公爵令嬢は、聖女なんかに婚約者を渡しません!
王侯貴族エアプなので変なところあったらすみません。
ゆるふわ世界観なのでゆるふわでお読みください。
アリスはこの国の筆頭公爵家の一人娘だ。
優しくも厳しい両親に、甲斐甲斐しく世話をしてくれる使用人達。
そして素敵な婚約者に大切にされ日々幸せに暮らしていた。
これからもその幸せが続くことを疑ったことすらなかった。
永遠などありえないということを、知らなかったのだ。
始まりはいつも週に一回は来てくれていた婚約者が突然来なくなったことだった。
アリスの婚約者は王子様で、公爵家に婿入り予定なのもあり、交流が途絶えたことはなかった。
なのに、突然来なくなったのだ。お手紙を書いても返事がなく、アリスは日々元気をなくしていっていた。
そんな折、アリスは父親の執務室に呼び出された。父親は難しい顔をしており、あまりいい報告ではなさそうで、不安になったアリスは思わずドレスの裾を握った。
「せいじょさま、ですか……」
「そうだ、今王城では聖女様が滞在されている。聖女様は特にデイヴィス殿下がお気に入りのようで、いつも一緒におられるそうだ」
聖女、というのはこの世界の外からの招かれ人に対する称号だ。
彼らは神の気まぐれで呼び出され、その身に宿す神の加護と異世界の知識で多大なる恩恵をもたらす、尊い存在であるとされている。
彼らが現れる時には神からお告げがあり、王族は国賓として歓迎し、尊重することが義務づけられている。
聖女様、ということは今回は女性のようだ。男性なら聖人様と呼ばれる。
それが自分の婚約者―デイヴィスと一緒にいる。
大体の聖女様、聖人様は王族と結婚する。それが彼女たちの身を守るために一番いい方法という他に、その貴重な存在が他の国に渡らないようしっかり囲い込む必要があるからだ。
そして、その聖女がデイヴィスを気に入り、一緒に居たがっている。それはつまり、彼女の婿候補にされたということだろう。
すなわち、婚約破棄。
最近読んだ流行りの小説で、婚約者に捨てられる令嬢が自分と重なる。確かその令嬢も公爵令嬢で、婚約相手は王子だった。
そんなのは嫌だ。アリスは婚約者のことが大好きだった。
聖女なんかに盗られてなるものか。
「まぁ殿下は迷惑されているみたいなんだが、聖女様を拒むわけにもいかないからな……。お前を巻き込みたくないからしばらくは会いに来れないし、手紙の返事も待ってほしいということだ。すまないが、しばらく我慢してもらえるか?」
「わかりました……」
思いつめたアリスには、父親の言葉など頭に入らなかった。
生返事をして、挨拶もそこそこに自室に戻る。
すっかり沈んで帰ってきたアリスに、侍女が心配そうな目を向ける。
「お嬢様、本日はこの後ご予定もありませんし、お茶になさいますか?ちょうどお庭の薔薇が見頃ですわ」
「ありがとう。でもいらないわ。しばらく一人になりたいの……」
「……かしこまりました。では夕食になりましたらお呼びいたしますね」
アリスは決めていた。このまま聖女にデイヴィス様をとられるのなんか絶対に嫌だ。
このまま王城に乗り込んでがつんと言ってやるのだ。
公爵家は建国王の弟が始祖だ。二人は大変仲が良かったと伝わっている。
そんな公爵家だから、王城との距離はとても近い。
そしてアリスは知っていた。緊急の時用に、王城との秘密の通路があることを。
こっそり部屋を抜け出し、使用人達に見つからないように気を付けながらそこへ向かう。
王家の者と公爵家の者しか開けられないという扉は、公爵家始祖の絵画の下にある。
幸い誰にも出会わずにたどり着けた。恐る恐る絵画の下の壁に手を付けると、一瞬光り、何もなかったはずのそこに扉が浮き上がった。
「本当にあったんだ……」
少し押してみると、抵抗なく開く。
中を覗くと真っ暗で思わず怯む。近くにあった燭台を手に取り入ってみたが、多少は見えるが暗い事には変わりない。
