…」涼平は正当化しようとしたが、その声から傲慢さが消え失せていた。


「ただコイツと遊んでただけだよな、三浦?」金髪は最後の悪あがきで、無理やりの笑みを浮かべて竜斗に振り返った。「あれ?」彼の表情は、竜斗の顔、その目に宿る完全な生気のなさを目にして、ぐにゃりと歪んだ。


「…うん…」竜斗の声は、いかなる感情も意志も欠いた、ただの吐息として漏れた。


「今すぐやめないと先生を呼ぶから!」真琴は一歩前に出て、脅した。


「チッ!」涼平は舌打ちした。彼は竜斗をドンッと突き飛ばして解放し、不機嫌で敗北した様子で歩き去った。もう一人の少年は、真琴に怯えた一瞥を投げかけ、彼に続いた。佐藤は、顔に恐怖を貼り付けたまま、麻痺してその場に残った。


 真琴は怒りの視線を彼に突き刺した。「あなたも、行きなさい!」


「俺は、別に…」


「行きなさい!」彼女は、反論の余地を与えないほど固い声で、宣言した。


「来いよ、佐藤!あんなアマ、放っとけ!」涼平が遠くから叫んだ。


 佐藤は真琴を見て、それから、頭を下げ、まだ耳の近くに手を置いたまま、沈黙している竜斗を見た。悔しさの波が彼の体を駆け上った。彼は拳を握りしめ、何も言わずに友人たちの後を追った。


 再び沈黙が訪れたが、今回は違う沈黙だった。竜斗はゆっくりと手を下ろした。


「…どうして?」彼の声は、静かな避難所から現れて最初に発した問いとして、か細い囁きのように漏れた。


 真琴は近づき、彼女の怒りは消散し、優しく、ほとんど悲しげな表情に変わっていた。


「三浦くんは、あたしの友達だから」彼女は、問いではなく、事実として宣言した。


 彼がそれを処理する前に、彼女は彼の手を取った。彼女の感触は温かく、しっかりしていた。彼を現実へ、音のある世界へと引き戻す、錨となる仕草。


「ちょっと、あたしに付き合って」


 彼女の手の感触は温かかった。


 彼女の手はしっかりとしていて、驚くほど小さく、彼を現実へと引き戻し、彼が溺れていた静寂の奈落から引き上げる一点の熱源だった。


 彼女は彼を引っぱっているのではなかった。導いていた。そして、初めて、彼は抵抗しなかった。竜斗は導かれるままに、熱源に従うオートマトンのように、学校の廊下から連れ出された。廊下の音は、ゆっくりと意味を取り戻し始めていた。


 目的地は、彼の聖域だった。あの古いコンクリートのベンチ。彼女はついに彼の手を離し、突然の冷たさがその場所を占めた。


「まだ食べてないでしょ?」彼女は、先ほどの怒りが完全に消え去った、優しい声で言った。


「…うん」竜斗は、言葉が吐息のように漏れて、答えた。


「あたしもまだ」彼女は小さく微笑んで認めた。彼女はバッグから、購買で買ったメロンパンと、それから、彼の弁当箱を取り出した。


 彼は躊躇い、自分の食べ物と彼女の顔を交互に見た。


「ほら、早く取って。後悔してあたしが食べちゃう前に」彼女は彼の前で容器をフリフリと揺らしながら、からかった。


 彼が弁当箱を受け取ったとき、その指が彼女の指に一瞬触れた。竜斗が座ると、彼女も彼の隣に座り、二人の間に少しスペースを空けた。しばらくの間、唯一の音は、単調で、心地よく、そして絶え間ない蝉の鳴き声だけだった。


「あのね…」一口飲み込んだ後、彼女が口火を切った。「今日、すっごく大変だったんだから。休憩中、ずっとあなたを探してたんだよ」彼女の声には非難の色があったが、それは軽く、ほとんど拗ねているようだった。


「…ごめん」少年の防御メカニズムは、彼が抑える前に作動した。


「どうして三浦くんは、いつも謝るの?」彼女は、長くて少し芝居がかったため息をついた。


「僕には…分からない」彼は答えたが、それは紛れもない真実だった。(ただの…反射なんだ。他に何を言えばいい?)


