第15章「不意の微笑み」第一部
(あいつらが僕の家を選んだのは、僕が他の奴らの家に行く時間がないと思ったからだろう。だが、まさかそれを逆手に取られるとは思わなかった。まさか、あいつらが賢進のお人好しすぎる性格を利用して、僕が次の集まりにも参加できるように仕向けるとは…)
(他の場所で…)
(もちろん、賢進はいつもより多くの人間が家に来るってだけで、まるでお祭りみたいに大騒ぎだった)
(そして…最悪なのは…どうして僕がこんなところにいるのかってことだ。日曜の昼下がりに)
午後の日差しが松本市に強く照りつける。週末特有の気だるい暑さが、アスファルトを溶かしているかのようだ。その家は大きく、静かな通りに際立つモダンな二階建てだった。手入れの行き届いた芝生と色鮮やかな花々が敷地を囲んでいる。静寂を破るのは、甲高い鳥のさえずりだけ。自然な音だが、それでも…どこか違う。
(うるさくない)
街の中心部の小さな賑わいからも遠くないが、竜斗が慣れ親しんだ、谷の山々を抱きしめ、彼の聖域まで続く、あの鬱蒼とした緑とも近いわけじゃない。
静かだ。だが、それは彼の知る静けさではなかった。
風の音が耳を打つが、森の濃密なざわめきを伴わない、クリーンな音だ。
(落ち着かない…)
ろくに知りもしない奴の家に、学校の課題ごときで上がり込むという奇妙な感覚が、重荷になっていた。その重さは、私服姿であることでさらに増幅される。制服という社会的な鎧をまとっていない今、彼は無防備で、曖昧で、「だらしない」存在に感じられた。
汗が首筋を伝い始める感覚。暑さと居場所のなさを物理的に突きつけてくる。
鳥の声と、風の音。
そして、家の中から、笑い声が。
(どうでもいい)
(何でもいい…)
(ただ…何か…)
(僕の体を、落ち着かせてくれるもの…)
彼の手が上がり、指がインターホンのボタンの上で止まった。その隣には、見慣れた名前が書かれた表札。彼が自宅の門の横で見るのと同じ苗字。
『三浦』
彼は押した。
ピンポーン。
その音は静電気のようで、鋭く、まるで握ると弱い電気が走るイタズラグッズのようだった。彼は手を引いたが、人差し指だけが一瞬、宙で伸びたまま、何も指していない。彼の視線は遠く、目の前の壁の模様に焦点を結んでいた。呼吸が、なぜか、徐々に重くなっていく。
(帰りたい…)
衝動。願望。心を駆け巡る命令。
だが、どういうわけか、体は従わなかった。踵を返して消え去るのを、何かが妨げている。目に見えない、重く、非論理的な錨。彼には、その理由が理解できなかった。
(オーケー、三浦くんが遅い…あと二分だ。二分経っても出なかったら、帰る)
彼は待った。肌を圧迫する暑さ。汗がシャツを背中に貼り付かせ始める。だが、誰も出てこない。奥の笑い声は、しかし、強くなっている。女の声だ。夏川さんのエネルギーを感じる。秋山さんも。二人はもう中にいる。
(よし。帰ろう)
だが、もし…
(…もう一回だけ押してみよう。聞こえなかったのかもしれない)
ピンポーン。
再び、あの静電気のような音。そして、再び、無反応。日差しが強い。さっきまではただの湿り気だった汗が、今や耐え難いべたつきに変わり、彼の感覚を苛立たせる。
笑い声はあまりに激しく、彼が属していない社会的なエネルギーに満ちていた。彼が自分を繋ぎとめるためにしがみついていた音――鳥の声と風の音――が、霞み、沈んでいく。
(よし。もういい。帰る)
即座に安堵が体を駆け巡り、肩の緊張が緩んだ。少年は、逃亡の可能性に安堵し、少し興奮しながら、踵を返した。最初の一歩。撤退の動き。咲が頑として「家」と呼ぶ、彼の聖域の安らぎへと戻るための。
「竜斗?」
だが、彼は遠くへは行けなかった。体が凍りつく。
