55話 大切な仲間を護りたいから
あれから5日ほどが過ぎた。
連れてきたスライムたちは、家の周りを自由に過ごせるように、特に規制はかけなかった。
ラピス以外の子たちは外で好きなように過ごしていて、
野菜で彩られていた家の周りが、スライムたちによってさらに賑やかに彩られていた。
そこで分かったのは、スライムたちは俺の言うことをちゃんとよく聞いてくれるということ。
畑で「雑草だけ食べてほしいな」と言って、野菜と雑草の違いを教えると、
ちゃんと雑草だけを食べて、野菜は残してくれるようになった。
そして、何でも食べるこの子たちは、家で出たゴミの処分もしてくれるようになった。
お腹を壊したりしないか心配だったけど…
ラピスが「何でも消化できるから大丈夫だよ」と言ってくれたので、お任せすることにした。
スライムたちがこんなふうに家の周りで過ごす日々が、こんなにも癒されるなんてなぁ。
これだけで、のんびりライフに一歩近づいている気がする。
そんなことを考えながら過ごし、昨日から再び家を離れて、今日は王都に来ていた。
その理由はもちろん、ギルドの別館に転移ゲートを設置するため。
「ふぅ!ガーノスさん、出来ましたよー!これで、このゲートに俺の記憶を登録して…」
【転移場所の登録が完了しました】
「これで一応、最終工程まで終わったので、ちょっと見てみますね。」
あの時と同じように、ごっそり魔力を持っていかれながら生成し、
最後に俺の記憶を流し込んで、無事に完成した転移ゲート。
恐る恐る水の壁に手を入れると、濡れはしないけど、ひんやりと冷たい。
そして意を決して顔をグイッと水の壁の中に入れて目を開けると、
そこには別館の壁ではなく、俺たちの家があり、転移ゲートが完成した瞬間だった。
「すご…本当に転移ゲート、出来ちゃったよ…」
「俺にも見せてー!」
「僕も見せてください!」
「おれも、はいる!」
「…我も一応な。」
本当に転移ゲートができてしまったという感動と、
これから何かあるたびに呼び出されるだろうなという嫌な予感が混在する中、
クロたちが勢いよくゲートの中に入っていった。
そして、入ったその先が自分たちの家だと分かると、テンション高めに喜んでいた。
「ヨシヒロ、お前は本当にすげぇな?」
「いやぁ、本当にちゃんとできるとは思わなかったですけどね?
このゲートは、俺と魔力や魂が繋がっている者しか通れないようになっているので、
俺の領地が荒らされることもないですし、安心して利用できるのが魅力です!」
「俺たちがお前に何か依頼を出したいときはどうすんだ?
これまで通り、伝書ガラスを使うのか?」
「あー…そうですね。
伝書ガラスが可哀想なので、その子だけは通れるようにしておきます。」
出来上がった転移ゲートを見たガーノスさんは、感心した様子でゲートに触れていた。
そして、依頼を出したくなった時のことを聞かれ、やっぱり来たかと思った俺。
伝書ガラスにわざわざ来てもらうのは悪いなと思ったから、
その子だけは通れるように、カラスの記憶をゲートに閉じ込めた。
頻繁に来られても困るけど、俺のために時間を使わせるのは可哀想だからな。
そう思い、登録を完了させると、ガーノスさんは俺に言った。
「ゲートが無事に完成したっつーことは、俺からアーロンに伝えておく。
何なら今から一緒に行くか?」
「おっと残念!俺、これから海岸にある洞窟に行かなくちゃいけなくて。
ラピスの仲間を迎えに行くんです。」
「…なんかよ、ここに来るたびに従魔増えてんの、面白いよなヨシヒロは。」
「ははは、なんか増えちゃうんですよね、なぜか。」
「じゃあ、それが終わったらこっちに戻ってきてくれや。
一緒に晩飯でも食べようぜ。」
「我は肉が良いぞ、ガーノス。」
「はは、分かってるよ!ちゃんとうまい飯を用意しておくから、楽しみにしてな!」
「うむ。良かろう。では、行くぞヨシヒロ。」
「では、行ってきます!」
