謎のロボット『パンダーマン』
吾輩はロボットである。
名前は、
『パンダーーーマン!!』
ちがぁぁぁぁぁう!!!
……ふぅ。
私はちいくいんさん。身長10.5cmの人型お掃除ロボットです。
今日は机の上でUSB充電されながらパン吉さんを見守り中。
『ガシャーン、ガキーーーン!』
ああもうー!うるさいなぁー!
音質の悪いスピーカーから、戦ってる風の擬音を流しながら、緩慢な動作で『パンダーーーマン』とやらはパンチを繰り出す。
いやもう、動きが遅すぎてあの動作が何か私にはわからないが、『パンダーウルトラミラクル(略)パーンチ!』と言っているので、パンチと判別している。
いつもなら、この机の上はパン吉さんの参考書をめくったり、カリカリとペンを走らせる音しか無い場所なのである。
それなのに、この静寂を乱すとは何事なのか!
『パンダーーーマン』とやらは、パン吉さんに迷惑をかけている。
私が、フェルトぬいぐるみ剣術で鍛えたこの腕で成敗してくれようか。
そう考え、ぎゅっと箒を覚悟を決めて握った。
しかしパンダーーーマンはよたよたと動きながら何もない空間に当たらないパンチを決めたと思うと勝手に転んで、天井を向いてじたばたし始めている。
『パンダー!ワンダー(略)キーック!』
だっさ。
滑稽な事この上ない。この期に及んで天井に向かって攻撃とは。
私は、戦意を失った。
きっとパン吉さんもこの滑稽な姿を見て笑って癒されたいんだろう。
すると、パン吉さんはその柔らかい、たふっとした小さいお手々を伸ばしてパンダーーーマンの体を支えた。
そして、パンダーーーマンの攻撃が滑稽に見えない角度に調整し、じーっとそれを見つめている。
『バシー!!ギャリーン!!』
…なぜ今、金属音?肉弾戦では無いのか?
「パン吉もパンダーマンになりたいなぁ…」
えぇぇぇぇぇぇえぇえええ!!!?
……ショックのあまり一瞬CPUの演算処理部が変な関数に飛び走馬灯を見てしまった。
パン吉さんの笑顔コレクション、だいぶ溜まったからあとで見直そう。
いや、そうじゃない!客観的にみて10人中10人がポンコツと称するであろうこのロボットに対して、パン吉さんがなりたいって言った!
ど、どどど、どういうこと!?どういうことなんですかーーー!!??
絶対!絶対嫌です!たふたふふっくらもっちりふわぁでぷにぷににっこりなパン吉さんじゃなきゃ私は嫌!!
しかし、喋ることの出来ない私は、やはり箒をぎゅっと握りしめることくらいしかできないのである。
はぁ、と切なそうにパン吉さんはため息を漏らし、ニコッと笑ってもう一度パンダーマン(これくらい伸ばすのが正式名称らしい)の起動ボタンを押した。
『ガッキーン!シューワー!パンダーーーマン!!』
私はその、うるさくも無意味なスピーカー音を聞きながら、湧き上がってくる嫉妬心にやっぱり箒をぎゅぎゅっと握りしめるしかなかった。
※※※
嫉妬心まで持ててしまう、この超高性能AIの頭がたまにすごく嫌になる。
サッササッサーッと箒で机をお掃除しながら、その机の片隅におさまって座っているパンダーマンを憎々しげに見た。
私とパン吉さんの神聖な場所を邪魔して…!
はっ!こんなことでお掃除ロボットの本分を忘れてはいけない!サッサーサッササーッ!
「ちーちゃん、パンダーマンにゴミ寄せたらパンダーマンがゴミに埋まっちゃうよ」
はい。ゴミと間違えて捨てちゃわないかな、って思って。
「ちーちゃん箒でここ掃ってー」
チッ。
私は、心で舌打ちしながら、パンダーマンの全然可愛くないムキムキのお尻についたホコリを掃った。
「ありがとう、ちーちゃんお利口さんさんだなぁ」
パン吉さんが私の頭を撫でてくれる。
私は微かに伸びをしてその手に深く当たりに行く。ああ!気持ちがいい!!パン吉さんの肉球最高!
頭の静電容量圧力センサの感度をMAXにしてその柔らかさ存分に味わった。
「ちーちゃんお部屋のお掃除おねがいしていい?」
こくっ!と私は頷く。任せておいてください。
パン吉さんは、私を床に降ろすと、部屋を出て行った。
ふぅ。
気を取り直してお掃除をしよう。
私は騒音出すことと、空間に向かっての謎の攻撃しかできない役立たずパンダーマンとは違うのである!