アリスは大事に育てられた。そもそも一人で行動したのだって初めてだ。やっぱり部屋に帰ろうかな、と弱気な考えが頭をよぎる。
それでも、それでも、このままデイヴィスに会えないのも、聖女にとられるのも絶対に嫌だった。
意を決して歩き始める。幸いなことに一本道で迷うことはなかった。
だが、燭台が照らす範囲は狭い。怖いのを必死に我慢しながら黙々と歩く。恐怖にじわりと涙が浮かぶが、足を止めることは決してしなかった。
どれくらい経っただろうか。突き当りに行き当たった。手をつくとまた一瞬光り、扉が出てくる。
外に出るとそこは庭の片隅だった。明るさにほっと息をつき、火を消して燭台を通路に置いておく。帰り道のことを考えると気分が沈んだが、今は置いておく。
あたりを見回すと、どうやら王家のプライベートな庭園のようだ。何度かデイヴィスと来たことがある。懐かしさに気が緩みそうになり、慌てて首をふる。
うまくいかなければ、もう二度と二人で散歩などできなくなるかもしれない。そんな未来は認められなかった。
気持ちを奮い立たせ、歩き出す。ほどなくして談笑している声が聞こえてきた。見つかってはいけないから引き返そうかと思ったが、その中の声に聞き覚えがあった。間違いない、デイヴィスの声だ。
アリスは引き寄せられるようにそちらへ向かう。
幸いなことに、隠れるのにちょうどいい木立のそばで、デイヴィスはお茶会しているようだった。こっそり隠れながら様子を窺う。
久しぶりに見るデイヴィスは、なんだか疲れているようだった。それでもニコニコ笑っていて、アリスは胸が苦しくなる。それはアリスに向けてくれるのとは違う笑顔だった。もしやすでに聖女様に心を奪われているのでは、という考えが頭をよぎりそうになって、慌てて打ち消した。
おそらく、デイヴィスの対面に座っている妙齢の女性が聖女だろう。
神秘的な黒髪に、輝く同じ色の瞳。楽しそうに笑う顔は整っていて、メリハリのきいた体に清楚なドレスを着た姿は見惚れるほど美しい。
二人きりのお茶会(もちろん周りにはメイドやらなんやらがいたが、アリスの目には入らなかった)、笑顔のデイヴィス、美しい聖女、みじめに見ているしかできないアリス。
なんだか泣きそうになって、アリスはドレスの裾をぎゅっと握る。
聖女にがつんと言ってやるつもりだったのにその勇気がしぼんできた。
立ち尽くすアリスをよそに、和やかに二人は話している。
「あら、殿下、頬にクリームがついていますよ」
「あぁ、これはお恥ずかしい。無作法なところをお見せしました」
「いえいえお気になさらず。ふふ、可愛らしい一面が見れて嬉しいです。とって差し上げますね」
「自分でやれますのでお気遣いなく」
「遠慮しないでください。ほら、じっとしてて」
そういって聖女がデイヴィスに近寄る。その手がデイヴィスの頬に触れそうになった時、アリスは思わず飛び出していた。
「さわらないで!!!!」
「え、アリス!?」
デイヴィスの驚いた声を無視して、アリスはきっと聖女を睨みつける。
「でいびす様は、わたしのなんだから!!!!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
固まっていた聖女が頬に手をあてて叫んだ。それは闖入者への悲鳴というには喜色を含みすぎていた。
そのままいい笑顔でアリスの元まで来ると、ひょいっと抱き上げる。
「やぁぁぁぁぁん、何この子かっわいいいいいいい!! なんちゃいでちゅかー? お名前いえまちゅかー?」
いきなり抱き上げられ驚いて固まったアリス―御年6歳。
輝くようなプラチナブロンドに零れ落ちそうなほど大きい金色の瞳の、それこそお人形のような美幼女だった。
「やめろー! アリスには手を出すなー!! 」
