僕と食料問題
穴蔵の奥、何とか今回も生き延びたが、新たな問題が発生していた。
食料だ。
生きとし生けるもの、全て何らかのエネルギーを得る手段がないと生きていられない。
植物なら光合成や根からの吸収。動物なら他者を食べるということ。
異世界においては、アンデッドなどの例外はいる様だったが、アレをそもそも生き物としていたのかはちょっとわからない。
とにかく、僕とその兄弟は襲ってくる強烈な飢餓感に耐えていた。
どうにか食料を得ないと。
本来ゴキブリは共喰いすることもあるくらいだ。
兄弟同士の争いが起きるのは自明。
しかし、僕と兄弟たちは不思議な絆のやつなもので結ばれたのか、僕は兄弟を食べ物と認識出来ない(出来ればしたくない)し、兄弟たちも、僕や他の兄弟を襲ったりしていない。
故に、皆んなで仲良く餓死。
そんなことになってはいけない!と、食料を探して穴倉を彷徨っていた。
そして今、ハダカデバネズミの巣穴の前にいる。
無謀だとはわかっている。
ただ、奴らから逃げる際、巣穴の端っこに横穴があり、そこから何やら食料だかの匂いがしたのを思い出したのだ。
一縷の望みをかけて、そこに侵入。
食料を得て脱出する計画を立てた。
兄弟たちには、身振り足ぶりで説明し、何とかわかったのか、触覚をぴこぴことさせてついて来てくれた。
意を決して巣穴に潜入する。
ハダカデバネズミは視力が弱い代わりに、聴覚、嗅覚に優れているはず。
音を立てない様に、小さな砂粒も動かさない様に慎重に歩いて進んだ。
奴らのにおいはしない。
空気の流れも、今の所変わってはいない。
数歩進んでは止まって、辺りを警戒する。
そんなことを繰り返してやっと、食糧庫らしきところの前へたどり着いた。
そっと横穴を進むと、目の前には高く積まれた食べかすやフン、ハダカデバネズミの死骸まであった。
人間の頃の感覚では絶対に触りたくもないが、今はゴキブリ。生きるためだ。仕方ない。
厳しい会社で培った精神力と切り替えがこんなに度々役立つとは思わなかった。
それでもなるべく上の方のまだ比較的汚れていなさそうなハダカデバネズミの肉片に齧りつく。
食べるということがこんなに幸せと感じたことはなかった。
味などしない。それは寂しいことだが、確実に心が満たされた。
兄弟たちも思い思いに食事を味わっている。
一塊の肉片を食べ終え、別の肉片に齧り付いていると、急に全身にビリビリと痺れが来た。
ーーー毒耐性を入手しましたーーー
と、頭の中に声が響いた。
えっ!神様?耐性?それどういうことですか!
声に混乱すると同時に、体内に感じた毒の痺れが、徐々に弱まり、次第に馴染んでいく感覚を覚えた。
なんとなく直感ではあるが、今の僕なら、もっと強い毒にも耐えられるだろう。
ーーー毒耐性(小)を、毒耐性(中)へとグレードアップしますーーー
と、返答は得られなかったが、重要なヒントが隠れている気がした。
ハダカデバネズミに毒…?
異世界だからあり得るのか?
まだ小さめの個体であり、綺麗な肉片であるあたり、何らかの毒にやられたのか?
思考に集中しすぎて、近付く気配に気づくのが遅れてしまった。
いつの間にか部屋の入り口に、労働役らしきハダカデバネズミが、その仲間の死体を運びに来ていた。
幸い色々なにおいが混じり混沌としているためか気付かれた様子はない。
息を殺して、集積されているゴミの隙間に隠れた。
ゴミの山の下の方に死体を置くと、元来た道をのそのそと戻っていく。
どうやらやり過ごせたらしい。
そして、気になることがひとつ。
運ばれてきた死体の前歯に、ゴキブリの、おそらく兄弟姉妹のいずれかの脚が引っかかっていた。
それを見てピンときた。
先ほどの毒耐性と、背中のドクロマーク、仲間を食べたハダカデバネズミの死。
僕たちの種族には何らかの形で毒がある。それもかなり強力なものが…と。
そもそもハダカデバネズミは低酸素や痛みに強い性質を持っているが、毒に対しての耐性はない。
だからこそゴロゴロと死体を量産してしまったのだろう。
そして、ゴキブリは毒に対して耐性を持つが、毒を持つものは存在しない。
ファンタジーだからという理由か、はたまた何らかの毒物を生まれてすぐ摂取していて、それが体内に循環しているのか…。
いずれにしても、その毒の有効活用をしなくてはと思った。
現状捨て身で、食べられてから効果を発揮するものを、意のままに、それこそ人間やアンデッドの使っていた魔法の様に使えれば、逆転出来るかもしれない。
そう思ったから。
そうして、僕は兄弟たちと出来る限りここに潜んで、食べ続けて能力を伸ばことにした。