58話 湖の周りにアレを生成しましょう
とある日――
「綺麗な湖は、空気も澄んでて落ち着くねぇ。」
「深呼吸はいいから、ちゃんと耕さんか!」
「分かってるよ!ちゃんとやってるだろー?」
家から歩いて10分もしない場所にある、聖水の湖。
澄んだ空気だったから深呼吸していた俺は、ロウキに「真面目に畑を耕せ」とどやされていた。
いつからそんな現場監督みたいになったんだよ…。
そう思いながら、鍬を握って一生懸命畑を耕していた。
というのも、今日はこの場所に念願の「ふれあい広場」を作ろうと奮闘していたからだ。
俺とロウキは、小動物たちが食べるための野菜を育てるため、二人で小さな畑を作っていた。
クロとユキ、ラピスはその辺で楽しそうに遊び回っていて、
ミルは俺たちの手伝いをしてくれていた。
力持ちなミルは、開拓に必要な面積分だけ大木を伐採して集めてくれていて、
力持ちって本当にありがたいなと思いながら作業を続けていた。
「畑を作って、俺たちが過ごせる小屋と、動物たちがそれぞれ過ごせる小さな小屋。
動き回る周りにはちゃんと柵を作って、強固な結界で肉食系の魔物や動物が入らないようにする。
完璧じゃない?俺の楽園!」
「好きよなお前は動物が…。前世は動物だったんじゃないのか?」
「かもしれないな?もうね、俺が生きていくうえで絶対に必要なんだよ。
この世界に来て、今は本当に良かったって思ってるところ!」
俺がふれあい広場計画を語っていると、ロウキは呆れた様子で「動物好きだな」と言ってきた。
前世は動物だったんじゃないかとまで言われたけど、あながち間違いじゃないかも?
それくらい、動物たちと過ごす時間は俺にとって生きる糧になっていた。
だから、自分の領地にいる弱者は護ってやらなくちゃ。
そんな使命感に駆られていた。
「よーし!俺はミルが伐採してくれた場所に小屋を建てるぞ!
イメージはもう出来てるんだ!・・・クレオ!」
ミルが伐採してくれた場所で、俺は自分が考えた小さな小屋を作るため「クレオ」と唱えた。
すると、じわじわと可愛らしい小屋が出来上がった。
この小屋をいくつも生成してきれいに並べて置けば、種族ごとに入れるだろうし、
過ごしやすい環境になるんじゃないかな?そう思っていた。
けれど、出来上がった小屋を見たロウキは、何やら眉間にシワを寄せていた。
デザインが気に入らなかったのかな?なんて思っていると、ロウキはそっと前足で小屋に触れた。
「お前これ…グラグラではないか。見た目はいいが、強度が足らんぞ。」
「本当だ…。あれ?俺、ヘパイトスの加護って持ってたよね?エマちゃん?」
【ヘパイトスの加護による生成は、ほぼ何でも可能ですが、
あなたが実際に触れたことのないものは“見た目だけ”の生成になります。
そのため、生成後に専用のスキルを持った誰かに補強してもらう必要があります。
お城を復元した時は、魔法使いの強い記憶が元になっていたため、余すことなく生成できただけです。
ちなみにですが、転移ゲートも早いうちに強度の補強をしなければ破損します。】
「ええー?!そうだったの?!え、じゃあ強化魔法とか使えばいいじゃん!
俺、どんな魔法でも使えるんだよね?」
【火・水・土・風・光・闇魔法は使用可能です。
しかし、強化魔法は別物で、どうにかして取得しなければ使用できません。】
「まじかよ…ダメじゃん!ヤバイじゃん!どうしよう…」
ロウキが小屋を触ると、何とも言えないくらいグラグラと揺れていた。
見た目は完璧に生成できたけど、どうやら物自体の強度がほとんどないらしい。
エマは、この状況を打破するには「強化魔法を扱える誰かに頼む」か、
「自分でその魔法を取得するしかない」と言い、
先日生成した転移ゲートも強度不足で、早く強化しないと破損すると警告された。
何故、何故そういうことはもっと早く言わないの?!
