74話 とにかく可愛いです。そして、彼女は教えてくれました
「ピィッ!パッパ!パッパ!」
「はいはい、ちょっといい子にしててねぇ。
これでよし。保温魔法をかけたタオルに包まっていれば安心だよね?ルーナ。」
「ええ。これでもう大丈夫ね。」
「よし、じゃあミルク飲もうねぇ。・・・クレオ!」
コロンッ―
「ヨシヒロ様、それは?」
「これは“シリンジ”って言って、注射器なんだけど針がないタイプで、
液体を飲ませるのに役立つ道具なんだー。
これでミルクを吸って……グリフォン、ご飯食べようね。」
「ピィッ!…ピィッ!」
「お口の横から、少しずつ飲ませていくからねぇ。」
エントランスホールに戻ってきた俺は、クロが用意してくれたぬるま湯にタオルを浸して体を拭いたあと、
ロウキが持ってきてくれた布に保温魔法をかけて、グリフォンを包み込んだ。
そして、シリンジを生成してから用意しておいたミルクを、グリフォンに少しずつ飲ませていくと、
ピィピィと鳴きながら、嬉しそうに飲んでくれた。
ちゃんとミルクを飲んでくれたから、一安心だな。
鳥さんは飼ったことがないから不安もあるけど、ルーナがいてくれるから安心できる。
「あるじさま!その子がグリフォンの赤ちゃんですか?」
「ヨシヒロ様ー!赤ちゃん見せてー!」
「あるじ、グリフォン!みたい!みせて!」
ミルクを飲み終えたところで、外にいたユキたちが話を聞きつけてやってきた。
グリフォンを見る機会なんて滅多にないだろうから、皆こぞって赤ちゃんを覗き込んだ。
そんな様子を、大きな瞳をパチクリさせながら見ていたグリフォン。
初めて見る魔物や魔獣を前に、興味津々の様子で小さく短い翼を羽ばたかせ、尻尾をフリフリと振り回していた。
「パッパ!パッパ!」
「あーはいはい。賑やかになったからびっくりしちゃったねぇ。
ここが君の新しいお家と、新しい家族だよー。」
「ピィ?か、ぞ、く?」
「そうだよ。家族。ここにいる皆は君の家族だからね。
さてと、今日はこの子の寝床を作ろうかねぇ。」
皆が集まったところで、グリフォンに「家族だよ」と紹介してみた。
すると、カタコトで頑張って「かぞく?」と不思議そうな声を出したグリフォン。
その可愛さに、唇をギュッと噛みしめたのは言うまでもない。
寝床をどこにしようか、どうやって作ろうかと考えていた時だった。
側にいたルーナが、尻尾を俺の腕にくるりと巻き付けて言った。
「ヨシヒロ様。この子の面倒は私が見ますわ。」
「え?いいのか?」
「ええ。あの子たちと同じですから。しばらくの間、一緒に育てますわ。」
「そっか!それは助かるなぁ!
じゃあ、ルーナたちの寝床にもう一つ、温かいクッションとか作りに行こうか。」
「ええ、お願いね、ヨシヒロ様。」
「皆はゆっくりしてていいからな。好きに遊んでててー。」
ルーナは、しばらくの間、子猫たちと一緒にグリフォンのお世話をすると言ってくれた。
すでに子育て中のルーナからすれば、1匹増えても大した負担にはならないと思ってくれたのかもしれない。
それに、子育てに慣れているルーナの方が、俺も安心できる。
だから、落ち着くまでの間はルーナにグリフォンのお世話を頼むことに決めた。
そうと決まれば、ふれあい広場の改良が必要だと思った俺は、ルーナとグリフォンを連れて湖へ向かうことにした。
それにしても、こんなにも突然、あの卵のひとつが孵る日が来るなんて思ってもみなかったなぁ。
何で急に「産まれてこよう」と思ってくれたんだろうか。
クロやロウキはともかく、どうしてルーナはこの子が産まれることを感じ取れたんだろう。
まあ、ルーナが話したくなったら、そのうち教えてくれるだろう。
そんなことを考えながら、俺はグリフォンの頭をそっと撫でていた―…。
◇
「これでよしっと。」
湖に到着した俺は、さっそくルーナと子猫たちが暮らす小屋の中を改造した。
と言っても、グリフォンがちゃんと眠れるように寝床を整えただけなんだけど。
その場にグリフォンを下ろすと、すぐに興味を示した子猫たちが近づいてきた。