 沈黙が戻り、蝉のシンフォニーに満たされた。「三浦くん」彼女は、今度は真剣な声で呼んだ。「どうしてあたしから逃げたの?」


 彼は咀嚼を止めた。その問いは、重く、避けがたく、宙に漂った。竜斗は答えることができなかった。


(言えない。彼女のせいだと言えば、彼女を責めることになるし、それはフェアじゃない。他の連中のせいだと言えば、僕は哀れな臆病者に見えるだろう…まあ、別にどう思われても構わないけど…)


 彼は沈黙したまま、存在しない出口を探して心が駆け巡った。


 彼女は彼の沈黙を観察し、その眼差しは和らいだ。パズルのピースがはまったようだった。


「…そっか。…ごめんね」


 彼女から発せられたその言葉は、どこか間違っているように聞こえた。


「君が謝る必要なんて、何もない」


 彼女は顔を上げ、真剣な表情が悪戯っぽい笑みに変わった。「当たり前じゃん!謝るべきは、こんなに非社交的な闇の王の方なんだから!」彼女は彼の腕をツンツンとつついた。「ううううう…」


 秋山は、水晶のようで純粋な笑い声を上げた。彼は、いつものように、反応しなかった。だが、内側で、何かが動いた。頑固な思考が、頭の中でガンガンと鳴り響いていた。


(秋山さんは…こんな、何者でもない僕に、一生懸命話しかけてくれる。僕は…僕は、試さなきゃいけない)


 それは、か細い決意だった。だが彼は、少なくとも一度は、試してみることにした。


「秋山さん…」

「三浦くん…」


 二人はピタッと止まった。気まずさが一瞬、空中に漂った。


「お先にどうぞ」二人はユニゾンで言った。


 彼女は再び笑い、手で口を覆った。そして竜斗は、胸に奇妙な締め付けを感じた。悪いものではなかった。ただ…奇妙だった。


「分かった、じゃああたしからね」彼女は落ち着きを取り戻し、彼の方に向き直り、その目をじっと見つめて言った。「三浦くんは、あたしを見てどう思う?何が見える?」


 その問いは、彼を不意打ちした。彼が見るもの?誰もが見るイメージだ。「君は…クラスで一番人気がある女子だ。綺麗で、エネルギッシュで、いつも笑っていて、友達に囲まれてる。注目の中心。少し戸惑うくらいで、正直、空気が読めないところもあると思う…」彼の返事は表面的で、事実の報告書だった。


 彼女は顔をしかめ、彼の肩をポンッと軽く叩いた。「ひどい!それだけ?なんか、あたしの個人ファイルでも読んでるみたいじゃん」


 しかし、会話を続けようとする意図で、彼は言った。「じゃあ、秋山さんは?僕に何が見える?」


 彼女は躊躇わなかった。


「変な人」彼女は、残酷なほどの正直さで言った。「それに、すっごく無口」


(間違ってはいない。少しチクリときた。でも、人から言われて気持ちのいいものじゃないな…)


「…でも、優しいよ!」彼女は、前の言葉の厳しさを完全に打ち消すほど晴れやかな笑顔で、そう締めくくった。


「優しくない」彼は瞬きし、言葉を処理した。優しい?


「優しいよ!」彼女は、さらに身を乗り出して主張した。「あたしをあの人から、影でこっそり助けてくれた。それに…それに、今日は…あたしのせいで、一人であんなの耐えてた。それって…すごく、優しいことだよ」


 竜斗は息が詰まるようだった。彼が気づかないうちに、プレッシャーから生まれた反射として、その仕草が出た。彼の左手がゆっくりと上がり、左耳の上に置かれると同時に、彼の視線は左へ、虚空へと逸れた。


「別に…君に優しく見られたいわけじゃ…ない」


「三浦くん」彼女の声は、優しかったが、しっかりしていた。「あたしを見て」


 彼はゆっくりと彼女の方に顔を向けた。そして、彼女がそこにいた。彼女の顔が、彼の数センチ前に。彼女の大きくて好奇心旺盛な目が彼を分析し、その唇には小さく自信に満ちた笑みが浮かんでいた。


「あのね…」彼女は囁いた。その声は、彼が彼女の呼吸の温かさを感じるほど近かった。「あんたが嘘つくとき…耳に手をやる癖、あるよね」


 竜斗の目はカッと見開かれた。衝撃が彼の体を走り、彼は本能的に後ずさった。


 真琴の笑みが広がった。「嘘つくの下手すぎ。本当は、あたしに優しいって思われたかったんでしょ」


「僕は…いや…それは…」言葉が彼の口の中で絡まり、意味をなさない否定の混乱となった。


 そして彼女は笑った。甘く、愛らしく、勝利に満ちた笑い声。彼女の笑顔は無邪気で、同時に、信じられないほど抜け目がなかった。彼女は、楽しそうに目を輝かせながら、彼を見た。


「三浦くん、照れてる!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