78話 国王の涙は周りをとても驚かせました
「ヨシヒロ…これは、どこで?」
「うちの領地で作りました。
日本では数ヶ月かかりますが、うちの領地と魔法、それに皆の努力で、
だいたい二週間くらいで米俵になりました。
アーロンさんは絶対に食べたいだろうなと思ったので、おすそ分けです。」
「二週間?!米を二週間で…なんということだ…」
「この世界に足りないもののひとつがお米だったんですよね。
お肉ばかり食べていると、どうしてもお米が食べたくなってしまって…
我慢できなくて、作っちゃいました!」
「俺たちもいっぱい手伝ったんだぜ!皆頑張ったんだ!
主が大好きなものを、一緒に作りたかったから!」
「あるじさまの好きなものは、僕たちの好きなものです!」
「そうか…クロやユキたちも一緒になって米を作ったんだな…
しかし凄いことだぞ、これは…」
米俵に優しく触れながら、アーロンさんは「この米はどうしたのか」と尋ねた。
隠すつもりもなかった俺は、自分たちの土地で育てたことを素直に伝えた。
すると、クロとユキが「自分たちも一生懸命作ったよ!」とアピールを始め、
その様子をアーロンさんはうんうんと頷きながら、優しく聞いてくれていた。
そんなアーロンさんに早く食べてもらいたくて、俺はアイテムボックスから土鍋を取り出して渡した。
「これ、炊飯器代わりの“全自動米炊き土鍋”です。
今まで通り、このカップで必要な量だけ取ってお米を研いでから、
何合かによって各線まで水を入れて、
蓋を閉めてから弱火から中火にしてください。炊けたら“ピィッ”て鳴るので、
15分くらい蒸らせば出来上がりです!」
「いやいやヨシヒロ…お主はヤバいぞ、かなり…!なんてものを作ったのだ!?」
「え?普通の土鍋じゃ火の管理が大変じゃないですか?だから楽したくって。」
「楽したくってって…ヨシヒロの規格外は分かっていたつもりだが…ここまでとは…」
土鍋を渡して使い方を説明すると、アーロンさんは目を点にして呆気に取られた様子で土鍋を見つめていた。
そして、「なんてものを作ったのだ」と頭を抱えていた。
別にそこまで凄いものを作ったつもりはないんだけどな…。
そう思いながら予備の土鍋も渡していると、クロが自慢げにアーロンさんに話し始めた。
「いいだろ、それ!主が作ってからシトリンが強化して、
それからラピスが解析して、ルドが複製したんだぜ!
だから、大事に使ってくれよな!」
「なんと!スライムたちがこれを作ったのか?!
スライムに特殊個体がいるのは知っているが、このような能力が…
ヨシヒロの周りには、優秀な従魔ばかりが集まっているのだな。」
「はは、見事に俺より皆優秀で、いい子たちです!」
クロは、ラピスたちが複製したことをどうしても伝えたかったのだろう。
誇らしげに話すその姿は、まるで家族自慢をする人間のようで、愛おしく思えた。
そんな報告を受けたアーロンさんは、スライムたちの力をまざまざと感じ、
俺の従魔たちを褒めてくれて、それがすごく嬉しかった。
「あっ、あのっ!アーロン陛下…先ほどから我々には何が何だか分からず…
この藁の中には食べ物が入っているのでしょうか?それに、その土鍋…
可能でありましたら、ご説明いただけないでしょうか?」
褒められて嬉しいな、なんて思っていたところに、側にいたベルさんたちが説明を求めてきた。
まあ、それは当然のことだろうな。
藁集めが趣味だと思って若干引いていたのに、実は中身が食べ物だったとか、意味不明な土鍋を渡されて驚いている国王を見たら、そりゃ疑問だらけになるよな。
アーロンさんもそれを感じ取ったようで、苦笑いしながら皆に説明を始めた。
「ああ、そうだったな。すまない。
これはただの藁ではなく、“米俵”というものだ。ひとつの米俵の中には、約60キロだったか?
それほどの量のお米という食材が入っておる。」
「お米…ですか?我々は初めて聞く食材ですな。」
「そうだろうな。この地には米を作り、食す文化がないからな。
これは私…いや、ヨシヒロの故郷…と言っていいのか、その土地に昔から根付いている食文化なのだよ。
私は昔、この米を食べた経験があり、とても気に入っていたのだ。
しかし、この地には米を食す文化もなければ、米の元になる“稲”を育てた歴史も技術もない。
もう二度と食べられないと思っていたのだが…まさかまた食べられる日が来るとは…夢のような話だよ。」
「アーロン陛下にそこまで言わせるほどの食材が入っているのですか?!
