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僕は自分でいうのも何だが親孝行だ。
二十八年間、実家で暮らしていた。親と一緒に住んでいる時は、ありがたさなんてほとんど感じたことはなく、どちらかというとその存在が鬱陶しかった。
特に母は僕と何でも理解し合いたいと思っているふしがあり、仕事のこと、恋愛のこと、友達のこと、何でも聞いてきた。
それらの質問を適当にかわすこともできたのだろうけれど、真面目で正直な僕は、包み隠さず話してきたように思う。
三十代を迎えるにあたって、このままでいいのかと思った。結婚の予定はおろか、恋人すらいない。そんな男がずっと実家暮らしなんて、気持ち悪くないか?
そこで一念発起し、僕は一人暮らしをすることにした。僕が引っ越したのは、実家から特急電車で一時間程かかる街だった。
一人暮らしを始めて、時々、親のありがたさが身に沁みてわかるようになった。食事や洗濯を毎日してくれていた母。仕事の話を聴いてくれた父。なんだかんだで助けられていたのだと気づく。
両親の誕生日や父の日、母の日には何かしらプレゼントを贈るようになった。
誕生日にはお肉や果物といった、ちょっと高級な食材を。父の日には冷感Tシャツや普段履きのスニーカーを。母の日はフラワーアレンジメントやレースのついたハンカチを。
それらの贈り物に対して、父は特に反応を示さないが、母は漫画に出てくる少女のように、目をキラキラと輝かせて喜ぶ。
そんな寡黙な父が、唯一、喜ぶものがある。それは、ロールケーキ。ロールケーキが好きだとわかったのは、最近のことだ。
なので、父の誕生日や父の日には、必ずロールケーキを贈るようにしている。父が好むのは、フルーツがあしらわれていたり、凝ったデザインのロールケーキではなく、これぞロールケーキ! という定番のものだ。
うちの近所にあるケーキ屋さんの、はちみつクリームロールが一番のお気に入りらしい。
いくつかの店のロールケーキをプレゼントしてみて、中でも一番反応がよかったのが、それだった。だから、それ以来、父への贈り物は、はちみつクリームロールを贈るようにしている。
今日は父の誕生日だ。それに合わせて僕は、はちみつクリームロールを贈った。
そしてついさっき、母からお礼のメッセージと写真が届いた。
【ロールケーキありがとう。お父さんといただいています】
写真には切り分けたロールケーキを前に、すました顔の父が写っていた。
ありふれた光景の写真のはずなのに、違和感を覚える。一体何なのか。僕はじっくり写真を見た。そして、気づく。
割合がおかしいのだと。ロールケーキの切り方の割合が。
母の前に置かれたお皿の上には、かまぼこのように薄く切ったロールケーキが乗っている。そして、父の前にあるお皿の上には……
その十倍近くの、どでかいロールケーキが乗っている。割合でいえば1:9といったところだ。
いくらロールケーキが好きとはいえ、一気にそれだけの量を食べるのは、どうかと思う。
まぁでも、好きなようにしたらいいか。
贈りがいもある。また来年の父の誕生日と父の日には、はちみつクリームロールを送ろう。僕は微笑みながら写真を閉じた。
読んでいただき、ありがとうございました。