エミールとの思い出
「ワンワン!」
「サニー! よしよし! 元気だった?」
元気に鳴いて駆け寄ってくる子犬の『サニー』を抱きかかえ、エミールは嬉しそうに笑っている。
あれから私と彼は仲良くなり、彼はたびたび私の家に遊びに来るようになった。
「こんにちはナタリー! サニーの様子を見に来たよ」
エミールが遊びにくるようになった当初、屋敷の者は男の子が私を訪ねてきたことに驚いていた。
父も母も重要な仕事を抱えており何日も家を空けることが多かった。そのため昔から執事やメイドたちが親代わりで私の世話をしてくれていた。
彼らは、私が「ただの友達だから!」と赤面しながらエミールを屋敷に案内しているのを微笑ましく見ていたことだろう。
「ねえ、エミール。あなた習い事とかしてるの?」
「僕の家はあんまり裕福じゃないから、そういうのはやってないよ」
「そう、じゃあ学校が休みの日は時間があるでしょう?」
「え、まあそうだね」
「じゃあもっとたくさん遊びにきなさいよ」
「え、どうして?」
「だってそうしないと、サニーが寂しがるでしょう!」
「あーそうだよね!」
(よかった。これで自然に誘えたわね)
私はサニーのせいにして誤魔化していたが、彼にはバレていたのかもしれない。
私は幼い頃から複数の家庭教師に教育されて育ったため学校には行ってなかった。周りはいつも大人だらけで同い年の子供と遊んだことがなかったので、もっともっと遊びたかった。
「そうだ、エミール。かくれんぼしましょ!」
執事やメイドとやると手を抜かれるような遊びも彼とやると新鮮だった。
屋敷の中を全て知り尽くしている私と、敷地の広さに目を丸くしているエミールとじゃ初めは勝負にならなかったが、子供同士でやる本気のかくれんぼは楽しかった。
そうやってエミールとかくれんぼをしていた時、なんと私たちは屋敷の中でとんでもないものを見つけたのだ。
「ナタリー! ようやく僕の勝ちだね!」
私はエミールを見つけられず、探すのをとっくにやめてお菓子を食べてくつろいでいた。そこへ彼がしびれを切らしてやってきた。
「ナタリー、さっき近くまできたのに全然気づかなかったでしょ。食糧庫の隣の物置にいたんだよ」
「へ? あの物置なら最初に行ったわよ。いなかったじゃない!」
「うん、足音で来たのはわかったけど、下の階段にいたんだよ?」
「え? あそこの地下に階段なんてあったかしら?」
「え、知らなかったの」
私はエミールに案内してもらって驚いた。物置の床のタイルをずらすと階段があり、その先に地下室があった。
暗くて汚い地下室には古びた書物や、何に使うかわからない実験器具がたくさん置いてあった。
わけのわからない道具や古びた本の数々を見て、エミールは目を輝かせている。
「すごいねここ、秘密の地下室だ」
「お父様が昔使ってたのかしら、やだ、ホコリがすごいわ」
「ちょっとこの部屋掃除してさ、何があるか見てみない? 面白そうな本がいっぱいあるよ」
「そう、じゃあエミールが綺麗にしてくれるなら付き合うけど」
「わかったよ。じゃあ僕が全部掃除するから。そしたらいっしょに見てくれる?」
地下室を勝手に使って怒られるかもしれないと思ったが、ちょうど父は仕事の関係で半年ほど帰ってこないと聞いていたので、見つかって怒られることもしばらくはないだろうと彼の提案を了承した。
私は地下室に入ることを、お父様に告げ口されないように執事をどう口止めしようかと考えていたが心配無用だった。
「お嬢様、あの地下室の存在は私たちも旦那様や奥様からは聞いておりませんでした。ですのでそこに無断で入ったとしても、何も言いつけられていない以上は見過ごすほかありません」
「ヒューゴ! ありがとう!」
執事のヒューゴは私のよき理解者であってくれた。
そうしてエミールが地下室を綺麗に掃除してくれたので、私たちはさっそく中の物を調べてみることにした。