あ…開けてもよろしいでしょうか?!ぜひとも見てみたいです!」
「あー…それなら、ちゃんと厨房で開けた方がいいですよ。
一度収めるので、厨房に行きませんか?」
「うむ。そうだな。ここで米がばら撒かれたらたまらんからな。」
アーロンさんが一通りお米について説明すると、ベルさんたちは興味津々の様子。
俺の故郷の食材ってことにしたみたいだけど、まあ間違ってはいないか。
なんて思っていると、ベルさんが「中身を見てみたい」と言うので、厨房に移動した方がいいと提案した。
さすがにこの場所で開けて米をばら撒いてしまったら、大変なことになるからな。
そう思い、一度アイテムボックスに米俵を戻して、その場にいた全員と一緒に厨房へと移動した。
「ロダン!ロダンはいるか!」
「アーロン陛下?!どうされたんですか?!夕食に何かリクエストでもおありで?」
「ああ!とびきりのリクエストだ!
ヨシヒロよ、紹介する。我が王家自慢の料理長、ロダン・フォックスだ。
ロダン、こちらは私の友人のヨシヒロだ。
今日は私の好物を持参してくれたゆえ、それも一緒に夕食に出してほしい。」
「ヨシヒロって…噂に聞く“フェンリル使い”のヨシヒロかい?」
「噂って…フェンリル使いなのは間違いないですが…
どちらかと言うと、使われてるのは俺の方で…
よろしくお願いします、ロダンさん。」
「ああ。よろしくな、ヨシヒロ!」
お城の厨房は、俺の家の何倍も広くて、すでに夕食の仕込みをしている料理人たちで溢れていた。
そこに突然アーロンさんたちが現れたもんだから、皆慌てて頭を下げていた。
そんな状況の中、アーロンさんは「ロダン!」と名前を呼んだ。
どうやらこの厨房を仕切る料理長のようで、俺を見るなり「フェンリル使いのヨシヒロ」と呼ばれて、思わず苦笑いしてしまった。
「ところでヨシヒロは、どんな食材を?」
「えーっと…大きくて通気性の良い食品庫みたいな場所、ありますか?」
「ああ、すぐそこの扉を開けたら、そこが食品庫だ。
常温保存の野菜などがたくさん置いてあるぞ。」
「じゃあ、そこに出しますね。失礼します!」
お米を出す場所を考えていた時、パントリーというか食品庫がないか尋ねた。
すると、すぐそばにちょうど食品庫の扉があると教えられ、早速開けさせてもらって中へと入った。
そして、先ほどと同じようにして、食品庫の中に米俵10俵を一気に取り出した。
「何だい?!この藁の塊は。これが国王の好きな食材なのかい?」
「これは“お米”という食材です。
あ、アーロンさん。この米俵には神聖魔法をかけて、カビや虫が湧かないようにしてありますので、
安心して保管しておいてくださいね。」
「ヨシヒロ…はぁ…もう何も言わん。
…ありがとな。」
「はい!それでは、お米の炊き方についてご説明しますね。
まずは米俵を開けて、この米びつに移します。20キロ入るようにしてあるので、
どこか使いやすい場所に置いておいてください。
お米を炊くときは、この計量カップで必要な分量だけすくいます。
今日は皆さんも食べたいでしょうから、6合炊きましょうか。
このカップのすり切り一杯が1合です。これを専用の土鍋に6回入れてください。
では、一旦水道のある場所に移動しましょう。」
米俵をすべて出して、20キロ分を俺が作った米びつに移したあと、炊き方の説明を始めた。
アーロンさん以外は誰もやり方を知らないということもあって、
その場にいた皆がそれぞれメモを取りながら、真剣に俺の話を聞いてくれていた。
何だか、学校の家庭科の先生にでもなった気分だな。
「お米を炊く前には、必ず水で洗ってください。
お米は最初に触れる水を一番吸収するので、必ず綺麗な水を使ってくださいね。
冷たい水を一気に入れて2、3回かき混ぜてから一度捨てます。
そのあと、もう一度水を入れて20から30回ほど研ぎます。
そしてまたとぎ汁を捨てる。この行為を3回ほど繰り返してください。
白く濁ってお米が見えなかったものが、うっすら白くなって、
お米の粒が透けて見えるくらいになれば大丈夫です。
そして大切なのが、水の量です。この土鍋には分量に合わせて線が引いてありますので、
今回は6合なので、下から6番目の線まで水を入れてください。
蓋をして、弱火から中火で30分ほど火にかけます。時間が来るまでは放置していて大丈夫です。
炊き上がると土鍋から“ピィッ”と音が鳴るので、そこから15分ほど蒸らしてください。
以上が、お米を炊く手順です。
ちなみにこの土鍋は保温も出来ますので、夜にお米を炊いても次の日の朝まで安心です。」
「なるほど…お米を炊くというのは、少し手間がかかるのだな。」
「慣れてしまえば、あっという間に準備できますので大丈夫ですよ!
