命の尊厳
私は大きな魔獣の猛攻を回避しながらも、冷静に頭と身体を動かした。
魔獣の大きな腕の一振りをかわして、腹に正拳を叩きこんでみたがビクともしない。
(ダメだ。分厚すぎてダメージを与えられないわ)
私は弱点となる部位を見定めようとしていた。多くの生物に共通する弱点は首だ。あの巨体の動きを止めるためには首を狙うしかない。
(この魔獣、だんだん動きが遅くなっている。疲れているの? とにかくチャンスね)
魔獣の動きが鈍ってきたのを感じて、私は呼吸を整えて身構えた。
そして魔獣が大振りの一撃をしてきたところで、その攻撃をかわし後ろへ回り込む。
私は魔獣の背面で飛び上がり、首の後ろの急所を狙い蹴りを放った。
ズゴッ!
会心の一撃のはずだった!しかし振り向いた魔獣が振り回してきた腕が私に当たった。
「きゃっ!」
魔獣の一撃を食らい、私は勢いよく吹き飛ばされた。なんとかガードした右腕にはダメージが残っている。
「ふふふ、ナタリー、あなたもう終わりね。よく頑張ったわよ」
ローラは、こちらを見て笑っていた。
「ローラさん! エミールのことどれくらい知ってる?」
「何よ偉そうに! あなたがここへ来る前から私は彼にアプローチしてるわ!」
彼女は私の言葉に対してヒステリックに叫んだ。
そんな彼女に私も言葉を返した。
「そう、でもね。エミールのことは私が一番よく知ってる!」
「なんですって?」
「エミールはね。すっごく動物が好きなのよ。昔私の家でいっしょにかわいがってた子犬がいてね。彼はとっても優しい心を持ってたわ」
「ふん! のろけ話なんか聞きたくないわ! あなたは終わりよ!」
「ローラさん! 動物の命を弄ぶようなあなたを私は絶対に許さない! エミールも許さないと思うわ」
「私を許さないですって? 何よ! たかが幼馴染がいったいなんだって言うのよ!」
その時、魔獣が腕を振り下ろしてきたので、私は息を大きく吸い込み、全身にぐっと力を込めてその攻撃をかわした。
私は、魔獣の攻撃をかわしながら、呼吸を整え魔獣の足に向かって飛び込んだ。
(足にダメージを与えて動きを止める!)
魔獣の左足に向かって廻し蹴り放った。
蹴りを食らった魔獣は体勢を崩して倒れそうになったが、尚も私に向かって腕を振り下ろしてきた。
(マズい! かわせない!)
そう思って死を覚悟した時、目の前が光に包まれた。
「光の盾!」
魔獣の攻撃は光の障壁によって遮られた。
いつの間にか、傍にエミールが立っていた。
エミールは右手を魔獣に突き出して魔法を唱えた。
「光の突風!」
魔獣の身体は光に包まれて吹き飛ばされた。魔獣は5メートルほど先へ吹き飛び倒れた。
「すごい! あの巨体を軽々と吹き飛ばすなんて!」
エミールは両の手に光の魔力を集中させている。そのポテンシャルの高さは魔法を使えない私でも、容易に想像できるくらいに凄まじいものだ。
「エミール! どうしてここに?」
「ナタリー! 大丈夫だった? 立てる?」
「う、うん」
「よかった! 間に合って」
その時、向こうからローラの叫び声が聞こえた。
「エミール! なんであなたがここに!」
ローラは激しく動揺して慌てている。
「ローラ! 君こそどうしてナタリーとこんなところに! あの魔獣は一体なんなんだ?」
「違うのよ! エミール! 私もわからないのよ。これには事情があって!」
平然とウソを吐くローラを、エミールは怪訝な表情で見ている。
「理由は後で聞く。今はこの魔獣を倒すのが先だ。ビクター! ナタリーの治療を頼む!」
「任せてください!」
いつの間にか、私の傍に一人の男子生徒が立っていた。
「腕を見せてください」
「あ、はい」
私はズキズキと痛む右腕を彼に見せた。
「うん、折れてはないかな。ヒール!」
「え、回復魔法? すごい」
実践的な回復魔法を間近で見るのは始めてだ。
「ナタリーさん、いつも先輩から話は聞いてますよ」
「え、そうなんですか?」
「はい、俺はビクターって言います。どうぞよろしく」
「あ、こちらこそ」
ビクターと呼ばれたその男子生徒のヒールによって私の腕の痛みは少し和らいだ。動かしても痛くない。
「これでよし。折れてもないしダメージは軽いから大丈夫。あの魔獣の攻撃を受けたの?」
「ええ、腹に一撃入れたんですが、全然効かなくて反撃されてしまって」
「マジ? あの化け物に素手で立ち向かったの? 聞いてた以上にオテンバだ。すごいや」
エミールはこの後輩に私のことをどう話したんだろう。なんだか恥ずかしくなった。
エミールの方を見ると、彼は体の周囲に複数の光の玉を出現させていた。先ほどよりも更に強い魔法を使うのかもしれない。
倒れていた魔獣も起き上がり、また近づいてこようとしている。
「はああ! 光の流星群!」
エミールがそう唱えると、彼の周囲のたくさんの光の玉が空中に舞い上がり、魔獣に一斉に降り注いだ。
「グギャゴオオオオ」
魔獣は断末魔を上げながら倒れた。私は魔獣の身を案じ、エミールに確認する。
「エミール! 魔獣を殺したの?」
「いや、死んではない。派手に見えるけど、手加減して撃ったからね」
彼の言うとおり、魔獣はまだ息があり、気絶しているだけのようだ。
「しかし、なかなか手ごわい魔獣だったよ。あんなのが学園内の敷地に入り込めるはずがない。ローラ! そろそろ本当のことを言ってくれないか?」
私とエミール、ビクターの三人はローラに目を向けた。彼女はピンク色の髪を振り乱しながら、ブツブツと何かを言っている。
「どうしてこんなことにどうしてこんなことにどうしてエミールがここに!」
取り乱しているローラに対してエミールが叫ぶ。
「ローラ! 本当のことを言ってくれないか!」