二
「なぁ……この間、変な夢見たんだけどさ」
「はい?」
昼休みに入り、自動販売機に飲み物を買いに来た片平は後輩の米山鈴に話を振る。
鈴は、栗色の大きな目で片平を見上げた。
「先輩が犯罪者になる夢とかですか?」
「何でだよ。俺のどこが犯罪起こしそうに見えるんだ」
「何か、笑顔で高額商品を売りつけてきそうです」
「悪徳業者じゃねぇか、それ」
確かに『何か企んでいそう』『笑顔が胡散臭い』と言われた事はある。
「だって先輩、第一印象から胡散臭いですもん」
「『胡散臭い』……」
ここでも言われた、と片平が内心傷ついているのをよそに、鈴は「それで、どんな夢だったんですか?」とさらりと流す。
「──へぇ……時代劇みたいな場所で、相模宗介そっくりの男に出くわした……」
「そうなんだよ。何でそんなややこしい夢見たんだか──」
階段を見て、片平は夢の中での敬介を思い出す。
(そういえば、殺された『相模敬介』ってどんな奴だっけ?)
片平は、資料室で相模が起こした事件のファイルを引っ張り出し敬介の顔を確認すると、息を飲んだ。
夢の中で見た敬介にそっくりだ。
(偶然……だよな……?兄貴も弟も夢に出てきた奴とそっくりだなんて……)
きっと、かなり前に見た顔写真が頭の隅に残っていたんだろう。
そもそも、なぜ相模はこの町へ来たのか。
非番の日、片平は町の駐在所へ足を運び相模に関する手がかりを探した。
(何もないな……)
相模の名前も、関係者も記録には残っていない。
片平は聞き込みのため図書館へ赴き、職員に警察手帳を見せて関係者を探してみた。
応対したのは、登山道で片平を起こしてくれた女性だった。
「お兄さん、刑事さんだったんですね。風邪とか引きませんでしたか?」
「大丈夫でしたよ、ありがとうございました」
片平は相模の写真を内ポケットから取り出し、女性に見せた。
「この男性、見覚えありませんか?『相模宗介』という男なんですが」
「……すみません。見た事ありません」
「そうですか。ありがとうございます」
片平の内ポケットにしまう写真を、女性はじっと見つめている。
「『相模宗介さん』というんですね……」
「そうですが、何か思い当たる事でも?」
「いえ……この町の武家も『相模家』でしたから、何となく」
突然の武家の話に、片平は「そうですか……」と苦笑いをする。
しかし、女性は釈然としない表情をしていた。
「……その『相模宗介さん』って人、何をしたんですか?」
「殺人です。5年前に両親と兄を殺害しました」
「両親と兄を……」
「……何か?」
「いえ……なんか、初めて見た気がしなくて」
何でだろう、と女性は首をかしげる。
「一応、名刺を渡しておきます。何か思い出したら連絡してください」
片平は名刺を渡し、図書館をあとにした。
片平はどうしてもあの夢の事が気になり、再び登山道を歩いて石に腰を下ろしてみた。
「……何も起こらないな……」
場所は間違っていないはずだ。
見える景色も、高さは合っている。
もしかしたら似たような石があるのではないか、と山頂まで登ってみたが、そんな石はなかった。
その次の非番の日にも試してみたが、あの夢を見る事はなく、図書館の女性から連絡もなく、片平は次第に忘れていった。
「良い天気だなぁ……」
コンクリートを見たくない。
疲労がピークに達しているのか、片平は秋空をぼんやりと眺めた。
今日は非番だ。
静かな所で、綺麗な景色を見ながらコーヒーが飲みたい。
片平はふと、以前歩いた登山道を思い出した。
「行ってみるか……」
町の自動販売機で缶コーヒーを買い、ゆっくりと紅葉を眺めながら登山道を歩く。
座るのに丁度良さそうな石を見つけ、疲れたように腰を下ろして目を閉じた。
「──また、あなたですか」
片平は聞き覚えのある声に咄嗟に目を開き、目の前の着流し姿の男を見てうなだれた。
「またお前か……」
「同じ台詞を返さないでください」
宗介は、あからさまに不機嫌な顔をする。
何を考えたのか数秒の間を置き、踵を返してスタスタと歩いていく。
「おい、どこ行くんだ」
「……」
「無視するな」
「……」
片平が追いかけてさらに文句をつけようとした時、通行人の男とすれ違った。
男は、Yシャツにスラックスといった片平の出で立ちを気にする様子もなく素通りしていく。
撮影で一般人が紛れ込んだのなら、何かしらの注意があるはずだ。
あり得ないだろうが、『撮影に気合いを入れるためにスタッフも着物』なんて事になっていても、洋服の片平は呼び止められかねない。
(そういえば、こいつの兄貴達も俺の事気にしてなかったな)
「……もしかして、俺の姿ってお前以外に見えてないのか……?」
「……」
「俺みたいな格好の奴、他にいないのか?」
「……」
「まさか『映画の撮影に徹するために、スタッフも着物・横文字禁止』なんて事してたり──」
宗介はようやく片平を一瞥したが、『何言ってるんだこいつ』とでも言いたげな、訝しげな目だった。
宗介以外に見えていないのだとすると、皆の反応にも納得がいく。
宗介は家に戻りたくないのか、片平を家に連れて行きたくないのか、ゆっくりと町を歩いていた。
相変わらず、洋装の人は1人もいない。
「宗介様?」
後ろから若い女性に声をかけられ、宗介と片平は振り返る。
その女性を見て、片平は驚愕した。
図書館で会った女性そっくりだった。