婚約者を取り戻そうと聖女に立ち向かうデイヴィス―御年9歳。
美しい金髪に金色の目の、こちらもお人形のような美少年だ。
聖女が女性のため手荒な真似をすることも出来ず、なんとかアリスを取り戻そうとウロチョロする様子は子犬のようで、聖女が余計に笑顔になる効果しかなかった。
「アリスちゃんって言うの? 可愛いお名前ねー。あら、ドレスなんだか汚れちゃってるわね。お着換えしましょうか」
「え……?」
「 ダメだ! 僕ががまんすれば他には手を出さないって約束のはずだ!! 」
「え?」
「女の子用の服は着てくれないじゃない。大丈夫大丈夫、変な恰好はさせないから」
「やめろ! 逃げてアリス!!」
状況についていけないアリスが目を白黒させている間に、デイヴィスの必死の妨害をもろともせず、聖女がアリスの服に触れる。
すると服がぴかっとまばゆい光を放った。
光りが収まった時には、アリスのドレスはフリルとレースがたっぷりの、可愛らしいエプロンドレスとなっていた。
「わぁぁ……」
初めて着る可愛らしいお洋服に、思わず歓声をあげる。
「でいびす様、見てください! こんなかわいいドレスはじめてきました!」
思わず状況も忘れてはしゃいだアリスは、顔を真っ赤にしたデイヴィスに気付いた。
「確かに可愛い、けど、アリス、その、足が……」
「あし……? きゃあ!」
踝まで隠していたはずのスカートが、膝丈になっていた。
フリルとリボンで飾られた愛らしい白い靴下をはいていたが、足を出すことははしたないことだと教えられて育ってきたアリスとってそれはあまりにも恥ずかしい姿だった。
しかも、それを大好きなデイヴィス様に見られてしまった。
ここまで来た疲れもあり、完全にキャパオーバーしたアリスは、そのまま気を失ってしまうのだった。
目を覚ましたアリスは、連絡をもらって慌てて駆け付けた公爵夫妻にとんでもなく怒られた。
あまりの剣幕に泣き出しても許してもらえず、しばらく懇々と説教された後は、無事でよかったと抱きしめられ、アリスは謝りながらまた泣いた。
しばらくして落ち着いた後、事情を説明するからと王とのお茶会に招かれた。
そこには王と王妃、そしてデイヴィスがいた。
「わがおうにおかれましては、ごきげんうるわしゅう」
「あぁ、堅苦しいのはいい。私的な場だ。アリスの好きなお菓子も沢山用意したからいっぱい食べなさい」
「わぁ! ありがとうおじさま!!」
にっこり笑うアリスにデレデレと目尻を下げる王に、公爵は冷たい目を向ける。
「あまり甘やかさないでください。一歩間違えばアリスの身になにかあったかもしれないんですよ」
「怒るのはお前がもうやっただろう。可哀想に、すっかり目を腫らして。ならその勇気を称えるのが王の務めだ」
元々幼馴染である二人が言い合いをする横で、デイヴィスの横に座ったアリスはご機嫌だった。
なにせ、久々にデイヴィスに会えたのだ。ニコニコと笑うアリスに、デイヴィスも優しい微笑みを返す。
和やかに始まったお茶会に皆がほっと一息ついた頃、さて、と王が話し始める。
「今回の聖女様だが、愛と美の女神ヴィナス様の加護を受けておられる」
いわく、愛と美の女神であるヴィナス様は、聖女が元居た世界をご覧になり、この世界の服飾があまりに未熟なことに嘆かれたそうだ。特にこの国はひどかったらしく、聖女を送り込むことにしたらしい。
アリスは先ほど着たドレスを思い出す。裾には幾重にも重なったフリルがふんわりと彩られ、腰につけられた大きなリボンが大変愛らしかった。うっとりするような、夢のようなドレスだったと思う。
それに比べて、ちらりと自身の着ているドレスを確認すると……なんというか、よくいえば質素、正直に言ってしまえば地味だった。肌触りはいいのだが、飾りっけが一切ないのだ。レースやフリルがちょこっとついているくらいである。
