episode.00
「君、意味わかってるの?」
「………分かってます」
名門クリミア学園、放課後の生徒会室。
腕組み&呆れ顔で壁にもたれかかっているフィリオに対して、ルーラは渋い顔になっている事を自覚しつつ苦し紛れに答えた。
事の発端は数分前、ルーラとフィリオは2人揃って学園長室に呼び出された。
「お忙しいところ、スミマセン。実は生徒会のお二人にお願いがあるのデス」
「何でしょう?」
口元を覆うほどの白髭を生やした学園長を前に、ルーラはれっきとした態度を崩さなかったが、ほんの僅かに全身に力が入る。依頼の内容がどうあれ、生徒会として呼び出され学園長から直々の依頼ともなれば、その時点で余程な事が無い限り断るという選択肢が潰えた事を意味するからだ。
内心身構えるルーラの隣で背の高いフィリオがどんな表情をしているかは分からない。ただ何となく、いつも通り、余裕のある顔をしているのだろうと思った。
コホン、と学園長が咳き込む。
「お願いの前に伺いたいのですが、お二人は人生を最も豊かにする方法は何だとお考えですカ?」
「…………」
「様々な知識を身につける事では?」
一瞬答えに戸惑った隙にフィリオが答えると、ルーラは先を越された事が悔しくて奥歯を噛み締めた。この男はいつも腹立たしいほど何でも物事をそつなくこなしてしまう。
だが、模範解答のように思えたフィリオの答えは、学園長の盛大なため息により、求められていたものでは無いと分かる。
「確かにそれも重要デス。ですが私が言いたいのは、人生を豊かにするのは"恋愛"という事デス!」
「………恋愛?」
これには流石のフィリオも戸惑っただろう。ルーラも、学園長の事は元々ふざけた人だとは思っていたけれど、ここまでとは思いもしなかった。
戸惑う二人を他所に、学園長は得意げに続ける。
「恋愛はスバラシイ!喜びも、悲しみも、相手を思いやり支え合う事も、恋愛から学べる事は多いデス!」
「しかし学園長、私達はまだ学生ですし…」
「ノー!これだから今の若者はイケマセン…。恋愛に年齢は関係無いのデス!」
「……………」
その勢いに圧倒されて言葉を失う。学園長の熱量は伝わってくるのだが、だからどうしろと言うのか…。
「それで、僕たちには何をしろと?」
学園長に対しても物怖じしない、悪く言うと偉そうな態度ではあるが核心をついてくれたフィリオに正直ホッとする。こんな状況だからこそ、そのにこやかな顔は完全に嫌味顔だがまあ良い。ルーラの物分かりが悪いのでは無く、学園長の思考が普通のそれでは無いという事なのだから。
フィリオの追求に、学園長は興奮を抑えるように「ふむ」と一息吐くと、ニッコリと満面の笑みを浮かべた。
「ではぜひ、お二人は恋人になって下サイ」
「……え?」
無意識に眉間に皺が寄る。成績には自信があったけれど全く意味が分からなかった。
「残念ながら、我々教師陣が恋愛の素晴らしさを説いたところで、あまり効果は期待出来ないデショウ。そこで、学園の顔たるあなた達二人ならと思い至ったのデス!お二人に恋人同士として恋愛の素晴らしさを体現して貰えれば、きっと他の生徒達にも伝わるはずデス」
ルーラはその優秀な頭脳を巡らせると、なるほど、と無理矢理自分の中に落とし込む。
クリミア学園は自由な校風が功を成し、各方面に優秀な人材を輩出してきた国内でもトップクラスの名門校。自由であるが故、生徒会はその秩序を保つために存在していると言っても過言では無く、あらゆる場面において生徒達の手本である事が求められている。
恋愛もまたあらゆる場面のうちの一つと言うことなのだろう。
元々、断るという選択肢は無いに等しく、期待に応えなければルーラはここに存在している意味が無い。
「分かりました。私は構いません」
覚悟の返答に、フィリオは小さく「ちょっと!」と責め立ててきたが、ルーラはただ前を向く事を辞めなかった。
フィリオにはまだ断る権利がある。一緒にやりましょうとお願い出来る程の義理も信頼も無いし、そもそも既にそう言う相手がいるかも知れない。それならそうで学園長も納得するはずだ。
ルーラの意見が変わらない事を察したのか、フィリオが小さく息を吐く。
「分かりました」
「そうですカ!あなた達ならそう言ってくれると思っていマシタ!」
フィリオがこの馬鹿げた依頼を引き受けたのは意外だったが、ルーラは既にそれとは違う事を考えていた。それは、どれだけ頑張っていくら上り詰めても、所詮自分ははただの駒なのだと言う事。
嬉々たる学園長を前にしても、覚悟を決めたルーラの心は冷えて静まり返っていた。
episode.01
明日15時更新予定です