それでは、これを火にかけていただけますか?」
「分かった。弱火から中火だったな。」
何とか無事に、お米を研いで炊くところまでの説明を終えた俺は、ロダンさんに土鍋を手渡した。
これでようやく、アーロンさんが白米を食べられる準備が整った。
そう思って、一安心していた。
これで俺の用事は済んだと満足し、そろそろ帰ろうかと思ったのだけれど…
どうにも、帰れる雰囲気ではなくなってしまった。
というのも、気配を感じてしまったのだ。
多数の、悪意なき気配を。
ガチャー
「兄上!ヨシヒロ!それにクロにユキ!」
「皆さんお久しぶりねぇ。」
「あー!ルセウスー!王妃さまも来たのか!」
「ルセウスさん、王妃様、こんにちは。
ルセウスさん、先日は冒険者の件、ありがとうございました。
あるじさまも安心されていました。」
「ヨシヒロさん、ご無沙汰しております!」
「ルークさん!それにルーシーさん、レイロン君まで…
皆さん勢ぞろいで…。」
俺の役割は終わったので帰ろうと思っていたのに、
なぜか前回会った全員が厨房に集合してしまった。
なぜ…?俺は別に皆と戯れるつもりはなかったんだけどなぁ。
まあ、伝書ガラスが届けた手紙で「俺が会いたい」と伝わっていたのは確かだし、
それで皆が集まってくれたのだろう。
とはいえ、帰るタイミングを完全に失ってしまった。
「皆で厨房に集合しちゃって、どういうことなのかしら?」
「レイラ、実はヨシヒロが私の好物を差し入れてくれたのだよ。」
「まあ!それは良かったですわね。あなたの好きなものって…何をいただいたの?」
「随分と前に話したのを覚えているか?“お米”という食材のことを。」
「まあ!確か若い頃にまた食べたいと言っていた、白い粒の食材だったかしら。」
「そう!それだ!その米をヨシヒロが自分の領地で作ったそうで、持ってきてくれたのだよ。」
「そうでしたの!若い頃、それこそ小さな頃は、随分と食べたがっていましたものね。
ここにきてその願いが叶うなんて…私も嬉しいですわ!」
この状況、どうしたものかと一人考えていると、
アーロンさんの奥さんのレイラさんが「何事?」と状況説明を求めてきた。
それに対してアーロンさんは、自分の好物が届けられたと嬉しそうに話し始めた。
レイラさんも、昔の会話を思い出したようで、小さい頃から食べたがっていたと言っていて、
やっぱりお米を作って正解だったなと思いながら、二人の会話を聞いていた。
“ピィーー!”
