39話 ヒーローの如く迎えに来てくれたけど、ダンジョンに連れていかれました
「ヨシヒロ殿、フェンリルとはどこで?」
「クロちゃんはどういう種族なのかしら?」
「ヨシヒロさんの領地に、今度お伺いさせていただいてもいいですか?」
「こらこら、お前たち…ヨシヒロが困っているではないか。
今日は挨拶だけの予定で来ていただいたんだ。引き止めてはいけないよ。」
あれから、もうそれは本当にたくさんの質問を受けて、
俺は当たり障りのない回答を繰り返していた。
のんきに遊ぶクロとユキを横目に、俺はすっかり気疲れしてしまっていた。
それを感じ取ってくれたアーロンさんが、皆の質問攻めを止めてくれて、ようやくホッとした。
もう帰る!帰るんだからな!
そう思っていた、その時だった。
ふっと、大物の気配を感じて、応接間のバルコニーがある窓に視線を移した。
するとそこには、風にモフモフの毛をなびかせながら、
バルコニーで不機嫌そうに俺を見下ろすロウキの姿があった。
その姿は、まるで救いに来てくれたヒーローのように見えて。
って、そんなこと言ってる場合じゃない!
俺は慌ててバルコニーの窓を開けて、叫んだ。
「ロウキ!お前何やってんだよ!ここ、2階だぞ?!」
「おおっ!あれがフェンリルですか、父上!」
「大きいですわねぇ。ユキちゃんに似てますわね?」
「すごーい!カッコいい!僕も従魔欲しいです父上!」
ロウキが姿を現すと、王家の息子さんたちは目をキラキラと輝かせて見つめていた。
娘さんのルーシーさんは、ユキを撫でながら「似ていますわね」と楽しそうにしていた。
さすが王家だなぁ。驚きはするけど、動じないのねぇ。
なんて思っていると、アーロンさんが申し訳なさそうにロウキに声をかけた。
「ロウキ殿…ヨシヒロを引き留めてしまって、すまない。
もう帰るところだ。」
「フンッ……!ヨシヒロ、帰るぞ。我の背中に乗せてやるから、早くしろ。
クロ、ユキも早く来い!」
「ええ?そんなの失礼だろう?!」
「いや、いい。気にするな。また後日、ゆっくり話をしよう、ヨシヒロ。」
「何かすみません…ありがとうございます!
それでは皆さん、失礼します!」
アーロンさんの謝罪を鼻でかき消したロウキは、「帰るから背中に乗れ」と言って、
俺とクロとユキを呼び寄せた。
王族を前に、なんてことを!
と思ったけど、ロウキからの無言の圧を感じた俺は、
仕方なく皆さんに挨拶をして、ロウキの背中に乗った俺は、
初めてのモフモフにちょっとテンションが上がった。
ロウキは2階からヒョイッと下に降りると、そのまま勢いよく王城を飛び出した。
それにしても、確かに帰りたいとは思っていたけど、こんな帰り方で大丈夫だろうか?
俺、やっぱり不敬罪になったりしない?!
そんな不安を抱えながら、王城をあとにした―…。
◇
「めっちゃ速いじゃん!
え?じゃあ最初からロウキが乗せてくれたらよかったんじゃない?
このペースなら、1日で王都に着いたよね?」
「それではお前を鍛えられないだろうが。それに、何事も経験だろう?」
「えー…そういうもんかねぇ…」
ロウキの背中に乗って王都を離れた俺は、そのスピードに驚かされていた。
絶対に普段からこの移動方法の方が早いって言うと、
「何事も経験」と言われて、何も言えなくなった。
ロウキって時々ほんと、上司というか父というか、そんな感じのことを言うな。
なんて思いながら辺りを見ていると、右手に大きな洞窟のようなものが見えた。
「ロウキ、あれなんだ?」
「ああ?
ああ、あれはダンジョンだ。王都から一番近いダンジョンだから、常に人がいるはずなんだが…。
今日はやけに静かだな。行ってみるか?」
「あれが噂のダンジョンか!行かないけどな。」
「1匹くらい魔物を仕留めたらどうだ?金が増えるだろうが。
クロが食べたいと言っていたルビートマトの種も苗も、いつまで経っても買えんぞ。」
「うっ…それを言うな…」
「行くぞ。」
「待ってー!!」
洞窟が何なのか気になってロウキに訊くと、ダンジョンだと言われて、
異世界っぽい!って思った。
だけど、特に行く気はなかったのに、
「お金がないなら1匹くらい魔物を倒せ」と言われ、
こちらの意思はフル無視で、ダンジョンの方へと走り始めた。
ダンジョンと言えば、確かにお宝もあるっていうし、
魔物がいて魔物狩りにはちょうどいいのかもしれないけど…。
俺はまだ未経験者なのに、いきなりダンジョンに入ってどうしろって言うのさ。
そんなことを思っても、ロウキはその足を止めてくれない。
むしろ、どこか楽しそうな気がする。
だとしたら止められないじゃんか…
なんて思いながら、少しだけ諦めていた。
「ほれ、着いたぞ。皆、降りろ。
それにしても、なぜ今日は誰もおらんのだ?」
「このダンジョン、前の主とも入ったことあるよ!