公爵夫人や王妃のドレスも似たようなもので、素材で勝負! といった感じだ。二人とも美人なので着こなしてはいるのだが、宝石等の装飾も最低限で、質素な印象は否めない。この国一番の貴婦人達がそうなので、そのほかの者など言わずもがなだ。
男性の服装もあまり変わりない状態である。
「前回の聖人様が質素倹約を旨とされる貞淑と家庭の神ヘスティア様の加護を受けておられたのもあり、わが国では贅沢品を身につけるのを推奨していなかったからな」
その時は天候不良による大規模な飢饉の真っ最中だった。それを乗り越えるために節約上手な聖人が降臨したというのもあり、それでよかったのだ。
だがそれから百年以上は経ち、今では復興して豊かな生活をおくれているのに、なんとなく服飾関係は質素なものを継続して着ている。
それを嘆かれたヴィナス様から加護を授かり、今回の聖女は降臨した。
そこまではいいのだ。だが、その聖女の性格に問題があった。
「聖女様は、その、なんだ、母性本能の強い方でな……」
歯に衣着せずいうと、ロリコンショタコンであった。手を出す気は全くないが、可愛い衣装に身を包んだロリショタを愛でるのが三度の飯より好き、という御仁なのだ。
そして聖女召喚の場に王族として臨んだデイヴィスが、どストライクだったらしい。
そんな可愛いショタが質素極まりない服を着ているのだからたまらない。思わず彼女が思う最高に可愛い王子様服に変えた、らしい。
だがしかし、この国では貞淑の神に従った価値観が常識。その常識には肌をむやみに出さない、というものがある。
聖女が変えた服は、確かに正統派王子服といったものだったが、ズボンが膝小僧までしかないものだった。その場にいた全員が、こいつ変態だ、と確信したという。
その場で聖女への常識教育が確定したものの、聖女はそれのご褒美としてデイヴィスとの交流を望んだ。聖女たっての願いを叶えないわけにもいかず、デイヴィスは否応なく巻き込まれたのだった。
だが、ずっと一緒にいるわけでもないのだし、アリスとの交流を断つ理由にならないのではないか、とアリスは口を尖らせた。
が、そんなアリスに気付いたデイヴィスに優しく頭を撫でられ、好物の菓子を食べさせられてすぐに機嫌を直した。大変チョロい。
「父上、ここからは僕が説明してもいいでしょうか」
「うむ、お主が当事者なのだからな」
「ありがとうございます。
……アリス、言い訳のようになってしまうけど、聖女様は僕の容姿が好みなんだ」
「はい、うかがいました」
こくり、と頷くアリスの手をとり、デイヴィスは困ったように眉尻を下げた。
「そしてその中でもとくにこの目の色が美しいと気に入られていた。
なんでもオシ、という聖女様の好きな人と同じらしい」
め、とアリスは大きな金色の眼をパチパチとさせた。デイヴィスとお揃いの美しい瞳を。
「アリスの眼はとっても綺麗だし、世界一可愛い。ぜっっっっったいに聖女様も気に入ると思ったんだ」
聖女様からは、それとなく女性の服も作りたいなー。可愛い少女服とか得意なんだけどなー。と言われていたのもあり、デイヴィスはもしアリスのことが知られたら絶対に気に入って着せ替え人形にするだろう、と確信していた。
今でさえデイヴィスは毎回のように着せ替え人形にされていて、半分くらいの確率で膝小僧を露出させられている。常識教育がすすんでも確率はあまり変わっていない。
王族のプライベート空間でされているのと、デイヴィスがまだ幼いのもありあまり問題にはなってないが、成人男性や、ましてや女性が肌が露出する服を着せられたら醜聞に繋がる。
最愛の婚約者だけはなにがなんでも護りたいと悲愴な決意を決めたデイヴィスは、まず父である国王に相談した。
国王もデイヴィスの懸念が全く否定できなかったのもあり、アリスの存在は徹底的に隠されることに決まった。
万が一を考え、アリスに会いに行くのも手紙を出すのもデイヴィスは我慢した。
