33話 彼女はとても優しく、最後まで美しかった
あれから1時間ほどが過ぎた。
俺たちは軽食のサンドイッチを頬張りながら、何気ない話をしてアーロンさんの到着を待っていた。
ロウキは、俺が考え込みすぎないよう気遣ってくれている気がする。
伊達に長寿じゃないなぁって、そんなことを思った。
「なぁ、聞いてもいいか?」
「…ユキの母親のことか?」
「うっ…よく分かってるな。あ、でも嫌ならいいんだ。
無理に聞き出したいわけじゃないから。」
「いや、別に構わない。
アイツとは古い縁でな。同じ地域に生まれ育った。
見た目はおしとやかで、誰もが彼女に憧れを抱いた時期もあった。
けど、アイツはそういうのを“うざい”って思うタイプでな。
俺も似たような感じだったからか、接点はなかった。
月日は流れ、顔見知りのまま何百年もの時が過ぎた。
だがある日、森を散歩していたら、アイツの鳴く声が聞こえた。
近寄ってみると、足元に人間の子供が転がっていた。
怪我をして泣いていたその子供が、アイツから離れなくて困っていた。
そんなもの、振り払うか食うかすればいいと思ったが…
アイツは子供だからと、手荒な真似はしなかった。
仕方がないと思い、我の治癒魔法で怪我を治してやると、子供は元気に森の外へ走っていった。
それから、アイツとの時間が始まった感じだな。」
「へぇ…奥さん、すごく心が優しいフェンリルだったんだな。」
これを今聞くべきか悩んでいたけど、ロウキにはお見通しだったようで、
奥さんとの出会いから、順を追って話してくれた。
人間の子供にも優しかったという奥さんの姿を見て、
ロウキは無意識に惹かれていたのかもしれない。
奥さんも奥さんで、いつも他人に興味なさそうなロウキが、
自分のお願いを素直に聞いてくれたことで印象が変わり、
少しずつ二人の恋が始まっていたんだなと思うとキュンとなる。
「まぁ…優しいフェンリルなんて聞いたことはないが、アイツはそうだったのかもしれん。
たまにこっそり森に遊びに来ていた子供と、アイツは一緒に遊んでいた。
成長するにつれ来なくなったがな。学校に通うからと別れを言いに来たのを覚えている。
最初は寂しがっていたアイツも、なぜだか知らんが我がいるから大丈夫とか言っておったな。」
「愛されてたんだなぁ、ロウキは。」
「茶化すな、バカめ!
ただ、アイツは魔力が定期的に抜けていく病気にかかっていた。原因は不明だ。
魔獣にとって魔力、魔素は命だからな。それが体から抜けてしまえば、消えてしまう。
だから我は、それからずっと側で魔力を分け与え続けた。
そんな時だ。人間どもが我に呪いの鎖をかけたのは…。
やけに強い呪術だった。新月の夜は魔力が分散し、どうしても力が出なかった。
たまたまアイツは別の場所に出かけていて、いなかったのが幸いだったがな。
しかし、あの呪いの鎖は、我の魔力を吸い取っていくものだった。
そのせいで、アイツに魔力を分け与えられる量が減り、死を待つようになった。
それでもアイツは生きた証を残したいと言い、子を授かる儀式を行った。
儀式と言っても、我と自分の魔力を融合させ、一つの命を誕生させるものだ。
アイツのお腹の中で、しっかりと育ってくれたが…力尽きてしまった。
その時、アイツの涙が奇跡を起こし、お腹の中にいたユキが我の影の中に入り、
そこで誕生までの時間を過ごした。
魔力が枯渇した我が生き残ったのは我が持つスキル、Shade Soulと呼ばれる力のおかげだ。
このスキルは魔力が枯渇しても、影に我の命が分け与えられ生き延びる事が出来るスキルだ。
ユキが育ったのもこのスキルあってこそだろう…。
おかげで無事に産まれたが、アイツはもう空の上だ。」
「・・・っ」
「最後までユキのことを心配していた。どうか無事に産まれてきますようにと。
自分が死ぬというのに…最後までだ。
そんなアイツに、ユキを見せてやりたかった。目元も性格も、アイツそっくりだ。」
出会いはとても素敵だったから、胸がキュンとなっていた。
でも、奥さんの病気のこと、ロウキの呪いの鎖のこと、
そして奥さんが最後までロウキとの繋がりを大切にし、
その子供の身を案じていたと聞いて、
自分に死が迫っていても、最後まで“母”であろうとしたその姿に、涙が止まらなかった。
だからかな。
急に、頭に浮かんできたんだ。
「なぁ、ロウキ…名前、つけてもいい?奥さんの。」
「なぜだ?」
「アイツ、アイツってな。名前、あった方がいいだろう?」
「名を付けたところで……
…いや、では頼もう。アイツの…ユキの母親の名を、付けてやってくれ。」
「分かった。実はもう決まってるんだ。
“優愛”。漢字で書くとこう。優しいと読むのと、愛って意味。愛情の愛だ。」
「ユア…か。いい響きだな。アイツに似合っている。」
「ユキの母ちゃん、ユアって言うのか!綺麗な名前だな!
良かったなユキ!ママの名前、決めてもらったぞ!」
「ワオオオンッ!!」
どうしても、奥さんの名前をつけてやりたかった。
できれば、一緒に過ごしてみたかった。
それは叶わない願いだけど…
名前を付けることで、永遠に忘れずに一緒にいられる気がしたから。
断られちゃうかなとも思ったけど、ロウキは少し考えてから、頷いてくれた。
そして、俺が付けた名を、愛おしそうに呼んでいた。
どうやらユキも気に入ってくれたようで、クロと一緒に喜んでいた。
「今度さ、庭に石碑を立てようか。毎日そこでお祈りできるようにさ。
どんな感じにするか、考えておくな。」
「お前は本当に…変わった奴だな。」
「そう?でも、お祈りする場所はあった方がいいだろー?
石碑って、自分の大切な存在を静かに見つめる場所なんだよ。」
「…そうかもしれんな。」
この広い城の敷地内に、石碑を立てようと提案した俺。
こういうのは気持ちの問題かもしれないけど…
しっかりお祈りできる場所がある方が、いいような気がしたんだ。
礼拝堂みたいな大きなものを作ればいいのかもしれないけど、
まだ未開拓の地だから、どこに建てるかも決められないしな。
俺が提案すると、ロウキは「変わった奴だな」と呟いた。
でも、その表情には、どこか優しさが滲んでいた気がした。
石碑に関しては、早急にやるべき案件だな。
ギルド登録が落ち着いたら、すぐにでも案を練ろう。
ロウキとユキが、ユアさんを感じられるような、そんな場所になればいい。
そんなふうに、静かに思っていた―・・・。




