15話 主となるか、自由を渡すか
「君、名前は?」
「え?名前?うーん…なんだろう?
俺、名前なんて覚えてないや。」
「そうなのか?その、前の主のこと、覚えてるか?」
「えーと、あんまり覚えてないけど…優しい人だったよ。
俺たちみたいな悪魔にも、優しかった。」
「…そっか。いい人だったんだな。」
ディアボロス・リザードに名前を尋ねると、彼は首を傾げて、記憶にない様子だった。
けれど、前の家主のことを聞いた瞬間、ほんの少しだけ表情が柔らかくなった。
その変化を、俺は見逃さなかった。
悪魔だって、こんなふうに優しく笑うんだな。
そう思うと、この家の魔法使いは本当にいい人だったんだろうな、って。
そんな想像は、自然と浮かんできた。
「なぁ、俺の新しい主だよな?」
「んー…君はそれでいいの?俺、前の主とは全然違うと思うよ?」
「え?一緒じゃん!この家をこんなに綺麗にしてくれたんだから!前の主と一緒!」
「今なら自由に、どこにだって行けるんだぞ?」
「・・・・」
家主のことを思い浮かべていると、ディアボロス・リザードは再び、
「俺が新しい主だろ?」と尋ねてきた。
でも、俺と前の主じゃ器の大きさが違いすぎる。
簡単に「主」になれるとは思えなかった。
そう伝えても、彼は「前の主と同じだ」と言い切った。
そして、自由になれるぞ、と言っても首を縦には振らない。
それどころか、彼の瞳はまっすぐ俺だけを見ていて。
え?悪魔って、こんなに綺麗な瞳をするもんなのか?
こんなふうに見つめられたら、断れないじゃんか…。
そう思っていると、彼は翼をパタパタと揺らしながら、必死に訴えかけてきた。
「なんでも言うこと聞くからさ!悪さもしないよ!
俺、小さいから食費もそんなにかかんないし!いい子にするから!
だからっ…独りにしないで…」
「・・・っ!」
その姿はまるで、子どもが欲しいものをねだるために、
一生懸命親にお願いしているようだった。
そして、最後の一言。
それが俺の胸をギュッと締め付けて、思わず口元を押さえた。
ああ、この子は、ずっと寂しかったんだ。
魂がこの場に留まり続けたのも、
独りになりたくなくて、この家に残っていれば、
いつかまた誰かの側にいられるって…。そう思ったんじゃないかな。
勝手な想像だけどさ。
でも、そんなふうに頑張ってきた子に「自由になれるよ」なんて。
俺、いつからそんなに冷たい奴になったんだ?
この子は、誰かと一緒にいることを望んでる。
それが俺っていうなら…
俺が側にいる。俺が死ぬまでは、ずっと側にいる。
そう決めて、浮かぶ小さな体を、そっと包み込んだ。