墓穴を掘るのは構いませんが
書いてから気付いたけど王子はさておきお相手の名前が某ゲームととても類似している……直すにしてもどっかで抜け落ちありそうなんでこのままでいきますが、当然のことながら某ゲームとは一切関係がありません。
第一王子ヘンリーの王位継承権が最下位まで下げられた。
――という話はあっという間に国中に広まった。
廃嫡まではいかなかったようだが、今まで次の王になるだろうとされていた彼を敬う者などもういない。かろうじて王族としての籍はあれど、彼も、この先もし生まれるかもしれない彼の子も、余程の事がない限りは王位継承権も最下位のまま。
王家の恥さらしとして、今後は貴族たちの嘲笑の的となり生きていく事が定められてしまった。
「恋をすると人は変わる、と申しますけれど。
良い方に変わるならまだしも、ああも悪い方へ変わられてしまえば……ねぇ?」
新聞を見て、リゼルティは呆れたように呟く。
彼女はかつて、ヘンリーの婚約者であった。
何事もなければ彼女は王妃となって、彼を支え国を導くはずだった。
ところがヘンリーがやらかしたので、彼女との婚約は解消――要するになかった事にされた。
ついでに王家がリゼルティへ新たな婚約者を紹介し、その相手とリゼルティはお互い意気投合した結果、新たに縁を結ぶ事となった。
最初は王家の紹介とか……と思っていたが、出会った今では王家に感謝する気持ちまである。
リゼルティからすれば、ヘンリー様、やらかしてくださってありがとうございます。おかげで素敵な方と巡り合えましたわ。という気持ちだった。
ちなみにリゼルティの新たな婚約者は王族ではないが、家格は同等、婚約する本人同士もお互いの家の者たちも誰も否と言わないものとなった事だけは確かである。
ヘンリーは王家管轄の領地の寂れた土地をちょっとだけ与えられて、この土地をどうにか立て直せと父――国王陛下に厳命された。逃げ出せば待っているのは死である。
折角次の王としての教育をして、時に厳しく、時に優しくと大事に大事に育ててきたもののあっさりと馬鹿みたいなハニートラップに引っ掛かってやらかした結果であるのだ。王の怒りも王妃の嘆きも当然と言えた。
ついでにヘンリーが真実の愛だと思っていた令嬢は、国を混乱させようとした事で処刑された。
「もし、わたくしがいたのなら、物語みたいに婚約破棄を宣言されて、やってもいない罪をかぶせられたりしたのかしら……?」
読み終わった新聞を控えていたメイドへ渡して、ふとそんな風に思う。
王子との婚約がなかったことになるくらいだ、その場に彼女がいてもおかしくはなかったはずなのだが。
生憎と、その場に彼女は不在であった。
――この国には貴族たちが通う学院がある。
成人前の人脈作り、小さな社交場。そんな風に言われているし、成人前の、まだ子供であるが故に多少自由に振舞える最後の期間である。
成人した後も友人たちとの付き合いは続くだろうけれど、人によっては領地に戻りそちらで過ごす者も少なくはない。学院に通っている頃と比べると、気軽に会う機会はぐんと減るのは言うまでもなかった。
なのでそういった友人たちと自由に会う事が許されるのは、学生の間だけと言ってもいい。
成人し、それぞれの道を歩む事になった後は、会うとなればそう簡単な話ではないのだから。
勿論勉学も大切なのは言うまでもない。
成人前の束の間の自由。
生徒たちのほとんどは、将来を見据え、限られた時間を大切に過ごしていた。
ヘンリーもまた、学院を卒業した後、ゆくゆくは次の王に即位するはずだったのだから、息抜きとして許された時間でもあったわけだ。そしてそこで、彼は出会ってしまった。
王都から離れた領地から学院に通うべくやってきた令嬢、マリアンと。
王都から離れ、辺境にほど近いところで暮らしていたマリアンは、王都で生活している貴族たちと比べると至らぬ点が多かったと思える。
貴族として育てられたといっても、王子と比べれば天と地ほどの差があるのは言うまでもない。
それでも、彼女もまたヘンリーと恋に落ちてしまった。
学院には将来貴族と関わりを持つ事になる平民も、特待生として通う事が許されていた。
