僕と穴倉
木々が騒めくような、砂がさらさらと流れる様な音がする。
さっきの白いところは、あの声は何だったんだろうか…。
そう思いながら目を開ける。
暗い。
とにかく暗い。
ただ、何か周りに沢山の気配…空気の流れ?の様なものを感じる。
誰か居ますかー?と声を上げようとするも、上手くいかない。
代わりに、「キュッ」と軋む様な、硬いものが擦れる様な音が出た。
いやいや、本当に今日は色々ありすぎた。
早く帰って…
違った。僕は死んで転生したんだった。
目まぐるしく変わる状況に頭が混乱していた。
今は冷静にならないと。
ふわふわしていてあまり覚えてないけど、確か転生させると言われて……もうしたのか!
そうか、転生先は人だとは限らないもんな。
魔物になるとか、物になるとか色々パターンがあるんだった!
朧げながら、前世の記憶でそういった漫画や小説を見かけた事を思い出して納得した。
ところで僕は何になったんだろう。
それに、さっきから聞こえるこの音…僕と似たようなにおいがする。
何やらそのにおいを放つものが沢山いることも、何故かよくわかった。
その時、彼の頭に何かが触れた感覚がした。
においと、頭に触れたものの硬さ、動きなどが伝わって、3Dのイメージ図のようなものが脳内に浮かんだ。
触覚、クチクラ(キチン質)の体表、脚についた毛と表面をコーティングしている油……ゴキブリだ!
流石に如何に虫を愛する自分でも、頭に触れられると言うのは経験がなく、進んでしたいようなことでも無かった。
そうして思わず、少し後ずさろうと脚に力を込めると、想像していたよりも遥かに速い速度で体が動いた。
尻の辺りで特に風を切る感覚がする。
きっと裸なんだな…せめて着るものは用意しておいて欲しかったよ…。
そう思いながら程よいところで立ち止まる。
ここ一体には何も気配を感じない。
少し休んで、状況を整理することにした。
僕は死んだ。
そして転生した。
気付いたら暗がりの中。
においと、頭の感覚で周りの状況が分かる。
そう言えば、見えないが感じるので障害物は避けながら走ることができた。
そして裸。
周りには僕と同じにおいのゴキブリ。
うん、僕ゴキブリに生まれ変わったんだな!
事実を受け止めるまで少しかかったが、どう考えてもゴキブリであったことから諦めて認めることとした。
しかし、神様のようなあの声の主も、もう少し生き延びやすそうな虫にしてくれれば…
待てよ。危機察知能力と絶食にも強い生命力。そして人間の知識。
僕はチートゴキブリなんじゃないか?
今度こそ前世よりも長生きして、充実した虫ライフを満喫するんだ!
と決意し、穴倉を出るため一歩、また一歩と歩き始めた。
その背後に迫る沢山のゴキブリ(兄弟姉妹)の姿を感じ取りながら。