新生活の始まり
入学して三日目のお昼休み、私は友人と窓の外を見ながらしゃべっていた。
「ねえ! あそこ見てー! 魔法科の生徒たちかなー」
彼女が指さす方向を見ると、遠くの方でたくさんの生徒たちがホウキに乗って飛び回ってる姿が見えた。
魔法科の生徒たちだろう。
「いいよねえ、魔法科は。学園の華って感じで」
そう言っている彼女の名前はサラ。入学初日に席が近かったのがきっかけで仲良くなった。彼女は肩くらいまでの水色の髪の毛をおさげにしており、表情はいつも明るい。
「私もあんなふうに飛べたらなあ。ねえ、ナタリーは全然魔法使えないの?」
「うん、恥ずかしながら全くね」
「そっかー、でも生活科にはけっこういるみたいよそういう子。私は初級魔法しか使えないし、ホウキに乗って飛ぶなんて夢のまた夢よ」
この学園では入学した生徒たちは二つの科に分かれて在籍している。
実践的な戦闘に使える魔法魔術を訓練する魔法科。
支援、生産、医療、工学などの技術を身につけるための生活科。
生活科は魔力が極端に低い者でも入学が認められている。魔法が使えない私はもちろん生活科だった。
「ナタリー、次の授業は薬学だよね。教室移動しようか」
「そうだね、私薬学けっこう興味あるんだ。サラは?」
「全然。実験はおもしろそうだからやってみたいけどねー」
「実験はまだ先でしょうね。最初はどの科目も座学ばっかりだから」
「うんうん、でも魔法科はすぐに外での実技の授業があるみたいだよ。いいよねえ。こっちは勉強や実験ばっかりやってる根暗だと思われた嫌だなあ」
サラは魔法科の生徒に強い憧れがあるようだ。
魔法科の合格を諦めた生徒たちが生活科に入ってくることも多いと聞く。
私とサラは薬学の授業が行われる実験室へ移動するために教室を出た。実験室へ移動するために中庭を歩いていると、向こうのベンチにエミールの姿が見えた。
彼は友人たちと5人で話している。
「あっ」
思わず私が声を上げるとサラも食いついてくる。
「ああ! あの一番右にいる人! 魔法科のエミール先輩じゃない? 知ってる?」
「え、うん」
「素敵よねえ。私たちと同い年なのにもう三年生なんだよ?」
「そっか、今年卒業なんだ」
「ナタリーも彼に興味ある?」
「興味っていうか、知ってるわよ。幼馴染だもん。エミールは」
「ええええええ! おさななじみい!」
サラが大きな声を出すので、中庭にいる人の注目を集めてしまった。
エミールの方を見ると彼がこっちを見ていた。
「ねえねえ、それほんと! どういうことなの? 詳しく聞かせてよ?」
サラの言葉はほとんど耳に入らず私は彼の方を凝視していた。
しかし彼はすぐに目をそらし、隣の女子生徒と話しだしてしまった。
(隣の女子、入学式の時にいた人かな)
彼はもう私の方を見ることはなく、隣のピンク色の髪の女子生徒と話していた。
「ナタリー! 聞いてる? エミール先輩と喋らなくていいの?」
「邪魔しちゃ悪いから」
そう言って私は、サラと実験室の方へ歩き始めた。
さすが王立の学校だけあって授業はハイレベルなものだった。
事前に本を読んで独学でいろいろ学んでいたが、初めて学ぶ科目もあったので新鮮だった。
最初の何日かは、忙しく過ぎて行った。
本当はエミールと早く話したかったが、彼のことばかり気にしていられず、落ち着いたら会って話せればいいかと自分に言い聞かせた。
こうして最初の一週間はあっという間に過ぎた。
金曜日の放課後、私はサラと中庭の一角にあるカフェの前に来ていた。
「ここよここ。ずっと気になってたんだー。すごくオシャレなカフェね。ねえナタリー、私緊張してきちゃった」
「ねえサラ、入学したばっかりだし、今日はおとなしく寮に帰ったほうがいいんじゃない。課題もいっぱい出てるし」
「えー、約束してたじゃない! 週の終わりにお茶しましょうって。だいたい息抜きは必要だと思うけど?」
「ごめんごめん。そうよね、じゃあ入りましょう」
カフェの中はたくさんの女子生徒たちで賑わっていた。放課後の一種の社交場のようになっているのだろう。
学園内は制服着用がルールなのでカフェでもみんな制服を着ているが、髪型やお化粧などの様子から身なりにとても気を使っていることがうかがえる。
「うわあ、すごいわ。魔法科の上級生の人たちばかりね。私たち浮いてないかしら」
「気にしなくていいわよ。私たちも学園の生徒なんだから。堂々としてましょ」
私たちは席に着き、メニューを注文した。窓際の席は人気なのか全て埋まっていたので入り口に近いところに座った。
「ナタリー。このケーキとってもおいしいよ!」
「うん、コーヒーも悪くないわ。いい店ね」
しばらくサラとおしゃべりを楽しんでいると、窓際の席を陣取っていたグループが帰るようで席を立ち、入り口のほうへ歩いて来た。
「見ない顔ね。生活科かしら」
「もうカフェに出入りするなんて」
「背伸びしちゃって」
私たちのテーブルの傍を通る時に、こちらに聞こえるようにそんなことを言いながら通り過ぎて行った。その中の一人、ピンク色のふわふわとした髪の女子生徒と目が合った。私を睨みつけて通り過ぎて行った気がした。
サラを見ると悲しそうな顔で俯いている。私は思わず声をかけた。
「なによあれ。感じ悪い。聞こえるように言うなんて」
「うん……」
「サラ? 気にしなくていいわよ。もう出ましょう」
「うん、なんかごめんね。こういう所に憧れてたから。でも来てるのは裕福な家の子ばかりみたいだね」
「そうかしら。ホント気にしなくていいって」
少し後味が悪かったが、私たちはカフェを出て寮に戻った。
※王立魔法学園とは
王都にある王立魔法高等学園は三年制の寄宿学校である。一般的には15歳になる年に入学試験を突破した優秀な者だけが、入学を許される。
入学試験に関しては家柄に関係なく平等に受けることができ、試験はすべて筆記試験のみで魔法の技量や魔力の多寡は問われない。
一見公平性が保たれているように見えるが、実際にこの学校を目標にする生徒たちは幼い頃から家庭教師を付け、魔法教育の基礎などはとっくに終わっている者ばかりである。
そのため、入学当初から生徒間に歴然とした魔力の差ができてしまっていることもある。