そう言いたいところをグッと堪えた俺は、どうすればこの状態を変えられるか悩んでいた。
「ヨシヒロ様!少しよろしいでしょうか?」
「ラピス、どうしたー?お腹空いた?」
「いえ!僕の仲間に、強化・補強専門の子がいます。
先日救っていただいた4匹のうちの1匹なんですけど…」
「え?そうなの?!」
「はい!ちょっと話をしてきます!待っててくださいね!」
どうしたらいいかと悩んでいた時、遊んでいたはずのラピスがユキの背中に乗ってやって来た。
そして、先日救い出した4匹のうちの1匹が、強化魔法を使えるスライムだと教えてくれた。
そんなことができるのかと驚いていると、ラピスはその子と話すためにユキと一緒に家へ戻っていった。
本当、スライムって俺のイメージと全然違うんだよな…。
「スライムって、セドラが言ってたように有能なんだなぁ。」
「稀だがな。スライムは進化前の見た目じゃ、ほとんど分からんからな。
手あたり次第集めて、特殊個体を探して奴隷のように扱う奴もいる。
従魔契約をしてしまえば、本来は主の言うことを絶対に聞かねばならんからな。」
「へぇ…って、ロウキは全然言うこと聞かないじゃん?」
「馬鹿め。我がそんなものに縛られるはずがないだろう?
契約は結んだが、自由を奪うことまでは許しておらん。」
「そういうの、できるの?やっぱり高貴な魔獣は違うねぇ。」
スライムの知らなかった能力について触れると、特殊個体を探すために手あたり次第従魔にする人間がいるとロウキは呆れた表情をしながら教えてくれた。
そして、従魔契約は魔物の自由を奪い、強制的に従わせることができると聞いて、改めて契約は簡単に
しちゃいけないなと思った。
だけど、ロウキは俺の言うことなんて全然聞いてくれないよね?
そう言うと、「フェンリルはそこまで従わない」と言われて、妙に納得した。
フェンリルのような魔獣の中でもトップクラスの存在は、そう簡単にすべてを縛ることはできないんだろうな。そう思っていた。
すると、後ろからクスクスと笑うクロの声。俺の頭にちょこんと座ると、教えてくれた。
「違うよ主ー!主がやってる従魔契約は、一般的なやつと違って、
お互いの意思がちゃんと繋がらないとできないやつだよー。
強制的な従魔契約じゃないから皆、自由なんだよ。
でもそれって、普通じゃないからー。
主がちゃんと俺たちを“大事な家族”って思ってるからこそできるやつだからなー。」
「そうだったの?へぇ。普通はどうしてんの?」
「え?多分、戦って瀕死になったところで従魔契約してるんじゃないの?
俺は使い魔契約しかしたことないから、よく知らないけどさ。」
「ええー…可哀想じゃんそれ…何が楽しいの?」
「面白くなくても、それが普通なのだ。」
クロが教えてくれたのは、ロウキが高貴だからとか、そういうことではなかった。
俺がやっている従魔契約が、本来のものとはまったく違うということだった。
魔物と主の信頼関係がなければ成立しない契約と言われて、
初めて自分のやっていることが“特殊”だと知った。
特に俺は、何も考えずに契約していたけど、
ちゃんと相手と繋がる気持ちがないと契約できないなんて、知らなかった。
そして、本来の契約の仕方を教えられた俺は、なんだか悲しくなった。
瀕死にさせておいて、無理やりその魔物と契約して従わせるってそんなこと、俺にはできない。
この世界で生まれて育っていれば、受け入れられたのかもしれないけど…。
俺は、可能であれば皆で楽しく、ゆるーく、のんびり暮らしていきたいタイプだから。
嫌がる相手を従わせるなんて、無理無理。
そう思っていると、ロウキが目を細めながら言った。
「お前は知らんかもしれんが、そもそも我のような存在と従魔契約しておいて、
ユキやミルという、わりかし大物を従魔にできる方がおかしいのだからな?
スライムなどの低級魔物を何匹も抱えることは、まあまあやる人間はいるが…。
だからお前は“普通じゃない”のだ。周りから見れば、恐ろしいと感じる奴がいるのも当然。
まあ、転生者特有と言った感じだな。」
「そうだったのかぁ…。じゃあ俺、今けっこう異常な状態で過ごしてるんだなぁ。
まあ、俺は最高に幸せだからいいけどなぁー。」
ロウキの話では、どうやら俺がこうして大きな魔物を次々に従魔として迎えていること自体が、かなり異例らしい。
転生者だからこそできること。そんな感じらしくて、ちょっと得した気分だった。
それに、俺は今の状態が幸せだから、周りからどう思われようと関係ない。
俺は、俺が思う“大切な人”や“魔物”を、大切にしていくだけだから。
そう思いながら、ラピスの帰りを待っていた―…。