クンクンッとお互いの匂いを嗅ぎ合ったあと、子猫たちはスリスリとグリフォンに懐いた。
グリフォンは、自分よりもずっと小さな子猫たちを仲間だと思ったのか、
ピィピィと鳴きながらすり寄っていて、早速兄弟ができたようで嬉しそうだった。
この場所なら、きっとグリフォンも安心して過ごせるだろう。そう思えた瞬間だった。
「ありがとな、ルーナ。俺だけじゃ正直パニックだったよ。
ロウキたちでも子育てはできるんだろうけど、ルーナみたいなしっかり者の母猫がいてくれて心強いよ。」
「そんな風に言ってもらえて嬉しいですわ、ヨシヒロ様。
この子のことは安心してちょうだい。だけど、早めに名前を決めてあげて。
ずっと“グリフォン”じゃ可哀想ですもの。
従魔契約を気にすると思うでしょうから、またクロちゃんとユキちゃんに考えてもらいましょう。」
「お、そうだね。名前はあった方がいいよね。」
グリフォンの生活環境が整い、ひと安心していると、ルーナが「早めに名前を決めてあげて」と言った。
確かに、このままじゃずっと“グリフォン”って呼ぶことになるし、
その名前が自分の名前だと勘違いするのも可哀想だ。
そう思い、ルーナの提案通り、またクロとユキに名前を考えてもらおうと思っていた時だった。
俺の後ろでピィピィと鳴くグリフォン。どうしたのかな?と思っていると、一生懸命俺に訴えかけてきた。
「パッパ!な、ま、え!パッパ!」
「ええ?パッパは名前じゃないよー。」
「ふふっ。違いますわ、ヨシヒロ様。この子、ヨシヒロ様に名前をつけてもらいたいみたい。
お父さんですものね?父親に名付けをお願いするのは当然ですわ?」
「ええ?でも、そうなると従魔契約に…」
「この子は賢い子です。産まれたばかりではあるけれど、ヨシヒロ様を“主”と感じているのよ。
それに、本人がそう言っているのだから、頑張って名前をつけてあげて?」
「そう…なの?いいのかなぁ…。っていうか、男の子?女の子?」
「この子は男の子ですわ、ヨシヒロ様。」
「男の子かぁ。ちゃんと名前つけてやるからな。もう少し時間ちょうだいね。」
何を言い出すのかと思えば、「パッパ」が名前だと思っているようだったので、
違うよと教えると、ルーナはふふっと笑って首を横に振った。
どうやらグリフォンは、俺に名前をつけてもらいたいらしい。
それはさすがに戸惑ったけれど、「この子は賢いから分かっている」と言われ、
少し悩んだ末に、名前を考えることにした。
とはいえ、すぐには思いつかないから、今日は持ち帰ることに。
その場のノリじゃなくて、ちゃんと考えてやらないとなと思っていた。
そんな俺を見ていたルーナが、少し不思議そうな顔で訊ねてきた。
「ヨシヒロ様は、本当にこの世界の生き物を大切にしていますわね。何故ですの?」
「そうだなー。前世でも動物がすごく好きだったんだ。俺に生きる力をくれたんだよね。
あ、俺、一回死んでるんだけどさ。」
「…知っていますわ。ヨシヒロ様が転生者だということ。」
「あれ?俺、話したっけ?ラピスたちに聞いたの?」
「いいえ。分かるのです。私は“生”と“死”を嗅ぎ分けることのできる存在ですから。」
「え?生と死ってどういう…」
ルーナは俺に、なぜ生き物を大切にするのかと尋ねた。
どう答えるのが正解かは分からなかったけど、前世でも同じだったと伝えると、
俺が転生者だということは知っていたと言った。
ルーナにそんな話をした覚えはなかったので不思議に思っていると、
彼女は「私は生と死を嗅ぎ分けることのできる存在です」と呟いた。
その意味が俺にはまったく分からなくて、これ以上聞いてもいいのかも分からず、考え込んでしまった。
ルーナは今、どうしてほしいのだろう?聞いてほしいのかな?
それとも、これ以上は踏み込んでほしくないのだろうか?
頭の中でいろいろと考えていると、ルーナは俺の横にチョコンと座り込んだ。
これは、話したいという合図かな?そう思い、ルーナが話し始めるのを静かに待っていた―…。




