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「きえ、どうした?」

 『きえ』と呼ばれた女性は、嬉しそうな笑顔で宗介に駆け寄る。

「買い出しにきていたんです。宗介様こそ、どうしてこちらに?」

「ただの息抜きだ」

 素っ気ないが、きえに自分の隣を許して話をしている宗介を、片平は驚いた目で見た。

 雰囲気から『安心している』と分かる。

(あんな穏やかな顔するんだな)

 片平には、背中と警戒した目と呆れた表情しか見せない。

 片平の知っている大学時代の宗介は、表面上は温厚篤実で誰に対しても親切だが、誰かを隣に置く事はなかった。

 見た目がそっくりな宗介を見て、自分の知っている大学時代の相模宗介を重ねてしまう。

「──それで、よろしければ……また字を教えていただけないかと……」

 現代の宗介の事を考えていた片平は、耳に入ってきた言葉に疑問符を浮かべた。

(『字を教える』?という事は、字が書けないという事か?) 

 いつの時代の話をしているのか。

 夢の中のはずなのに細かい設定だ、と片平は嘆息する。

(時代劇関連の物なんて、ここ数年見ていないんだけどな……)

「構わないよ。字の読み書きが出来れば、奉公が終わっても役に立つだろうからね」

「ありがとうございます!」

 満面の笑みを見せるきえに、宗介は照れ臭そうに視線を逸らす。

(見せつけてくれるな……)

 すっかり忘れ去られている片平は、じっとりとした目で宗介を見た。



 結局、宗介はきえと一緒に家へ帰る事になった。

 そのあとを、片平は頭の後ろで指を組んでついていく。

「それでは宗介様、失礼いたします」

 玄関先できえはうやうやしくお辞儀をし、土間の方へと歩いていく。

「素直で良い子じゃないか、きえちゃん」

 宗介が一人になり、片平はからかうように声をかける。

 宗介は侮蔑のこもった目で片平を見たが、何も言わずに背を向けて玄関へ歩いていった。

 片平は縁側から片膝を乗り上げて、四つん這いになって廊下の右側を覗き込む。

 先回りされた宗介は、辟易した表情を片平に向けた。

 そのまま何も見えていないように、障子の閉まった薄暗い部屋へ入っていく。

 障子を開けた瞬間、部屋の中がちらりと見えた。

「……何だ、その本の量」

 凄まじい本の量が山積みにされていた。

 そこへ、きえがお茶と干菓子を盆に乗せて歩いてきた。

「宗介様、お茶をお持ちいたしました」

「ありがとう。そこに置いといてくれ」

 きえは座って、言われた通り盆を部屋の前に置く。

 しかし言いたい事があるのか、部屋を覗く仕草をしたりそわそわしている。

「きえちゃんが何か言いたいみたいだぞー宗介くーん」

 縁側に腰を下ろした片平は、部屋を方を向いて片手を口の前に立て、わざとらしく言う。

 ほんのわずかだが宗介の雰囲気に棘を感じた。

 宗介は静かに障子を開け、いつも通りの口調できえに声をかける。

「どうした?仕事はもうないのか?」

「はい……また買ってくる物を間違えてしまって、おとみ様に『今日はもういい』と……」

 きえは力なく笑う。

 宗介は「そうか」と答えながら、とみがそう言った理由にも納得がいった。

 『とみ』とは、長年働いている中年の女性だ。

 きえが奉公に入った頃から、彼女を厳しく叱りつけていた。

 宗介は最初『きえをいじめているのではないか』と勘繰ったが、料理番や他の使用人から話を聞くと、きえは相当なドジらしい。

 買い出しを頼めば『違うものを買ってきた』なんて事が何回かあり、茶を持っていこうとした時、自分の着物の裾を踏んでお盆をひっくり返した。

 とみに「遅いわりに掃除が不十分」と怒られている所を見た事もある。

(確かにあの時は、いつもより廊下が濡れていた気がするな)

 『だからこそ』なのか、きえは宗介の世話に回される事が多かった。

 恐らく、敬介の取り巻きによる『宗介への嫌がらせ』兼『仕事が出来ない者の厄介払い』なのだろう。

「……では、字を教えようか」

 宗介は障子を開けて、きえを招き入れる。

 きえは顔を綻ばせると、「失礼いたします」と膝をにじって部屋へ入った。

 先ほどよりもはっきりと見えた室内は、所狭しと本が積み重なっていた。

 きえは、宗介の部屋にある本に興味津々できょろきょろとしている。

「こちらは何の本なのでしょうか?」

「それは薬草の本だね」

 宗介は文机の前に座って、紙と筆、硯を用意しながらきえの持っている本の題名に目を遣る。

「こちらは?」

「それは兵法」

「ひょうほう?」

「戦術の事だ」

「これは?」

「医学」

「これは──」

 宗介はふと外に目をやると、片平がニヤニヤしながらこちらを見ていた。

 宗介は静かに立ち上がり、無言で障子を閉める。

「宗介様?どうかなさいましたか?」

「すまない……少し、日射しが強くてね」

 今日は晴天だが、雲が多い。

 さほど日射しは強くないが、きえは「そうでしたか」と納得したようだ。

「おーい宗介ー?宗介くーん?」

 片平は楽しそうに名前を呼んでいたが、廊下の角から宗介の部屋を覗いている気弱そうな男が目に入って声かけをやめる。

(あの男……宗介の弟の……)

 資料室で敬介の顔を確認した時、弟の顔も一応確認した。

『相模孝介』、事件当時18歳。

 高校卒業後、親元から離れて父方の親戚の家に身を寄せたらしい。

 男は妬ましげでも楽しげでもなく、ただこちらを見ていて、やがて踵を返して歩いていってしまった。



「──大丈夫ですか、あなた」

 若い男性に声をかけられて目を開くと、ジャンパーを着た孝介そっくりの男性が片平の前に立っていた。

(こいつは──)

「……大丈夫だ。ありがとうな」

 片平は内心警戒したまま、にこりと笑う。

「もしかして、きえが言っていた刑事さんってあなたの事ですか?」

「……きえちゃん?」

「『紺野きえ』、図書館で働いている女性です。1ヶ月くらい前に名刺を渡しませんでしたか?」

「あー……そういえば渡したな……そういう君は?」

 片平はすっとぼけて名前を尋ねる。

 男は表情を変えず、しかし後ろめたさがあるのか「……相模孝介です」と小さな声で答えた。

「兄なら、どこにいるか知りませんよ」

「まだ何も言ってないんだが」

「兄について調べていて、俺の所にきたんじゃないんですか?」

「確かにそうだ。この町で『相模宗介を見た』っていう目撃情報があって来た」

「兄さんを?」

 孝介は眉をひそめる。

「……なぁ、話変わるけど、この町って歴史資料館みたいな所ないか?」

 片平は、相模宗介と関係なさそうな事をにこやかに尋ねる。

「え?一応ありますけど……兄と何か関係あります?」

「どうだろうな」

 片平は缶コーヒーを手に立ち上がると、お尻の汚れを払う。

「今から案内してくれないか?」

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