ずっと続くと思っていた日々は突然
私とエミールが出会ってから三年が過ぎて私たちは12歳になっていた。
エミールは初等教育が終了してそのまま地元の中等科の学校に通い始めた。相変わらず休みになると私の家に来て勉強や魔法の修行をしていた。
この頃にはエミールは難解な魔法書を何冊も読み解いてしまっていた。
「あの地下室に置いてある本は本当にすごいよ。例えば上級魔術師になるための具体的で効率的な訓練の方法が書いてあるんだけど。こんなの中等教育でも学べないよ」
彼の通う中等科の学校でも、お待ちかねの魔法の実技の授業が始まったみたいだが、同級生たちと比べても魔力の差は圧倒的だったようだ。
私と武術の稽古もしていたので体力もついており、出会ったころよりはずいぶんと男の子らしくなっていた。身長も伸びており、もうイジメられることなんてないだろう。学校の女の子にもモテているかもしれない。
しかし武術の腕前では私のほうがエミールを圧倒していた。
「はあはあ、ナタリーには武術ではまだまだ適わないや」
「まだまだね。でもいいじゃない、エミールは魔法が使えるんだし」
「……。ナタリーも魔法使ってみたかった?」
「……まあ、使えるものなら使ってみたかったけど」
私は魔法が使えなかった。実は幼少期に家庭教師をつけてもらい魔法の勉強をしたことがある。しかし私は魔力を上手く生み出すことができなかった。
家庭教師も私に魔法を教えるのは無理だと諦めて、両親もガッカリしていたのを覚えている。
それから、魔法には一切興味を持たなくなった。
「でもナタリーの身体は間違いなく魔力によって強化されてると思うよ。だから体内に魔力自体はあるはずなんだ」
「そうなのかしら?」
「だって身体の大きさは僕と変わらないのに強すぎるよ」
「でも私、魔力を感じることはないわ」
「魔力は体の外側に向かって出ていこうとする力が働くんだ。だからその性質を上手く利用して魔法に変えるんだけど。ナタリーの場合、身体の内側に留めてしまう体質なのかもしれない」
彼の言っていることはちんぷんかんぷんだった。
「さすが魔法博士ね」
「魔法書に魔法が使えない性質の人のこともいろいろ書いてあったんだよ。ただそういう性質を持った人が魔法を使えるようになるのか、それは書いてなかった」
「そう」
「そうだ、ナタリー! 久しぶりに僕の魔法見てよ」
エミールはそう言って真剣な顔をした。その横顔に私は一瞬目を奪われる。
「はあああああ、炎の槍!」
エミールの両手には素人目にもわかるほどのエネルギーのような物が集中する。
「こらああ! エミール、ストップ!」
私が大声で怒鳴りつけると、彼はビクッとして詠唱をやめた。
「あなたねえ! うちの庭を燃やす気! それはやりすぎよ。火の玉程度にしときなさいよ」
「えー、火の玉なんて寝てたって使えるよ。ほら」
そう言って、両手を広げたエミールの10本の指の先でそれぞれ10個の火の玉が踊っていた。
(よくわかんないけど、これでも子供なら相当なレベルよね……)
「とにかく、火は危ないから、気を付けてね!」
エミールの鍛え上げられた魔力は見る者が見ればわかってしまうほどに外見的にも現れていたらしく、町でも噂になっているほどだった。
そして、その噂は遠く離れた王都にある魔法学園の方にも伝わっていたらしい。
私たちが13歳になったある日、エミールが家にきてこう言った。
「ナタリー、僕王立魔法学園に飛び級で入学することになった」
「え?」
「向こうで寮に入って暮らすから、この町を離れなきゃいけない」
王立魔法学園と言えば王都にある魔法専攻の高等教育を行う寄宿制の名門学校だった。
「ごめん、どうしても自分の可能性を早いうちに高めておきたくて、学園の使いの人がうちにきて、魔法を見せたら是非入学してほしいって」
「……。何を謝ることがあるの。よかったじゃない。素晴らしいことだわ」
「ナタリー……。ありがとう」
「今日はこれで帰ってくれるかしら。私用事があるの」
用事があるなんてウソだった。これ以上彼の顔を見られなかったのだ。
彼に帰ってもらった後、私は一晩中寝室で泣いていた。
ずっとこの日々が続くと思っていた。それは余りにも突然の別れだった。