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新たなる生活を…

 

「ちーちゃんただいま!わぁ!いない間もお掃除ありがとう。ちょっと待ってね、ちりとりしよう」

 私は、帰宅したパン吉さんと4日ぶりにエターナルラブラブ愛のちりとりをした。

 ああ!パン吉さん!好きです!!さっささっさー!

 

 久しぶりのお掃除完了ポーズ(額の汗をぬぐう)をすると、パン吉さんはお出かけ中の成果を話してくれた。

 学校説明会に出たり、一人暮らしするお部屋を探したりしたそうだ。


「お部屋はすごく良いところがあったんだ~。学生向けで食堂も付いてて、ご飯も格安で食べれるし、パソコン室とか設備も充実してるの。お部屋も綺麗でね~」

 新しい生活に踏み出すパン吉さんは、ものすごく輝いていて、私はウンウンと真剣に聞いた。もちろんクラウドにもパン吉さんの姿をアップロードした。最近のパン吉さんはキラキラしすぎてデータ容量が心配だ。

 

 そして机をお掃除しながら、うっかりしたふりでパン吉さんのフカフカな体にぶつかりに行った。魅惑ゾーンにぽふった記憶が私を驚きの吸引力でパン吉さんに吸い寄せるのですぅ。

「あれ?ちーちゃんどうしたの?甘えんぼさんだなぁ。一人で寂しかった?」

 うっかりしたふりは全然通用しなかったけれど、私は素直にコクっと頷いた。はい、寂しかったです。

 パン吉さんはごめんね、と言いながら私のことを撫でてくれた。ああ!幸せ!幸せです!!

 

 

 あと一週間足らずでこの家を後にするパン吉さんは、それからも必要な物を買いに行くために不在がちになった。

『いいものが見つかった』と言いながら、パン吉さんはその日準備した物を楽しそうに話してくれる。

 そして、そうやって準備した物を梱包したダンボール箱が部屋には置かれていった。

 

 明日はパン吉さんが旅立つ日。

 深夜、私は部屋にある『引っ越しのイサカ』のダンボールを恨めし気に見つめた。

 なかなか可愛いパンダンボールである。…そっと忍び込んじゃおうかな。

 結局、私の充電ステーションはこのパンダンボールの中に入ることは無かった。今、USBで充電してるにもかかわらずである。

 

『少女よ。明日はパン吉が去る日だな。お互い寂しくなる。だが、ともに門出を祝おう』

 う、うるさい!パンダーマン!!う、うぅぅ、うぇーん!!!

 私はパッと顔を覆った。ロボットの私に涙は出ない。しかし心の涙は出ているのだ。

 

 それでも私はコクリと頷いた。

 パン吉さんの毎日が幸せであることが一番大事なことだ。置いて行くと決めたなら、それは受け入れるべきこと。最新式の全自動掃除機を入手したのかもしれない。

 

 なんで、私には高性能AIなんてついているんだろう。

 こんなに恋しい気持ちが無ければ、辛くなんて無いのに。感情まで持てるほどのAIなんて、やり過ぎだったんじゃと思う。

 私は、パン吉さんの幸せそうな寝顔を、最後の思い出として動画撮影した。ずっと、ずっとこれを見てパン吉さんのことを思い出すんだ…。

 

 

 ※※※

 

 引っ越し業者が朝からパン吉さんの荷物を引き取って行った。

 やっぱり、私の充電ステーションは置いて行かれた。しょんぼり。

 

「さてと…」

 ポスっと、パン吉さんが大きなリュックを一つ床に置いた。

 ごそごそと、部屋の中の物をしまっていく。

 お財布、充電器、お薬、数日分の洗面セット、毛並みを整えるブラシ…。

 

 到着してその日に使うものを入れているんだろう。パン吉さんはお母さんに車で新居に送ってもらうのだ。

 私はそんなパン吉さんの準備する姿をじっと見つめた。うう、泣きそう。

 

「あ、ちーちゃんももう入る?ちょっと窮屈かな」

 え?

 

 ひょい、と私の背中を持ち、リュックの中にパン吉さんは私を入れた。

 え…?え!え!?


 もごもごと這い上がり、リュックの中から顔を出すとパン吉さんはニコニコとほほ笑んでいた。

「スリープモードにしたほうが良いかな。中で起きてたら不安だよね?真っ暗だし」

 え!?は、はい!!ええ!?

 もしかして、連れて行ってくれるんですか!?でもステーションルーム無し?

 

 コンコン。おかあさんが部屋をノックして扉を開けた。

「パン吉ちゃん、お荷物やっと届いたわよ、ちいくいんちゃんのやつ」

「え!よかったぁ。ギリギリだったね!」

 パン吉さんは喜んで、私の方を見下ろした。

 ああ!その笑顔可愛い!ていうか、私のやつって何ですか?

