ローラの悪だくみ
ローラ視点です
~ナタリーが魔獣に襲われたその日の午後、魔法科の女子寮にて~
「ローラさん、体調はよくなりました? 先ほどの授業欠席されていたみたいですけど」
「あらレナリエさん。心配いりませんわ。少し気分が優れなくて部屋で休んでましたの」
私は西の森で一仕事終えた後、誰にも見つからないように遠回りして寮に戻ってきた所でした。そこでクラスメイトである彼女に声をかけられたのです。
正直今はのんきに立ち話をするような気分ではありませんでした。闇魔法による呪いは多くの魔力と精神力を消耗するため、ひどく疲れている状態でした。
そう、私は闇魔法により魔獣を作りだし、あの新入生にけしかけてきたところでした。よりによって私のエミールに近づくあの目障りな女を、どうにかしてやろうと思ったわけです。
「聞きました? なんでも生活科の生徒が演習中に魔獣に襲われたそうですよ」
「まあ、そんなことが? それでどうなったのかしら?」
もう情報が広まっているようです。私は知らぬフリをしていましたが、実のところ、あの小娘がどうなったのか早く続きを聞きたくて仕方ありませんでした。
「なんでも襲われた生徒が一発で魔獣を蹴り飛ばして倒したとか」
「え?」
(んんん?)
聞き間違いでしょうか。
「レナリエさん、今なんておっしゃったの?)
「ですから、襲われた生徒が蹴り飛ばして撃退したらしいですわ。新入生なのに魔獣を撃退するなんて、なんて強いのかしら」
「ええええええ! け、蹴り飛ばしたですって? そそそ、そうなんですの。じじじ、実に頼もしくて」
(どういうこと? どういうことなのよ!)
「ねえ、レナリエさん! その生徒にケガは? 深手を負ったりはしてませんの?」
「え? 魔獣ですか。なんか倒したついでに浄化したみたいですわ。これはどうやったかわかりませんけど」
「いやいや、魔獣じゃなくて、彼女の方ですわ。彼女はケガとかしてませんの?」
「あら、よく女子だってわかりましたわね」
「あ、おほほほほほ、なんとなーくピンときましたの」
私はあわててはぐらかしました。
「そう、私は最初話を聞いたとき襲われたのは男子だとばかり思ったんですが、だって魔獣を蹴り飛ばしたんですよ? けれども女子って聞いて本当にビックリしましたわ」
(危なかったですわ、なんとか誤魔化せたようで。それにしてもあの魔獣を蹴りで撃退するなんてどういう身体してますの?)
私はその場ではなんとか平静を装って自室に戻りました。
しかしさっきの話を思い出すと、怒りが込み上げてきてベッドの枕を夢中で叩きまくってしまいました。
バスッ! バスッ!
「キイイイイイイイイ! あの目障りな小娘が! 魔獣を蹴り飛ばしたですって! こともあろうに浄化までするなんて」
私は悔しさで胸がいっぱいになり、我を忘れて枕を叩きまくっていました。
すると気付いたら枕のカバーが破れて、中の綿が部屋に散乱していました。
(悔しい悔しい悔しい!)
「見てなさい! 次はもっと強い魔獣をけしかけてやりますわ」
私は部屋のカギを閉めて机に座り、黒魔術の本を開きました。
そこには数々の呪いや、闇魔法が書かれています。この本に書いてある魔法は学園内ではもちろん、一般的にも禁術とされるもの。
(あの魔獣、見た目にはいい出来でそんなに弱そうに見えなかったのに、どうして簡単にやられてしまったのかしら)
あの大きさで、たった一発の蹴りで倒されてしまうなんて、見かけ倒しもいいところだわ。
おそらく私の呪いのかけ方がまずかったに違いない。けっこう練習したはずなのに、失敗に終わってしまうなんて。もっと強力な呪いをかけるべきだったのでしょう。
それにしても魔獣を浄化までしたとは一体どういうことなんでしょう。
聖魔法による浄化は魔法科の中でも一部の生徒しか使えないほどの貴重なものですので、生活科の新入生ごときが使えるはずはありません。
(あのナタリーとかいう小娘は魔法もろくに使えないと聞いていたのに)
イライラしながらページをめくっているとちょうど探していた、強力な呪いの項目を見つけたのです。
(ふふふ、もう容赦しませんわ! 次はこれを使って彼女を仕留めてやるんだから!)
次の日、私は昨日の魔獣出没の件がどう処理されたのか確認するために、職員室に行きました。
「先生、西の森に魔獣が出たって聞いたのですが、本当ですか?」
「やあ、ローラくんか。噂を聞いたようだね。詳しいことは話せないが、本当だ」
「そうでしたか。襲われた生徒は大丈夫だったのでしょうか?」
私は、目をうるませながら、心底心配している演技をして担任に尋ねた。
「ローラくんは相変わらず優しいね」
「先生? 私たち生徒にできることは何かないでしょうか? 例えば学園内をパトロールするとか」
「見回りってことかい? いやあ、でも君たちも学業で忙しいだろう? そうじゃなくても魔獣が出たときは呼び出したりしてしまっているし」
「でも先生はよく仰ってますわ。生徒たち一人一人が学園を構成していることを自覚して、自分に何ができるか考えて行動してほしい、と。私はその言葉が本当に胸に響いてますの」
「そ、そうか。なんだか照れるねえ」
担任はまんざらでもない顔を浮かべている。大人の機嫌を取ることなど簡単なことだ。
「ですから、見回りの許可を是非頂きたいのですが」
「そうだなあ。うーん、誰か魔力の高い生徒がリーダーとなって学園の中だけを見回るんなら許可しよう」
「じゃあリーダーはエミールさんが適任ですわ」
「そうだね、エミールくんがついているなら安心だ」
こうして私は放課後に学園内を見回る許可を特別にもらいましたわ。
そして次の日からエミールを含めた数人で学園を見回ることになったのです。
エミールに直接言ってほしいと担任にお願いしたので、彼も断れないはず。
「ふふふ、これでしばらくは放課後にエミールといっしょにいられるわ。我ながらいいアイデアね」