聖女はデイヴィスが出かける時に一緒に行きたいとついてきたこともあったのだ。さらに神の加護で不思議な力を扱えるせいか、一緒にいなかった時のことまで何故か知ってる時もあった。どんな些細なきっかけでバレるかもわからないので細心の注意をはらうしかなかったのだ。
「でも、そのせいでアリスに我慢させてたのに気付かなかった。本当にごめん。寂しかったよね」
「はい、とっってもさみしかったですけど、でも、でいびす様にも理由があったことはわかりました。すべてわたしのためだったんですね」
アリスは感激に目を潤ませていた。
デイヴィスはアリスのことを嫌いになどなっていなかった。全てはアリスのためだったのだ。
ぎゅっと繋いだ手に力を入れると、デイヴィスも優しく握り返してくれる。嬉しくなってアリスはにっこり笑った。
ちゃんと言ってたんだけどなぁ、という公爵の悲しい独り言は皆からスルーされた。
「ふむ、仲直りは出来たようだな。
……アリス、すまないが聖女様が会いたがっている。会ってもらうことはできないだろうか」
国王の言葉に、アリスはちょっと困った顔をした。
聖女のことは若干怖い。今まで周りにいなかったタイプの人間だ。
「もちろん勝手に着替えさせたりしないと約束してもらっている。というか、触らないし近寄らないし護衛を同席させてもらう、ということで話はついているんだ。聖女様はそれでもいいから会いたいということだった」
「もちろん僕も一緒だよ」
「……でいびす様がいっしょなら、お会いします」
ちょっと怖いけど、でも、デイヴィスが一緒なら大丈夫だ。優しく微笑むデイヴィスを見上げ、アリスはこっくり頷いた。
聖女様の予定を確認したところすぐにでもということだったので、そのまま行くことになった。
しっかりとデイヴィスと手を繋ぎ、アリスは聖女の部屋に入る。
その瞬間、聖女は見事なスライディング土下座をキめた。
「申し訳ありませんでしたあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「きゃあ!?」
悲鳴をあげたアリスは咄嗟にデイヴィスに抱きついて、デイヴィスも自分の身体を盾にするようにアリスを庇う。それをさらに護衛が庇い、他の護衛が二人を避難させようとする。その場は大混乱になってしまった。
「本当にごめんなさい……」
とりあえず聖女に落ち着いてもらってから改めてアリスとの面会が始まった。
しゅん、と落ち込む聖女は本当に反省してるらしく、最初のハイテンションさの欠片もない。
「私の世界では膝までの露出くらい当たり前だったの……。太ももまで見せてるファッションも普通にあったし、ヴィナスちゃんにもどんどんそういうの流行らせちゃって、て言われてたから、周りの人が大袈裟なんだなーって正直思ってました」
まさか、気絶させちゃうくらいショックなことだったなんて、と嘆く聖女はまた土下座しそうになって護衛に止められていた。
「ええっと、せいじょさま、しゃざいを受け入れます。わたくしあの時すっごくつかれてたから、そのせいもありますの」
「いやでも元気そうだったし……。というか、なんでそんなに疲れてたの?」
簡単にアリスの事情を説明すると、それも私のせいじゃんと聖女は身悶えした。
「えっていうか私そんなに危険人物に見えてたの!? アリスちゃんを必死に隠すくらいに!?」
「実際にやらかしたでしょう」
「う、それを言われるとなんも言えない……」
デイヴィスにジト目で見られ、聖女は再びずーんと落ち込んだ。
アリスはなんだか不思議な気分で聖女を見ていた。デイヴィスとの仲を引き裂く敵と思っていたが、本人にそんなつもりはなさそうだ。
デイヴィスとの関係はどちらかというと仲の良い姉弟のようだった。今も叱られてしょんぼりしている。
