episode.01
国内屈指の名門クリミア学園
第65期生徒会長に選ばれたのは、容姿端麗、頭脳明晰、クールで媚びない高嶺の薔薇姫と謳われ誰もが憧れる少女、ルーラ・アドミラリ。辺境伯令嬢で、白い肌にストレートな黒髪がよく映え、珍しい赤色の瞳はまさに薔薇を連想させ、見るものを魅了する。
そんな彼女の魅力の裏に、どれだけの努力があるかを知る者はほとんど居ないだろう。
それを支えるのは生徒会副会長、フィリオ・ランベルト。長身、銀髪、蒼眼。整った容姿は一見怖そうな印象を与えるが、実際には物腰が柔らかく、コミュニケーション能力も高く、いつも人の輪の中心にいるような人物。
何でもそつなくこなすフィリオはもちろん成績も上位者であることに加えて、剣技の腕も優れている。
座学においては常に学年一位の成績を収めてきたルーラだが、フィリオに「さすが薔薇姫」と讃えられたところで、皮肉のような気がして嬉しくはなかった。
そんな、似て非なる二人。仲が良い訳もない。
「君は僕の事が嫌いかと思ってたよ」
「別に嫌いと言うわけではありませんが」
好きと言うわけでも無い。ただ、何でも出来てしまうフィリオの事は羨ましいと同時に脅威でもある。成績以外に取り柄のない自分から、それすら取り上げられてしまうのでは無いかという恐怖心からなんとなく彼の事を避けてきたのは事実だ。
「まさかこんな馬鹿げた話を引き受けるとはね」
「…生徒会として呼び出された以上、断るわけにはいきませんから。あなたこそ、嫌なら断れば良かったのに」
「まあ、僕も一応生徒会なんでね」
「………」
ルーラは手元の書類に視線を落とす。それは学園長から手渡された今回の件に関する依頼書のようなもの。
目的や効果、目指す学園の姿等々、あれこれ書かれているがまとめると『秩序ある恋愛で人生を豊かに』と言うことらしい。
恋愛の秩序とは一体何なのか………。
盛大なため息を漏らしそうになったその時、「ところで…」とフィリオに声をかけられ、ルーラは既の所でため息を飲み込んだ。
「君って、男女が付き合うってどう言うことか分かってるの?」
「馬鹿にしないでください」
まるで思考を読まれているかのようなタイミングにドキリとしつつ動揺を悟られないよう、強気な視線を向ける。
気丈な態度を崩さないルーラに対し、フィリオは「へぇ」と満足げに口角を上げると、背を預けていた壁際からズンズンとルーラの座る執務机まで距離を縮めてくる。
片手を机につき前屈みになると、反対の手でルーラの頬に、優しく優しく触れてくる。何の真似かと反論しようとしたルーラは、その瞬間に僅かにでも動いたら唇が触れてしまいそうなほどギリギリまで近づいてピタリと止まったフィリオに驚いて息を飲んだ。
ドクンドクンと心臓が高鳴って、呼吸はおろか、視線を動かすことすら出来ずにいるとフィリオは満足したのか放心状態のルーラに対して、いつもの余裕のある笑みを浮かべた。
「これぐらいされる覚悟はあるって事?」
「……………」
挑発するような表情。
ルーラの呼吸は浅く、胸が苦しい。その先に何が待っていたのか、それぐらいは恋愛経験の無いルーラにだって分かる。
この動揺が、せめて、表情にだけは出ないように意識を集中させる。
「あなたを巻き込んでしまった責任は感じています。だから、こういう事はあなたがしたいなら好きにすればいい」
ふん、とフィリオが鼻で笑う。
「女性なら、こういう事ってもっと大事にするものじゃない?」
「さっきと言ってる事が違うようですけれど」
覚悟はあるのかと問われ、あると答えればそれを否定するかのような事を言う。そもそも、未遂とは言え断りもなくしてくるような手慣れた人に言われたくない。
「ま、良いけどね」
フィリオが屈めていた体を起こすのとは反対に、ルーラは奥歯を噛み締めながら俯いた。
期待には応えなければいけない。誰からも期待されなければ、自分が存在している意味はない。その為に必要な事だと言うのなら、このくらい、減るものでもない。
「何を気負ってるのか知らないけど、もう少し気楽にしてもいいんじゃない?」
軽々しくそんな事を呟くフィリオに苛立ちを覚える。
何でも出来る人に、分かるはずがない。
「…気楽になんて、出来るはずないでしょう。私はあなたとは違うの」
滅多に感情的にはならないルーラがほんの僅かに覗かせた苛立ちにフィリオは一瞬動きを止めた。その苛立ちこそが、ルーラが1人で抱え込んでいる責任と重圧のように感じた。
「そう?なら、僕は僕で好きにさせて貰うよ」
「……………」
そのままフィリオが部屋を出ていくと、ルーラだけになった生徒会室はシンと静まり返る。
怒らせてしまっただろうか。それとも呆れさせてしまっただろうか…。考えても無駄だと分かっていてもそんな事ばかり考えてしまう。
感情を隠す事には慣れていたはずなのに………。
喉の奥で詰まっていた息を、はぁーっと吐き出すと、陰湿な気分を体の奥深くに隠すように執務にあたった。