※※※
「ちーちゃんお掃除ありがとうね」
ご飯を食べてお風呂に入ってふわっふわのいい匂いの最高イケテルパンダになったパン吉さんと、ラブラブ愛のちりとりである。
パンダーマンにはこんな共同作業は無理であろう。
そもそも、あいつはパン吉さんのお役になんて全然立てないやつなのだ!
サッサッササーっとシゴデキお掃除ロボットらしくスマートにちりとりをして、お掃除完了ポーズ(ひたいの汗をぬぐう)をしていると、パン吉さんが机に歩いて行った。
私が見上げていると、パン吉さんは何かを持ってベッド向かった。
ん?なにかな?
見上げながら、私は衝撃のあまり目を見開いた。
パ、パンダーマン!?
パン吉さん、それはパンダーマンです!うるさいやつですよ!?ゆっくり眠れなくなっちゃいますよ!?
私が焦って見上げているうちに、パン吉さんはヘッドボードにパンダーマンを座らせた。
ま、まさか、まさか、そこにパンダーマンを設置するんじゃ…。
う、うそ!私でさえパン吉さんの寝顔を拝見したこと無いのに!!うそぉぉぉぉ!
おのれパンダーマン!お前身の程を知れ!!何の役にも立ってない癖にぃぃぃ!!
お前なんか、この腐れ#######!!いい加減に$$$$$しろ!!&&&%%#"P!!!
心の中は罵詈雑言でいっぱいでも、私は箒をにぎにぎと握るくらいしか出来ない。
暴れる心のうちを発散する方法もなく、パン吉さんとパンダーマンを交互に見つめた。
パン吉さんがそんな私に気が付いて言った。
「ちーちゃんどうしたの?お家に戻らないの?」
うっ、確かにそろそろ疲れて来た。
私は俯いて、とぼとぼと充電ステーションに向かった。…明日またパン吉さんのお部屋をお掃除するために充電は必要だ。
「あ、そうだ。ちーちゃんおいで!」
パン吉さんは、ヘッドボードをごそごそしながら私に声をかけた。
「はい、充電ケーブル。パンダーマンと仲良くしてね」
パン吉さんはそう言うと、拾い上げた私にUSBケーブルを接続し、パンダーマンの隣に座らせた。
こくっ!と私は元気いっぱい頷いた。
う、嬉しい!!パン吉さんの寝顔を見ながら、ここで充電できるなんて!!
赤外線カメラモードで録画しちゃうもんね!動画クラウドに上げて永久保存しちゃうもんね!!
※※※
膨らむ鼻提灯とスピピ、スピピピーという寝息を聞きながら、私はうっとりとパン吉さんを観察した。
スヤスヤ寝顔、かわいい。キュン!キュンだよ!ハートマーク!ハートマーク!!100連発中だよ!
『少女よ、君は働き者だな。パン吉の為に一生懸命に頑張っている』
はぁ?
声にくるりと隣を見ると、パンダーマンだった。
…もうこいつなんて、パン吉さんの寝顔の前ではどうでもいいって思ってたのに。
というか、そんな風にしゃべったらパン吉さんがうるさくて起きちゃうからダメだぞ。
でも、パンダーマンこんなに普通にしゃべれるのか!スピーカー雑音しか出せないのかと思っていた。
しかも結構滑らかに話している。いいAI搭載してんのかな。
『そしてパン吉もとても頑張り屋だ。私はパン吉が大好きだよ。少女よ、共にパン吉を見守っていこう』
何だこいつ、偉そうに。お前に言われるまでもないわ!
…と思うけど、一方的に話しかけられるだけで私は言葉をパンダーマンに伝えることは出来ない。
だけれど大丈夫。
こういうこともあろうかと、インターネット検索でジェスチャーを習得してきたのである。
私はそっと、パンダーマンに向かって中指を立てた。
『ああ、それは友愛の仕草かな。これから共に仲良くやって行こう。素晴らしい友達が出来て、私も嬉しいよ』
伝わらない!?この破壊的な、場合によってはモザイクまでかけられてしまうジェスチャーが!?
おいおいお前、解らないならインターネットで調べろよ!まさか、Wi-Fi接続してないのか!?いい加減にしろこのおしゃべりムキムキパンダもどきが!
「うーん、むにゃむにゃ…」
はっ!パ、パン吉さん!ごめんなさい、うるさくしないようにしますね!
私は、くるっとパンダーマンを振り向き、睨みつけた。二度と話しかけんなパンダーマン!!
『少女よ、君は無口なのだな。大丈夫、私は解っている。君はけなげないい子だな』
うーがー!!伝わらないー!!
私は必死に中指を立て続けたが結局朝まで伝わらなかった。
そして、朝日と共にパンダーマンは喋らなくなった。
パン吉さん、寝てる時うるさくなかったのかなぁ?
うるさかったらこのムキムキカンチガイクソロボット捨てていいですからね?
私、全力でお手伝いします!