想えば、その地下室に入ったことが全ての始まりだったのかもしれない。
エミールとかくれんぼの途中で見つけた地下室には、たくさんの書物や道具が置いてあった。
「難しそうな本ばかり置いてあるね。見てこの本、何が書いてあるかサッパリだ」
エミールは嬉しそうに、古びた本を見せてくれた。
年代物の魔法書だろうか。私は魔法には全く興味がなかったのでいろんな道具の数々を見ていた。
「ここにある本は誰が集めたものなの?」
「さあ? ずいぶん古いからお父様じゃなくて、お爺様が使ってた場所かもしれないわ」
私はエミールが綺麗に掃除してくれた棚にある物を一つ一つ見ていた。
何かの実験や薬品を作る器具だろうが、私が読んだことのある本には載ってない物ばかりだ。
「ねえナタリー、魔法だけじゃなく生物学や薬学についての本もあるよ。学校の教科書にはない本ばかりだ」
エミールはそう言って、本の仕分けを行ってくれている。
魔法学には興味無かったが、その他の分野に関しては興味はあったので、私も一冊ずつ手に取り読み始めた。
「こんな生物見たことないわね。外国の本かしら」
「ねえ、魔法書読んでもいい? 僕魔法が使えるようになりたいんだ」
「あら、学校で習ってるんじゃないの?」
「初等科では実技の授業はないよ。子供用の教科書を読むだけ。あんなの子供だましさ」
私たちはしばらく自分の興味のある分野の本を読んでいると、あっという間に日が暮れていることに気が付いた。
「まずい、もう日が暮れてた。早く帰らないと叱られちゃう」
「ほんとね、夢中になってたわ」
二人して時間を忘れて読書に没頭してしまっていた。
それだけ地下室にある本はどれも魅力的で、私たちを夢中にさせるものだった。
それからエミールが来たときは、二人で地下室に入り浸り読書をした。
本当は外で走り回って遊びたかった私だが、あまりにも彼が楽しそうなので読書に付き合うことにした。
彼は学校で学べないことばかり置いてある本棚に興味深々で、幼い好奇心は全て地下室の本に向けられた。
執事やメイドたちは、私たちが地下室に入り浸るのを止めなかった。
そればかりか気を使ってくれて、地下室に紅茶やお菓子なんかを差し入れしてくれた。
エミールは魔法書に興味深々で、難解なことが書いてある魔法書も辞書を頼りに少しずつ読み進めていった。
私は気になる分野は特になかったため、様々な分野の本を広く浅く読み進めていた。
「うん、僕、ちょっと魔法の訓練もしてみたいな。この本に書いてあることを実践してみたい」
「ええ、じゃあ付き合いますわ。地下にこもってばかりじゃ気分も晴れませんしね」
「え! ナタリーもいっしょに魔法の訓練する?」
「けっこうよ。私は武術の稽古でもするわ」
「そっかー、ナタリーって本当に魔法に興味ないんだね」
「……ええ」
エミールが魔法を使ってみたいと言った日から、彼は庭で魔法の訓練もするようになった。
彼といっしょに過ごす時間の半分は庭で過ごすようになった。
エミールは魔法の訓練を、私はその隣で武術の稽古をしていた。
「ねえナタリー! 見てみて! 火の玉が出せるようになったよ」
「すごいわねエミール! 本当に魔法が使えるなんて!」
「はあ、疲れたなあ。こんな小さな火の玉出すだけで、すぐに息が切れちゃうよ」
「あらあら、魔力は健康な心身にこそ宿るってその本に書いてあったと思うけど? 体力が足りないんじゃない?」
「ギクッ! ナタリーも魔法書見たの?」
「最初の数ページだけね。高い魔力を身につけるには体力作りも必要みたいね!」
こっちは私の得意分野でもあったので、エミールの魔法訓練に付き合った後は、私が主導して体力作りのための走り込みと適度なトレーニングも行った。
そしてヘトヘトになった後は、二人で地下室に籠り読書をした。
そうして私たちは、しょっちゅういっしょに過ごすようになった。
そして三年の月日が流れた。