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71話 ついにその日がやってきました

無事に田植えが終わってから、5日が過ぎた。

毎日田んぼを見に行っていたけれど、そのたびに苗が成長しているのが分かる。

普通なら、田植えから5日ではほとんど変化がないはずだけど、

この世界の、この場所は違った。

植えた初日は可愛らしいサイズだった苗が、いつの間にかしっかり地面に根を張り、

力強くまっすぐに伸びていた。すでに20から30cmほどになっている。

これが聖水と、聖水が染み込んだ土壌の力なんだなと、改めて感心させられていた。



「いやぁ、成長が早いってすごいなー。ねぇ?ルーナ!」


「にゃああんっ!」


「可愛いなぁ!ルーナ!おいでっ!」


「にゃんっ!」



クロたちはまだ家の周りで遊んでいたので、俺は一足先に田んぼに来ていた。

すると、すぐさま駆け寄ってきてくれたルーナ。

声をかけると、満面の笑みで可愛い鳴き声を聞かせてくれて、思わず抱き上げた。


ルーナは、どことなく俺の世界にいた猫とは違う気がするけど、

この世界の猫ちゃんはこういう雰囲気が普通なのかもしれない。

メインクーンに似てるから、親近感が湧きまくりなんだけどな。

それに、ルーナはヤンチャというよりも、気品があって、とても美しく気高い猫ちゃん。

なんだか女王猫みたいな感じ。ルーナが女王の国とか、見てみたいなぁ。



「ルーナ、お昼ご飯は魚を焼くから食べようなー。」


「にゃにゃにゃーっ!」


「よーし!そうと決まれば、さっさと中干しとやらを始めようかね!

ルーナは危ないから、子供たちといい子にしててねー。」


「にゃあん!」



ルーナと少しお喋りをしたあと、キャットタワーに乗せて、俺は田んぼへと戻った。

これから行うのは中干し作業。

田んぼの土を乾燥させ、稲の根をしっかり張らせるために水を抜くという工程だったな。

この田んぼの水を抜くとして、湖に戻すわけにはいかないから、どうしようか。

なんて考えていたところに、ラピスたちの声が聞こえてきて、振り返った。



「ヨシヒロ様!今回も僕たちの出番ですよね!」


「え?」


「エマちゃんが前に、水を抜くって言ってたから!

私たちが水を吸って外に出せばいいわよね!」


「オイラたちにお任せだよー!」


「なるほど!それは助かるなぁ!よろしくな、皆!

お水を出したら、木々に撒いておいてくれる?捨てるにはもったいないからさ!」


「はーーーいっ!」



ラピスたちは、今日が中干しの日だと分かっていて、自分たちの出番だと張り切ってくれていた。

スライムは何でも吸収できるみたいで、田んぼの水を皆で吸ってくれると言ってくれたので、早速お任せしてみた。

ラピスたちは田んぼの端まで飛び跳ねながら向かうと、苗を踏まないように、

体の一部を細長く伸ばして、手のような、もしくはストローのような形に変えていった。

その体の一部を水に浸けると、水が体の中に吸い込まれていき、

少しずつ体が風船のように膨らみ始めた。

約20匹のスライムたちが同じような動きをするもんだから、驚くというよりも、圧倒されていた。



「はぁー…すごいなぁ、皆!」


「僕たちみたいなスライムでも、ヨシヒロ様のお役に立てるのが嬉しい!」


「俺、ヨシヒロ様の従魔になれて嬉しい!」


「ルドー!ムーン!毎日毎日、俺に癒しをくれてるんだよー君たちは!

俺の方こそ、皆が俺を認めてくれて嬉しいよー!」


「ヨシヒロ様は立派な主ですよ!

あ、もう少しで終わります!ヨシヒロ様!」


「このお水は周辺の樹木に撒いてくるね!」



バキュームカー並みに水を吸収していくその姿に圧倒されて声を上げると、

ルドとムーンが俺を泣かせるような言葉をくれた。

だから俺も、人間である俺を認めてくれてありがとうと、改めてお礼を言った。

そんな中、ラピスから「水を吸い終わった」と報告があり、

スライムたちは一斉に辺りに散らばっていき、今度は放水車のように水を撒き始めた。

万が一火事になった時、この子たちはすごく助けになるな!

