93話 エトワール教会で詳しく話を教えてもらいました
「王都のエトワール教会は、誰でも入れる一般的な教会でな。
管理自体は王家と神聖光教団がやってるんだが。」
「神聖光教団?」
「神聖光教団ってのは、要はでかい宗教団体だ。
アーロンを頂点とし、王城のすぐ近くにあるセレスティア大聖堂を本部とする、王国の信仰を統括する組織ってやつだな。
そこの大司祭はハリソン・ダイナ・オコナーって男だ。まぁ、今回は関係ないんだがな。
で、その教団の管轄下にある市民向けの一般教会が、エトワール教会ってわけだ。
神父はダニエル・カーン、シスターはマリン・ラミレス。この二人がメインで教会を動かしてるんだよ。」
「へぇ。やっぱりどこにでもあるんですね、宗教団体っていうのは。」
「まぁな。それで、エトワール教会の中で幽霊騒動が起きてるってわけなんだよ。
“気のせいだ”って何度も言ったんだけどなぁ…。何十件も同じ依頼が来るもんだから、仕方なく、な。」
「何十件…絶叫確定だ…」
ガーノスさんから、この国の宗教団体について教えてもらった。
その神聖光教団が運営する教会の一つ、エトワール教会が今回の幽霊騒動の現場らしい。
歌声が聞こえたり、礼拝中に白い影が見えたりだっけ?
もうテンプレじゃないの、そういうの…。
「ま、そういうわけで頼んだぞ。いつでもいいからよ。」
「あー…分かりました。じゃあ、ひとまずこれから教会の人に話を訊きに行きますか。」
「それもそうだな。よし、じゃあ行くか。」
「行こうぜー!」
こういう“怖い系”の依頼は、さっさと終わらせるに越したことはない。
そう思った俺は、早速エトワール教会に出向いて話を聞くことにした。
神父様とシスターの二人から詳しく話を聞けば、何かわかるかもしれないし、
もしかしたら、幽霊とかじゃない可能性もあるしな。
そう思いながら、ゲートをくぐって教会へと向かった。
エトワール教会は、冒険者ギルドから少し歩いた場所に建てられていた。
その隣には孤児院があり、子供たちが元気に走り回っていた。
その孤児院から出てきたのは、濃紺の修道服に純白のベールとコーフを身にまとったシスター。
穏やかな表情を浮かべる彼女を見て、何だかすでに心が洗われるような気分になった。
「教会って、外から見てもステンドグラスとか構造が綺麗なんですね。」
「一般向けとはいえ、王都の教会だからな。
それなりの見た目をしてねぇと格好がつかないって、昔アーロンが言ってたぜ?」
「へぇー。まぁ、見栄ってやつですかねぇ。」
「皆さま。本日はお忙しい中、お越しいただきありがとうございます。
私は神聖光教団に属するシスター、マリン・ラミレスと申します。
マリンとお呼びくださいね。
この度は教会内で解決できない件でご迷惑をおかけし、申し訳ございません…。
どうか、お力添えをお願いいたします。」
「そんなにかしこまんなって、マリン。ヨシヒロは俺のダチだからよ。
それに従魔たちもついてるから、どうにかしてくれるだろうよ。」
「いつもありがとうございます、ガーノスさん。
しかし、本来は聖職者である私たちが解決すべき問題ですのに…」
「それなのですが、詳しく聞かせていただけますか?」
「はい。では、中へどうぞ。神父様よりお話しいただきます。」
マリンさんは、本来なら自分たちで解決すべき案件だったのにと、申し訳なさそうに、そしてどこか悲しげな表情を浮かべていた。
確かに、霊的なものはこの人たちの専門分野だろうから、手に負えないこと自体が歯がゆいのだろう。
そんなことを思いながら教会の中へ入ると、俺たちを待っていた神父様がこちらを振り返った。
「これはこれは、ガーノス殿。それに冒険者の皆さま、ようこそエトワール教会へ。
私は神聖光教団に属するダニエル・カーンと申します。
このエトワール教会の責任者として、長らくこの地で務めさせていただいております。」
「はじめまして、ヨシヒロです。そしてこの子たちは、私の使い魔と従魔です。
いつ頃から怪奇現象のようなものが?」
「これは、1ヶ月ほど前から続いていることなのですが…」
ダニエル神父から自己紹介を受けた俺は、さっそく詳しい話を聞くことにした。
どうやら1ヶ月ほど前から、夜になると礼拝堂から古い聖歌のような歌声が響くらしい。
聖職者が調べても、歌の出どころは不明。
さらに、礼拝中に白い服を着た女性の姿を見たという人が多数現れたとか。
