episode.05
これといったアクションを起こさずとも、ルーラとフィリオの交際の噂はあっという間に学園中に広まり、元々注目度の高かった二人は今まで以上に注目される日々を過ごしている。
二人で並んで廊下を歩けば歓喜の悲鳴が上がる事さえある。
これ程までの影響力は、周囲がこの状況に慣れるまでの一過性のものに過ぎないのだろうが、依頼の遂行としてはあまりにも順調である為、現状に満足して失念していた。
「お二人って本当にお付き合いされてるんですか?」
「…………」
これが偽装恋愛だと疑う者が近くに現れるであろう事を忘れていた。
何やら書き物をしながら片手間にそんな事を言い出したのは、生徒会会計、リリアーナ・グラン。ルーラやフィリオより一学年後輩にあたるが、彼女もれっきとした生徒会のメンバーである。
彼女の成績だけを切り取って見るとまずまずと言った所なのだが、その観察眼と情報収集能力に関してはかなり秀でたものを持ち合わせている。
生徒同士の人間関係は知らない事はないと言っても過言ではなく、その情報量は教師陣にまで及ぶ。彼女に付けられた異名は【スパイ】
そんなリリアーナの発言に、ルーラは動揺を隠そうと笑みを浮かべる。
「ええ、勿論です。なぜ、そんな事を?」
ルーラは偽装恋愛を始める以前と変わりなくフィリオとは平穏で穏便な付き合いを続けている。仲睦まじい姿を演出するために2人で過ごす時間も増えているし、疑う余地は無いはずだ。
ルーラは何か気付かないうちに墓穴を掘っただろうかと、内心は気が気ではない。
助けを求めようにも今はルーラとリリアーナの2人きり。むしろ2人だからこそ、リリアーナはこの話をルーラに持ちかけたのだろう。
「なんと言うか、普通だな、と思いまして」
………普通。
それの何が彼女に疑問を抱かせる事になったのか分からない。だが何かあるのならこれ以上不信感を抱かれる前に聞き出して改善しておきたい。
「普通だとおかしいですか?」
「いえ、そうではありませんが……大抵の人は恋人が出来ると多少態度に変化が見られるものです。でも、会長の副会長に対する態度があまりにも以前と変わらないようなので、気になっただけです。……まあ、全て私の肌感覚ですけど」
「……………」
まさか、そんな所を指摘されるとは思いもしていなかった。
余計な感情を抱かないように意図的に以前と変わらないように振る舞っていたことが裏目に出ていたとも言える。例えば、廊下を2人で並んで歩く事があっても、ルーラはほとんどフィリオの顔を見る事もなくただ淡々と無心で過ごしてしまっていた。
「私の、と言いましたが、他の生徒の皆さんの前ですしそれはフィリオさんも同じなのでは?」
生徒に恋愛を促すための関係だと言うのに、それでは意味が無いじゃないかとルーラは言い訳を口にしてから思い至る。
内心、ハッとしているルーラを他所に、リリアーナは手に持っていたペンを顎の先にコツンと当てた。
「フィリオ副会長は分かりやすいです。会長の事が好きだって顔に書いてあります」
「えっ!?そうなの!?」
そんなはずは無い。だってこれは偽装恋愛なのだから。
………否、フィリオならそこまでの演技をやってのけるかもしれない。とすればこの状況は完全にルーラが足を引っ張ってしまっている。
ルーラの驚き具合に、リリアーナは僅かに眉間に皺を寄せた。
「お2人はお互いにそういう事を伝え合わないんですか?」
「だっ…だってそんな事…恥ずかしいでしょう!?確かにフィリオさんは慣れた感じで言ってくることもあるけれど、私はそんな事とても……」
「…………………なるほど」
フィリオは天然の人たらしだ。相手の事をよく見ているし、よく褒める。「可愛い」「凄い」「似合ってる」そんな言葉を彼は何の抵抗もなく言ってのける。それがルーラにとってはむず痒くて仕方がないと思っていた。そう言われる度にむしろ無心であろうと努めた。
だってそうしなければ、ただのお世辞に恥じらい頬を赤らめる無様な姿を晒す事になるのだから。
しばらく考え込む素振りを見せていたリリアーナは、ふと顔を上げた。
「すみません。どうやら私の思い違いだったようです」
「………え?」
「私、会長の事を少し誤解してました。会長はフィリオ副会長の好意に応えるつもりが無いのかと思ってました。でも、会長のあの無表情って、照れ隠しだったんですね」
「……………え??」
リリアーナの口調は揶揄うようなそれでは無く、本人は至って真剣らしい。これが良いか悪いかはさておき、どうやら意図せずとも一難去ったようだ。
ルーラは存外照れ屋さんという結果を残すこととなったが、疑いが晴れたのなら良い事としよう。
「疑ってすみませんでした。稀に利害の一致で恋人を偽装する場合もあると聞いた事があったので、もしかしてその類なのかと」
「そんな事があるのですね。知りませんでした」
ルーラとフィリオの関係はまさにそれであるが、ルーラは嘘を隠すのは得意だった。
「あの、余計なお世話かもしれませんが…」
「なんでしょう?」
「本当に好き同士なら、きちんと愛情表現すべきだと思います。その方が絶対副会長も嬉しいと思います」
真っ直ぐで純粋な視線が刺さる。ルーラはニコリと微笑み答える。
「そうですね。善処します」
ルーラは嘘を隠すのは得意だった。