ゲートが完成したことをアーロンさんに報告するから一緒に来るかと言われ、
すぐさま「ラピスの仲間を迎えに洞窟に行く」と伝えると、
ガーノスさんは「ここに来るたびに仲間が増えるな」と笑った。
そして、用事が終わったら一緒に夕食を取ろうと誘ってくれた。
ロウキは当たり前のように「肉がいい」とリクエストしていたけど…馴染みすぎだろう。
なんて思いながら、ギルドを出て洞窟へと向かった―…。
◇
「ヨシヒロ様…僕は、間違っていたのでしょうか?」
「え?」
「人間はいつも僕たちを討伐します。初心者には倒しやすいからって。
それに、薬の材料や衣服の素材になるそうなので、誰もが僕たちを苦しめます。
そんな人間に僕が頼ったことで、あのスライムたちは僕を受け入れられなくなったんじゃないかなって…」
「ラピス…」
「でも、直感したんです。ヨシヒロ様は絶対に僕たちを苦しめないって。」
「どうしてそう思ったんだ?俺、別に何もしてなかっただろ?」
「何もしていなかったからです。
一緒にいたロウキ様やクロちゃん、ユキちゃん、そしてミルくんの表情を見ればすぐに分かります。
傷つけるのではなく、討伐対象として見るのではなく、家族として一緒にいるんだって。
だから僕はあの日、ヨシヒロ様の鞄に必死にもぐりこんで、ついて行ったんです。」
「え?あの時ラピスは鞄に入ってたのか?!全然気づかなかった…」
「勇気を出して一歩踏み出して良かったって思いました。
これで、皆が討伐されずに済むって。
だけど、あのスライムたちは違いました。人間に頼るなんて間違ってるって…
どうせ最初だけ優しくして、裏切るんだって…」
「そうか…そうだな。いつも討伐される姿を見てきた子たちからすれば、
俺は所詮、人間。信用も信頼もできるはずがないっていうのは、理解できるよ。
でも、だからこそラピスの覚悟と、俺の覚悟を、いつか受け取ってもらえたらって思うよ。」
「ヨシヒロ様…」
海岸に向かう道中で、ラピスはいつになく元気のない声で俺に問いかけてきた。
自分の行いは間違いだったのだろうか、と。
確かに、恨む対象である人間を頼ったことを素直に良しとできない子がいるのは、理解できる。
それと同時に、それほど切羽詰まった状況だったというラピスの気持ちも、痛いほど分かる。
ラピスは、俺が魔物を討伐対象としてではなく、家族として見ているから助けを求めたと言ってくれた。
その言葉は、俺にとってとても嬉しいものだった。
こういう家族を迎えることこそ、俺の理想だったから。
だからこそ、そんなふうに思って頼ってくれたラピスの願いを、叶えてやりたい。
とはいえ、無理やり連れ帰ることはできない。
だから今日こそ、少しでも話ができたら。そう思っていた。
「あれ…?」
「どうした?ラピス。」
「スライムの気配がします。外でスライムの気配がするなんて…」
「もしかして…洞窟から出てきたんじゃ?」
「その可能性はあるな。この辺のスライムは、もう家にいるのだろう?
そうなると、あの4匹の可能性が高いな。」
「そんなっ…この辺りは冒険者だっているのに!」
「とにかく探そうぜ!」
洞窟のすぐ側まで近づいた時だった。
俺には感知できなかったけど、ラピスがスライムの気配がすると言って、キョロキョロと辺りを見回し始めた。
あの洞窟には結界が張ってあるから、人間は入れない。
でも、スライムたちは出入りできる。
まさかとは思うけど、洞窟を出てどこかへ行ったんじゃ……
そう思うと、一気に不安が襲ってきて、手分けして探すことにした。
この洞窟が嫌になったのか、それとも何か事件が起きて飛び出したのか…?
この辺りは海岸で、森じゃないから隠れる場所なんてほとんどない。
またあの時みたいに液体化して岩場に溶け込んでいるとか?
それならまだ安心だけど、外には危険な魔物だっているんだから、早く見つけないと。
そう思いながら、ラピスが感じているスライムの気配を、必死に追った。