そういった特待生は成績を落とす事はできなかったが、それでも良縁は繋いでおきたいと考えていたし、家柄的に将来は裕福な平民のところへ嫁ぐのだろうと思われていた令嬢たちも存在していた。
未だ婚約者が決まっていない令嬢や令息たちからすれば学院というのは出会いの場でもあったのだ。
だからこそ、学院では多くの恋も生まれていた。
ヘンリーとマリアンの恋物語も、そういう意味では学院の中で大量に生まれた話の一つだったのである。
ただ、他と違うのは、ヘンリーは王族であった事。それから、婚約者であるリゼルティがいたという事。
学院で恋をしている生徒の大半は、婚約者がいない者たちである。
将来家を継ぐにしろ、己で身を立てていくにしろ、色々な状況でまだ婚約者が決まっていない者たちなのである。
故にそんな者たちの恋は何も問題がなかった。学生のうちに一線を越えさえしなければ、学院側も目くじらをたてる事はない。
だが、婚約者がいるくせに恋に溺れたヘンリーは別だった。
学院側からの注意も、両親からの忠告も、初めての恋に浮かれた王子の中では理不尽なものとして変換されていたのだろう。成人前の自由な時間。子供でいる事をまだ許された、僅かな一時。
周囲は許されているのに何故自分だけが……などと、お門違いにも思っていたくらいだ。
マリアンが身分の低い娘だからかとすら。
身分以前に、ヘンリーには婚約者がいる。これに尽きるのだが。
今まで大抵の事は許されてきたヘンリーが、唯一許されなかった事。
そのせいで、余計に意地になってしまったのだろうか。ヘンリーは両親からの言葉にもますます意固地になってしまい、聞く耳を持たなくなってしまっていた。
とりあえずそれでも、両親は二年程様子を見た。
学院を卒業する前の最終学年になる直前までは。
その恋が一時的なものであるのなら、そろそろ落ち着くだろうと期待を込めて。
けれども変わる様子がなかった事で、国王夫妻は早々にヘンリーとリゼルティの婚約を解消する事にした。学院から上がってきた報告から、もう駄目だと思ったのである。
何せ、ヘンリーと恋仲になっている令嬢、マリアンはよりにもよってリゼルティに嫌がらせをされている、などと虚偽を述べヘンリーに取り入っていたのだから。
その事について国王はヘンリーを呼び出して、解消直前に話をすることにしたのだけれど。
ヘンリーはマリアンとの恋に溺れ、冷静さを失い、リゼルティがそのような事をするはずがない、という事実にも気づけなかったので。
この時点で彼の将来は決まってしまったのであった。
せめてもう少し、マリアンの偽りに僅かでも疑いを持っていれば。
まだ、親として温情をかけたい気持ちもあったのだけれど。
マリアンの言う事はすべて正しいと思い込んでいるような状態だ。怪しい薬でも使われて洗脳されていると言われればまだ情状酌量の余地もあったかもしれないけれど、そんな事はない、とヘンリーにつけていた影が言った事で。
あぁ、あれは王にしたところで、女に溺れ国を駄目にする典型的な暗愚となる……
そう、実の親に判断されてしまったのだ。
その後、卒業式にて盛大にリゼルティに婚約破棄を宣言したヘンリーだが。
当然それは不発に終わった。
何故って、リゼルティはいなかったので。
マリアンはヘンリーにリゼルティという婚約者がいるのを知ってはいたようだけれど、それだけだった。
彼女が学院に通っていないという事にすら気づいていなかった。
リゼルティは別に不登校かましていたわけではない。
国にある学院は、そこだけではなかった。
ヘンリーが通っていた学院とは別に、王都にはもう一つ女学院が存在していた。
リゼルティはそちらに通っていたのである。
ヘンリーが通っていた学院と、リゼルティが通っている女学院は、一応建物を肉眼で確認できる程度の距離ではある。全体が見えるというわけではないが、とりあえず建物の上の方が見えるという意味で。
ただ、二つの学院の距離は、鍛えられた騎士が走って一時間程でたどり着く距離で、馬車を使ったとしてもそれなりに時間がかかるのは言うまでもない。