なんて、一人で感心していた。



「ヨシヒロ様!水の給水と放水が終わりました!」


「仕事が早いねぇ、君たち!お疲れ様!ありがとうな!」



【皆さん、水の吸水処理お疲れ様です。これで中干しの準備が完了です。

この状態で5日間、土を乾燥させます。

水がなくなると、稲の根は水分を求めて地中深くに伸びようとします。

これにより、稲の茎が太くなり、風雨に強い丈夫な稲へと育つという情報があります。】


「へぇ、“雨にも負けず”みたいなやつだな。」


【5日後には、この田んぼ一面が黄金色に輝くでしょう。

本来は再度水を入れるのが通常ですが、この土地で育った稲穂は5日後には完成形となった状態になります。

そのため、再度水を張る期間は必要なく、収穫となるわけです。】


「そうなのか…凄いとしか言いようがないくらい凄いのね。」


【この世界は特別なのですよ、ヨシヒロさん。】


「へぇ…って今、俺の名前呼んだ?!珍しい!」


【…気のせいです。では、以上です。】



スライムたちの素晴らしい働きぶりに感心していた時、

エマがねぎらいの言葉をかけてくれ、これからの動きについて説明してくれた。

どうやら、これから5日間でこの田んぼは黄金色へと変化するらしい。

様々な工程をすっ飛ばして、約5日で収穫できるようになるなんてヤバいだろう。

そう思っていると、エマは「この世界は特別なのですよ」と俺を諭した。

そして、初めて俺の名前を呼んだ気がして思わず問いかけると、

「気のせいです」と冷たくあしらわれて通信が切られた。

エマは相変わらずだなー。

なんて思いながら、スライムたちを集めて体を綺麗にした。



「ヨシヒロ様、収穫が楽しみですね!」


「本当だね。美味しいんだよ、お米って。皆にも早く食べてもらいたいなぁ。」


「ヨシヒロ様の故郷の味、とても興味あるわ!」


「どういう表現をすればいいのか分かんないんだけど、何にでも合うんだよね、お米って!

とにかく、収穫まで一緒に見守ろうな!」


「はーいっ!」



水が抜かれた田んぼを見つめながら、皆がお米の収穫を楽しみにして盛り上がっていた。

この世界には「お米」というものが存在しないし、

そもそもスライムたちが人間と同じものを食べるなんて、普通はない気がする。

でも、俺と生活するようになってから、グルメなスライムに進化しただろうからきっと、お米の味も気に入ってくれるはず。

だから、早く食べさせてやりたいなぁという気持ちでいっぱいだった―…。










「おはよー!皆、朝ごはんできてるから集まってー!」


「主、おはよう!今日は朝からご機嫌!」


「あるじさま、おはようございます!」


「お前は子供のようだな。」


「あるじ、はこぶね。」


「ヨシヒロ様、おはようございます!」



いつもより1時間早く目が覚めてしまった朝。

誰もいない厨房でせっせと皆の朝食を作り終えたところで、皆を起こした。

とても上機嫌な俺を見て、皆の反応は様々。

特にロウキは呆れたようにフンッと鼻を鳴らしていた。

でも、俺がこうなるのは仕方がない。

あれから無事に5日が過ぎ、いよいよ今日は収穫の日。

テンションが上がらないわけがない。



「俺は一足先に湖に出かけるから、食事が終わったらぼちぼち来てくれ。」


「分かったー。」


「分かりました!あるじさま。」


朝食づくりを終えて皆を呼び寄せた俺は、ルーナと子供たちの朝食を持って一足先に湖へ向かった。

今日は天気も良くて、まさに収穫日和。朝から頑張れそうだな。

そう思いながら湖に到着すると、キャットタワーの上でくつろぐルーナを見つけて声をかけた。



「ルーナ、おはよう!」


「にゃあん!」


「今日もいい天気で良かったよねー。

朝ごはんを持ってきたから、皆で食べような。」


「んにゃあ!」



ルーナに朝の挨拶をして頭を撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らしてくれた。

もうすっかり懐いてくれて、子供たちも楽しそうに過ごしてくれている。

それが何より嬉しい。

ルーナと子供たちを連れてガゼボへ行き、朝食を置いて、俺は椅子に腰かけてパンを食べ始めた。



「いただきまーす!

