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ちいくいんさんと不良地蔵と『思いやり』

 トコトコと充電ステーションルームの中に入ると、じゃりっという感触で足元に何か落ちているに気が付いた。

 …砂?

 あ、そうだった。地蔵が居るんだ。

 

 あいつ、まさか、外から来たから砂ついてるのか!ぐぬぬ、お掃除ロボットのお部屋が砂まみれとか、あり得ない!!

 ぱっ!っとソファをみたが、そこに居たはずの地蔵が居なかった。

 

 おや?私が気づかないうちに出て行ったのかな?

 まぁ、そっちのほうが良いけど…。

 

 私は箒で充電ステーションルーム内を掃除し始めた。

 まったくもう、休憩に来たのに!ソファも砂まみれだ!

 ササッサー!パシパシ!叩いて砂を掃う。

 

 ん?この砂、なんかベッドルームまで続いてないか…?

 嫌な予感がして、私はベッドを見ると、そこに地蔵が寝ていた。

 

 うぎゃー!!!

 私はタタタ!と走って、お布団を剥がし、追い出そうとぐいぐいと地蔵を押した。

 お、重くてびくともしない!なんだこいつ!なにで出来てるんだ!?

 

『おお、おかえり。いやぁーベッドってやつは気持ちが良いなぁ!俺も欲しいぜ』

 地蔵は砂をぽろぽろとこぼしながら、ベッドの上で伸びをすると、降りてソファへと向かった。

 私は砂まみれになった自分のベッドを呆然と見下ろした。

 

 あ!!!パン吉さんのお尻クッション!!

 地蔵が枕として使ったらしいそのお尻クッションはふっくらしたフォルムがみるも無残に潰れていた。

 ひ、ひどい!うぐぐ!あいつ、絶対許さない!

 私は、ぐいぐいとパン吉さんのお尻クッションの形を整えた。ほっ、何とか元通りの形になった。

 

 私は、お布団をばっさばっさと振って、砂を落とし、ベッドのシーツを綺麗にした。

 うう、今度パン吉さんの毛玉を洗うときに、これも一緒に洗おう。

 

 その後、お部屋を掃除して、パン吉さんのお尻クッションを抱えて戻ると、また地蔵がソファでくつろいでいた。

 私はむっとして、地蔵の手を引っ張った。

『お、なんだなんだ?』

 地蔵が立ったので、私は箒を向けた。

『ん!?なんだ?なんか怒ってんのか?』

 

 私は箒を使って、地蔵の体を掃った。

 こいつを綺麗にしないと、いつまで掃除しても無限に終わらない!

 パン吉さんの毛玉は喜んで無限に拾えるけど、こいつの砂はいやだぁぁぁ!!

 

『おー、掃除してくれんのか。気持ちいいな。ありがとよ…何年ぶりかなこういうの』

 なんか言っている地蔵を無視して、無心に私は箒で掃い続けた。

 この反復運動、フェルトぬいぐるみ剣術に通じるところがある!

 私はそのうち奥義でも編み出しそうである。

 

 

 ふぅ。

 私はお掃除終了スッキリポーズをした。

 地蔵はピカピカになり、動いてももう砂は落ちない。

 

 床に小山ほどになった砂は、次のちりとりの時にパン吉さんに一緒に捨ててもらおう…。

『お前すげぇな。こんなに綺麗になったの、100年ぶりくらいな気がするぜ?俺、一回り小さくなってない?』

 100年。ロボットジョークが過ぎるだろ。

 

『いやぁ。この家来てよかったなぁ。久しぶりにこんな居心地よく過ごせた。綺麗にもなったし。あとその枕、すげぇいいな!それくれよ!』

 私は、サッ!とパン吉さんのお尻クッションを後ろに隠した。

 なんと図々しいやつだ!私の宝物を狙うとは!!

 大事なパン吉さんの毛玉だし、1万回以上刺さないとぬいぐるみクッションは完成しないんだぞ!作るのだって大変なんだ!

 

『お前がそれくれるなら、あのパンダ、パン吉?なんとかしてやるよ』

 え!?な、なんだそれ!!本当か!?

『へへ。あ、そろそろあいつも起きる頃じゃないか?』

 地蔵の言葉に、私はいつの間にかに深夜になっていることに気が付いた。

 

 

『ほう、道祖神よ。それは本当か?』

『ああ、お守りを作ってやるよ。その為には運気を付ける依り代が必要だけどな』

 お守り?神社で売ってるとかいうあれか。

『それはありがたい。道祖神よ、心から感謝するぞ』

『その代わり、あいつが持ってる枕をくれ』

 地蔵は私を指さした。


 ぐぐぅ、これは私の宝物なのに…。

 私は後ろ手に持ったままのクッションを、ちらりと見た。

 はぁ…。パン吉さんの健康には代えられないか…。

 

 私は断線の思い(私に腸は無い)でそっとパン吉さんのお尻クッションを差し出した。

 さようなら、パン吉さんのお尻。今まで思い出をありがとう…。

 

『やったー!!これすっげーふかふかで気持ちがいいんだよなー!』

 地蔵は早速小脇に抱えて上機嫌だ。むぐぐぐ。すごいイライラするぅ!

 

『依り代はチーチャンお前が作るんだぞ』

 ふぎゃ!なんでお前がちーちゃんって呼ぶんだ!!!気持ちが悪い!それは親愛の情を示した愛称なんだぞ!!

 私は抗議したいが、伝わらない!箒をぐいっと握りしめるのみだ。

 

『依り代か。少女は器用だから作れるだろうな。その枕のようなものでいいのか?』

『別に枕でもいいけど、お守りだからな。常に側におけるものが良い。あとは、相手を思いやって作れば作るほど効果が高くなるぞ。責任重大だからな。チーチャン』


 え!?思いやる?