女学院は、婚約者がいる令嬢たちが多く通っている。
婚約者がいるのだから、わざわざ結婚相手を見繕う必要がないし、ましてや婚約者がいるのにそれ以外の殿方と誤解されるような事になってしまっては支障しかない。
社交に関してだって、学院に通っている令嬢たちとは交流会というものがあるので全くできないわけではないし、普段は女学院内部での社交で事足りる。
マリアンがリゼルティに酷い事を言われた、虐められた、などと訴えたところで、そもそもが無理な話なのだ。
女学院の授業をサボった事などリゼルティは一度もないし、授業に大きく遅れてやってきた、なんて事もない。
しかしマリアンが虐められたと訴えた時間、もしリゼルティが本当にそうしていたのなら、授業に遅れるかサボるかしかないのだ。
未来の王妃になるかもしれない令嬢だからとて、女学院が彼女の暴虐を見逃すはずもない。
むしろ皆の手本にならなければならない人物がそのような事をしようとすれば、間違いなくリゼルティの家に連絡されて、親がその事実を知り、リゼルティには特大の雷が落とされていただろう。
だがリゼルティは、女学院でよく学び、友人たちと交流をし、とても健全に青春を謳歌していたので。
マリアンの言い分など何一つとして信じられるわけがなかったのである。
かろうじて信じられそうなのは交流会で嫌がらせをされた、という言葉かもしれないが、それだって不可能だ。
交流会は他にも大勢の女生徒がいる。家格も派閥も関係なく。
そんな中で、マリアン一人を孤立させるために他の令嬢たちが皆で手を組む、という事はあり得ないし、ついでに言うならその場には教師も控えていたりする。何故って交流会は授業の一環でもあるので。
将来王妃になる予定だったリゼルティとて、令嬢たちを自分の陣営に引き込むまではできても、教師までもを言いなりにはできないのである。
なのでマリアンが周囲にリゼルティ様に酷い事を言われてぇ……っ、なんて涙目で訴えたところで、周囲は「何言ってるのかしら……?」と困惑しかしない。
ところでこれは余談ではあるが、婚約者のいる男性だけで学院を形成しないのか、となると単純に社交に問題があるのでできないのである。
家を継ぐ者継げない者、兄弟ですらそうなるので、下手にそこを分けると単純に教師の数が足りなくなるのだ。ついでに、男性の社交に関しても人数が足りなさ過ぎて、人脈を作るどころではなくなってしまう。
ヘンリーが通っていた学院には、婚約者と共に学びたい、という理由で女学院に通わずこちらに通う令嬢もいた。とはいえそちらは少数だが。
婚約が決まった者たちだけを隔離するような事になると、将来貴族と関わる予定の平民たちも、そちらと知り合う機会がなくなる。人脈を広げるにしてもかなりの偏りが生じてしまうのであった。
女学院と比べると、学院は様々な人がいるためか、マリアンが勘違いしてリゼルティもこの学院にいると思ったとしてもおかしくはなかったのだけれど。
しかし少し調べれば実際どうであるのかなんてすぐにわかるはずだったのだ。
仮に、鍛えられた騎士ですら全力で走って一時間かかる距離を、ほんの数分程度で往復できるような画期的なルートの発見や、移動方法などがある、というのであればマリアンのその言い分ももう少し価値が出たかもしれない。
けれども物理的にどうやったって女学院で学んでいるリゼルティが授業の合間にマリアンへ嫌がらせをするためだけに学院にやってきてその後何食わぬ顔で帰る事など不可能で。面白い理論でも打ち立てれば多少は生きながらえる事が出来たかもしれなかったけれど、実際はただの言いがかりかつ虚言でしかなかったために。
将来の王妃となるはずの女を不当に貶めたという事と、王族を騙し婚姻関係を邪魔したとされて。
マリアンはあっさりと処刑される結果を迎えたのだ。
処刑前にリゼルティが女学院に通っていて、どう頑張ったところで学院にいるマリアンに嫌がらせをするのは不可能であると提示されて、そこで何やら言い逃れをしようとしていたようだが。
完全に手遅れであった。
ヘンリーだってそうだ。