その姿を見た人は、決まって夜中に何かを探すように徘徊していたらしい。
「それは…やっぱり霊的なもの…ですね。」
「ええ。しかし、我々が除霊を試みても、何の効果もありませんでした。
つまり、神聖魔法では対処できない案件と判断され、魔物の仕業かもしれないと。
それで、ガーノス殿に依頼を出したというわけなのです。」
「なるほど…今の時点ではどちらとも言えませんが、私たちにできることがあるか調査してみますね。」
「ありがとうございます。それでは早速で恐縮ですが、今日一日、こちらで様子を見ていただければと思います。
訪れる方々の中には、魔物や魔獣に抵抗のある方もおられますので、
日が暮れるまではヨシヒロ様おひとりでお願いしたいのですが…」
「分かりました。この子たちにはギルド内で待機してもらいますね。」
神父様の話を聞く限り、霊的な要素もあるし、魔物の仕業かもしれないと言われれば、そうなのかもしれない。
ひとまず俺はガーノスさんにお願いして、ロウキたちを連れて帰ってもらい、日が暮れるまでは家で待機してもらうことにした。
そして、ルーナだけは見た目が普通の猫だから、一緒にいてもらうことにして、今日一日を教会で過ごすことにした。
「俺も主と一緒がいいのにー!」
「クロちゃんや、何度も言うけど君は“悪魔”だからね?あんまり長居しない方がいいの!」
「面白くないっ!」
「いいからクロ!行くぞー。」
「チェッ!」
クロはどうしても俺たちと一緒にいたかったみたいだけど、
悪魔が教会に長居するのは絶対に良くないだろうと思い、ガーノスに捕まえてもらって外へ連れて行ってもらった。
その様子を見ていたルーナは、何とも優しい顔をしながら俺に言った。
「クロちゃんは、本当にヨシヒロ様がお好きですわね。」
「まぁ、クロは前の主と共に一度命を終えてるからな。
それでも一人になりたくなくて、魂があの家に留まり続けてて。
俺があの家を修復した時に、一緒に魂も復活したんだよね。
言ってしまえば、主が亡くなった時の辛くて悲しい記憶がそのまま蘇ったんだろうから、
もう一人になりたくないって思っちゃうんだろうなって、勝手に思ってる。」
「やはり、そうでしたのね。
クロちゃんの魂は、復活した魂が見せる輝きがありましたの。ヨシヒロ様と同じですわ。
転生者や一度死を経験した者の魂には、独特の形やオーラがあるのですよ。」
「へぇ。魂の形とかオーラとか、あるんだ?」
ルーナにクロが俺から離れたがらない理由を説明すると、
彼女はすでに復活の事実に気づいていたようだった。
それは、魂に関わることができるルーナならではの感覚で、
俺のような転生者や蘇った魂には、特有の形やオーラがあると教えてくれた。
ということは、ルーナはこの世界に存在する人が、どういう存在なのかを見抜けるということだよな。
それは彼女にとって、良いことなのか、それとも切ないことなのか…少し考えてしまった。
「この世界で生きるすべての魂のオーラは、何と言うのかしら…炎のような形で存在しています。
それが皆、等しく揺れ動いていますの。
そして、炎はいつか消えますから、私たちにはそれを感じ取ることができますわ。
逆に、ヨシヒロ様のような転生者や、クロちゃんのように復活を遂げた魂は、
二つの炎が寄り添うように揺れているのです。
ひとつは“今を生きる炎”、もうひとつは“かつての記憶”の名残り。
その二つが重なり合うことで、とても温かくも儚い光を放つのですわ。」
「すごっ!ええー。そっかぁ。
なんか、いいのか悪いのか分かんないけど、どっちも大事にしないとなー。」
「そうですわね。その二つのどちらが欠けても、良いことはありませんからね。」
「そうだな。命は大事にしなきゃ!だから俺はのんびり生活が送りたいのだよ!」
「ふふっ。ヨシヒロ様が望む“のんびり生活”は、当分できそうもありませんわね?」
「ですよねー…」
ルーナが教えてくれた魂の形とオーラは、何だかとても切なくなるような話だった。
“炎はいつか消える”。
その一言が、俺の胸をギュッと締めつけた。
そして、二つの揺らぎを持つ俺の魂。
どちらも大切にしなければいけないなと伝えると、ルーナは優しくコクリと頷いてくれた。
なんだか、ルーナこそ教会に存在していた方がいい存在なんじゃないか?
そんなことを思いながら、彼女と一緒に教会に訪れる人々を静かに見守っていた―…。