 うーんと、検索検索…。

「思いやり」とは自分以外の人のために気遣いをすること、相手の立場になって考え、思いを共有すること、同情する気持ち、などの意味を持つ言葉です。

 うーんつまり、パン吉さんの立場になって考えて、思いを共有…うーんうーん。私にできるだろうか…。

 

 ※※※

 

 地蔵は私の宝物のクッションをもって帰って行った。

『依り代』が出来たら来るって言っていた。

 とりあえず、フェルトぬいぐるみでパン吉さんを作ってみようかな。お顔、可愛く作れるかなぁ…。

 

 パン吉さんは、少しお熱があるのにお勉強をして、また高熱を出すを繰り返していた。

 そんな中、お勉強の時に私の隣にパンダーマンを机の上に並べるようになった。

 

 私は、凄く嫌だったけど、パンダーマンを手に持つこともせず、ただ「よし、がんばるぞー」と気合を入れるパン吉さんをみて、パンダーマンがパン吉さんの心の支えなんだなってことが解った。

 だから、パンダーマンをゴミに埋めることはやめておいた。こいつのムキムキのお尻を箒で払いたくないしな。

 

 

 私は常にパン吉さんのお熱に気を配りながら、せっせと机とお部屋のお掃除をし、充電ステーションルームに戻るとフェルトぬいぐるみ作りを頑張った。

 そして1か月後、ついにパン吉さんフェルトぬいぐるみが完成したのである。

 

 パン吉さんの可愛いお顔を再現することはすごく難しかったけど、コレクションしてある『可愛いパン吉さん集』をよく見ながら、そして動いているパン吉さんを観察しながら、一生懸命作った。

 高性能AIは、腕の動きも学習して、段々と繊細な針さばきをすることが可能となっていったのだ!…なかなかうまくいかなくて何回もやり直したけど。

 顔は満足のいく出来栄え!顔は!

 

 そして、地蔵が枕にして数日寝て、運気を移すことで『パン吉さん健康お守りマスコット』となったのである。

 私は、完成品を持ち、意を決してパン吉さんの元に行った。

 

 

 ※※※

 

 パン吉は、今日は熱が上がりそうだな、と思った。

(頑張りたいのに…)

 受験まで、あと2カ月も無い。追い込みの時期だというのに体調が悪い日が続いていた。

(去年みたいに、入院したらどうしよう)

 そう思うと、パン吉は凄く悲しい気持ちになった。

 ううん、パンダーマンみたいに、倒れても倒れても立ち上がって、努力の末に成功を勝ち取るんだ。パン吉もパンダーマンみたいになりたい。

 

 机の上にパンダーマンを移動して、今日も頑張ろう、とパン吉は気合を入れた。

「ちーちゃん、一緒に勉強しよう」

 お掃除ロボットのちいくいんさんは、パン吉が具合が悪くなりすぎないタイミングでお知らせしてくれる。

 調べたら、サーモカメラの機能があるらしい。お掃除もしてくれるし、ちいくいんさんが居てくれるとすごく助かる。

 それに、間抜けな表情がかわいくて癒されるし。

 

 ちいくいんさんは、ひょこっと充電ステーションから出てきた。

 後ろ手に何かを持っている。

「ちーちゃんどうしたの?」

 

 もじもじ、と少しためらった後、ちいくいんさんは思いきったようにパン吉に持っていたものを差し出した。

 それは、ちいくいんさんの1/3くらいの大きさのぬいぐるみ。

 

 顔は、パン吉そっくり。そして体は、なぜかムキムキだった。

 

 

 ※※※

 

 私は、『思いやり』について考えた。

 パン吉さんは、健康になりたい。強くなりたい。パンダーマンのようになりたい。そして、成功を勝ち取りたいのだ。

 

 だから、私はパン吉さんの為に、嫌いなパンダーマンのムキムキの体をモデルにした。

 それが、私なりの『思いやり』だ。全然可愛くない気がするけど、パン吉さんはどう思うだろうか…。

 

 ちなみに、地蔵は『クソ笑う!なんだこのホンワカ筋肉パンダ!』と爆笑したので、ベッドに寝転んだところで箒で殴っておいた。

 あの姿勢だと真剣白刃取りは出来ない。完全攻略である。

 

 パン吉さんは、私の手からパン吉さんぬいぐるみを受け取ると、驚いて言った。

「う、うわぁ!!これパン吉!?すごい、ムキムキだ!パンダーマンみたい!可愛いしかっこいいね!!」

 パン吉さんは、私のことを持ち上げた。

「ちーちゃんが作ったの?すごい!天才だね!!これ、お母さんに言ってキーホルダーにしてもらおうかな」

 パン吉さんはすごく嬉しそうに笑ってくれて、私は感無量だった。

 

 頑張った結果が報われるってこんなにうれしいのか。

 …パン吉さんにも、報われて欲しい。これからも、私たくさん応援しますね。

 

「なんだか、パン吉が強くなったみたいに感じる。お守りにしてこれからも頑張るね。ちーちゃん、本当にありがとう」

 そう言ってパン吉さんは私の頭をナデナデしてくれた。私はいつも通りぐいっと若干頭を押し付けて静電容量圧力センサ感度をMAXにする。

 この感覚と、映像音声全部をセットで記録出来て、いつでもこの最高の瞬間を再現できたらいいのに。

 いいや、そんなことしたら日常生活に戻りたくなくなるな。

 

 でもいいのだ。パン吉さんと過ごす毎日は、いつでも最高の瞬間を更新する可能性を秘めているのだから。

 

 

 そうして、それから大学受験までの間、パン吉さんは高熱を出すことは一度も無かった。

 地蔵、意外とやるなぁ…。


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