「大体僕に着せる服だってちゃんとしたものにしてくださいって毎回たのんでたでしょう!! あれだって本当はよくないんですよ!!」
「うぅ、だって、ショタの膝小僧は正義だもの……。はずせないもの……」
「知りません!! 人ががまんしていれば、アリスにも手を出して……!! 今日は絶対ゆるしませんからね!!!」
「あの、でいびす様、でいびす様とせいじょさまは仲良しなんですの?」
アリスが声をかけると、聖女に向かって怒っていたデイヴィスは、一転困った顔をアリスに向ける。
「うーん……。まぁ、普通かな。話す機会は多かったけど、当たりさわりない話しかしなかったから、こんなにちゃんと喋ったのは今がはじめてかもしれない」
「私も、デイヴィス君のことは見た目しか見てなかったかもしれない……。うぅ、異世界に浮かれてたとはいえ周り見てなさすぎだわ私……」
聖女は正直異世界で自分好みの男の子がいたことに舞い上がっていた。さらに、着せ替え人形にしても怒られない。まるでゲームのようだった。
教育の合間にデイヴィスに会う時は、仕事の息抜きにゲームの推しを愛でてやる気を取り戻す社会人のような気持ちだった。デイヴィスから苦言をていされてる時は、この服気に入らなかったんだな、くらいにしか思ってなかった。
要するに、意思のある人だということを心底理解できてなかったのだ。
アリスがショックで気絶して初めて、彼らも同じ人間であると気付けたのだ。
それからは過去の自分の行動がヤバすぎることに身悶えし、アリスに謝罪したいと言ってもかなり渋られたことに、完全に信用を損なっていると絶望したりしていた。
「いやもう本当にごめんなさい……。デイヴィス君は色々言ってくれてたのに、私全然聞いてなかった……」
「いえ、僕もあなたのことは聖女様としてしか見てませんでした。神でもない僕の言葉で変わっていただけるとは思えず、不快になられないように真剣に注意したことはありませんでした。
僕の方こそごめんなさい」
謝り合う二人。お互いに許し合って照れたように笑みを交わす雰囲気は悪くないものに思えた。
アリスはまた不安になってきて、デイヴィスの手を握りながら恐る恐る尋ねる。
「その、せいじょ様はでいびす様のことがお好きですか?」
「えっと、顔は滅茶苦茶好みだけど……」
「……でいびす様とけっこんしたいですか?」
「えっ!!?!? いやいや、ないない!!! 犯罪になっちゃうよ!!!!」
慌てて首を降る聖女を見て、アリスはようやくほっとする。
へにゃり、と笑う顔は大変可愛かったが、デイヴィスは笑い返すことはできなかった。
「待ってアリス、もしかして、僕が聖女様と結婚すると思ってたの!?」
「だって、せいじょ様は王族とけっこんすることが多いってききました。でいびす様となかよしだって聞いたから、わたし、こわくなって……」
「ないないない!! 僕はアリスが大好きなんだから、絶対アリスと結婚する!!」
「でいびす様……!! うれしい!!! わたしもでいびす様が一番だいすきです!!!!」
ひしっと抱き合う二人は完全に二人だけの世界だった。幸せそうに笑い合いながら無邪気にくっついている。
微笑ましそうに二人を見守る護衛に簡単に事情を説明してもらった聖女は、幼いカップルを自分が引き裂いてたことに愕然とした。
もう一度誠心誠意謝罪した聖女は、心を入れ換えてこの世界のことを学び直すことに決めた。
それからの聖女は精力的に活動した。
手始めに教師に謝罪し、常識を学び直す。そして、王妃に協力してもらい、露出度は低いが装飾が美しいドレスを作り出した。それをファッションリーダーである王妃や公爵夫人に着てもらい、じわじわと流行を変えていっていた。
「そんな感じで頑張っておられるよ」
「まぁ、お母さまのあのキレイなドレスはせいじょ様がつくられたのですね。せいじょ様すごいですわ!」