静かな朝もいいねぇ。パワースポットだろうなぁ、ここ。」



パンを頬張りながら澄んだ空気と静かな世界を楽しんでいた時、前世の朝食の場面がふいに浮かんだ。

あの頃は朝も夜もなく働いていて、朝食はいつもコンビニで買った紙パックの野菜ジュースとパンかおにぎり。

味わう時間なんてなくて、無理やり口に放り込んですぐ仕事を始めていたっけ。

思えば、転職したのが失敗だったんだよなぁ。

甘い言葉に誘われて入った先は、まさかのスーパーブラック企業。

辞めたくても辞められなくて、皆生きた屍のようになっていた。

そんな俺が、今ではこんなにも優雅な朝食の時間を過ごせているなんて、あの時の俺には、まるで夢物語だ。

そう思いながら、幸せというものを噛みしめていた。



「ごちそうさまでした!」


「にゃにゃにゃあにゃにゃにゃーにゃ!」


「え?今、ごちそうさまでしたって言った?え?天才?」


「にゃあん!」


「異世界の猫って、俺が思ってるよりすごいのかも!

可愛いから何でもいいけど!」



あっという間に朝食を食べ終えて「ごちそうさまでした」と言うと、

隣でルーナが猫の言葉で「ごちそうさまでした」と言ったように聞こえて、思わず目を見開いた。

問いかけると、にゃあんと可愛らしく鳴くだけだったけど、今、絶対に言ったよな?

そう思うと、やっぱり普通の猫ちゃんではないなと直感的に思ったけど、

可愛ければ何でもいいやと思い、ルーナの頭を撫でていた。



「主ー!お待たせー!」


「稲を収穫しましょう!あるじさま!」


「今日は我はいらぬだろう?」


「あるじ、おれ、なにすればいい?」



ルーナの可愛さと頭の良さに感心しているところに、朝食を終えたクロたちがやってきた。

ロウキ以外はやる気満々で、なぜか俺は嬉しくなった。

ただの俺のわがままで始めたお米づくりなのに、皆が一生懸命頑張ってくれている。

本当に感謝してる。



「さてと、今日はついに稲刈りです!これは鎌と言って、稲を刈るための道具!

これが使えるのはミルだけかな?クロはちょっと使いにくいだろう?」


「俺できるよ、主ー!」


「そうか?じゃあ少し小さめの鎌もあるから、それを渡すけど気をつけて持つんだぞ。

この黄金に輝く稲を、地面から5cmから10cmのところで鎌で切ります!

鎌は地面と水平に引くのがポイントです!」


「分かったー!」


「がんばるね!」


「ヨシヒロ様!僕たちも鎌は持てます!やらせてください!」


「え?相変わらずラピスたちは頑張り屋さんだなぁ!」


「ルド!鎌を解析したから複製して!」


「任せて、レピス!」



これから行う作業に必要な鎌をミルとクロに渡したあと、稲刈りについての説明をしていた。

すると、グイッと前に出てきたラピス。どうしたのかと思っていると、自分たちも鎌が持てると言い、体からニョキッと細長い手のような物体を出した。

クロが持っていた鎌を借りたラピスは、すぐさま解析を始め、情報をルドに伝達。

あっという間に、スライム全員分の少し小さめの鎌が誕生した。



「それじゃあ、作業開始!怪我しないように気をつけてくれー!」


「はーーーいっ!」


「こんな感じでやるからな!」



ザク、ザクッ―



作業開始の合図を送り、乾いた田んぼに足を踏み入れ、稲穂を手に取り、

鎌で切り裂く音がザクッ、ザクッと爽やかに響き渡った。

なんて良い音なんだろう。

稲刈りは、体験学習でやらせてもらったことがあるくらいで、

もう小学生の頃の記憶しかないけど、あの頃も楽しんでいたんだろうか。

確実に言えるのは、今の方が絶対に楽しいということ。


それに、見てほしいこの光景を。

ロウキとユキは座り込んで尻尾を振りながら、仲間たちの作業を見守っていた。

クロは、小さな手で小さめの鎌を危なげなく扱い、稲を数株ずつ束ねながら刈り取るという、見た目に反してとても正確で手際の良い仕事ぶり。

ミルは、その怪力で鎌を軽々と扱い、稲を根元から豪快に刈り倒している。

だけどその作業はとても丁寧で、ミノタウロスの進化を見た気がした。

そして、ラピスをはじめとするスライムたちは、複製した小さな鎌を、

手のように伸びた体の一部でしっかりと持ち、一生懸命に稲を刈り始めた。

カラフルなスライムたちが一列になって稲を刈り進めるその姿は、何とも言えないほど愛らしい。



「俺も負けてられないな!」



皆の頑張りを見ていた俺も、気合を入れて稲刈りに精を出した。

このお米は絶対に美味しいぞ。なんせ、皆で作り上げた最高のお米なんだからな。

そう思いながら汗をぬぐいつつ、楽しみながら作業を続けていた―…。


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