episode.07
フィリオとでかける約束の日、約束の時間15分前。ルーラは待ち合わせ場所の正門前へと向かうべく女子寮を出たのだがすぐに足を止めた。
「…おはようございます」
「おはよう」
そこに壁に背を預けて佇むフィリオの姿があった為だ。待ち合わせは正門では無かっただろうかとルーラは一瞬困惑する。
「すみません。時間を間違えていたでしょうか?」
「いいや?僕が待ち切れなかっただけだよ」
「………そう、ですか」
フィリオはなぜか嬉しそうに微笑み、まるでそれが当たり前かのように手を差し出してくる。こんな所、誰も見ていないだろうにと思いながらも、ルーラは手を重ねた。
「可愛いね、よく似合ってる」
「…ありがとうございます」
今日はお互い制服姿では無い。ルーラは今日の目的を聞かされておらず、どんな洋服を着ようか散々迷ったのだが、結局お気に入りのシンプルなワンピースにした。フィリオも白いシャツをラフに着こなしており、これなら2人並んでも違和感は無いだろう。
フィリオにも似合っていると声を掛けられれば良いのだろうけれど、そんな事は恥ずかしくて言えないので心の中に留めておく。
「行こっか」
「あの、結局今日の目的は何なのですか?」
「デートだけど?」
「……デート…ですか…?」
そうだよ、と何でもない事のように返事をするフィリオだが、ルーラはもちろんデートなんてものは経験がない。交際している男女が2人の仲を深める為のお出かけという認識はあるのだが、結局何をすればデートになるのかが分からない。
何より、学園の敷地を出てしまえば、その分生徒達の目に届かなくなる。それでは果たして意味があるのだろうか。
そんな疑問を抱きつつも、フィリオに手を引かれるまま繁華街へと足を進める。学園の門を出て数分も歩けば人々で賑わう街に出る。
学園の敷地内にいる間、生徒達は安全が保証されている。逆を言えば、外ではその保証がないという事の為、ルーラはこれまで無闇に外の世界へ出る事は無かった。
街へ来るのも随分久しぶりで、つい目移りしてしまう。
「何か欲しい物があったら言って」
「……いえ、大丈夫です」
物欲しそうに見えただろうかと恥ずかしくなる。本当にそんなつもりではなく、ただ学園とは違う他人の多さや活気が物珍しかっただけだ。
ルーラが生まれ育ったのはこの王都から馬車で半日以上かかる辺境地だったし、街がこれほどの活気に溢れるのは年に一度の大きな祭り事の時くらいだ。
恥ずかしさから気を紛らわそうとルーラは気になっていた事を聞いてみることにした。
「あの…」
「ん?」
「交際している男女がデートをすると言うのは分かるのですが、学園から離れてしまっては意味が無いのでは?」
「それは、他の生徒から認識されないからって事?」
「そうです」
間違えた事は言っていないつもりだが、フィリオはクスッと笑みをこぼした。
「前にも言ったけど、こう言うのは実際に見えているだけが全てじゃ無いんだよ」
「……………」
それを言われた事は確かに覚えている。だが、覚えているからと言って正確に理解しているとは限らない。
ピンと来ていない事を悟ったのか、フィリオは更に続けた。
「大事なのはほんの少しの事実とその後の想像だよ」
「事実と、想像…?」
「今日、僕らが出掛けている事を知っている生徒は少なからずいるわけでしょ。だけど僕らがどこで何をしているのかを知る者はいない。となると、こんな事をしているかもしれないと言う想像が生まれる。たった一人の妄想でも、噂が広まれば事実と塗り替えられてしまう事もある。けれど、それでいいんだ」
「なぜです?」
訳の分からないルーラに対し、フィリオは得意げだ。
「恋愛に興味が湧くでしょ?」
「………そう、なのでしょうか」
「一種の憧れみたいなものだよ。そしてそう思わせるのが僕らの務めでしょ」
本当に、この件に関してはフィリオには頭が上がらない。ルーラ一人では絶対に思いつかなかった策がスピード感を持って実行されていく。
「ありがとうございます」
気づくとルーラは感謝の言葉を述べていた。フィリオは驚いたのか不思議そうにルーラの顔を覗き込んだ。
「どうしたの?急に」
「……こんな事を言われてもご迷惑かもしれませんが。あなたが相手で良かったです」
素直な気持ちを伝えると言うのは、どうしたって恥ずかしい。目を見て伝えられたら良いのだろうけれど、普段、感情を隠してばかりのルーラには俯いたまま伝えるのが精一杯だった。
フィリオは、こんな言葉を望んではいないかもしれないけれど…。
「迷惑だなんて思わないよ。むしろ、聞けて良かった。僕も、君じゃなかったら引き受けてないしね」
フィリオは他人との距離を詰めるのが上手い。巧みな言葉と、声色と表情で他者を簡単に惹きつけてしまう。
だから、今の言葉が本心なのかお世辞なのかは分からないけれど、繋がれた手から伝わる熱やほんの僅かに込められた力加減から嘘ではないような気がするのは都合が良すぎるだろうか。
ルーラはフィリオの本心を確かめる術など持ち合わせておらず、ただ流れに身を任せる以外にできる事は無かった。