episode.04
生徒会室にはちょっとしたバルコニーが付いている。普段、何に使う訳でも無いのだが、ルーラは息抜きの為に外の空気を吸いに来る事は多々ある。
いつもは一人でぼんやり過ごす場所なのだが、今回はフィリオも一緒なのでそうもいかない。
このバルコニーは課外活動中の生徒や、寮に戻ろうとする生徒達の目に着く場所でもあり、恋人らしく2人で過ごしている所をそれとなく見せつけるにはうってつけの場所だとつい先程フィリオに教えられた。
今後はここで同じ時間を過ごす事も増えるのだろうと思うが、とは言ってもそれほど広い訳でもなく何も無いので話す以外にやる事が無い。
「そう言えばちゃんと言ってなかったと思ってね」
「………何をですか?」
突然始まった会話の趣旨が理解できずにいるルーラを見て、フィリオは可笑しそうにクスクスと笑みを溢す。それがなんだか弄ばれているようで、ルーラはムッとした。
「今から伝えるのはどうかな」
「だから何をですか」
怒る事を分かっていながら、わざとやっているに違いない。人を揶揄ってそんなに面白いだろうか。
顰めっ面のルーラを全く気にする事なくフィリオはいつもの笑みを浮かべたままルーラの真正面に立った。
両手を取られると、何の真似かとフィリオを見上げる。
「ねぇ、ルーラ。僕は君が好きだよ」
「っ………」
穏やかな声色、手のひらから伝わる熱、ルーラを見下ろす真剣な視線…。その全てが演技だと分かっていても反応に困る程のリアルさ。
最も簡単に、これほどまでに繕えてしまうフィリオが恐ろしい。
「き、急にどうしたんですか。口裏合わせなら、わざわざこんな事しなくても…」
「まあ、そういう意図もあるけど、これは僕にとってのけじめだから」
「………けじめ…ですか…?」
「例え嘘だとしても、君と付き合うのは僕にとってそれなりの覚悟がいる事なんだよ」
照れ隠しに可愛くない返答をしてしまっているが、幸いフィリオはさほど気にしていない様子だった。
そもそも、お互い本心から交際している訳ではないのだから可愛く思われる必要も無いじゃないかと気を改め、逸らしていた視線をフィリオに戻す。
覚悟とけじめ…。
それはフィリオが今後訪れたかもしれない本当の恋心を捨てる覚悟とけじめなのだろう。もしくは、既にある想いを手放すと言うことかもしれない。
本当の恋を知らなくても想像出来る。それはきっと、とても辛い事だ。
時間は、青春は、何をしたって取り戻せない貴重なものだ。好きでもない相手と恋人のように振る舞う事を彼に強いる事になった要因のひとつはルーラが生徒会としてこの件を引き受けた事にあるだろう。
「それなら、誠意を見せるのは私の方です。あなたを巻き込んだのは私ですから」
珍しくキョトンとするフィリオを前に、一つ深呼吸をしてルーラは続けた。
「フィリオ・ランベルトさん。私はあなたに――」
「待って!」
掴まれていた両手にグッと力が伝わってくる。痛いと言うほどではないがその性急さに驚いて言葉に詰まった。
「…あぁ、ごめん。でも、ちょっと待って………」
「…………」
「君のそういう所、尊敬してるけどね。でもその先は僕に言わせてくれないかな」
「……そう、ですか」
どういう所かはあまりピンとこないが、何かこだわりがあるらしい。ルーラが引き下がるとフィリオは少し困ったように笑みを浮かべた。
「君を大切にすると誓う。だから、僕を君の恋人にしてくれる?」
「ええ、もちろんです」
既に恋人ごっこは始まっている。だからルーラの答えはイエスしかない。これはフィリオが自分の気持ちに区切りをつけるための言葉で、だからこそ妙にリアルで切なくなる。
フィリオはさらに続けた。
「それから、前に断りもなく口付けようとした事、ごめんね」
「……?いえ。あの時にも言いましたが、あなたが必要とするのであれば私は構いません」
「いや、あの時はちょっと感情的になりすぎてて…。もうしないよ」
意外だった。ルーラはフィリオが感情に任せて行動する所を見た事が無かったし、あの日がそうだと言われてもピンとこない。それ程フィリオはいつも落ち着いていて余裕があるように見える。
「何か、気に触る事をしてしまったなら謝ります」
「そうじゃないんだ。ただ僕にも色々事情があって……上手く、伝えられないんだけど…」
「………そうですか」
フィリオが話せないと言うなら、無理に聞く必要はない。その程度の関係性なのだ。
ちょうど会話が途切れたタイミングでヒューっと強い風が二人の間を吹き抜けていく。
「………そろそろ戻りましょうか」
「そうだね」
バルコニーから生徒会室まではほんの数歩だと言うのにフィリオは慣れた様子でエスコートしてくれる。誰もここまで見ている人もいないだろうにと思いつつ、ルーラは差し出された手に自身のそれを重ねた。