episode.11
「あ、あの…もしかして私は、バルド先生に気がある事になっているのでしょうか?」
その瞬間、ピタッと空気が張り詰める。
ムードをぶち壊したと自覚してももう遅い。だが、遅かれ早かれ聞いておかなければならない事に変わりはない。
フィリオは渋々と言った表情で口を開いた。
「……僕には隠さなくていいよ」
「ちょっと待ってください!なぜそんな事になっているのですか!?」
確かにバルド先生には授業以外に時間を作ってもらって勉強を見てもらう事もあるけれど、それは他の生徒も同様でルーラに限った話では無いしそれ以外には何も無い。かく言うフィリオだって、放課後に剣術の先生と共に練習をしている所を何度か目撃した事があるし、別におかしな話では無いはずなのに、何がどうなってそんな話になっているのか。
まさか、ルーラとフィリオの交際を良く思わない生徒が、ありもしない噂話を広めているのでは無いかとルーラは僅かに眉間に皺を寄せた。
だが、返ってきた答えはルーラが考えているような事では無かった。
「だって君があの人の前であんな風に笑う所を見たらさ…」
「………え?」
確かに普段肩肘張って自分を繕っている事が多いルーラだが、笑う事くらいある。フィリオの前で笑う事もあっただろうし、あんな風にと言われてもあまりピンと来ない。
別の意味で眉間に皺を寄せていると、フィリオはいじけた子供のように更に続けた。
「随分気を許しているみたいだし、今まで香水なんて付けてなかったのに急に付け始めて……。この甘い香り、あの人の好みなの?」
「こっ…、これはそんなんじゃ…」
「じゃあどうして?」
「これは、だから、その……」
恥ずかしさで語尾がどんどん弱々しくなる。フィリオに少しでも近づきたかったけれど、フィリオと同じ香りを付ける勇気は無かったから、ルーラはあの店で2番目に気に入った香水を買った。ただそれだけだ。
それがこんな誤解を生む事になるなんて全く想像していなかった。バルド先生の為にも自分自身のためにも、ここはとにかく全力で否定する必要がある。
「バルド先生には勉強を教えてもらっていただけで本当に何も無いんです。このブレスレットも、気恥ずかしさはありますが、誰かに見られて嫌だなんて思いません。むしろ私は…嬉しかったです」
顔に熱が集まってくるのが分かる。
こんなに白状していると言うのに、ちらりとフィリオを見上げればまだ何か不満そうにしている。
「本当に?」
「………本当です」
「じゃあ君は今、誰を想っているの?」
「………………」
「初心な君が恋と呼ぶか否か迷っている相手は誰?」
「それは………」
今更墓穴を掘っていたと気づいても過去の発言を消す事はできない。バルドに想いを寄せていると勘違いしていたせいか、その気持ちが自分に向けられている事には全く気づいていないらしいのが酷くもどかしい。
「そ、れは……」
こんなに恥ずかしい思いをするなら、こんなに言葉にするのが難しいなら、いっそ気づかれてしまいたかったとさえ思える。逃げ出してしまいたいのに、教えるまで逃さないとフィリオの視線が攻め立ててくるので居心地が悪い。
こうなったらもう話してしまおうと思うのに喉がカラカラに乾いて上手く声にならず、変な汗が身体中から滲んで、緊張で思考回路も鈍る。
もう、どうにでもなってしまえ。
「っ………!?」
至近距離でフィリオが驚いているのが伝わってくる。それもそのはず、ルーラは勢いのままフィリオと唇を重ねていた。
ほんの数秒の触れ合いの後、ルーラは背伸びをやめて一歩身を引いた。そして…
「すみ…ません………」
そして青ざめた。
同意なしにこんなことをするなんてどうかしている。しかも女子である自分から。フィリオが今何を思っているのか明確な答えも聞いていないと言うのに。
言い訳をすることも出来ず、逃げてしまおうとフィリオに背を向けたルーラだが途端に手首を掴まれ、フィリオの反射神経の良さがそれを許してはくれなかった。
優れた剣技の才の持ち主であるフィリオの間合いで、ルーラがどう足掻こうとも勝ち目は無く、じわじわと冷や汗が全身に滲む。
何かを考え込むようにやや俯いていているフィリオとは視線は合わない。がっちりと掴まれた手首はびくともしないのに痛みはない。そうなるように加減されているのだろう。
「あ……あ、の……」
どうにかこうにかルーラが弱々しい声を上げると、フィリオは掴んでいたルーラの手引き、されるがままにルーラはフィリオの胸に倒れ込んだ。
「ごめん…。違うなら違うとはっきり言って欲しいんだけど」
抱きしめられ緊張感が高まり、立っているのがやっとのルーラを他所に、ようやく口を開いたフィリオの声色はいつもと違い自信なさげで随分弱々しく聞こえる。
ルーラはゴクンと唾を飲み込む。
「もし君が、僕を想ってくれているなら……僕の背中に手を回して」
ドキンドキンと心臓が高鳴っているのはどちらだろう。ギュウッと胸が締め付けられて痛くて、もうこの気持ちを解放してしまいたい。
ルーラが恐る恐るフィリオの背中に腕を回すと、フィリオが安堵の吐息を零し、途端にぎゅっと腕に力がこめられる。
「っ………!?」
「信じられない。夢みたいだ」
苦しいのに拒否出来ない。けれど今離れられてしまったら、ゆでだこのように紅潮している顔を見られてしまうのも恥ずかしくてルーラもフィリオにしがみついている。
「ねぇ…。キスしてもいい?」
最高に甘い声がルーラの耳を掠める。今顔を見るのも見られるのも恥ずかしいルーラは固まったままどうすれば良いかと思考したものの妙案は浮かびそうに無い。
「あ、あの…私、今は恥ずかしくて……」
これでどうにか今のところは見逃して欲しい。そんなルーラの願いは………
「ごめんね。そんな理由じゃ、止められない」
「っ!?」
儚く散った。