ゆっくりと振り返ると、そこにいたのは背の高い、短く明るい髪を整えた少年――三浦武だった。竜斗と同じく、彼も私服姿だ。だが、自分がよれた下書きのように感じるのとは違い、武は「スタイリッシュ」に見えた。すぎるくらいに。
「わりぃ」武が、気まずそうな笑みを浮かべて言った。右手には、課題グループを迎えるための菓子やスナックが詰まったコンビニの袋が提げられていた。「ちょっとそこまで買い出しに行ってたんだ」
「すまない、僕は…」竜斗が、いつもの無気力な声で、遠い視線のまま口を開いた。失望が顔に浮かんでいる。あと少しで、逃げられたのに。
家の中から聞こえていた笑い声が、武の耳にも届いた。彼は竜斗の死んだような表情と、自分の家を交互に見た。竜斗が何を「思った」のかを理解するのに、そう時間はかからなかった。
「あ!違うんだ!悪い!テレビつけっぱなしにしてたんだよ。ハハハ…」武は言い、気まずそうな表情を深め、乾いた笑い声を立てた。存在しない問題を解決しようとする、無駄な試み。彼を安心させるための。だが、それは竜斗をさらに居心地悪くさせただけだ。
「ほら。入れよ、竜斗」
彼が門を開け、竜斗の聖域への道は、またしても断ち切られた。
武の家は、数分前の音の証拠に反して、静かだった。
玄関を上がった瞬間、竜斗は武が広々とした玄関を横切り、ローテーブルのリモコンを無造作に手に取って、テレビを消すのを見た。缶詰のような笑い声と会話が途絶え、空白が訪れる。
(テレビ…だったのか)
真実が、空気中に漂った。竜斗は、実際、最初に着いたのだ。さっきの笑い声は、テレビの音だった。
(別に、無視されたからどうでもいい。むしろ、帰る口実になるはずだったのに…)
失望は、今や、微かで苦いものに変わっていた。武はテレビについて嘘をついたわけじゃない。彼はただ、竜斗の表情を見て――帰れるはずだったのに、という失望を、無視されたことへの気まずさだと勘違いしたのだ。武の説明は、彼なりの優しさ、竜斗をその感情から救おうとする試みだった。
皮肉にも、その優しさこそが、竜斗の運命を決定づけ、彼をこの場所に留まらせた。
今や、環境の本当の音が立ち昇ってきた。磨かれたフローリングを歩く自分の足音。外で遠く、しかしはっきりと聞こえる鳥のさえずり。クリーンで、ほとんど殺菌されたような静寂。自分の家の混沌とは、あまりにも違っていた。
「両親は?」竜斗は尋ねた。その声は、自分の耳にさえもぎこちなく響く。彼が従うことを余儀なくされた、社会的な台本。
「旅行中。来週まで帰ってこないんだ」武はそう答え、コンビニの袋をテーブルに置いた。キッチンはリビングに面したオープンタイプだ。「悪い点は、俺が料理も家のことも全部やんなきゃいけないとこ…」彼は竜斗に向き直り、穏やかな笑みを浮かべた。「良い点は、家が独り占めできるとこかな」
「寂しくないのか?」その質問は、竜斗が止める間もなく口からこぼれた。(まあ…一週間くらい家を独り占めできるなら、悪くないか。賢進と咲も旅行に行けばいいのに…)
「ちょっとだけな。でも、平気だよ」武は冷蔵庫を開けた。モーターの静かな音と、ドアが開くカチッという音。彼は缶ジュースを取り出し、竜斗に差し出した。「飲む?」
竜斗は缶を受け取った。
カシュッ。
缶を開ける金属音が、静寂の中で際立った。彼は機械的に、ゆっくりと飲み物を口に運んだ。武も自分の缶を開けながら話す。
「一人でいるのはもう慣れてるから。問題ない」彼はそう言い終え、ゴクッと長く一口飲んだ。
しかし、竜斗は、缶を口元で止めたままだった。冷たい金属が唇に触れているが、彼はその先の動作を続けなかった。飲まなかった。
(一人でいるのに、慣れてる?)