そんなに大きなダンジョンじゃないし、魔物もそこまで危険なやつはいないよ。
だけど、人がいないねぇ。」
「へぇ。それならいいけどさ。人がいないのは、今日はそういう日なんじゃないの?
っていうか、ダンジョン入るのに何かアイテムとかいるのか?」
「アイテム?何のアイテムだ?」
「何かあった時に脱出できるアイテムとか。」
「ああ。王都で買えばあったぞ。
しかし、そんなものは必要ないだろう。ほれ、行くぞ。」
「ええ?!ちょ、心の準備が!待てってばー!!」
ロウキの足で、あっという間にダンジョンの入り口まで来た俺たちは、
あまりにも静まり返ったこの状況に首を傾げた。
ダンジョンと言えば、新人冒険者からベテランまで、常に人の出入りがあるイメージ。
それなのに、こんなに静まり返っているなんて不思議な感じだ。
そして、こういう場所では一応脱出アイテムを持って行くものだと思って、ロウキに言うと、
「王都で買える」と言われて愕然とした。
追い打ちをかけるようにロウキは「必要ない」とか言うし…。
初心者だよ?しかも転生者で、前世もこういう経験ないのよ?それなのに酷い!
そう心の中で叫びながら、先に進んだロウキたちを慌てて追いかけた。
「ちょっと待てって…わ、すごい綺麗!なにこれ!」
「魔法石の塊だ。採掘場じゃなくても、ダンジョンにはこういうのがあるからな。
質が良ければ高く売れる。一応取っておくといい。」
「分かった!」
「俺も採掘するぜー!」
ロウキたちを追いかけていくと、早速魔法石という綺麗な結晶に出会った。
漫画で見たやつだ!実物ってこんなに綺麗なのか!
そう思いながら、ロウキに言われた通りに、ひとつ、ふたつとアイテムボックスに入れていく。
もしかしたら、この結晶で何か作れるかも?なんて淡い期待もあった。
「このダンジョンの階層は浅くて、お前みたいな初心者向きだ。
地下はなく、上に上がって最上階に行けば、外に出られる転移装置が置いてある。
最上階までは10階ほどだ。まぁ、それなりに経験のある冒険者なら、明日には外に出られるだろう。
我の場合は、夜までには出られるがな。」
「ええ?!ちょっと待てロウキ!まさか最上階まで行くの?!
途中の階には外に出られる転移装置はないの?」
「ちゃんと階層ごとに置いてあるが、必要あるまい?」
「あるある!大ありでしょうが!なんで初回でクリアしようとしてんの?!
こういうのはセーブしながら、少しずつ上がっていくもんでしょ?!」
「何故そんな面倒なことをする必要があるのだ?」
魔法石の結晶で少し楽しくなっていたところに、ロウキがダンジョンの説明を始めた。
初心者向きで10階層あり、各階には外に出られる装置もあるらしい。
だったら2、3階くらい登って終わりって思っていたのに、
ロウキは「なぜそんな面倒なことを?」と不思議そうな顔をしていた。
何なの?!この鬼教官さん!俺を殺す気ですか?!
そう思いながら、必死に訴えた。
「俺は!初心者!初めましてこんにちは状態!無理だろ?!」
「バカめ…。
お前の周りには何がいるのだ?」
「え?」
「いいか?クロはこんなに可愛らしい見た目をしているが、
ディアボロス・リザートという、上級魔法を遊びで使うような悪魔だぞ?
それに我はもちろんだが、ユキもお前が知らぬだけで、かなりの強さだぞ?」
「…嘘だぁー!そんなわけないじゃん!こんなに可愛いのに!
か弱いですって顔してるじゃん!」
「主ー!俺、結構強いと思うよ!ちゃんと主のこと護ってやるからー!」
「ワオオオオンッ!」
「えええ…うっそー…二人ともやる気満々じゃないの…」
俺の必死の訴えは、あっけなく却下された。
ロウキは「何を恐れるのか」と言わんばかりの表情で鼻を鳴らし、
あんなに可愛いクロもユキも、ダンジョン探検が楽しいのか、やる気に満ち溢れていた。
俺の意見は、もう絶対に通りそうもない。
「俺のスローライフはどこへ…」
「主ー!早く来ないと魔物来ちゃうぞー!」
「ちょ、待ってって!もう!!」
こんなにも従魔や使い魔に振り回される主がいるだろうか?
明らかに俺に決定権などなく、すべてはロウキ次第といったところ。
それに、クロやユキも城から出て遊ぶのが相当楽しいみたいで。
俺が一応主かなとは思うけど、それは名ばかりだな。
なんて思いながら、諦めて皆と共に最上階を目指すことにした。
どうか、どうか無事に出られますように―…!




