西の森の演習
せっかくのエミールとの再会は、魔獣の出現により慌ただしく終わってしまった。そして休日は終わり、また授業が始まった。
(この前はエミールと話せそうだったのにタイミング悪かったなあ)
彼と落ち着いて話すことができなかった私は、授業は上の空でこの前のことばかり考えていた。
(それにしてもエミール、女子たちの人気がすごいのね、なんか私の知ってるあいつじゃない……)
飛び級入学というポテンシャルの高さに加え、誰にでも優しい心を持ってる彼のことだから人気者になるのは当然と言えば当然なのだが。
(しかしあのローラという先輩はなんなんだろう。どうしてあんなに私のことが嫌いなのだろうか)
ジリリリ──。気付いたら終業のベルがなっていた。
(やだ、全然聞いてなかった。まあいいか、基礎生物学だし)
授業が終わり、サラが話しかけてきた。
「ナタリー、全然聞いてなかったでしょ? エミール先輩のこと考えてたの?」
(ぎく!)
「とりあえず次の授業、演習だから西門集合だってさ。移動しよ」
「え、演習? 次なんだっけ」
「薬学、西の森で薬草摘みだって」
「なあんだ、退屈そう」
「とりあえず、いきましょ」
私はサラと校舎の中を歩き、西門へと向かった。
「この前話せなかったんだって?」
「うん、嫌味な先輩がね」
「え?」
「あ、いや魔獣が。彼に会いに行ったんだけどちょうどその時魔獣が出ちゃって」
「あー、あの時かー。それでエミール先輩が駆り出されたわけね」
「まあ、またそのうち会えるといいんだけどね」
本当は早く会いたいのだが、魔法科と生活科の校舎は中庭を挟んで別棟であるため、普段の生活で会うことはなかなかない。学生寮も離れているため偶然出会うことも難しいかもしれない。
そういえば、とサラが前置きして語りだした。
「魔獣ってさ。このあたり、前は全く出なかったらしいよ」
「そうなの? けっこう出るのかと思ってた」
「ここ三ヶ月くらいだってさ、出るようになったの。寮の先輩が言ってた」
「ふーん」
「生物学の教科書に書いてあったけど、魔獣も元は普通の動物であることが多いらしいね」
「うん、知ってるよ」
「へー、ナタリーって生物学詳しいんだ」
「家に本がけっこうあってよく読んでたんだ」
私はエミールとよく読書していた頃のことを思い出した。
「ほとんどの魔獣は、世の中の行き場を失った邪気や呪いみたいなものによって生み出されてるらしいわ。結局は魔獣を作り出してしまうのは愚かな人間の心なのよ。これってひどいと思わない?」
サラはそう言ってすごく怒っている。
「うん、そうだね」
「私ね。将来は生物研究の分野で仕事をしたいと思ってる。生物学者が理想だけど、机に向かうより、冒険者になって世界中の様々な生物の調査や研究をしたいなって思うんだ」
「サラはすごいね。ちゃんと目標があるんだ」
「ナタリーは何か目指してるの?」
「まだ考え中かな」
せっかくエミールと同じ魔法学園に入学したが、彼はもう三年生なので今年で卒業してしまう。たった一年しかいっしょにいられないのは寂しいが。
(エミールは卒業後、どうするんだろう)
サラと喋ってる間に、私たちは西門に着いた。そして教師と共に西門から学園の外に出た。
「この西の森は最上級の結界に囲まれているため魔獣が出る心配はまずありません。けれども、念のため注意して行動するように。決して単独行動はしないように」
そして薬草の採取のやり方を教わった私たちは、40分間の演習に移った。
各自二、三人のグループに分かれて、森の中の結界と呼ばれる場所を越えないように採取活動を行うことになった。
私はもちろんサラと二人で行動することにした。
「ねえ、サラ。なんかワクワクするねー」
「あら、ナタリー。薬草摘みって聞いてつまんなそうにしてたのに、張り切ってるじゃない。ちょっと落ち着きなさいよ」
「あはは、私って猫かぶってるけど実はけっこうアクティブなんだ」
「かぶれてない、かぶれてない。今も十分そうだよ。じゃなきゃ休みの日に好きな男子に会いに行ったりなんてしないって。先輩に目つけられるよ?」
私たちは初めての演習でテンションが上がり浮かれていた。サラは手あたり次第に草花を採ってはカゴに入れている。
「あったあった。これだよね。ホーリーバジル。あ、これはフリードキキョウ、言われてないけどついでに採っとこうっと」
「サラ、もうちょっと先まで行ってみようか」
演習といっても生活科のそれは全く緊張感はない。
学園の敷地外に広がる土地はけっこう広範囲までが学園の管轄内だ。結界と呼ばれる大きな魔法陣に地域全体が囲まれており魔獣が入ってくる心配はほとんどない。
特に西の森は生活科が授業で使う様々な動植物の宝庫でもあるので、警戒され強い結界に守られているらしい。
「サラ、あと20分ね。そろそろ戻ろうか」
「うん」
ガサガサ!
その時、近くの草むらから何かが飛び出した。