何かが、彼の胸を締め付けた。不協和音。時折、真琴のそばで感じるのと同じ感覚。期待が裏切られる音。こいつは三浦武――人気の三浦、注目の的、サッカー場で笑っているのを見る、あの男。そいつが…一人に慣れてる?
竜斗はゆっくりと缶を下ろした。無意識の動作。それが胸の高さで止まる。武は飲み終え、ぷはぁ、と安堵のため息をついた。
「すまない…」
不意の言葉が、彼の注意を引いた。彼は竜斗を横目で見る。「どうした、竜斗?」
「…君について、違うイメージを持ってたから」彼の声は虚ろで、意志がなかった。目は遠く、疲れている。彼の態度は、ここ以外のどこかにいたいと物語っていた。
だが。
その無関心さ、その不本意さにもかかわらず、言葉には重みがあった。それは、告白だった。
武は笑った。自信に満ちた大きな笑みではなく、小さく、どこか物憂げな笑みだった。
「『表紙で本を判断するな』って概念を体現してる奴が、一番それをやっちまうってのは、変な感じだよな…」
小さな笑いが彼の唇から漏れ、その穏やかな目は床に向けられた。「…だから、俺は――」
ピンポーン。
武の言葉は、唐突に遮られた。さっきと同じ、静電気のようなインターホンの音が、家中に響き渡った。
「あ!他の奴ら、来たみたいだ」クラスのリーダーとしての仮面が、即座に武の顔に戻った。
彼は竜斗の横を通り過ぎ、玄関へと向かう。竜斗は、手つかずの缶を持ったまま、リビングの中央に立ち尽くしていた。彼の顔には、疑問の表情。
(だから、俺は…なんだ?)
来たのは、山本颯太だった。彼は髪を短く刈り込み、いつもと同じ穏やかで静かな表情をしていた。武と同じく、彼もまたいつもより「スタイリッシュ」に見えた。薄手のジャケットに、よくカットされたジーンズ。
竜斗は、まだ缶ジュースを持ったままキッチンの真ん中に立ち、背景からその光景を眺めていた。ここにいる中で、自分だけが家で着るのと同じ格好をしているようだった。まあ、実際にそうなのだが。よれたTシャツに、だぶだぶのスウェットパンツ。場違いな感覚が、さらに強まる。
「どうやら、女子たちはまだみたいだな」山本の落ち着いた声が、玄関に満ちた。靴を脱ぐと、彼は軽く頭を下げた。「お邪魔します」
「ああ。あいつらには、後で来るように言っといたから」武が、何気ない様子で答え、彼を中に招き入れた。
キッチンからリビングの入り口まで来ていた竜斗は、立ち止まった。情報が、噛み合わない。「どうして、それを?」
竜斗の声を聞いた瞬間、山本が振り返った。彼の穏やかな顔がぱっと輝き、彼はまるで何年も会っていなかった旧友と再会したかのように、両腕を広げた。
「竜斗!!」
竜斗がそのジェスチャーを処理する前に、山本は彼に抱きついていた。衝撃は柔らかかったが、空間の侵害は完全だった。竜斗は硬直した。缶ジュースが二人の体に挟まれ、彼の顔は純粋な不快感に歪む。
(なぜだ?なぜ、こいつは僕を抱きしめてるんだ?)
混乱と、後ずさりしたい衝動にもかかわらず、彼は相手を引き剥がすために何もしなかった。ただ、そこに立っていた。望まない愛情を受ける、無感動な人形のように。
「実は、わざと女子たちには遅く、お前らには早く来るように言ったんだ」武が、数メートル先で起こっている触覚的なドラマには気づかず、そう言った。彼は腕を組み、自信に満ちたポーズを取り、唇には大きな笑みを浮かべていた。
まだ純粋な喜びの表情で竜斗に抱きついている山本と、その抱擁の中で無言の苦痛を浮かべて軽く揺さぶられている竜斗が、同時に反応した。二人は、武の言葉を聞いて、凍りついた。
彼らの視線が、武に向けられる。
武は、その視線に気づき、自信満々のポーズを解いた。大きな笑みは、いたずらっぽい笑みに変わる。
「…お前らに、頼みたいことがあるんだ」