マリアンの言葉に少しでもおかしいなと思ってくれていれば、マリアンもリゼルティが虐めた、なんて言いきらずに別の誰かに嫌がらせを受けている、と証言を変えたかもしれないけれど。
それでも、そうやって二転三転して言う事をコロコロ変えるのであれば、ヘンリーもマリアンのおかしさに気づけたはずだ。
そうでなくとも、リゼルティ本人に確認を取れば、少しは冷静になれたかもしれない。
女学院と学院の距離を考えれば、授業のある日に嫌がらせをするなどできるはずがない、とヘンリーも冷静に思い出せたかもしれなかった。
けれどもヘンリーはただひたすら、愚直なまでにマリアンの言い分だけを信じたのである。リゼルティに問いかけたとして、彼女がシラを切るとでも思い込んでいたのかもしれない。
どちらにしても、片方の言い分だけを信じて暴走した結果、ヘンリーは次なる王の座から転落した。
「恋って素敵なものだけど。でもとても怖いものね」
リゼルティが先程まで読んでいた新聞には、件のヘンリーとマリアンの事が大々的に書かれていた。
ついでに、マリアンの実家である男爵家は平民に落とされたわけではないが、準男爵となってしまった事も。
マリアンに限った話ではないが、領地から毎日学院に通うとなると遠すぎる者は確実にいる。
タウンハウスを利用できる者たちはともかく、それすら難しいとなると学院の寮を利用するしかないのだが、マリアンは寮生活だった。
親元を離れ、運命の恋だと思い込んで、頭のねじが外れたと言われれば納得はできた。
親もマトモじゃなければ、準男爵で済むどころか、連座でマリアンと共に処刑されていたかもしれないのだから。
通う場所が異なるために、ヘンリーとはそれなりに手紙のやりとりなどもしていたけれど、思い返せばやりとりの回数だって減っていたのだろう。
リゼルティはリゼルティで女学院での交流が楽しくて、ヘンリーからの手紙が少なくなっていても、向こうも自分と同じで交流に励んでいるのだろうと思っていたのだが。
励むのは友人たちとの交流ではなく浮気相手との逢瀬だったとは。
とはいえ、リゼルティはヘンリーから面と向かって冷遇されたりはしなかった。
というか、そこに至る程関わってなかった。
なのでマリアンという浮気相手がいた、と知った後も、なんというか他人事だったのだ。
本の中の話を読んだ時のような。驚きはしたけどショックは受けなかったというか。
もし大勢の前で真実の愛をみつけただの、愛するマリアンを虐げていたなだとか、婚約破棄だとか。
そういう事を告げられていたらどうなっただろうか……と考えてみたものの。
「もしかしてわたくし、ヘンリー様の事好きでもなんでもなかったのかしら……?」
悲しいとかつらいとか想像ですら思わなかった。あるとすれば怒りくらいか。
ついでとばかりに新たに婚約者となった相手で想像すると、胸がとても痛んだので自分にそういう感情が欠落しているとかではない、と確認はできた。
ヘンリーとは学院に通う前はそれなりに交流していたし、仲が悪いわけではなかったけれど。
きっと、あれはまだ恋になる前の――友人としての好き、だったのかしらね。
なんて。
リゼルティはさっくりとそう納得したのである。
恋愛ではなく友愛。
言葉にするとそれが一番しっくりときた。
生憎とヘンリーはその事実に気づけなかったので、リゼルティには愛されていると思っていたし、だからこそマリアンと結ばれるために断罪ショーをやらかしたのだが。
結果は先程、リゼルティが読んだ新聞の内容のままであり、それ以上でも以下でもない。
婚約破棄を宣言した時点でとうに解消されていたし、リゼルティには瑕疵すらつかなかった。
そういう意味では、見事なまでの自滅である。
次回短編予告
乙女ゲーム ヒロインに転生した少女。
あまりに現実に寄せるとゲームの場合システムがとても面倒でかったるくなるから、あれはあくまでゲームでの手段であって、現実でやるのはアウトってのもあるわけで。
そんな風に、もう一人の転生者は思うのである。
次回 それも一つのデフォルメ要素
あくまでも創作です。
投稿は近いうちに。