 

 

 パン吉さんは私を手のひらに乗せて、リビングに行き、届いた荷物を見せてくれた。

 え!?こ、これは!!『充電ステーションスイートホーム』じゃないですかぁぁぁぁ!!

 

 私の住んでいるワンルームタイプの充電ステーションではなく、戸建てタイプの充電ステーションである。

 こ、これずっと欲しくて!なぜなら!

「これなら、洗濯機が着いてるみたいだしねぇ。パン吉ちゃんが一人暮らしすると、ちいくいんちゃんが毛玉を洗うの難しくなるもの」

 私は、コクっとおかあさんに向かって頷いた。

 す、すっごく嬉しい!これで毛玉をいつでもお洗濯できる!二階にはベランダも付いてて、お洗濯ものを干すこともできるのだ。

 でも、高いのに!絶対高価なのに!

 

「ちーちゃん、嬉しい?」

 パン吉さんが、私に話しかけてくる。私はコクコク!と頷いて、パン吉さんの胸に抱き着いた。

 幸せ!幸せ!幸せ!そしてふわふわぁ!!しあわせぇぇ!!ああー!!アアアアー!!もうダメロボットになりそう!!

 

 パン吉さんは私の頭をナデナデしながら、優しく決意に満ちた声で言った。

「ちーちゃん、パン吉人間の大学に行って、立派な『会社員』になりたいんだ。頑張るからこれからも応援してね」

 え。パン吉さんって会社員になるのが夢なんですか…?へ、へー。あ、大丈夫です!ちゃんと応援します!任せてください!


 さらにおかあさんが身体をかがめて私を覗き込みながら言った。

「ちいくいんちゃん、クラウドのデータ保存容量の契約増やしておいたから、離れている間たくさんパン吉ちゃんの写真撮っておいてね。ちいくいんちゃんのお写真のパン吉ちゃんはとっても可愛いから。毎日楽しみにしてるわね」

 

 え!?データ容量増やしてくれたんですか!?や、やったぁぁぁぁ!!課金プランだと一気に容量が増えるから……!いっぱいいっぱいお写真撮りますね!動画もいいですよね!?

 やったぁ!!やったぁ!!

 私は手を上げて、パン吉さんの手のひらでぴょんぴょんと飛び跳ねた。

 パン吉さんは、落ちるんじゃないかとアワアワしていた。大丈夫です!ジャイロセンサがあるんで転びません!

 

 

 巻き起こる幸福の連続に、フワフワと謎の妄想関数を行き交いながら、私はパン吉さんのリュックへと収まった。

 いやがうえにも新生活への期待が高まって、ああ!どうしよう!こんなに幸せで!幸せ故障とか無いか心配になるぅ!!

 

 しかし、カバンが開いて、パンダーマンが入ってきたことで、私の心はスンと静まった。

 パン吉さん、こいつはいくらなんでもいらないと思います。

 

 

 ※※※

 

『少女よ、共にパン吉の新生活を見守れるとは嬉しいな』

 私は突然の声掛けにスリープモードからハッ!と復帰した。

 む!パンダーマン!

 

 ブーン、ガタガタと車の走る音が聞こえる。走行中の車の中でも電波が通じるんだな。…私はWi-Fiが切れているので大変心もとない。

『友よ、これからもよろしくな』

 ぜんぜんよろしくしたくない。普通によろしくしたくないぞ。

 

 その時、ガタン、とひと際大きく車が揺れた。

『ガッキーン!シューワー!パンダーーーマン!!』

 至近距離にいるパンダーマンから音割れしたスピーカー音発せられた。

 

 うがー!!!うるせぇー!!

 しかも、このパンダーマン私のほっぺたをぐいぐいと殴ってくる!

『ああ、す、すまない!こんなつもりでは!ああ!スイッチが…』

『パンダー!ワンダー!エクストラ(略)キーック!!』

 副音声のようにスピーカー音とパンダーマンの声が重なる。なんちゅう器用な音声の出し方してんだ。変調してんのか!?

 狭いリュックの中で『スマナイスマナイ』言いながら大暴れするパンダーマンに私はぐいぐいと押される。こいつポンコツマンって改名したほうが良いって本気で思う。

 

「パン吉ちゃん、カバンの中から何か聞こえない?」

「アッ!パンダーマンのスイッチだ!」

 そう言うパン吉さんの声が聞こえた。ほんとに、パン吉さんこいつ捨てるなら今です。

 

 でも、パン吉さんの可愛いお顔が見られるのは嬉しいな、と思いながら私はパン吉さんが助けてくれるのを待った。

 おかあさんにデータ容量も増やしてもらったし、パン吉さんをいっぱい記録しよう。

 これからも、私はパン吉さんの小さい飼育員として、パン吉さんを見守り、お部屋を掃除し、可愛いお写真と動画を取ることを約束します!

 

 リュックの入り口に黒いふさふさのお手々と、心配そうなパン吉さんのお顔が覗く。

 ああ、そんなお顔も可愛い!パン吉さん大好きです!

 


 おしまい

 

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