「わっ!な、なんだ?!」
「あ、お米が炊けたみたいですね。火を切ってから15分ほど蒸らしましょう。」
楽しそうに話す二人の会話を聞いていると、コンロの方から“ピィッ”という音が鳴り、
お米が炊けた知らせが届いた。
すぐに火を止めてもらい、蒸らし時間に突入。
これについてもアーロンさんがレイラさんたちに説明していて、
やっぱり日本人だったんだなぁと、改めて感じていた。
「米というものは、なぜ“蒸らす”作業を行うんだろうか?」
「えーっとですね…炊きたてのお米を15分蒸らすのには理由があるんです。
米粒全体に水分と熱を均等に行き渡らせて、ふっくらもちもちに仕上げるためなんですよ。
急いでいない限りは、炊けたら蓋を開けずに15分くらい蒸らした方が美味しいですよ。」
「その待ち時間が、もどかしいのよな。」
「そうなんですよねー。こっちはお腹が空いてるから、すぐ食べたいのにって。」
「懐かしいな…本当に…」
「アーロンさん…」
料理長のロダンさんから「なぜ蒸らす必要があるのか」と問われ、
そこまで詳しくは知らなかったけど、浅い知識を伝えた。
するとアーロンさんは「その蒸らし時間がもどかしい」と言いながら、
昔を思い出しているような、少し寂しそうな表情を浮かべていた。
「ヨシヒロ、そろそろ良いかと思われるが、どうする?」
「あ、じゃあ…えーっと・・・・・クレオ!
どうぞ、アーロンさん!お箸とお茶碗ですよ!
特別に金粉を混ぜたものをイメージして生成しました!
それに、お箸…久しぶりでしょう?」
「ヨシヒロ…!」
「そして、これは“杓文字”と言って、炊き上がったお米を混ぜたり、
食器にお米をよそったりする専用の道具です!」
「ヨシヒロ…あなたという人は、とんでもない力を持っているんだね…驚かされたよ…。
では、早速土鍋の蓋を―」
「待て。私に…私にやらせてくれないだろうか?」
「え?それはもちろんです!では、アーロン陛下、“杓文字”とやらをどうぞ。」
「勝手を言ってすまない…」
おしゃべりに夢中になっていると、ガロンさんから「そろそろ蒸らしが終わる」と報告があり、
俺は杓文字を生成して、アーロンさん専用のお茶碗とお箸も生成して手渡した。
この世界にはお茶碗もお箸もないだろうから、久々に触れたとあってか、
アーロンさんは感慨深げにそれらを見つめていた。
その側で、ガロンさんが土鍋を開けようと杓文字を手にした瞬間、
アーロンさんは「自分にやらせてほしい」と前に出て、杓文字を受け取った。
そして、ゆっくりと土鍋に近づき、ミトンを手にして蓋を開けると、
ブワッと立ち上る湯気と、ほんのり香る懐かしい甘い香りが、周囲に広がった。
最初にこの匂いを嗅いだときは、本当に嬉しかったなぁ。
そんなことを思い返していると、アーロンさんはしばらく炊き立てのご飯を見つめたあと、
ゆっくりと杓文字を動かし、お米を混ぜはじめた。
そして、ほんの少しだけお茶碗にご飯をよそい、お箸で口元へと運ぶ。
その瞬間―
アーロンさんの瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。
「……っ」
「あなた?!どうしたの?!」
「兄上?!」
「父上?!」
「アーロン陛下?!何か異変があったのですか?!」
アーロンさんの涙を見た瞬間、その場にいた全員が慌てふためいた。
俺にはその理由が何となく分かっていたから驚きはしなかったけれど、
普段は絶対に人前で涙を見せないであろう国王が、突然涙を流せば誰だって驚くだろう。
望んで異世界に来たとはいえ、前世が愛おしく思える瞬間は、きっと何度もあったはず。
だけど、前世を感じることはできなかっただろうから…。
今、この瞬間だけでも、あの時、あの時代を思い出して、愛おしく感じてもらえているのなら、
このサプライズは、本当の意味で大成功だったと思えていた。
「ヨシヒロよ…本当にありがとう…私は今、とても幸せだ。
あの頃の母の味がした気がするよ…」
「良かったです、アーロンさん。
これからは、死ぬまで食べられますので安心してくださいね。」
「ああ…ああ…!ありがとう、ヨシヒロ…」
「いえいえ。俺にはこれくらいしかできませんのでね。
あの頃の思い出を形にしたくなったら、いつでもご相談ください。」
「ああ…そうさせてもらう。」
涙を流したアーロンさんは、その涙を拭ったあと、何度も俺にお礼を言ってくれた。
「あの頃の母の味がした」と言われたときは、胸がギュッと締めつけられた。
だから俺は、「これからは死ぬまで食べられますよ」と伝え、
「思い出を形にしたくなったら、いつでも相談してください」と言った。
頻繁に連絡をもらうのはちょっと困るけど…
たまになら、こうして同じ日本の思い出を形にしていくのも、悪くない。
そんな風に思えていた―…。