聖女にアリスの存在を隠す必要がなくなり、デイヴィスとアリスの交流は復活していた。
いや、以前よりも活発になったと言っていい。お互いに好意を持っているのは周囲から見たらわかりやすかったが、言葉で伝えたことはなかったのだ。
この前の告白の後は見ている方が恥ずかしい程のイチャイチャぶりで、あてられた護衛や侍女達にも空前の恋愛ブームが来たくらいだ。
今もソファで隣同士に座り、手を繋いでニコニコ話している。最近の二人はいつもこんな感じだ。
「わたしもせいじょ様のドレスがほしいですわ。前に着せていただいたの、とてもかわいかったですもの」
「そういうと思って、持ってきたよ」
デイヴィスが合図すると、護衛がなにやら箱を持ってくる。
デイヴィスに促されたアリスが開けると、そこにはこの前着せられたエプロンドレスが入っていた。
「この前のドレス、城のお針子に頼んで丈を直してもらったんだ」
「わぁ……!! うれしい! ありがとうでいびす様!!」
大喜びしたアリスがドレスを抱き締めるのを見て、デイヴィスも幸せそうに微笑む。
「もしよかったら、それを着て今度僕と聖女様とお茶会してくれるかな? 聖女様がアリスに会いたがっていてね」
「もちろんです!」
心を入れ換えて働いている聖女だが、ロリショタコンなのは全く変わっていない。
デイヴィスとのお茶会は相変わらずあるし、以前よりも露出度は減ったとはいえ聖女好みの服装を着せるのは変わっていない。
さらに聖女はデイヴィスとアリスが推しカプとなったらしく、しょっちゅうデイヴィスにアリスとデイヴィスとお茶会したいと頼むようになったのだ。
これまではデイヴィスの方でのらりくらり躱していたが、アリスが聖女のドレスを気に入っているなら会わしてもいいかと思って、今日手直ししたドレスを持ってきたのだ。
アリスとお茶会できるとなった聖女が狂喜乱舞して羽目を外したドレスを作らないようにしなきゃな、と思いながら、デイヴィスはにっこり笑う。
よくわからないながらも微笑み返してくれるアリスが可愛い。デイヴィスは絶対にちゃんとした服にさせると心に決めた。
「あのね、でいびす様、わたしせいじょ様にお願いしたいことがありますの」
「なんだい?」
「あのね、あのね。……でいびす様とけっこんする時のドレス、せいじょ様に作ってほしいのです。わたし、キラキラふわふわのすてきなドレスがいいのです」
「アリス!!」
思わずデイヴィスはアリスをぎゅっと抱きしめた。アリスもぎゅっと抱き返し、護衛が砂糖を吐きそうな顔になる。
「素敵なドレス、僕からもお願いするよ!! 出来るだけ早く着てもらえるよう、僕も頑張るからね!」
「……? はい、わたしもがんばります」
それからのデイヴィスは頑張った。
今まで聖女に言われて嫌々聖女の服を着ていたのが、公の場にも積極的に着ていくようになった。王妃や公爵夫人に次ぐ広告塔と自らなったのだ。
王族に追従する貴族達が子どもにお洒落をさせるようになり、その流れは国全体に広がっていく。
元々王妃達のドレスに惹かれる令嬢や夫人も多かったため、少しばかりの露出や装飾を真似するものも続々と出始めた。
そして、少しずつ今までの質素堅実な服装から華やかで美しい服へと流行は変わっていった。
アリスが結婚適齢期になる頃には、華やかなドレスを着ていても誰にも何も言われないようになっていた。
そして、聖女が何年もかけて作り上げた渾身の力作、美しい総レースの豪奢な花嫁衣装を着て、アリスは最愛の婚約者と結婚式をあげることになる。
たが、それは少し遠い未来の話。
まだ幼い婚約者達は、睦まじく語り合うのだった。
聖女が王子が教えてないこと知ってたのは普通に侍女とかにリサーチしたからで、実はデイヴィスの考えすぎだったりします。
小さい子が頑張る話大好きなんですけど書くのむっずかしい……。精進します。
お読みいただきありがとうございました。